否定されし男、状況の確認をする
「一先ず、情報を整理させてもらうぞ」
俺は女騎士と彼の部下一人を連れて女騎士の祖父の家である旧村長邸でダーナとミラとともに会議を開くことにした。
「騎士様、さっきの話だとミラ以外の魔族がこの村の近辺に現れたっていうのは確実な情報なんでしょうか?」
「あぁ、これについてはほぼ間違いない。近隣の村や集落の話では、魔物が目撃されたのは少なくとも三ヶ月前から、ということは長く見積もっておおよそ半年前からこの周辺で過ごしてると考えて良いだろう」
「その根拠は?」
俺の言葉に部下の男が口を開いた。
「皆さんもお分かりかと思いますが、魔族が秘密裏にこの周辺に来るには、廃鉱のある山を越える必要があります。が、実はこの山の中はマナスポットという程ではないんですが、大気中に高密度の魔力が充満しているため、簡単には越えられないんです」
「えっと、どういうことですか?」
俺も疑問に思ったが、それより前にダーナが質問すると部下の男は少しだけ躊躇うもののすぐに続けた。
「マナスポットもそうですが、濃すぎる魔力を浴びると体内の魔力のバランスが崩れて調子を崩すんです。魔法が使えないだけなら問題ないんですが、中には高山病のような目眩や頭痛、吐き気を起こしたり、さらに酷いものでは濃すぎる魔力に体が耐えきれずに死に至る危険性もあるんです」
「付け加えるのならマナスポットを出るときも注意が必要でな、魔力が桁外れに多いエルフのような種族を除いて、あまりに濃い魔力の場所からいきなりそうでない場に出ると、酔うだけならまだしも、最悪の場合魔力中毒で廃人になることも珍しくない。そのためマナスポットのような魔力が濃い場所に出入りする場合は、内外の魔力差に時間をかけて順応させる必要があるんだ」
その説明に俺はある程度納得した。例に出してもらった高山病とある意味似ていて、要は体を順応させなければならないということだ。それが低酸素なのか高密度の魔力なのかの違いなだけで。
「てか、その話だとここら辺はマナスポットじゃないのか?」
「ええ。というよりどういうわけかあの山の上方のほうだけが濃い魔力がのある場所でして、採掘洞や地下のある地点はその範囲から離れてるんです」
場所としても国も調査がしづらい場所ですし、と答える彼に俺らが納得すると、女騎士は改めて口を開いた。
「通常の……魔力量が少ない人間や魔族がマナスポット並みの高密度の魔力がある場所に順応するには入るのと出るのでそれぞれ最低でもおおよそ一月半から二ヶ月ほどかかる。つまり三ヶ月前から姿を見せているということは、移動を含めればその魔族は人類側の国に半年近く侵入していることになる」
「うちみたいに空からマナスポットを迂回できるタイプの魔族ならいざ知らず、地上で山越えするのならどう頑張ってもマナスポットのエリアには足を踏み入れる可能性は高いから、国としては大問題ってわけですか」
「君みたいなタイプもそれはそれで問題ではあるのだがな」
呆れるような口ぶりの女騎士に俺もダーナも同意の意味で苦笑する。
「まぁそこは置いておこう。で、だ。一応聞くがこの山の向こうの魔族が攻めてくる、もしくは攻めるために斥候を送ったという可能性は、商人としての知識からしてどれぐらいある?」
「それ答えるのは裏切り行為になるんやけど……せやね、問題ならない程度に言うのならまずありえへんな。あそこのトップが態々開戦の危険を犯すような真似はまず絶対にしないやろ」
「その根拠は?」
「そこのトップはナーガ族だからっす。人間のほうでは蛇人なんて呼ぶのも居るけど、実際は蛇じゃなくてリザードマンとか竜人族と同じでドラゴンの一族っす」
ドラゴンの一族という言葉に全員がぎょっとし、同時に納得した。
「ドラゴンの一族は、軍に勤めてるような者以外では基本的に戦争には荷担しない……だったな。なるほど、だとしたらよっぽどのことがない限りは攻め込むことは無いだろうな」
「付け加えていうなら、ドラゴンの一族は基本的に温厚で全知を持つと言われるほどの知識を持つと言われてますけども、ナーガ族のトップである女帝様は、そのなかでも随一の医学知識の持ち主で、人間と魔族を区別差別をしない方で有名な穏健派の方です」
「穏健派の魔族、か」
魔族としてはかなり珍しい部類だというのは理解できるが、だからこそ少しだけ引っ掛かる。
「けど普通戦争中なら、人間でも魔族でも可能な限り国境付近の領地には穏健派ではなく武闘派の派閥のやつを置くのに、なんでまた穏健派の魔族が?」
「うちも詳しくは知らんのですけども、たしかあそこの土地は元々ナーガ族のとても重要な場所らしくて、魔族のお偉いさん方も動かせないって難儀しとるって噂があります」
「重要な場所?」
それが何かは皆目見当がつかないが、そういう理由なら納得はできる。
「さて、どう動くのが正解なのやら」
「そんなの、人海戦術で片っ端から探せば良いだろう」
