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否定されし男、少女と出会う

 俺が目の前の少女を普通じゃないと思ったのは、その身体的特徴があまりにも俺のような普通の人間の姿とはかけ離れていたからだ。

 少女の体……というより肌の色が普通の人間と違って、薄くはあるが緑色だったのだ。身長こそ年相応のものだったが、額の左側には小さな角があり、耳も普通の人に比べて若干大きく、かつ先のほうが尖っていた。


「ひっ、すみません、すみません!!」


 そして俺の顔を見た瞬間、彼女は怯えるように謝りだした。


「別に謝る必要はない、が、どうしてこんなところに一人で居る?」

「え、あの、その……村の人に捨てられて、頼る宛もなくて、お腹が空いて、この森で一人で生活してて、それで」

「……そうか」


 俺は彼女のことを確認すると、その左腰に小さな膨らみがあることに気づいた。


「もしかしてだが、その左の腰にあるのは短剣か何かか?」

「ひっ、あ、はい、確かにナイフですけど」

「なら取引をしないか?俺は見ての通り刃物の類いを持ってなくてだな、君にこの目の前のオークをそのナイフで解体してもらいたい」


 俺の言葉が意外だったのか、その顔がすぐに驚きに変わった。


「え、解体ですか?」

「そうだ。出来に関わらず、解体したオークの肉の半分を君にあげよう。俺はこの先の廃村に今日住み始めたんだが、君が望むならそこに案内してもいい」

「そ、そんな、私なんかにそこまでしてもらっても、何も返せないです!!」

「いや、どっちみち君が解体してくれなければこのオークは殺して捨てるしかなかったものだ、それを有効活用できる恩人に出会えた、むしろ俺の方がもらってるくらいだ」


 嘘偽らざる本音だった。いくら転生の特典があるとはいえ、流石に解体の仕方までは分からないし、何より目の前の少女の怯えようは、まるで昔の俺のように誰かに否定され続けた人間の卑屈さと同じように見えた。


「どうだ、できるか?」

「……やります、やらせてください!!」


 そしてそういう人間は、役割を期待されると特に張り切るのは自分の経験上で分かっていた。


「よし、なら早速首を落とすか」

「はい!」


 元気な返事を聞きながら、起きかけていたオークの首を風魔法で勢い良く切り飛ばす。次の瞬間まるで噴水のように血が流れ始める。


「よし、まずは血抜きからだ、ここで可能な限り血を抜いて軽くするぞ」

「わ、わかりました!!」


 俺は急いでオークを逆さまにして木に引っ掻けると、少女はどこからか蔦を持ってきてその両足を縛ると、慣れた手付きで近くの木に登って縛り上げて、巨大なオークの体を宙に浮かべさせた。


「手際いいな」

「えへへ、追い出されるまで、村での雑用は私の仕事でしたから」


 豚や鶏の解体もやってましたと宣う少女になるほどと短く頷くと、彼女はオークの心臓の辺りを押し始める。


「ここを押すと、血がいっぱい流れてくれるんですよね」

「まぁ、心臓は血を体に回すためのポンプだからな」


 理には叶ってるんだが、ここまで馴れすぎてることに彼女がどんな生活を送ってきたのかが何となく分かってきた。


「よし、そろそろ良いだろ。解体は村に戻ってからやるぞ」

「わ、わかりました。けど、どうやってこれを運びますか?」


 そう聞いてくる彼女に、俺は空間魔法の中に一瞬でオークをしまうのを見せた。


「これなら問題ないだろ」

「は、はい。凄いです、おとぎ話に出てくる空間魔法を使えるんですね」

「……偶々だ」


 流石は選んだ特典の中でも一番ポイントが多かっただけあって、この世界ではかなり稀少な魔法なのだろうということが分からないわけがなく、少々言葉を濁すぐらいしかできなかった。


「ところで、あの、お名前を聞いても良いでしょうか」

「そういえば名乗ってなかったか、レイスだ。姓は……ない」


 転生する前の名字を名乗ろうかとも思ったが、異世界に来てまであの糞親父と繋がってるような気がしたからやめておくことにした。


「レイスさん、えっと、ありがとうございます」

「それはなんのお礼だ?」

「見ず知らずの私なんかに、貴重で稀少なオークのお肉を半分もくださることに対してです」

「それはあくまでも正当な取引だ。礼を……いや、素直に受け取っておくことにするか」


 他人に信用されてこなかった人間にとって、お礼を言ってそれを受け取ってもらえないのは精神的に病む可能性……というより、実体験という名のトラウマがあるので、形式上は受け取っておくことにした。

 彼女もそれが分かっているのかは分からないが、俺がそういうと心なしか笑顔が自然な風に変わったように感じた。


「で、あー、君の名前は?」

「えっと、村の人からは『お前』とか『忌み子』って呼ばれてました」

「それは名前じゃないだろ」


 もはや村八分どころの話ではない。完全に疫病神扱いされていたという少女に、それをしていた連中に怒りを通り越して呆れすら感じた。


「……なら俺が名前を考えるか?」

「え、それって」

「まぁ『お前』とかで呼ぶことはあるかもしれないが、名前がないとこれから色々と不便だろうし、何より俺個人としてもそんなのはどうにも座りが悪い」


 そうぶっきらぼうに言うが、ほぼ全て本音だった。名前がないというのは、文字通り存在すらしないと否定されているようなものだ。否定され続けてきた身でも名前すらもらえないということはなかった俺としては、せめて全うな名前ぐらいはあげても構わないだろうと思ったのだ。


