僕と彼女のコーヒー紅茶論争
「ねぇ。コーヒーと紅茶。どっちが美味しいと思う」
昼食後のコーヒーが出されたタイミングで、彼女が問いかけてきた。
「えっ。どっちも美味しいと思うけど」
「そういうのいいから」
彼女は軽く右手を挙げた。
どちらか一つを、選ばなくてはならないらしい。
「コーヒーかな」
「どうして」
「どうしてって、理由なんてとくにはないけど」
理由なんてあるはずがない。
僕がコーヒーを愛してやまないのであれば、何か言いようもあるのだろう。しかし、どちらも同じくらい好きなので困ってしまう。
「なら、コーヒーが紅茶より優れているところを三つ上げて。私は紅茶が優れているところを三つ上げるから」
「三つ」
「五つでもいいけど」
「三つでお願いします」
僕は上がりそうなハードルを下ろす。
こうして、よく分からないうちに、ディベートもどきが始まった。
食後のひと時の過ごし方としては、有りか。
「コーヒーの優れているところは、香りかな」
「紅茶も香りは負けてないと思うけど」
「ですな」
僕は初手からつまずく。
コーヒーと紅茶の香りの良し悪しは、品質、入れ方、好みによって大きく左右されてしまう。
どちらが優れているとは言えない。
高級コーヒーと、安物の紅茶を比べるのもフェアではない。
「そうなると、味も個人差があるから比較できないか」
「うんうん」
美味しいかどうかなんて、その人の好みだ。
同じ食品でも美味しいと思う人もいれば、不味いと思う人もいる。完全なまのでに主観の世界。
主観に優劣なんてない。
しかし、そうなると、コーヒーから味と香りを取ったら何が残るんだ。
僕は割と深刻に考え込む。
「ああ、あったぞ。コーヒーは眠気が吹き飛ぶ。紅茶で眠気が飛んだことは無い」
「確かに、眠気に関してはコーヒーの方が優れてるわね」
「おフランスの人たちは、朝の眠気覚ましにエスプレッソを飲むんだろう。あの苦みに、覚醒作用があるはず」
「私も聞いたことある。寝起きにエスプレッソはお腹に来そうだけどね」
「そうだな。そもそも、エスプレッソってどうやって作るんだ。家で作れるものなのか」
「知らない」
二人で考え込む。
わざわざ、Google先生に聞くほどの事でもないか。
「インスタントコーヒーを、めっちゃ濃くしたらエスプレッソになるのかしら」
「どうだろう。お高いコーヒーメーカとかには、エスプレッソのボタンがあったような気がするけど」
「まぁ、いいわ。一つ目は覚醒作用ってことね」
「科学的には知らないけどな」
「細かいエビデンスはいいから。私が同意すればOKよ」
次はなんだろう。
僕は再び考え込む。
このゲームのルールも分かった。
実際に優れているかよりも、彼女を納得させれるか否かのゲームだった。
考える僕が窓の外に視線を向けると、都合の良いことに、答えの一つが転がっていた。
僕の視線の斜め下。
車道を挟んだ向かい側に、それはあった。
「コーヒーの方が手軽に飲める」
「おんなじでしょ。お湯を沸かして、豆なり葉っぱなりを入れるだけなんだから」
「違うんだな。これが」
「論拠は」
「アレ」
僕は窓の外を指さす。
「ああ、なるほどね」
彼女は納得した。
僕たちの視線の先には、コンビニエンス・ストアがあった。
ご丁寧にものぼりまで立てて、コーヒー販売を必死にアピールしている。
聞いた話だが、コンビニ各社では、熾烈なコーヒー戦争が勃発しているらしい。お陰様で、美味しいコーヒーが手軽に安く頂ける。
「確かに、コンビニ紅茶って聞いたことない。ペットボトルの紅茶はあるけど、入れたてがあるのはコーヒーだけね」
「だろ。これでもう一つ優れていることも自動で付いてくる」
「もう一つ」
