否定されし男、一戦を交える
女騎士の剣はその圧に見劣りしないほど鋭く、そして剛毅なものだった。
「はぁぁ!!」
踏み込みと共に一瞬で剣の間合いに入ってきたその振り下ろしの一撃は、戦いの素人である俺の鉄棒による防御を、当然のように簡単に崩して見せた。
「グッ、重たいなぁ!!」
崩れて軽く吹き飛ぶ俺に対して、女騎士のフルフェイスヘルムの下から感嘆の声が上がった。
「なるほど、多少は腕があるようですね」
「ハッ、無かったら態々騎士に対して喧嘩なんて売るわけねぇだろうが」
吼えるものの、内心では虚勢を張るのが精一杯だった。今まで喧嘩などしたことなかったとはいえ、あの重たすぎる一撃を堪えられたのはほぼ奇跡と言っていい。多分二度は同じようには防げないだろう。
「『風よ、刃となりて疾く駆けよ』ウィンドエッジ!!」
ゆえにすぐに魔法を詠唱して奴にぶつけるが、女騎士は当然のように剣で魔法を弾こうとした瞬間、
「『刃の風よ、爆ぜよ』」
「っ、バーストか!?」
俺の一言に虚を突かれた女騎士は瞬時に距離を取ろうとするが一歩遅かった。
風魔法には他の属性魔法とは違う点が二つある。一つは他の魔法と違って魔法の発動スピード……いわゆる溜めが殆ど無いこと。そしてもう一つは風魔法は発動後に追加詠唱をすることで、発動した魔法を爆発させる事ができる。
女騎士もそれは知識としては知っていたのだろうが、それに気づくのが遅れたせいで、軽い破裂音と共に発生した爆風に十数メートルほど吹き飛ばされた。
「ぐうううっ!!」
片膝を着くように着地し、それでいて右手の剣を油断無く構える姿は流石というべきか。
「……どうやら嘗めていたようだな。棒術と風魔法の両方を自在に扱える人間を私は見たことがない」
「そりゃ、ただ世間知らずなだけなのでは?」
「ふ、これに関しては否定できんな。だが、私一人に構っていていいのか?あとの二人に私の部下が……」
次の刹那、女騎士の言葉を遮るように何かが俺の横を通りすぎて女騎士の目の前に吹っ飛ばされた。確認するまでもなく女騎士の部下であり、その鎧の胸にはいくつもの羽が突き刺さっていた。
「ふっふっふ、商人と思って甘く見た報いっす!!」
その原因は当然ミラだった。いや、正確には俺とミラの合わせ技というべきか、俺の空間魔法で簡単な結界をはり、外からの攻撃は防ぎ、中からの攻撃は通すという結界の性質をうまく利用してミラはダーナを守りつつ、結界の内側から風魔法を利用した羽を弓矢のように飛ばし、迫り来る騎士達を無力化したのだ。
「流石は一人で旅商人を営んでたハーピィ、自衛の手段は当然あるよな」
「誉めても、薬付きの投げナイフしか出せないっすよ。痺れ薬から神経薬、睡眠薬に強力な媚薬と種類は豊富にあるっす」
「うん、今は絶対に使うなよ、そんな物騒なのは」
なぜ投げナイフとかいう暗器を最初に取り出しておいて使わなかったのは、どうやらそういった薬付きのナイフだったからのようだ。結界という安全な場所から攻撃できるのなら、そういう薬付き投げナイフを使うより魔法で羽を飛ばして攻撃したほうが安全だと判断したようだ。
「てなわけで、二人を狙おうとするのは意味ないぞ」
「ッ、そのようだな。まさか空間魔法を扱える人間が敵に回るなど考えもしなかった」
女騎士は苦虫を噛み潰したような声で言うが、実のところ俺もそんなに余裕があるわけではない。空間魔法による結界も張ってるだけでゴリゴリ精神を削られるし、そんな中でこの女騎士と戦うために魔法を使う、戦い慣れしてない人間には酷なマルチタスクをしなければならないのだから、いつぶっ倒れても不自然じゃないくらいには疲弊してるし、それがバレないようにポーカーフェイスも維持しなければならないのだから、結構ギリギリと言っても差し支えなかった。
「まぁ、空間魔法自体がかなりレアな魔法ではあるからな。大人しく帰ってくれると俺は助かるんだが」
