否定されし男、廃村を探索する
「これは、なかなかに廃墟だな」
目を開けて最初に見た光景は、凄惨でこそないが、静謐という言葉が似合うほどに誰の気配もしない、そんな村の姿だった。
とはいえ焼き討ちがあったような、そんな人為的なボロボロさは微塵も感じず、戦禍を恐れて逃げ出した結果生まれた廃村というべきもので、残った建物の劣化が、見回った限りほぼ全て人が住まなくなった事による経年劣化的なものばかりというのは、それはそれでありがたかった。
「暮らせそうなのは村の中央にあった比較的大きい家だけか……いわゆる村長の家だったのか?」
若干外見が怪しく感じる雰囲気はあったが、中は廃墟ではあるがそれなりに手入れをされ、さらに他の家と比べてレンガが天井から部屋に落ちてないところを見るに、一先ず住むには充分だった。
「あとは万が一のための武器を探さないとな」
俺が選んだのは『長物』……これは棒や鍬、鋤のような長い棒状の物であれば何でも扱える便利なもので、こういう場所ならそういったものも残ってると思ったのだが、
「まぁ、当然あるわけないよな」
何せ村を出ていくのに、鍬や鋤は万が一の武器になるし、薪を割るための斧は尚更だ、村を離れる際に持っていくのは当たり前だろう。
「あったのは物干し竿に使ってたと見られる金属の棒だけか」
およそ今の俺の身長が175cmぐらい、物干し竿は俺の頭半分長いくらいだから、せいぜい約190cmぐらいか。鉄製とはいえ非常に軽いし、若干錆びてる。
正直、武器としては無いよりマシぐらいの代物だったが、不幸中の幸いはこれが村の中に幾つも落ちていた事だろう。
少なく見積もっても20個はあった。一つの家庭に二つずつ、計10家庭分と考えれば村の大きさが30家庭程の物なので少ないかもしれないが、それでも暫くは武器の心配はしなくていいのは良いことだ。
「えっと空間収納の魔法は……『我、異なる間に宝物を隠すものなり』ヤード」
この世界に来てなんとなく分かる魔法の使い方と、その魔法の中身と詠唱を思い浮かべながら口ずさめば、目の前に白い魔方陣と共に空間が現れた。
「これに、鉄パイプを容れると……おお、ちゃんとしまえたし取り出せるな」
少し面白く思ったが、一先ず纏めておいた鉄パイプ全てをその中にぶちこむことにした。
この魔法の良いところは一度発動してしまえば、あとは自動的に発動のオンオフが掛かるらしく、試しに陣が消えたあとに鉄パイプを1つ取り出そうと念じただけで一瞬で取り出せたし、逆にしまおうと思えば瞬時に魔方陣が開いてしまえるようになることだ。正直かなり便利で助かるものだ。
「しかし時間が分からないとはいえ、ここはかなり寒いな」
服装こそ、長袖の肌着の上に半袖の重ね着と長めのジーパン擬きというものだが、気温が低いのか標高が高いのか、風がないのに肌寒く感じる。
「服の類いは見つからなかったし、となると火と食事で暖を取るしかない、か」
仕方ないとは思うが、いきなり狩猟をしなくてはならないとは気が滅入るものだが、人間生きるためには動物を殺すのは当たり前、自然の摂理なのだと思えばなんとかなるだろう。
「けど、せめて水は確保しないとな」
井戸が生きていれば良かったのだが、当然ながら廃墟になってから使われてなかったのだ、桶もなければ井戸の底からは悪臭が漂ってるわで完全にアウトだった。
「川もない場所で一人廃村生活って、ふつうに考えて自殺志願者だろ、これ」
それを望んだのが自分だと分かっていても、やらかしたという思いが頭に重くのし掛かる。
「しょうがない、今日は鉄の物干し竿で食料調達しますか」
そう誰にでもなく呟くと村の入り口の片方、深い木々が生い茂る林の中に足を踏み入れた。
林の中はやはりというか、かなり通行性の悪い砂利と土の道で、しかも足腰にかなり負担が掛かる険しいものだった。正直、肉体年齢が高校生ぐらいまで若返ってなかったらかなりの息切れを起こしていたに違いない。断言できる。
「さて、問題は食べられる果物か動物が見つかるかだけど……」
もし日本の山で同じ状況になって、尚且つ食べられるものとなると、考えられるのは動物は鹿、猿、猪、熊、兎、蛇、そして野鳥ぐらい。異世界といっても野生動物が居るのなら、森野中で鹿と猪と熊と蛇ぐらいは出てきてもおかしくない。さすがに猿と兎と野鳥を捕まえられる自信はないが、仮に鹿一頭捕獲できれば、空間収納にぶちこめば二週間は持つだろう。
