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25話

 突如としてデートに乱入してきた母さんに連れて行かれたのは予定の一部にも入っていたパンケーキの店。


 親が高校生の息子のデートに同伴するのはいかがなものかと行ったのだが、そもそも聞く耳を持つ母親ではなかったし、浅野さんも笑顔で受け入れてしまい、三人での入店となった。


「それで、いつから付き合ってんのよ。早く紹介しなさいよ、広臣ぃ」


 ソファ席を若者に譲り、「私はアイスコーヒーだけで良い」と言い張りパンケーキを頼まず、テーブルを挟んで椅子に座っている母さんがカラカラと氷をかき混ぜながら聞いてくる。


「だから付き合ってないって。これで本当に付き合う寸前だったらどうするんだよ。いちいち母親が首を突っ込んでくるなんてマザコンと思われかねないだろ?」


「あら、広臣ってマザコンだったのね。じゃあいつもの冷たい態度はツンデレってこと?」


「広臣君、私と付き合う寸前なの? 知らなかったなぁ」


 隣と正面から角度の違うボケが飛んでくるので面倒なことに巻き込まれたと後悔する。母さんも浅野さんもパンケーキが来るまでの暇つぶしを見つけたらしい。


「マザコンじゃないし、付き合う寸前でもないからな……」


 冷たく返すと、母さんと浅野さんからの「面白くないやつだ」という視線が突き刺さる。出会って数分で息はピッタリらしい。


「あらあら……彩芽ちゃん、ごめんなさいね。この子真面目だから」


「いえいえ! そこがいいところだと思いますよ。うん、そうです。それにどのみち近々お母様を紹介してもらう予定でしたから」


「おっ……お母様!? それに挨拶って、アンタ本当に……」


 母さんが高めの悲鳴をあげて俺と浅野さんを交互に見る。


「おっ……俺も初耳だぞ」


「ボイトレだよ、広臣君。話してくれてないの?」


「あ……ボイトレな。そ、そうだったよなぁ……」


 こんなにデリカシーのない母親と浅野さんをレッスンで頻繁に引き合わせたら何を吹き込まれるのか分かったものじゃない。だから他の知り合いで担当してくれる人が見つかるまで敢えてボイトレの件は有耶無耶にしようとしていたのだ。


 母さんは本職の話になった途端、鋭い目つきに変わる。


「彩芽ちゃん、たしかに可愛い声してるわねぇ。何? 声優にでもなりたいの?」


「あはは……まぁ……ど、どうでしょう?」


 浅野さんは俺に話を誤魔化せと言いたげにテーブルの下で足をつついてくる。母さんは守秘義務は守る人だと思うけれど、積極的に開示するメリットもないので、身バレを防ぐ意味では誤魔化した方が良いのだろう。


「そうそう。声優になりたいんだってよ。アイドル声優だな。歌と喋りの両方で声を使うから大変なんだってさ。だよな?」


「あ……う、うん。そうなんです!」


「ふぅん……今どきねぇ。こんなに可愛いんだからアイドルグループとか色々あるのに。あ! 最近じゃvTuberとかも流行ってるみたいね。vTuberやってるって子の稽古も増えてきたのよね」


 ブッと浅野さんと同時にコップの水を吹き出す。幸い浅野さんの水はコップの中で循環したので顔を濡らすくらいで済んだみたいだ。


「そ……そうなんですね」


「ま、私に任せなさい。世界一美しい発声を教えてあげるわ。豊田彰子。ググったらそれなりの実績も出てくる由緒正しいトレーナーよ」


 ググったところで時代遅れのHTML直組みのホームページしか出てこないくせにドヤ顔で母さんは自己紹介をする。


「おぉ……格好いい」


「それじゃ、早速レッスンかしら? 体験教室って形でやってみる?」


 母さんは仕事の事になると一気にやる気に満ちる。パンケーキも来ないうちから立ち上がり、練習場所へ行こうとしだした。


「ちょ……パンケーキくらい食ってこうぜ」


「あぁ、そういえばアンタらデート中だったわね。先に家で待ってるから、ゆっくり来ればいいわ」


「いっ、家でやるのか!?」


「そうよ。何よ? 友達を家に連れてくるだけでしょ?」


「そ……それはそうだけど……」


 レッスンの後、俺の部屋でも見せろと浅野さんなら言い出しかねない。というかこれまでの傾向からしてまず俺の部屋に直行する可能性すらある。


 あれを見られるわけにはいかない。それは、サクラちゃん一色の痛部屋。撫子がさっさとグッズを企画しないから同人を買い漁ったり自作したりと手塩にかけた部屋だ。


「別にアンタが受けるわけじゃないんだし何でもいいじゃない」


「いや……まぁ、そうだけど」


 隣から浅野さんが無言でキラキラした目を瞬かせている。そんなにウキウキを隠さずにいられると断われるものも断れない。


「まぁ……分かったよ」


「素直じゃないわねぇ。可愛い同級生が家に来るチャンスなのに。彩芽ちゃん、オタクでマザコンな息子なんだけど、こんなので良ければこれからもよろしく頼むわね」


「はっ、はい! よっ……よろしく頼まれましゅ!」


 浅野さんはビシッと敬礼をしながらも甘噛みで返事をする。


「今、噛んだわね。滑舌の練習からしましょうね」


「あはは……頑張ります」


 これからのレッスンが厳しいことを予感させる細かい指摘。それでも浅野さんはニコニコしながら母さんを見送る。


 母さんが店から出ていったことを確認すると、椅子に深々と腰掛けながら浅野さんが息を吐く。


「いやぁ……緊張したよぉ」


「そうか? 全然そんな風に見えなかったぞ」


「見えないだけですっごく緊張してたんだよぉ。でもレッスンまでしてもらえるなんて……うぅ、大丈夫かなぁ……」


 浅野さんは脇汗をかいていないか右左と確認している。


「脇汗以外にも大事なことあるだろ……」


「アハハ……ま、何とかなるかな」


 そんな風にじゃれているうちにパンケーキが到着したので、浅野さんは緊張なんて何処吹く風でニコニコと笑顔でパンケーキをがっつきだした。

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