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否定されし男、商談をする

 ミラをとりあえず現在の住みかである元村長宅に案内し、ダーナと共にミラと相対した俺は、余裕そうな表情のミラに手強いものを感じていた。


「さて、まずそちらが欲しいものを言って頂けるとウチとしてはやり易いんですが、構わないでしょうか?」

「そうだな、俺としてもどこまで対応してもらえるのか分からないからな」


 俺の言葉にダーナはちんぷんかんぷんと言わんばかりに首を傾げていた。


「えっと、どういうことですかレイスさん」

「例えば俺が欲しいものを彼女が今現在持っていなかったとする、それを俺らが先に支払うことで持ってきてもらえるのか、もしくは定期的に塩が欲しいとか言った場合、ちゃんと定期的に売買をしてもらえるのかとか、そういうことだ」


 何せ聞いた話では、ミラの商人としてのスタイルは訳あり品専門だ。しかもその土地では売れなかったり在庫を抱えた商品を、別の村や街で売ることで利益を出すスタイルであり、同時に運べる量は彼女が背負える量までときた、定期的に来てくれる商売とは限らないのだ。


「俺としては定期的に欲しいものとして塩と砥石の二つ、そしてそれとは別に芋類、小麦粉、衣服、可能ならば香辛料の類いが取引できるのなら嬉しいんだが」

「ふむふむ、まず塩と砥石に関してはおそらく定期的にというのは可能っす。塩を作ってるラテールの街は沢山の製塩所があるっすけど、ウチが仕入れてるのはその中でも犯罪者奴隷が作成に関わってるために値段がすごく安いものっす。砥石も魔族の国にあるドワーフの里では安い砥石ならほぼ原価無しで取引してるんで、手間賃と諸経費込み、二つ合わせてオークの肉の半身一つでどうっすか」

「吹っ掛けすぎ……とは言えないか」


 若干高めに言ってる気もするが、この山の中を飛んで移動することと、ここが一応人間圏のエリアだということを踏まえれば、彼女が示した額はギリギリではあるが吊り合っているとは思う。が、


「だがオークの肉もそれなりに高価なはずだろ。平民は基本的に畜産された牛、豚、馬、そして鶏を食してる。それは人間も魔族も大差はないと思うんだが」

「そうですね。そこは否定しませんが、同時にオークの肉も高くはありますが常食されてないわけではありませんっす。特に竜族の近くにはオークやミノタウロスが多く生息してるため、その場所の近くでは家畜が育てられないのでそういった肉が主として食べられていますし、なによりそこで狩られたオーク等は人間魔族共に王侯貴族に献上されるほどの品として扱われているっす」

「なるほど、ブランドってやつだな」


 確かにそういう意味では、ここで狩ったオークはブランドみたいなものにはなってないため、値段がそれに比べれば劣るのは当然の事だ。


「何より竜族の里は魔力の濃度がここと比べて数段違いに濃いので、そこで生活するオークの肉はその魔力を受けてまさに絶品の代物。そこのものに比べれば当然、味も数段落ちるというものです」

「その言い分だと、魔力が濃ければ濃いほど魔獣の肉は美味だってことになるが」

「半分正解半分不正解というべきでしょうか。食べ物に限らず魔力の濃い場所……界隈では『マナスポット』と呼ばれる場所で取れるものは鉱石、材木、食べ物、その全てが濃い魔力を受けて変質するんです」


 同じ鉄でもマナスポットの鉱脈から採取された鉄ならば同じ性質でありながら何倍も丈夫になり、木材ならば同じものに比べて何倍も丈夫で燃えにくく、食べ物ならば同じものに比べて何倍も質が高くなる。

 ゆえに人類と魔族の戦争は、竜族の里のそれを除くこのマナスポットをいかに多く確保できるかというものになってるのだという。


「そういうことで、オークの肉は確かに希少ではありますが、マナスポット産では無いことを加味しまして……半身で銀貨1枚程度、塩がお二人でおおよそ一月分と考えると銅貨50枚、砥石は最低でも2つは欲しいでしょうから、2つで銅貨30枚、そしてオークの肉を別の村や街でお金にする手数料と移動に対する労力で銅貨20枚、これが内訳になります」


 なるほど、確かに彼女の内訳の内容については理解できた。ダーナの話だと、この世界で流通してるお金は竜族の里が発行している『ドラグレム硬貨』のみらしく、その種類は上から白金貨、金貨、銀貨、銅貨、鉄貨の五種類。それぞれが百枚ごとに一つ上の硬貨一枚と同じ扱いをできるから、明示されていない中抜きは存在しないと言って良いし、手数料と労力に関しても国境をバレないように渡ったうえで魔族の国で卸すなら妥当と言える。


「ならオークの睾丸はどれぐらいの値段になる?」

「オークの睾丸はその時によって買取価格がが変動するので一概に幾らとはいえませんが、マナスポット産ではない場合は1セットで銀貨20枚辺りっすね。もっとも睾丸はマナスポット産の方が買取価格が低いっすね」


 銀貨20枚という高額な値段に驚くものの、続けて発せられた言葉に首をかしげる。


「マナスポット産の方が安いって、質はマナスポット産の方が良いんだろ?」

「良すぎるのも大問題なんですよ。オークの睾丸は強壮剤の素材として扱われると話しましたが、マナスポット産のオークの睾丸はその効能が何倍も高いせいで、その、死人が出る事件が極々稀に起こりまして、さらにはマナスポット産の素材を使用した薬は原液だと中毒性がかなり高いうえに、希釈するにもかなりの手間がかかるうえに、そもそもオークの睾丸自体の需要もそこまで多くないので、マナスポット産じゃない方が扱いやすいんす」