果物にしても、ビワやアケビなんかは山に自生してる果物の定番だし、場所によっては木苺や山葡萄が取れる。現状野菜を得られる手段がない状況で、ビタミン系の食材として可能な限り手に入れたい。
「『光よ、我が存在を隠せ』ミラージュ、『闇よ、我が気配を外界から閉ざせ』シャドー」
光属性と闇属性の気配遮断魔法を展開した俺は、そこからは無言で村の近辺を歩き回った。周辺を確認し、野生動物や木の実などの痕跡を探し、分からなくならないように木に傷を入れて即席の座標にし、かれこれ一時間ほど歩き回った結果、
「収穫はビワとアケビだけ、か」
どちらも群生地かというほどに大量に自生しており、ビワだけでも15個、アケビも20個ほど軽く手に入れることができなた。それと同時に、ここの季節が4~5月ぐらいなのも、これが見つかったことで把握できた。
幸先良いと思ったが、同時にこれだけの野生果物が豊富にあるというのに、周りには熊や鹿特有の縄張りを示すマーキングの証拠である、傷付きの樹木が全く見当たらないことにかなり不自然さを感じていた。
「ここには熊が居ない?でもそうなると、ビワやアケビがここに群生してる理由が分からなくなるよな」
ビワやアケビといった山に自生している果物の場合、野生動物に食べられ、そして糞に混ざることで運ばれることでその棲息分布を広げるという性質がある。特にアケビの木は低木の部類に入り、その文字通り木の高さはかなり低い。ゆえにアケビは猿や熊等の動物がその実を食すことで分布を広げるのだが、ここまでその猿や熊の痕跡が全く見えないことがどうにも引っ掛かるが、それもすぐに分かった。
「まぁ異世界だし、そういうこともあるよな」
振り返ってみれば、そこにはヒグマの倍ほどの身長と体格を持つ、豚頭に牙が生えた特徴的な顔の亜人が1体、巨大な棍棒を片手に立っていた。
「ブモォァァァァァァ!!」
「オークかよ!!」
俺はすぐに空間収納から鉄棒を取り出して構える。体長おおよそ3.5mほどの巨体で立つその姿は圧巻だが、雄叫びをあげながら振り回している棍棒は尚更迫力があった。
「けどはいそうですかって、わざわざ攻撃を受ける必要もないけどな!!」
「ブモォァ!!」
振り下ろしの瞬間におもいっきり奴の右膝を鉄棒で殴り付ける。粗末な腰ミノしかつけてない完全な無防備なそこへの強打は思いの外効いたのか、奴の体が思いっきり地面に激突する。
ジタバタと暴れるその巨体に瞬時に飛び付き、鉄棒をオークの首の前で交差するように喉を押さえつけると、瞬間、力の限り後ろに引っ張る。
「ブモァ……ブモァ!!」
呼吸ができなくなったオークはすぐに俺をひっぺがそうとするが、両方の肘の裏で挟むように引っ張ることで固定された体を引っ張ればそれだけ余計に息苦しくなり、体を振って落とそうともしてくるが、固定されてる状態でそれをやっても意味がなく、2分ほど続ければピタリと動きが止まり、泡を吹きながらうつ伏せに倒れこむオークの出来上がりである。
「しかし、突然なのに良く動けたな、俺」
平和な法治国家の日本で暮らしていて、喧嘩すらろくすっぽしたことの無い平和主義者だったというのに、自分の倍の体格はあるオークを一人で締め上げたなど、仮に日本で話したらバカにされるか呆れられるかのどちらかだろう。
だが、現実として殺しはしてないが気絶させられたのは、ひとえに転生特典の能力が高いことの証なのだろう。そう思った俺は、思考を目の前のオークに戻す。
「鑑定……あぁ、オークって食えるんだ」
念のために鑑定してみれば、どうやらオークは解体すれば食べることが可能と出てきて、さらにいえばかなりの美味とも書かれていた。
「けど問題は包丁やナイフの類いが一切無いことだな」
首を落とすぐらいなら風魔法の『ウィンドエッジ』というもので簡単にできるが、解体や細かく切り分けたりといったのはさすがに不可能だ。
さてどうするか、そう思った時だった。
「っ、誰だ!!」
後ろからガサガサと藪を掻き分けるような音が聞こえて振り返る。音が聞こえるまで気配を全く感じ取れなかったことに嫌な予感を感じつつ、そっと目の前の藪に近づき、上から覗いて見れば、
「ぁ」
「……女の子?」
少なくとも普通の人間の姿をしていない、1人の少女がそこにへたりこんでいた。