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否定されし男、森を探索する

 女騎士改めてクラウヴィアとの一時共闘を締結した俺は、その件のクラウヴィアと二人で森の中を下っていた。

 というのも俺たちは現在、ダーナとミラを除いた全員が目的である魔族の情報を得るために山狩りをしており、一応の安全のために二人一組での行動をということになったのだ。

 俺としてはそれ自体に文句はないし、もしものことを考えれば妥当ではあるとは思うが、いかんせんついさっきまで矛をぶつけていた相手といきなり組むというのは、こう言うのもなんだがとても違和感を感じていた。


「しっかし、この何にも目印の無い山の中で良く道が分かるよな」

「月日が経っているとはいえ、昔住んでいたからな。多少昔とは環境こそ変わっているが、そこまで騒ぐほどでもない」

「経験ね……」


 正直杉木ばかりですぐに迷いそうな状況だ。一応念のために闇魔法で簡単な道標は作ってはあるが、それも魔族の証拠を掴むためにそこまで多くは作れないし、何より俺自身がどこまで魔法を使えるのかも分からないから、本当に念のためにという形だ。


「しかし私としても意外ではある」

「?なにがだ」

「私とツーマンセルを組むことを受け入れたこともだが、あのハーピィの魔族……ミラだったか?彼女も捜索班に加えると思っていたのだが、そうはしなかっただろ」


 歩きながらのその問いに、あぁ、と若干疲れを滲ませながら答える。


「そりゃダーナの護衛だよ。ダーナは解体ができるだけの言ってしまえば一般人だ。魔法の心得も武器を使った戦いかたの基礎も知らない、万が一その魔族が俺らの隙をついて村に仕掛けてきたら間違いなく死ぬからな」

「ふむ、そこまで考えているのなら貴様が長をすれば良かろうに」

「他人不信拗らせてる俺がトップになったところで、なんのメリットもないね」


 正直言って、ダーナを助けたのは半分同情であり、同時に半分自己満足だ。転生する前の自分と似たような……誰からも必要とされていない、そんな人生を送ってきた少女に何にも感じなかったと言えば嘘になる。

 だからダーナを周りから必要とされるような人間にする、そして誰からも必要とされるようにする為なら多少は力を貸しても良いとは思った。自分のように利用できるか否かで判断するようなスれた人間になってほしくないという個人の感傷だ。


「私は人間は損得だけでは動かないと考えている。実績を出し、力を示した人間が上に立つのは当たり前であろう」

「いいや、人間は損得だけでしか動かないよ。人が知恵を得た瞬間からそれは変わらない。どんな聖人聖女であろうと、欲を持たない人間はいないんだからな」

「なぜそう言いきれる?」

「んなもん、私情も欲の一種だからな。俺ら人間のような知恵ある存在は、獣の食欲や性欲なんて本能の欲なんかの比じゃないほど、欲に支配された生きてるんだからな」


 誰かより上手になりたい、誰かより強くなりたい、誰かのようになりたい、そんな夢や願望というのはつまりはその個人から産み出された欲なんだと、俺は嫌でも知っている。

 そして人間の欲望に終わりなんてものは存在しない、権力のために他人が邪魔だという考えも欲であり、誰かの行動を否定するのも個人の欲望だ。それが肉親ならばその欲の深さもまさしく深淵なのだ。


「野生の生物に欲なんてものは殆どない……あるのは生存本能だけだ、食べるにしろ繁殖するにしろ、そこには生きることと種を残すこと以外に存在しない。そう言う意味では、人間ほど欲に支配された存在はない」

「言いたいことは理解できる。が、なぜそこまで頑なに人を信じない、何が貴様をそこまで……」

「大した理由じゃない、ただ、俺は今の今まで自分を認められたことがなかっただけさ」


 そう、俺の過去に周りから良い反応を貰えたことは殆どない。誰からも常に反対され、貶され、陰口を叩かれ、そして誰からも信じて貰えなかった。彼女を除けば。


「……俺の実家は、地方の政治家だった」

「政治家?なんだそれは?」

「役人と言った方が伝わるか、とにかくそれなりに大きい街で役人としてはかなりの重役のポジションを担う、それが俺の親父だった」


 親父は糞がつくほどの真面目な人間だった。仕事の愚痴は殆ど溢さないし、黒い噂なんてものは全く聞かない。清廉潔白という言葉があるが、政治家としてはありえないくらいにその言葉が似合う人で、そこだけは俺も素直に凄いと思っていた。

 が、公人としての親父は優れた人間だったが、私人として、そして親としての親父は酷く最低な人間だった。親父は昔から完璧主義であり、同日に酷く現実主義な人間だった。


「俺はな、小さい頃は料理人になりたいと思ってたんだ。特にフレンチ……宮廷料理って呼ばれるような料理を作る人間になりたかった。けど、親父はそれを許さなかった」


 曰く、政治家の息子が政治家にならないとは何事か。そんな下らない夢を見るよりも勉強して俺の跡を継げるような人間になれ、そう言われた。


「不幸なことにさ、それができるくらいの能力が俺にはあった。政治家としての法律の勉強は楽しくもあったけど、それでも、心から面白いと思ったことはなかった」


 そして親父は現実主義であると同時に、漫画やゲームにアニメ、果ては小説に至るまで、フィクションという存在を蛇蝎のように嫌っていた。

 ゆえに俺がほしいと思ったものを買って貰った事など一度もなく、修学旅行にすら行かせてもらえなかった、そんなくだらないことに時間と金を費やすことより、政治家として自分の跡を継ぐための勉強をしろ、親父は俺の顔を見ることなくそう言ってのけた。