「もちろん、嫌なら断ってくれて構わないが」

「い、いえ、あの、その、本当に良いんですか?私なんかにそんな」

「さっきから思ったが、そこまで卑屈になる必要はないと思うんだがな」


 前世の俺もそれなりに卑屈だった自覚はあるが、彼女のそれは少なくとも俺以上だ。


「……私は半魔(ハーフ)ですから」

「ハーフ?それは魔族と人間のってことか?」


 鑑定しなくても分かるくらいに特徴的な外見から、何となく察しはついていたが。


「やっぱり、分かりますよね」

「まぁ、外見的にな。それがそこまで卑屈になる理由なのかは分からんが」

「……半魔は、人間でも魔族でもない、どちらからも嫌われる存在なんです」


 その言葉に眉を吊り上げ、周りを警戒しながら言葉を続けさせる。


「本来魔族の男が人間の女を孕ませた場合、種族関係なく孕ませた魔族と同じ種族の子供が産まれるんです。女系魔族の場合も同じく、魔族の子供を産みます。けど、極々稀に人間の血が強い子供が産まれるときがあって、それが半魔なんです」

「うん、まぁ、そういうことも起こるだろうけど、それがどう関係するんだ?」

「半魔は外見的な特徴も、身体能力みたいな内見的な特徴も人間と魔族の中間で、私みたいに肌の色や角みたいに中途半端に魔族側に寄ってたり、魔族の種族としても魔族の血が強い同種族の魔族に比べて力が弱いんです。だから人間側からは『魔に犯された忌み子』と呼ばれ、魔族側からは『人間の血に負けた弱者』として嫌われてるんです」


 そういうことかと納得した。女神様の話では、この世界は現在人間側と魔族側で戦争状態にある。今のを聞いた限り人間側は宗教的な意味での戦争……つまり魔族の存在を許さないスタンスなのだろう。そんな中で半魔は人でありながら魔族の血を宿した忌むべき存在であり、そんな存在は魔族と同じではあるが、同時に人間でもあるため簡単に殺すことはできないため村八分的な扱いをしていたのだろう。

 逆に魔族側は精神的に弱肉強食が軸になっているのだろう。強い種族が生き残り、弱いものを許さないというスタンス。人間と違って群ではなく個を重視する考えだからこそ、魔族の血を引きながら人間の血が強く、かつ能力的に劣っている半魔の存在が許せないのだろう。


「言いたいことは分かった。が、そんなのはどうでもいい」

「え、どうでも……え?」

「どうでもいいよ。人間側の言い分も魔族側の言い分も理解はできる、けど、俺からすればそんなのは頭が古く凝り固まった連中の戯言にしか思えないな」


 そんな言葉を聞くとは思ってなかったのだろう。少女の顔は驚きを通り越してぽかんと口が開くほどに唖然としていた。


「俺からすれば、その半魔ってのは可能性だと思うんだよ」

「かのうせい、ですか?」

「そうだ。半魔は魔族でありながら人間でもある。、人間でもありながら魔族でもある。二つの種族の融和を象徴する種族だって俺は思うんだよ」


 もちろん皆が同じ考えになるとは思ってないし、否定する連中の言葉を否定するつもりはない。彼らの考え方は現状維持であり、それを壊しかねない少女のような存在を許容できないというのも、国や教会のような大きな組織の者になればある種の当たり前だからだ。


「俺はお前を否定するつもりはないし、拒絶するつもりもない。いや、お前だけじゃなく同じような半魔の誰も否定しない」

「私たちを、否定しない」

「あぁ、何せ俺も周りから否定され続けてこんなところに逃げてきたわけだからな。同じ穴の狢、否定される怖さはよく知ってるからな」


 そう言ってるうちに廃村へと到着した俺は、彼女に手を差し出す。


「なんなら、俺たちで否定されてきた連中の居場所を作るのも面白いかもな」

「私たちで、ですか?」

「そうだ、ここで一から始めるんだ。俺たちのように否定され続けてきた人間や半魔が手を取り、一緒に笑えあう場所をさ」


 何となく言ったその言葉に、少女は震えていた。


「わ、私はゴブリンとの半魔です」

「うん」

「魔族みたいに力が強いわけでもないし、こんな見た目です」

「うん」

「そんな私が、誰かの居場所を作っても誰も求めてくれないかもしれないです」

「うん」

「それでも、レイスさんは隣に居てくれますか」

「それをお前が望むのならな」


 そう言うと彼女は涙濡れの笑顔を向けながら、俺の差し出した手を握りしめた。


「分かりました。そんな夢のような場所を作れるようにしましょう。レイスさん」

「おう、さしあたってはまずは名前を」

「あ、でも名前だけは前から決めてたんです。いつか自分の名前を名乗れる日が来たら、こう言おうって決めてたものが」


 そう言うと涙を拭い、彼女は真剣な表情で俺の目を見る。


「私の名前はダーナ、人間とゴブリンとの間に産まれた半魔のダーナ。私はこれから、そう名乗ろうと思います」

「あぁ、改めてよろしく頼む、ダーナ」

「はい、レイスさん!!」

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