「そのようなことができるものか。我々は国のために動いている、半魔の方はいざ知らず、ハーピィなどという憎むべき魔族が目の前にいて討たないという選択肢など存在しない」
「へぇ、ならあんたは魔族に何かしら恨みでもあるのか?騎士になる前に肉親や親友が目の前で殺された……とかならまだ同情の余地はあるが」
「ッ!!」
鋭い殺気と共に再び振るわれる剣をすぐに後ろに下がって回避するが、女騎士の圧は今まで以上に鋭くなった。
「肉親や親友?あぁ、たしかに失ったさ。だが、私が失ったのはそんなものではない」
「あ?」
「私はこの村の長の孫だった……奪われたのは故郷だ!!」
その咆哮とともに振られる剣は乱雑で、怒りに飲まれたような荒々しい連激に、防ぐ鉄棒があっという間に傷だらけのボロボロになっていく。
「この村は鉄鉱石の採掘で賑わう小さな人間の村だった!!穏やかで温かで、平和な日常が続いていた……だが十数年前のあの日、魔族との戦争でこの村には住めなくなった!!当時、魔族との防衛ラインがこの先の山岳だったからだ!!民間人は避難という名目で故郷を捨てさせられ、私達は難民として絶望の日々を暮らすはめになった!!」
「ならまさか、お前の部下は」
「そうだ!!彼らは私と同じこの村で暮らしていた同胞達だ!!騎士として厳しい日々、戦争で倒れていく仲間達の屍の果てで、ようやく国からこの場所の統治を約束されたと思えば、勝手に魔族が居ついてる……それを許せると思うか!!」
なるほど、彼女の怒りは一応筋が通っている。もし彼女の言う通りここが彼女の故郷なのだとしたら、むしろ余所者は俺達だという意見は理解できる。が、
「―――だから?」
そんなことはどうだっていいことだった。
「―――は?」
「同情の余地はある。その怒りも理解はできる。けどな、そんなのは戦争してるのならよくある話だ。お前らが特別なんかじゃない」
「貴様っ!!」
「第一お前らは仕方なしとはいえ、十年以上も前にこの村から逃げ出した。そのあとに別の誰かが住み着いて生活するのもある種当たり前なんだよ」
日本でも極々稀にではあるが、寂れ果てた廃村に人が住み着いて生活している事が存在する。電気もガスも通っていない廃村で、ほぼ世捨て人同然に生活している人間が少ないが存在しているんだ、異世界でも似たようなことが起こらないと言う保証はない。
「それにな、俺には今の話を聞いてどうにも腑に落ちない事がある」
「っ、なんだとそれは!!」
「この廃村の現状だよ」
その一言に女騎士だけでなく、ダーナやミラ、果ては女騎士の部下達も俺に視線を向けた。
「騎士様よ、もう一度確認するが、あんたがこの村から離れたのは本当に十数年前なんだよな?」
「あぁ、当たり前だ!!理不尽に故郷を奪われた時の記憶は、いまでも鮮明に覚えている」
「だとすれば、この廃村の廃れ具合が幾らなんでも軽すぎる」
「……どういうことだ?」
意味が分からなかったのか、そう聞き返す女騎士の問いに、俺は簡単に答えを返した。
「俺とダーナがこの廃村に住み着いたのはおおよそ2ヶ月前、その時俺らは騎士様、悪いとは思うがあんたの爺さんである旧村長邸で夜を過ごした。他の家と比べて建物としての原型がしっかりと残っていたからだ」
「……言いたいことと思うところは多大にあるが、続けろ」
「たしかに旧村長邸はしっかりとしていたが、こういってはなんだが、他の家も自然に壊れた家を含めて人為的に壊された家は一つもなかった」
そう、壁材や床板、窓ガラス等は壊れたりはしていたが、その壊れ方はあくまでも自然なものであり、人が何か形跡は全くなかった。以前ミラもこの廃村の建物を見て、あくまでこれは自然に起きた壊れ方で、魔族や人間が何かをした結果ではないと、建築の知識を持つハーピィ故の知識からそう答えていた。
