否定されし男、転生する
遠退いていた意識がゆっくりと浮かび上がる。そんな感覚で目覚めた俺の視界は真っ白いなぞの空間だった。
「ここは……」
どこだ、そう思った瞬間目の前に神々しいほどの淡い金色の髪の女性がいきなり現れる。
「目が覚めたようね、新たなる御子よ」
「新たなる御子?それにあんたは」
「私の名前はレイネシス。貴方たちの言葉で言うのなら神様というものの一人になるわね」
神、そう名乗った彼女はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「新たなる御子というのは、これも貴方たちの言葉で言うのなら転生候補者のこと。普通の輪廻の輪から外れてしまった存在を、別の世界の輪廻の輪に組み込むことでバランスを保つために存在するの」
「輪廻の輪から……外れた?」
「えぇ、普通輪廻の輪から外れるのは同族の人間を殺した人間だけ。勿論戦争のような殺った殺られたとか、犯罪者を殺すために仕方なくとか、そもそもビジネスとして人殺しをしているとか、そう言うのは別だけど、そういう同族の人間を殺すというのは本来その人間に情報的な歪みを与える。けどそういう人間は意識をそのままに転生させても困るから、記憶や情報の歪みを全て消去して送り出すのだけど……それでも貴方のような例外は存在するの」
俺のような、というその言葉に少しだけ首をかしげる。というか、今更ながら自分の肉体がちゃんと存在してることに気付き少しだけ驚いた。
「例外というのは、否定され続けた人間のこと。否定され、苛められ、自殺にまで追い込まれるような人間の情報も、別の意味で歪むの」
「別の意味でって、悪い意味でってことではなくてですか」
「いえ、それこそ悪い意味でよ。さっきの殺人を犯した人間というのは、情報強度が並みの魂以上に強くなって、さらに歯止めが効かなくなる。だから消去しなくてはならないの」
が、俺のような人間の場合は真逆らしく、曰く
「貴方のような場合はね、魂の情報が摩耗して転生できなくなるの。しかもリセットをかけようにも摩耗しすぎた魂はリセットに耐えきれずに崩壊してしまう。そうなると輪廻の輪が崩壊して、その世界そのものが滅ぶ結果になってしまうの」
そういうものなのかと納得したが、だとするのなら
「じゃあ今のままじゃ転生できないのでは」
「えぇ、だから魂に新しい魂の情報を肉付けするの。けど、ただ肉付けしても魂の情報でまたその部分が削がれては意味がない。だから貴方たちの世界で言う転生特典というやつで補強するの」
「な、なるほど」
理屈は分かった。分かったのだが、少しだけ気になることがあった。
「その補強って俺の場合どれぐらいになるんだ?」
「そうね、普通の魂の場合を100とした時、今の貴方の魂の量は……うわ、これはエグい、たった1よ。むしろ0になって消滅霧散しててもおかしくなかったのによく堪えれたわね」
「たった1!?それに消滅霧散って」
「文字通りよ。0ってのは文字通りの無になる。つまり転生することも輪廻の輪に返すことも不可能になる完全な消滅のこと。ふつうそこまで他人に否定されたり騙されたりしたのなら、絶望しすぎて自殺して0になっておかしくないのに、1って逆にすごいわよ」
そんな褒め言葉は真っ平ごめんだが、それが意味することはつまり、
「俺の魂はかなりの量を肉付けしないといけなくなる、と」
「そうね。ふつうここに呼ばれる人間の魂は少なくとも50か60ぐらいが当たり前なのに、ここまで来るとほぼ新造ね」
「なんか、別の意味ですみません」
「謝る必要はないわよ、逆にここからどこまで詰め込めるのか、私の方が気になるくらいよ」
それはそれでなんか嫌だと思うが、そう思っていると目の前に一瞬で本が現れる。
「それが肉付けのためのカタログね、どんな特典を自分に付けるか、それを貴方が決めなさい。単価は%……つまり貴方の場合、合計で99%まで選べるわ」
「決めなさいって、ここに書いてある通りだとかなり自由度が高いんですけど」
