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01 卒業パーティ―(夢にまで見た婚約破棄シーン)

「……そしてこの場を借りてしまい申し訳ないが、卒業後に在らぬ誤解を生まないためにも報告させて頂きたい。サブリナ・ド・サンチェスとの婚約は破棄する。心ないうわさになる事もあるかもしれない。同じ学び舎で過ごした友人と思い、今後は別々の道を行くわれわれを見守ってくれると幸いに思う。また、多くの卒業生は……」


 卒業パーティ―の中盤。

 卒業生代表として前生徒会長だったわが国の第二王子クレマンは、あいさつの中にそんな話を挟み込んだ。

 ざわりと会場の空気が揺れる。

 私の隣にいる幼馴染のアデライードも興奮して話しかけてきた。


「えー! 婚約破棄! すごい! 実際に遭遇するとは思いませんでしたわ!」


 肩に手を置いてくる。体格差があるのでぐらりと重心を奪われる勢いだ。

 静かにしなさいとたしなめれば、嬉しいのかさらに腕を引く。

 見やすい位置で見学したいのだろう、歩き始めたので仕方なく後ろを追った。人垣を通り抜ければまさかの最前列。

 一段高くなった演壇でクレマンはまだ話を続けていた。

 宣言通りならば先程元婚約者になったサブリナは元副会長である。

 現生徒会と演壇の脇で控えていたのだろう、真っ青な顔で壇上のクレマンを見上げていた。

 扉付近で先生や警備の人間が動いているから婚約破棄発言はクレマンの独断かな。サブリナにとっても初耳だったに違いない。気の毒に。


「え? サブリナ様はなにもおっしゃいませんの? 婚約破棄決定に異論はなくとも、サブリナ様がなにかされたと思われません?」


 アデライードがそれなりの音量で驚きの声をあげる。

 しかも私に向けて放ってきたので怖くて視線が動かせない。

 きっとクレマンにもサブリナにも睨まれているだろう。

 固まった表情でつかまれたままだったアデライードの手をたたく。


 巻き込まないでいただきたい。


 顔は動かさずに視界の端でクレマンを確認すれば、ざわついた人々を落ち着かせるために左手を胸にあて一呼吸。続いて右てのひらを上に向け腕を斜め上に広げ、まるで舞台役者さながら、アデライードの疑問に答えた。


「驚きや疑問の声ももっともだと思う。ここだけの話と胸にとどめてほしい。サブリナ前副会長は、今や聖女と言われるカトリーヌ・マルグリット・カルマへ心ない嫌がらせの数々をおこなった。王族として許容できない、将来的に彼女の醜聞にもなりかねない行いだ。しかし私には彼女と婚約者として過ごしてきた時間も愛情もある。どうか騒がず、うわさにせず、そう願ってはいけないだろうか?」