 だからマナスポット産のオークの睾丸は使われないから基本的に安いらしいっす、そう答える彼女になるほどなと頷く。


「ならそれで、俺たちの衣服や芋や小麦等を合わせてどれぐらい運べる?」

「衣服は残念っすけど、魔族用の服は人間には大きさも機能としても合わないのでおすすめしないっす。芋はワインの大樽一つ分で銅貨15枚、小麦は粉で良いなら一袋銅貨30枚、粉ではなく小麦そのものというのであれば一袋銅貨25枚が妥当っすね。さらにそこに移動費や諸経費を合わせて一往復辺り追加で銅貨10枚、最低でもこれぐらいは見積もりになるっすかね。流石に芋と小麦を一回で運ぶのはウチには不可能ですから」

「それは重すぎるってことか?」


 そうっす、と簡単に答える彼女。


「ハーピィ族は魔族の中でも魔法無しで自由に飛べる種族っすけど、この通り腕と羽が一体化してるんで、あんまり重いものを担いで運ぶってことができないっす。ウチは昔からかなり訓練して、尚且つこの空間収納機能付きのマジックリュックがあるから飛べてますけど、それでも容れたものの半分ほどの重さの負担がかかるし、リュック自体もウチの体より大きいんで、速度が出せないし飛び始めるのにも助走が必要になるっす」

「なるほど、ちなみにだが、それぞれ一つずつ買ったとして、残金はちゃんと戻してもらえるんだろうな?」

「当たり前っすよ!!当然手数料として銀貨1枚はもらいますけど、それ以外はちゃんと明細と共にお渡ししますので、心配はご無用っす」

「なら良いんだがな」


 怪しいと視線を向けてみれば、ダーナが少し微妙そうな表情をしていた。


「レイスさん、なにもそこまで疑わなくても」

「疑ってなんか無いさ、ただ俺にしても彼女にしても、まだしっかりと信用できる相手か見定めてるだけだ」

「そうっすね。ウチは魔族で彼は人間、戦時下のウチらが初対面で取引しようとするには、互いに裏切らないっていうメリットがあるかを見定める必要があるんすよ」


 もっとも、とミラは続ける。


「ウチからすれば裏切るメリットがないっていうのも本当で、オークの群生地いうことは、レイスさんがこの地域のオークを絶滅させるほど狩らなければ、ほぼ永久的に素材と肉が手に入る。そうなれば取引と買取の手数料でさらに儲けられる、ウチとしてはゴマ擦ってでも仲良くしたいと思ってるっす」

「だがオークを狩るとしても、アンタが来たときにちょうど狩って解体してるかは分からないぞ。最悪、干し肉でも良いのならなんとかなるかもしれないが、そこまで数は用意できないぞ」

「その言い方、材料さえあれば干し肉を作れると思ってもよろしいんですね?」


 まぁ確かに簡単なものなら作れる。作れはするがそれでは少し物足りない。


「設備の準備に約一年、完成にも一年貰えるのなら、それなり以上の干し肉を作って卸せるかもしれない」

「ほほう?それなり以上のですか?」

「あぁ、だが実物を見ないとそっちも判断が無理だろう?」

「それは勿論です。何が言いたいんでしょうか?」


 俺はニヤリと笑みを浮かべる。


「勿論商談だ。今回の取引で俺は塩、芋、小麦粉、ワインをそれぞれ一樽分、そして砥石を買いたい」

「な、砥石以外の物全てを一樽ですか!?」

「そうだ、そしてこのうち塩を毎月一樽、さらに定期的に胡椒などの香辛料やハーブを仕入れたい。可能ならば塩は毎回同じ産地のであると助かる」


 その言葉に彼女の表情が強ばり、そしてダーナの顔が青く染まった。


「レ、レイスさん!?いきなりなにを言ってるんですか!?」

「そ、そうっす!!塩の方は産地ならなんとかなるっすけど、毎月一樽って、いったいどんぐらい重いと思ってるんすか」

「一樽あたり5~60キロぐらいだろ?マジックリュックに容れれば約30キロ、不可能な重さか?」

「そ、それは……まぁなんとかならなくはないっすけども」


 その言葉に俺はニヤリと笑う。


「その代わりとして、俺は毎月オークの睾丸を最低1体分用意するし、干し肉が完成したら真っ先にお前と値段交渉を行う。優先販売権というやつだ」

「優先販売権……っすか?」

「そうだ。もしそれをお前が仕入れて他の街……それも有名な料理店に持ち込んで売れればどうなる?」

「……っ、継続的な販路になるってことっすか?」


 その通りだと笑って見せると、ミラの表情もどこか笑みを隠せないでいた。


「勿論、これは成功した場合だし、俺の干し肉が上手く行かない、もしくは売れ行きが芳しくない可能性もある」

「なるほど、つまり先に材料をかき集める苦労をする代わりに、商人として成功する賭けをしろ、と?」

「その通りだ。ついでに言っておくと現状、ここを知っているのはお前だけで、人間の商人は誰一人来たことがない」


 つまり、この儲け話を知ってるのは現在進行形でミラただ一人。この情報を聞いて商人が考えるのは――


「良いでしょう、ただし、失敗したら責任を取って貰うのを約束して貰いますよ」


 ――当然、乗る一択しか考えられない。


「あぁ、良い取引が出きるように精々頑張ろうか」

「えぇ、こちらこそ」


 俺達はにやりと笑い合いながら握手を交わし、


「えっと、私にもどういうことか説明して~!!」


 一人置いてきぼりなダーナの悲鳴が空を木霊するのだった。

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