「無理を言わんでくださいよお嬢。お嬢を抜いたら俺らはたった30人しか居ないんですからね。この辺りの山がどんだけ広いか知ってるでしょう」
あまりにも脳筋な返答に部下が思わずツッコんでしまうが、
「いや、案外それが適切かもしれないな」
「は?いやいや、あんたもなに言ってるんですか」
「そ、そうですよ。いくらレイスさんでも、このオークも群生してる森で、居るかも分からない魔族を探すのは無謀すぎます」
ダーナの意見に女騎士以外の全員が強く頷く。当然、俺自身もなにも無策でこんなことを是としたわけじゃない。
「別に今回の場合、そもそも魔族を直接見つける必要はないんだよ」
「む、どういうことだ?」
俺の言葉に真っ先に反応したのはやはり女騎士だった。
「俺が人海戦術をして確認したいのは、『侵入してきた魔族が単独なのか複数なのか』ってことさ」
もし仮に一人で山越えをしてきたのだと仮定しよう。その場合、なぜその魔族は山越えをしてまでわざわざ戦争中の人間側の領土に入り込む必要があるのか。
同時に複数人で同時に山越えをしてきたのだとすれば、なぜ態々人間の側に来たのかを考えることができる。それは物事には必ずホワイダニット……推理小説で言うところのなぜ行ったのかの理由が存在する。
「もし仮に一人で山越えをしたのだとすれば、国の戦争の最前線に立っていた騎士のあんたならどう考える」
「そうだな……私ならその者は『進軍直前の斥候』か、もしくは『何らかの理由で魔族側で暮らすことができなくなった存在』と考えるのが妥当だと思うが」
「ならその場合、森のなかにはどんな証拠が残る?」
「……斥候なら殆ど見つからないか、見つけても不自然に折れた木の枝ぐらいだろう。後者なら不自然なほどの多い足跡や果実などが食べられた跡があるかどうかということか?」
「その通りです」
それだけでも相手の考え方がある程度絞れるうえに、これが複数人の場合でも同じように考えられる。
「だが、それでは単独か複数かなど簡単には分からないだろう」
「いえ、その不自然な証拠の多さでそれは簡単に分かると思います」
「証拠の多さだと?」
「えぇ、もし単独の場合、いくら3ヶ月から半年の間森で生活していたとしても、それだけの期間生活していれば最近のもの以外の証拠は殆ど自然と消えてしまいます。つまりその証拠さえ見つけてしまえば、拠点範囲が割り出せるということです」
そうなればあとは包囲して捕まえてしまえば簡単に終わるし、相手も数の暴力には簡単に勝てるはずがないから殆ど諦めるだろう。
「ですが複数人の場合、逆に不自然な証拠を消すのはまず不可能です。特に数が多くなればなるほど、人は必ず何かしらの痕跡を残します」
「痕跡か……」
「えぇ、足跡や踏まれて折れた枝、野生動物や魔物以外の傷痕、焚き火の跡や穴を埋めた跡、複数人で生活していれば少なからず何かしらの証拠が残るんです」
特に足跡のようなものは重要な証拠で、その足跡から魔族の種類が分かるし、その特徴から彼らの習性や考え方が分かるといって過言じゃない。
「そして複数人の場合、彼らが盗賊団なのか軍隊難民なのかで対応がかなり変わるでしょ?」
「なるほど、それもそうだ」
もし盗賊団……つまるは山賊ならば基本的には皆殺しが当たり前だ。この世界の常識として、そういった連中は人間にしろ魔族にしろ害獣よろしく駆除するのが当たり前で、そういった連中の持ち物は討伐した人間の個人の裁量で取得して良い決まりになっている。
軍隊ならば、これも恐らく討伐することになるのだが、捕まえて尋問したり捕虜として身代金を要求したりと、様々なことに使える。
「まぁ一番の問題は難民だった場合だけど……俺としては裏がないのならこの場で引き受けても良いと思うんだが、ダーナはどうだ?」
「え、私も別に構わないですけど……騎士の皆さんからすると困るのでは」
ダーナの言葉にやや面白くなさそうな雰囲気の女騎士だったが、少し考えたかと思うと大きくため息を吐いた。
「……故郷が魔族の住みかになるということに憤りを感じるのは事実だが、難民を虐殺するような道に反することは私としてもしたくはない」
「つまり?」
「村から許可無く勝手に出ないこと、そして他の人間と揉めるようなことを起こさないとを守るのなら、私の個人的裁量で認めよう。破れば当然その者は殺されても文句は言えないがな」
さも当然のように答える女騎士に俺もダーナもコクりと頷く。
「わかった、なら俺らはあんたらと協力してその魔族を探すのを手伝わせてもらうよ、騎士様」
「騎士様、か。そういえば名乗るのが遅れていたな、私の名はクラウヴィア・アルザハル・フォン・デレルナーヴ、この旧アルザハル村の村長の孫にして、デレルナーヴ名誉騎士爵家の長をしている。クラウと呼んでくれて構わんぞ、レイス殿」
のちにこのときの状況を見たダーナは、挑発的な女騎士もといクラウヴィアの言葉に、俺はニヤリと笑う姿にどこか火花が散っていたと振り返りながら述べていたという。