 サブリナが驚きに目を見開いている。

 身に覚えがないとか、バレたかとか、そういう反応ではなく。

 なにをおっしゃっているんですか、の方。

 会場の学生たちは一瞬の静けさの後に再びざわりと空気を揺らした。


「事実、サブリナ様が悪かったとして、今ここで公表なさるなんてひど過ぎません? 貴族としての軽い刑罰という感覚でしょうか? 一般庶民としては少々理解しかねますね」


 アデライードが再び私に向かって言って来る。

 完全にクレマンに聞かせたいらしく、音量が先程よりも大きい。

 王族に直接話しかけるのは不敬、なんて判断かもしれない。

 でも私に言わないでほしい。口をふさいで引きずって帰りたい。

 方々から突き刺さる視線にアデライードの手をたたくのが精々である。

 その間に後ろの方からすみません、すみませんと、女性の声が聞こえて来た。

 名前を出されたカトリーヌが演壇に向かって来ているようだ。

 カトリーヌの声にアデライードも振り返る。

 着慣れぬドレスか、履き慣れぬ靴か、苦戦しつつ辿り着いたカトリーヌは、前のめりに最前列と演壇の間へと躍り出た。

 弾んだ息のまま胸に手を当て、背筋を伸ばして先程のクレマンと同じ様にもう片方の手を持ち上げる。


「ああ! クレマン様! アタシのためにこんな場所でそんな事を言わせてごめんなさい!」


 すでに観客と化した学生たちへくるりと体を回転させ、


「皆様も、アタシのせいで驚かせてしまって……けど、もう、限界で……」


と、言いながら少しずつ体勢を下げて座り込み、両手で顔を覆いながら泣き始めた。

 否、正しくは泣き始めた風に声を揺らして肩を震わせている。

 顔は見えていないのだ。真実は分からない。

 それでも効果は絶大。

 クレマンが説明を省いただけで、相当ひどい事をされたのだろうと、学生たちの考えが一気に傾いたのが分かる。

 同情的な視線をカトリーヌへ、落胆や侮蔑の視線をサブリナへ向けて、ざわめきは一段大きくなった。


「発言をお許しください」


 ややあって割り込まれた声に、学生たちは口を閉じる。

 隣でアデライードがこてりと首をかしげ、クレマンへ片手を上げていた。

 どういう精神構造なのだろう。非常に堂々としている。

 クレマンは演壇を降りてカトリーヌを立たせ、ハンカチを持たせてから、椅子を、と誰にともなく指示を出した後だった。

 アデライードを睨んで短く、どうぞ、と告げ、届いた椅子にカトリーヌを座らせる。

 気にするのはカトリーヌだけかとサブリナを見れば、今にも倒れそうではあるが口を引き結んで立っていた。強い。


「サブリナ様をお願いしてもいいかしら?」


 アデライードは私に小さくつぶやいてから返事も待たずに一歩前に出る。

 私はため息をついてサブリナの方に足を進めた。


「その前に、」


 背後でアデライードが話始めるのを聞きながら、サブリナの隣に立って手を差し伸べる。

 冷たく、小刻みに震える手で握って来た。やはり今にも倒れそうなのだろう、重みを感じる。

 傍らにいた現生徒会はいつの間にか数を減らしていた。会場の外で話をしている様だ。

 今さら手を放すわけにも行かない。仕方なく留まっていた生徒会長にサブリナのための椅子と水を頼んだ。

 アデライードの方も、会場中に声を聞かせるためにとマイクを要求して到着を待っている。どうやら会場全員に聞かせたい話らしい。


「キティ、大丈夫? こんな大勢の前で可哀そうに。聖女になるのも無理だって言うぐらい奥ゆかしいキティだもの、すっごい不安よね? でも安心して? ちゃんと皆に聞いてもらいましょう?」


 キティとはカトリーヌの愛称だ。アデライードはマイクが届くまでの間にカトリーヌの前にしゃがみ込んで手を握りながら話をしている。

 なるほど、それでクレマンも大人しくしているのか。

 アデライードが実はカトリーヌを虐めたサブリナに憤り、全ての罪を広めようと考えている、とでも取ったのだろう。

 単純に現状を面白がっているとしか思えないけど。

 サブリナをお願いと言ったのだから、アデライードは最初の発言通りにサブリナの味方。

 クレマンは深読みをしすぎたな。

 もちろん隣に立つサブリナにも話の内容が聞こえているので、表情は崩さずに、逆にあちらには聞こえないよう小声で聞いた。


「カトリーヌ嬢になにかなさいました?」


「いいえ」


 サブリナも表情は変えず小さな声で即答する。


「では問題ありませんね」


 何もしていないならそれは冤罪だ。

 やっていない事象の証明は確かに難しいが、裏を返せばやった証拠もない。

 届いた椅子にサブリナを座らせ、水を飲ませた頃にはマイクも届いて場が整った。

 アデライードはカトリーヌから離れてクレマンの正面に立ち、改めて身を沈めてあいさつをする。


「来年度から二年生のアデライード・ド・アングラードと申します。警備兵の父と刺繍職人の母を持つ一般庶民ではございますが、学生の代表として質疑させていただける栄誉を得て光栄に思います。改めてお礼を」