 そんな父親の影響もあってか、俺には親しい友人と呼べるような人間は全くできず、そんなつまらない生活に嫌気がさして、大学に通うと同時に親とは縁を切った。何もかも親父に命令される人生なんてまっぴら御免だったのもあるが、何より誰も俺の事を知らない環境を求めていた。


 が、それでも親父の呪縛からは逃げられなかった。誰にも話してなかったのにどこからか俺の親父が政治家だと知られ、同時期に親父が政治家としては失脚したこともあって影で色々言われ、さらには周りから酷いいじめを受けた。

 大学を退学してからもどこから親父の情報が漏れるか分からずびくびく怯える生活が続き、結果として誰も信じられなくなった。


 こんなことを転生しても引きずり続けるなどお笑い草なのだろう。そこを否定するつもりもないし、自覚はしている。だが、それでも、長年の習慣として身に付いてしまった考え方を変えるつもりもなければ、したところで意味がない。


「否定されて、否定されて、耐えきれずに逃げ出した果てがここだった。他人と関わるつもりなんてなかったんだから、人を信じようが信じまいが同じことだろ」

「だがそれでは矛盾する、彼女達を守る理由がなくなるではないか」

「ダーナに関しては同類相憐れむみたいなもんだし、ミラについては商人としてこっちにも利益をもたらしてくれる、いわばウィンウィンの関係、つまりは損得の問題だ」


 特にミラは金銭という変える価値が難しいもので繋がった信頼関係だ。そう言う意味で彼女が裏切ったところでメリットはなく、俺が裏切ったところでメリットがない。むしろ互いにデメリットしか存在しないのだから、契約上の信頼関係ぐらいは簡単に構築できる。


「なら我々の関係はどうなる?」

「ただの休戦協定しただけの敵でも味方でもない存在だな。ミラみたいに金銭という互いに通じる価値観を共有できない限り、お前らが何をしようが正直どうでも良い」


 実益主義このうえない発言だが、それが俺にとっての信念でもある。未来なんて不合理なものに糞ほど興味もなければ、刹那的な快楽とかも別にどうでもいい、ただ今現在自分に利益があればそれで良いのが俺という人間だった。


「……歪んでるな」

「歪むしかなかったからな」

「そうか……まて」


 納得したクラウヴィアだったが、とあるものに視線を向けた瞬間思わず足を止めて声をかけてきた。


「あそこ、焚き火の跡ではないか?」


 そうして指で指し示したのは、不自然に集められた小石でできた小さな円上のものだった。俺たちは視線を合わせて頷くと、すぐにその場所へ降りて辺りを確認する。

 それは確認するまでもなく焚き火の跡であり、石の中には燃えて白くなった小枝がいくつも鎮座しており、水をかけたわけでも土をかけたわけでもないのに、完全に鎮火されていた。


「魔法……にしてはおかしいな」

「あぁ、どう頑張っても消化するのに水も土も使わないのはありえない」


 考えられるのは二つ、相手が火の魔法の使い手であるか、もしくは火そのものを補食できる存在か、だ。

 だが火属性の魔法でも鎮火させるのは不可能だ。しかもこの山の中で落ち葉や枯れ枝が風で飛んでくる可能性もある場所で、水も土も使わずに火を完全に消火させるなど不可能だし、下手すれば山火事になって大規模な被害が起こるのは目に見えてる。


「えぇ、何より火そのものを食らう習性を持つ魔族など、私は聞いた覚えがありません」

「どっかの国では『火食鳥』とかいう火を食べる巨大な鶏みたいな魔物が居るとは聞いたことはあるが、この国にそんなモンスターが生息してるって話は」

「少なくとも私は知りません。この山にそんな魔物が住み着いてるなんて話は噂ほどにも聞き覚えがありません」


 彼女の言葉は真剣で、嘘なんてついてるようには見えなかった。同時に何が起こってるのか分からずに首も傾げていた。


「しかもどうやら、足跡らしきものもないときたか」


 見渡しても足跡らしき痕跡は全く見えない。ここで生活していたのなら必ずあるはずのそれが全くないというのは、どう考えても不自然が過ぎる。


「いや、足跡はないがそれに近しいものは見つけたぞ」


 しかしそれはクラウディアが示した一本の木で簡単に覆った。


「これは、『巻き痕』か?」

「そうだ、それも毛ではなく鱗、つまり相手は少なくとも大型の尻尾と鱗を持つ魔族に絞られる」


 巻き痕……蛇や一部の猿などの習性として、枝に体や尾を巻いて反動と共にジャンプする事があるのだが、その際特定の条件が揃ったとき、巻き付いた枝に独特の傷跡ができたり、鱗や体毛などが突き刺さっている事がある。

 普通の野生動物なら殆どそんなことは起こらないのだが、人間とほぼ同じ体重の存在がそんなことをすれば、巻いた時の圧力はとてつもなく大きいうえに、支えとなる枝には当然重さからかなりの負荷が掛かる。ゆえにこのように相手の存在を確認できるというわけだ。

 が、問題なのはその痕に残されていたのが鱗だということだ。


「つまり、今回の犯人は十中八九……」

「ナーガかそれに類する存在の仕業というわけだな」


 穏健派というナーガ族による国境越えという予想だにしなかった事態に俺ら二人は頭を抱えるのだった。

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