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否定されし男、小屋を建てる

 翌日、早速ミラが俺の頼んだ商品を仕入れに行ったのを見送った俺は、改めて森に入っていた。


「さて、ここら辺の木で良いか」


 目的は目の前の杉の木、それもどれもこれも立派に太く育った良い木ばかりあった。


「とりあえずちゃんとした部屋を作らないことには始まらないからな」


 今の旧村長邸も住む分には問題ないが、それでもかなりボロボロでいつかは修理をしなければならないと思っていた。

 それにミラに話した干し肉の件で専用の小屋を建てなければならないため、どちらにしても木材は可能な限り集めなければ話にならない。


「ミラに大工道具一式も注文しておいたけど、届くのは速くて三日後なんだよな」


 ではなぜここに来たのかといえば、単に魔法で伐採しようと思ったからだ。


「風魔法も選んでおいて良かったよ、ホント」


 もしこれで火魔法とか土魔法を選んでいたらどうなっていたことか、少しだけ過去の自分に感謝しつつ、風魔法の準備を始める。


「『風よ、刃となりて疾く駆けよ』ウィンドエッジ」


 詠唱し、目の前の杉の木の根本を狙って放ってみれば、翠色の小さな三日月の形をしたそれが瞬く間に狙った部分を通り抜ける。

 するとどうだろうか、大木といって差し支えないほどの大杉がするするとずれていき、あっという間にぶっ倒れた。

 しかも断面から見てのおおよそだが、年輪の数がわかるだけでも25ぐらいあることから、正確に数えればおそらく30~35年以上で太さもかなりのものだ。当然ながら高さとして10mは軽く超える長さで普通なら簡単には運べない。


「空間収納が、こんなにも役に立つとはな。ホント取っておいて正解だよ」


 が、空間魔法を使えば簡単に収納できてしまう。どういうわけか空間魔法に何が入ってるのか、どれぐらいの数入ってるのかなんとなく分かる。開拓的な状況でこれ以上チートな能力は正しく無いだろう。


「さて、とりあえず最低でも50本は切らないといけないし、頑張らないとだな」


 今回目指すのは丸太タイプのログハウス……良くキャンプ場のバンガローなんかにあるザ・丸太な感じのアレを作ろうと考えていた。


「完全素人が木を丸太から板材に加工とか無理だし、そもそもこれは干し肉のための小屋だから床も丸太むきだしで良いだろ、多分」


 ノコギリとか鉈ぐらいならある程度使えるが、流石に(かんな)とか使って真っ直ぐきれいな板材を作るなんてのは素人には荷が重すぎるし、何よりそもそも板材を作る時間も道具も技術もない。

 一応ミラに床や壁用の板材も調達できるか聞いたが、流石に小屋一つ分の板材を運べるほど、マジックリュックの容量は大きくないそうだ。


 そんなこんなで必要最低限の木材を数日かけて伐採し、ミラから大工道具一式……のこぎり、鉈、トンカチにバール、そして巻き尺を受け取った俺はひとまず丸太を作る作業に入ったのだが、


「えっと、確か木の皮を剥くような感じで鉈を入れるんだな」

「そうですよ」


 なんと大工仕事はミラがやり方を知っていた。なんでもハーピィ族は山岳部の森に住む魔族で、ツリーハウスよろしく木の上で暮らすため、生活知識として木造建築の基礎を知っていたのだ。


「流石に設計はできないっすけど、大工仕事の基礎ぐらいならできるっすからね」

「それは良いんだが、助かるとは言えミラはここに居続けて良いのか?」

「これも損得の一つっすよ。長期的に信頼して貰えるために、多少の手間でそれが得られるのなら安いってもんすよ」


 そういいながら適切に丸太にした木々のいくつかを風魔法で適当なサイズの板材に作り上げて、せっせとヤスリがけする姿は様になっていた。

 そんなわけでえっちらおっちらと三人で協力し、慣れない大工仕事に悪戦苦闘する俺とダーナが頑張って約二週間、ようやく目的の作業小屋が完成するのだった。


「なんか、思ったよりも早く完成しましたね」

「まぁ釜戸の無い本当に小屋だけだし、基礎は廃屋のものを手直ししただけだからな」


 とはいえ基礎以外はほぼ全て建て直したといって過言ではなく、窓は学校の体育館にあるような壁の下に気持ちある程度の小さなものが二つだけある、日が入らないほぼ暗室の状態だった。