カタログの中身は多種多様で、例えばもっとも少ない1%の内容には『言語適応』や『生活魔法』等の異世界で生きる定番の物が、10%を超えると『魔法適正:炎』や『武器適正:剣』といった攻撃的なものが、そして一番高い25%になると『魔法適正:空間』やら『韋駄天』、『武器自由作成』等々かなりヤバイものが目白押しだった。
「これ、変に色々入れて回りから浮くのが嫌なんですけど」
「安心なさい。転生とは言ったけど赤ちゃんからスタートと言うわけではないわ。肉体年齢は15歳相応で、私の世界はファンタジーの定番の魔族と人間の戦争状態のようなものだから」
「それはそれで安心できないんですが」
しかしだとすればどうするか、少しだけ考える。
「一応聞きますけど、素で言語を理解できたりするんですか」
「そこは当然だけど、理解して書けたりするのは人間の言葉だけね。魔族の言葉は統一性が無いもの」
「そうですか」
それならば、と俺は幾つかの候補を選び、さらに残った数値を確認してとあるスキルを確定する。
「えっと、これで大丈夫ですか」
「どれどれ……へぇ、面白いのを選んだわね」
「面白い、ですかね」
「えぇ、面白いわ。いつもの転生候補の面々に比べれば随分とよ」
そんなものかと思うが、どうやら女神様には受けたらしい。まぁ珍しいスキルも入れたとは思うのは理解してるつもりだし、スキルの合計もかなりの数になった。
選んだ特典は高いものから『魔法適正:空間(25%)』、『環境適応(15%)』、『魔法適正:光(10)』、『魔法適正・闇(10%)』『魔法適正:風(10%)』、『武器適正:長物(10%)』、『詠唱記憶(5%)』、『万能鑑定(5%)』、『真偽判定(5%)』、『生活魔法(1%)』、『言語適応(1%)』、『隠蔽(1%)』、『狩猟(1%)』と合計で13個となり、ゲームで言うのなら『魔法系槍使い』みたいなポジションな特典だった。
「しかも比較的分かりやすくて使いやすい特典ばかりで容量きっかり、他の候補者はもっとロマンに寄ってるのが多いのに」
「ロマン求めてすぐ死にたくないからな。これぐらい用心して越したことはないだろ」
これもバイトや大学時代、ノリと勢いで周りがやらかして、その結果全てを俺に押し付けてきた連中をいまだに覚えてるからな。別の意味で黒歴史だから基本開かないようにしてるが。
「貴方がそう言うのなら私からなにかを言うつもりはないけど……そうね、うん、ならこれから貴方を私の世界に転生させます」
「そう、か」
「どこか希望する場所は存在する?無ければ人間の国の中の一つに転生させるけど」
希望、そう聞かれてすこし悩んだが、俺は一つ聞いてみる事にした。
「なら人や魔族が殆どいない、また殆ど誰も寄り付かない廃村とか、そういうところは可能か」
「え、まぁできなくはないけど……どうしてまたそんな酔狂な場所に?」
「まぁ、なんというか、人間関係とかそういうのに飽き飽きというか、トラウマがあるっていうか」
誰かに否定され続けた俺にとって、繁華街とかそういうきらびやかな場所に自分から行きたいとはあまり思えなかったという、情け無さすぎる理由だが。
「ふぅん?でもそうなるとそうね……それだと人間と魔族の領域の境界線付近になっちゃうけど、構わないのかしら?」
「いいよ、転生して暫くは人と離れた生活をしたいんだ」
「そう、分かったわ」
そう言うと神様は俺に手を向けると、途端俺の体が光だす。
「これは」
「転生の光よ。貴方の新しい人生が幸あらんことを、私はここから見守っているわ」
「……ありがとうございます」
俺はそう言うと目を瞑る。感覚がふわりと浮かぶような、そんな不思議な感覚に身を任せる。
「最後に私が貴方に名前を授けます。……レイス、これより先の貴方の名前はレイスと致しましょう」
私の名前に近いですが、似たような名前も多いですからあまり目立たないでしょう。
そんな彼女の最後の言葉を聞きながら、一度目の人生で否定され続けた男は、レイスとして新しい人生を始めることになった。