逆に村の防壁となっていた木材のほうの破損はかなり人為的なようでいて、大半はオークの攻撃を受けたものもあるそうだ。
「つまり、この村を魔族が襲った形跡は全くなかった。オークが群生してるから壁はほぼ全壊に近かったが、戦端がすぐそばに迫っていた場所で、これだけ被害が少ないっていうのは明らかに不自然だ」
「それはここが騎士達の前線基地だったからでは?」
「それもない。騎士ないし兵士の使う前線基地にされていたのなら余計、この不自然なほどの人為的や証拠の無さはあり得ない」
「その根拠は?」
「一つはさっき言った建物の風化具合、そしてもう一つはこれだ」
そういって空間魔法から取り出したのは、味の殆どしなかったビワとアケビの実だった。
「これはこの村のすぐそばの森に自生していた果物だが、この二ヶ月で少なくともこれが村の側から森の中ほどまで至るところに生っていた」
「……そんなものがなんの証拠になる?」
「ま、待ってくださいお嬢!!」
本当に意味が分からないと言わんばかりだった女騎士と違い、先ほど吹き飛ばされた部下の一人がそのおかしさに気づいた。
「おいアンタ、本当にその木の実は森の中ほどまで生い茂っていたのか?」
「あぁ、味がないことを差し引けばこれだけで食料はしばらくなんとかできる程の量がな。少なくとも野生として群生してるって断言して良い」
「だとしたらおかしすぎる!!アケビの木は、種もしくは苗から実がなるまでに少なくとも2~3年はかかる、もし前線基地にされていたのなら、騎士達が森のそばに生い茂るほどの木にまで成長できるわけがない!!その前に魔族からの奇襲を防ぐために周辺の木を伐採するはずだからだ!!」
「あ……」
女騎士も部下の言葉で漸くその不自然さに気づいたのか小さく声をあげた。
そう、アケビの木が自然に生い茂るということは、その付近では人為的な工事や戦闘等が行われなかった完全な証拠になる。なぜなら木の実の種が発芽したとして、それがオークだけでなく人が踏む可能性は充分にあるし、仮に若木まで成長できても、部下が言ったように奇襲を防いだり補給路の確保のために邪魔な木々は伐採されるのが当たり前だからだ。
「それがされてなく、尚且つ生い茂るほど成長しているのなら、ここでは戦闘も何も行われてなかったということだ」
「だ、だがそうなると、私達が故郷を捨てさせられる理由はなんだ?魔族が攻めてくるから逃げろという勧告が意味がないではないか、それでは」
「……少なくとも俺はそれについては分からないし、その理由を知っているであろう人物についても知らない。なんせ俺がここで出会ったのは今日のお前らを除けば、ダーナとミラの二人だけだからな」
そう返せば、女騎士も雰囲気としては不承不承という言葉が似合う不機嫌さだったが、こっちの話に筋が通っていることを理解して剣を鞘に収めた。
「……良いだろう、だが私達はそもそも国から正式にこの場所を復興させるように命じられてここに来ている」
「あ、さっきは魔族の目撃情報がうんたら言ってただろうが」
「正確に言うのなら、ここを含めた周辺で魔族の目撃事例が何件か上がっていたんだ。私達は戦地での働きを評価され、同時にこの村の出身だったこともあって、村の復興と魔族の撃退を目的に派遣されたと言うべきだな」
女騎士の言葉に少し冷や汗が出てしまった。
「魔族の目撃事例がって、それはいつ頃からだ」
「近隣の村々の話では、少なくとも3ヶ月前から魔族らしき姿を遠目で確認したらしい。念のために言うが、空を飛ぶとは聞いてないから、そちらのハーピィでは無いんだろうな……」
「そういうことね」
まぁ人間の姿をした存在が空を飛んでいたら遠目でもはっきり異常だとは分かるから、それだけで普通は『らしき』なんて言葉を使うはずがない
「逆に言えば、少なくとも俺達以外にも最低一人、この近くに魔族が忍んでるってことか」
どうやら面倒ごとはまだまだ続くかもしれないということだ。