「けど、なんでわざわざ小屋を二部屋にしたんすか?それもどっちにも鉄棒を大量に掛けてましたし」

「そうっすね。干し肉を作るとは言ってましたけど、あれって肉を薄く切って塩とかに漬けてから干すだけだと思ってたすけど」

「まぁ強ち間違ってはいないな」


 実際俺が作ろうとしてるのも、基本的には干し肉とは変わらない。


「俺が作ろうとしてるのは生ハムだよ。それもオーク肉のな」

「生ハム?」

「なんすか、それ」

「干し肉の亜種みたいもんだよ。ただ違うのは干し肉が薄切りにした肉を使うのに対して、生ハムは足をまるごと一本使うんだ」


 その言葉に驚いたのは当然ミラだ。


「足一本って、それまるごと干し肉にするんすか!?」

「そうだ。皮を剥いだり、塩とかにつけたり干したり熟成させたりで、冬の時期から初めて最低でも秋の終わり頃に完成するような代物だよ」

「て、手間が凄すぎるっす」

「いや、最初の干す作業さえ終われば、後は半年以上暗室で吊るして置くだけだから、そんなに手間は掛からないぞ」


 ただし、熟成のために肉の油が床に滅茶苦茶落ちるため、その対策が必須ではあるが。


「ちなみに将来的には、今回作る塩のみのやつと、香辛料やワインなども使ったタイプを作りたいとは思ってる」

「こ、香辛料やワインですか?」

「まぁ酒についてはワインに限らないがな、ウイスキーやブランデーみたいな蒸留酒でも作れるし」


 いわゆるソミュール液というやつだ。もっとも生ハム用のとなると樽一つに塩と香辛料を漬け込む必要があるのだが、今回は作らないので置いておくことにする。


「えっと、ならもう作り始めるんですか?」

「いや、作り始めるのは冬になって雪が降り始めるようなぐらいからだな」

「てことはあと半年も作らないんすか?」

「塩漬けしたあとに風で乾燥させる必要があるんだが、夏場だと腐るからな。気温の低い冬に始める必用があるんだ」


 基本的には今回作った日陰となる暗室に干しておくだけなんだが、最初の三ヶ月は晴れていれば雨に当たらないように外干ししたりなんだりと大変なのだ。


「あれ、でも一年も干してたらカビが生えるっすよね」

「あぁ、むしろ完成まではカビを生やしておくぞ」

「カビたらダメっすよ!?腹壊すっすよ!?」

「出荷するときはカビは当然落とすわ!!それに熟成させるにはカビが必須なんだよ、チーズと一緒だ!!」

「チーズにもカビが使われてるんすか!?」

「種類によってはだがな」


 まぁそうツッコむ理由もわからなくはないが、生ハムとかが有名なイタリア料理ではワインのお供に、それこそカビを使った食材の代名詞であるチーズがお約束だったりするんだ、カビ=悪いものとは一概には言えないのだ。


「はぁ~意外な事実っす」

「というか今さらだが、今って夏なのか?ここだいぶ涼しいけど」

「一応夏季ではあるっす。ここは標高がかなり高いっすから、気温が低くて涼しいのは当然っすね」

「標高が高いって、どれぐらい?」

「おおよそ標高1500mっすね。それでもこの山脈だとここはだいたい中間地点ぐらいっすけど」

「さらっとヤバい事実をありがとう」


 下手すると高山病になりかねない場所ということに少しだけ肝は冷えたが、同時にこの場所が比較的涼しい場所ということも良くわかった。


「となると、俺たちの住んでる村長邸もさっさと修理して、暖炉を使えるようにしないといけないか」

「ですね。ただ、そんなに木材を切り出して、オークが攻めてくる可能性もあると思いますけど」

「そんときは首を切り落として生ハムの材料が増えるだけさ。ついでに俺らの食料と、ミラへの追加資金」

「ふっふっふ、私がしっかりと外貨獲得しますよ。なので、私の自宅と倉庫も立ててよろしいですか?」

「……住むのか?」


 この女、さらっと自分の家まで建てようとしてやがる。別に構いはしないんだが、それよりも


「一応ここ、人間の領域なんだろ?それこそここがある国の人間にばれたら大変だろ?」

「そんときはお二人に危害が及ばないように対処しますし、何よりここ、森がすぐそばなのでハーピィ的に落ち着くんですよね」

「そうなのか?」


 ハーピィについて詳しく知らない俺とダーナは苦笑しつつ首をかしげてしまう。


「それに安心してください、私がここにいるからには野菜といったこの場で手に入れにくい食材も、しっかりと供給してみますよ。せっかく良い商売相手がいるのに、その相手が壊血病で死ぬとかイヤですからね」

「さらっと恐ろしいこと言うなよ」

「本心ですので」


 そんな言葉を茶目っ気たっぷりにのたまう彼女に、俺らも彼女も揃って失笑してしまうのだった。 

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