彼女が、0.5秒だけ考えた。
「ああ、コンビニ・コーヒーは有るのに紅茶が無いってことは、需要が勝っているってことね」
「正解です」
「いいわ。認める。三つの点でコーヒーは紅茶より優れている」
「次は紅茶の番だ」
彼女のお手並み拝見と行きましょう。
「いいわよ。まず、お酒に合うのは紅茶」
「真昼間から酒の話かよ」
初手から何を言い出すんだ、この女。
「いいでしょ。別に」
「いいけど。酒に合うって、具体的には」
「ウイスキー」
口調は軽いが、目が真剣だ。
「ブランデーじゃなくて」
「ブランデーも合うけど、断然ウイスキー。騙されたと思ってやってみて」
「騙されるのは嫌だな」
「騙してない」
「でっ、なに。ウイスキーに紅茶を入れればいいのか」
「逆よ。紅茶にウイスキーを入れるの。それもアルコール臭のきつい安酒を」
「安酒でいいのか」
「安酒の方がいいの」
「どうして」
「高いお酒でやったらもったいない」
飲兵衛みたいなことを言い出した。
「美味しさには関係ないだろう」
「関係ないけど、高いお酒は味とか香りが複雑だから、紅茶と相打ちになっちゃう。安酒は味が単純だから、ケンカしないの」
「かなり個人の、と言うか、君の主観のような気がするんだが」
「でも、コーヒーよりかは合うでしょ」
「それはそうだけど」
「だって、日本酒でもビールでもいいけど、コーヒーを混ぜる気になる」
「なりません」
「ほら」
僕は認めることにした。
「では次へ」
「フレーバーが多いい」
僕は紅茶のフレーバーについて考えた。
確かに紅茶は色々なフレーバーがある。
レモンティーやミルクティー、オレンジに桃に苺ジャム。果てはタピオカ・ミルクティーなんてものもあったな。
数えら出したらキリがない。
コーヒーは、ミルクかホイップクリームぐらいだろう。
しかしながら。
「また、混ぜる系ですか」
「お酒じゃないから、セーフです」
「そうかな。限りなくアウトに近い気がする。五十歩百歩」
「なら、子供も飲めるから、セーフ」
そう来たか。
確かにお酒は子供は飲めないけど、レモンティーは問題ない。
「OK。最後は」
最後の一つになって、彼女は考え込む。
「うーん」
腕組みまでしだした。
そして。
「何かない」
「それは、降参ってことでいいか」
「広く意見を募集しているだけよ」
「自説は自力でお願いします」
「だって、何も思いつかないもん」
彼女がぼやくので、僕も何かないか考える。
「健康にいいのは紅茶かな」
「どうかしら。コーヒーが不健康ってこともないし」
せっかく出した助け舟を、彼女は転覆させた。
「コーヒーを飲みすぎるとお腹に来る」
「紅茶も飲みすぎたら、トイレが近くなるからね」
飲みすぎは、どちらも駄目ということ。
仕方がないので、Google先生に教えてもらうことにした。
しばらく二人で検索したが、これと言った情報には出会えない。
リラックスというワードが出てきたが、コーヒーとの明確な違いと言えるのかどうか、僕たちの意見は、纏まらない。
意外に難しい。三つめは。
「ああっ、せめてコンビニ紅茶があれば、イーブンに持ち込めるのに」
恨めしそうにコンビニを見下ろす彼女。
「降参ですか」
「降参です」
彼女は潔く白旗を上げた。
ただのディベートだから、勝ち負けではないのだけど。
「結局、最後は人気ってことか」
「だね」
結論に達した僕たちは席を立った。
店の外は、熱気が猛威を振るっているはず。
お会計を済ませた僕は言う。
「でも、一番飲むのは緑茶かな。粉の奴」
僕の答えに彼女も答える。
「私は麦茶」
終わり
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