ざまぁみなさい旦那様!
「ジスレーヌ様!?そんなに泣いてどうなさったのです!」
「ルイーズ…旦那様に若い愛人が出来たそうなの…娘が偶然にも街でデートする旦那様を見かけたらしくて…」
「なんとおいたわしい…!」
ジスレーヌと呼ばれた彼女はターフェルルンデ皇国でも随一の力を持つと言われる公爵閣下の夫人。貴族にしては珍しく恋愛結婚をしたジスレーヌ。男の子二人と女の子二人を産み、今は三人目の男の子をお腹に宿しているのだがここに来てまさかの旦那様の浮気が発覚。
「ジスレーヌ様、よもやご実家に帰られたりなどは…」
「バカ言わないで頂戴。私が尻尾巻いて逃げるわけないでしょ」
「ですよね!」
ルイーズはそれを聞いてほっと息を吐く。主人の夫であるダニエルは、浮気しているのが意外だと思えるほどに主人を溺愛している。ジスレーヌが実家に帰ったら多分泣く。
「とはいえどうやって復讐してやろうかしら」
「復讐ですか」
「まず、公爵家が傾くような復讐は論外よね。子供たちの将来があるのだし。あと、浮気し返すのもダメ。おそらく相手の男性が旦那様に殺されるわ。…何をしましょう」
ジスレーヌは真剣に悩む。そして思い付いた。
「いっそ、旦那様より私の方が立場が上になって仕舞えばいいのよ。そうすれば旦那様も反省するのだわ」
「普段から旦那様は尻に敷かれていると思いますが」
「何か言った?」
「いえ何も」
「そうね…公爵である旦那様より偉くなるのだから…聖女になればいいのよ!」
ジスレーヌは名案とばかりに手を叩く。
「聖女って、あの絵本の中の聖女ですか?ジスレーヌ様」
「そうよルイーズ。名案でしょう?」
そういって柔らかく笑う姿は、相変わらず歳を感じさせない。美しく少し幼い見た目のままで、まるで可憐な桜のよう。そんなジスレーヌを嫁にもらっておきながらダニエルも罪な男であるとルイーズは思う。
「そうと決まれば、中央教会に聖女になってくれって頼まれるように働かなくちゃ!」
「ノブレスオブリージュですね、頑張ってください」
「貴女も協力するのよ、ルイーズ」
「ですよね」
ちょっと強引な所も昔から変わらない。そんなジスレーヌをルイーズは好ましく思っている。
「まずは何をしましょう。何かいい案はないの、ルイーズ」
「そういえば、北部では冷気のために麦の育ちが悪いそうです。魔法でなんとかしようとしても、平民達では魔力が圧倒的に足りないとか。貴族は平民達のために魔法は使いませんし」
「なるほど!飢饉の不安を私の膨大な魔力でサクッと解決すればいいのね!」
「そのためには、北部の領主達から事前に許可を得ないと後々面倒ですよ」
「旦那様におねだりしてみる!」
ルイーズは一瞬その旦那様への復讐のためじゃなかったかと口に出しそうになって、やめた。多分、ジスレーヌは聖女になることしか頭にない。
「ルイーズ!旦那様が北部の領主達から許可を得たって!行きましょう!」
「はい、ジスレーヌ様」
そしてジスレーヌは北部の畑に行き、その広大な土地全体に癒しの魔法を掛ける。冷気で弱っていた麦や他の野菜達もみるみる回復し成長して、品質も最上級となるたくさんの実りをもたらした。
「農家達や領主達からたくさん感謝されたわね!」
「恩も売れましたし、お土産に質の良い麦や野菜達を大量に貰えましたし、良いことばかりですね」
「この野菜、どうしようかしら。聖女になるのに使えない?」
「南部のスラム街で最近流行病が問題になっております。ジスレーヌ様の魔法で全員を癒してやり、この野菜達を炊き出しに使って民達に配ってやれば流行病もだいぶ落ち着くでしょう。食べて寝るのが一番病気の予防になりますから」
「ナイスアイデアね!早速旦那様におねだりするわ!」
そしてジスレーヌはダニエルにおねだりし許可をもぎ取った。しかしスラムに行くので護衛は過保護なほどに付けられたが。
「さあ、まずは癒しの魔法ね!」
ジスレーヌはスラム街全域に癒しの魔法を掛ける。瀕死だった者達も含めてみんな流行病から回復し、それどころか別の怪我や病気も回復した。
「さあ、炊き出しを行うわよ!みんな列に並びなさい!」
ジスレーヌは温かく美味しい、栄養満点の料理を振る舞う。その姿はまさに絵本の中の聖女そのもの。
「ありがてぇ、ありがてぇ…」
「まるで本物の聖女様みてぇだべ…」
この国では、貴族は平民達の為に魔法を使わないのが普通だ。魔法は高貴な力であり、平民達は僅かしか使えない。それが貴族の血が高貴である証拠で、謂わば特権階級の印である魔法を平民達のために使う理由が彼ら貴族にはなかったのだ。しかしジスレーヌは、絵本の中の聖女様を目指すためとはいえ平民達のために魔法を使うのに躊躇がない。本物の聖女扱いされても許されるレベルである。
「次は何をしようかしら」
「東部では本来禁止されている獣人狩りが横行して、同じく禁止されている奴隷売買が横行しているとか」
「よし、摘発しに乗り込むわよ!」
「まず旦那様に許可を取ってくださいね。護衛も付けてくださいね」
こうしてジスレーヌは、どんどん善行を積み重ねていく。ダニエルは益々、そんなジスレーヌに惚れ込んでいった。
「おかしいわ。聖女になってと誘いが来ないわ」
「聖女なんて制度、ありませんからね。絵本の中の世界ですよ、ジスレーヌ様」
「じゃあ私はどうしたら旦那様より偉くなれるのよ!」
「皇帝陛下から直々に感謝状を貰った時点で実質旦那様より立場は上ですよ、ジスレーヌ様」
「…そうなの?」
首をかしげるジスレーヌに、優しく頷くルイーズ。ジスレーヌは意気揚々とダニエルの執務室に乗り込み、ドアをノックもせずに勢いよく開けて言った。
「ざまぁみなさい、旦那様!私は旦那様より立場が上になりましたわ!私の天下ですわよ!旦那様は私に虐げられても文句は言えませんわ!」
「…急にどうした?」
「…悔しくありませんの?」
「そもそも惚れた腫れたは先に落ちた方の負けだろう。私は君に心底惚れているのだから、結婚した時点で君の天下だ」
「はうっ」
ジスレーヌは顔を真っ赤に染める。そんないつまでも初心な少女のようなジスレーヌに益々惚れ込むダニエル。
「ところで、君にプレゼントがあるんだ」
「え?」
「君に似合うネックレスを作ろうと思ってな。どうか受け取って欲しい」
ダニエルはジスレーヌの首にネックレスを掛ける。
「実はとある女性デザイナーに依頼したんだが、どの宝石を真ん中にするかで揉めてな。いくつもの宝石店を彼女と巡って、喧嘩しつつもようやく出来上がったんだ。やっぱり愛する君によく似合う」
「…浮気ではなかったんですの?」
「浮気!?どうしてそうなった!?私は君しか愛していない!そもそも私は身重の君を放置して他に行くほど薄情な男ではない!」
ルイーズはその会話にほっとする。どうやら今回も丸く収まりそうだと、微笑ましげに主人と旦那様を見守った。