 アデライードは発言の許可を求めただけなのだが、いつの間にか学生代表の質疑係になったらしい。

 だから初対面の様な振る舞いは他の学生へのポーズ。普通に顔見知り。

 学生の半数程度が困惑で騒めいた。うん、騙されない人もちゃんといるね。

 しかしクレマンは先程のカトリーヌへの態度で自分たちの味方だと確信したのかおっとりとうなずいている。

 考えの足りないヤツ。

 口には出せないが内心で悪態をつくのは自由だ。

 傍らのサブリナも半眼になっているので似た様な事を考えているに違いない。


「少々興奮しております。言葉遣いが乱れるかもしれませんがご容赦を」


 殊勝な態度ではあるが興奮などと言ってしまっているのだからすでに言葉は乱れている。

 第一普段から、パーティ―会場での婚約破棄シーンって憧れちゃうわ! と妄想のシーンを何パターンも聞かされてきた私にとっては頭の痛い状況だ。

 アデライードは言っていた。

 常識も根回しも名誉も地位も全てを投げ出しての婚約破棄だとしても許すまじ、と。

 手順を踏め、立場をわきまえろ、身辺整理をしろ、成立するまで口に出すな、と。

 婚約破棄された令嬢が悪役だとは限らないではないか、と。


「では始めましょうか。カトリーヌ様とサブリナ様の初対面はいかがでしたか? 最初から悪感情を持たれていたのでしょうか?」


 最初の質問はサブリナが回答すべき質問と言える。

 けれどクレマンは気付かずに答えた。


「二学期の半ばにカトリーヌが開催したお茶会が初対面だ。聖女交代の話と、彼女が第一王子の護衛のケガを治した事、それから弟の護衛と少し衝突があった。それで弟からお茶会の形式で話をしたいと進言したと聞いた。アデライード嬢も友人として参加していたから知っているだろう? サブリナはあの時からカトリーヌに対する態度は悪かったと思わないか?」


 あ、初対面のポーズは無視する方向なんですね。それだとアデライードが味方だった場合、疑われるかも知れませんけど大丈夫です? 王子さま? と心の中だけでつぶやく。

 そのお茶会には私も参加していたし、確かに正式な初対面はあの時だったのかもしれない。私はサブリナを盗み見た。

 顔色は幾分か良くなり、その瞳は怒りに燃えて見開かれている。

 アデライードは大げさに頭に指を当て、マイクの必要性を感じさせない大きな声で言った。


「あら! おかしいですわ! アタクシ入学初日の説明会で生徒会長のごあいさつを聞いている時、カトリーヌ様が、サブリナ様が冷たかった! ってお泣きになっているのを見ましたもの!」


 そう。という事はもちろん説明会前に初対面は済ませているのである。

 発言としてはまだサブリナを非難する内容とも取れるけど。

 クレマンは眉間にシワを寄せてそんな事が? とつぶやいている。

 おまえも一緒だったけど覚えていないのか? とあきれを顔に出しそうになってこらえた。

 アデライードも首をかしげている。やや声量を落として再び口を開く。


「恐らくあれが初対面だと思うのですけれど……アタクシそれも目撃しておりますの。時系列順にお話した方が宜しいかもしれませんわね」


 そこで言葉を止めて、もはや成り行きを見守っているだけの学生の方を向いて言葉を続けた。


「皆様も目撃されているかと思いますわ。人の記憶は曖昧ですもの。アタクシの言葉が足りないようでしたらどうぞお力を貸してくださいね」


 クレマンもまた大きくうなずいている。


「ああ。目撃証言も必要だろう。なにか覚えている事があれば話してくれ」


 サブリナの悪行が暴かれるとでも思っているのだろう。

 実に自信満々だ。


「ば……!」


 隣でサブリナがつぶやきかけて口を手で押えたので、大丈夫ですかと背中をさする。

 多分カトリーヌもクレマンもこちらを視界の端には入れている。

 動揺するサブリナを慰めている様にでも映れば幸い。

 口は動かさずに耳元で続きをささやいた。


「か、なんですよ」


 両手で顔を覆い肩を震わせてサブリナはうつむいている。

 やはり泣いているか笑っているかなんて区別は付かないと再確認しながら、私はアデライードの次の発言を待った。

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