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10話

 五分もすると、浅野さんは学校の制服に着替えて戻ってきた。


「今度こそお待たせぇ! 帰ろうか!」


 リビング兼事務所の入口から呼んでくるので荷物をまとめて浅野さんの方へ向かう。


 他の部屋はスタジオなので防音仕様なのか、必要以上にシンと静まり返っている。その静かな廊下を二人で横に並んで進む。


「静かだな……」


「そうだね。ちなみに菊乃と撫子はそこの部屋で寝泊まりしてるんだ。尊いねぇ」


 使用中のランプが扉の上についているので、スタジオの一つを居室にしているのだろう。


「なんでこんなとこに住んでるんだ?」


「住んでるってか帰る暇がないって言い方が正しいのかもね。四人分の事務的なことはほとんど二人でやってくれてるから」


「忙しいんだな」


「そういうこと。私も手伝いたいんだけどね。高校生は家に帰れってうるさいんだ」


 浅野さんは力になれないもどかしさを感じているようで少し視線を落とす。


「じゃ、後三年は気楽だな」


「あ……そうだね!」


 面白くもなんともないちょっとした冗談でも簡単に笑顔になれるのは浅野さんの才能だろう。来たときと変わらない笑顔で防音仕様の重たい扉に体重を乗せて開ける。


 地上から差し込む光は人口的なものだけが届くようになっていた。時間にして夜の九時だから当然と言えば当然。むしろ繁華街のど真ん中故に明るすぎるくらいだ。


 浅野さんは地上に続く階段を登る前に俺の手を握ってくる。


「えっ……なっ……ど、どうしたんだ?」


「ここを通るときいっつも話しかけられるから怖くてさ。普段は菊乃に手を繋いでもらってるんだ。良い……かな?」


 暗いので詳細な様子は見えないが、上目遣いでこちらを見てきていることは分かる。


「い……いいけど……」


「ありがと! ではでは、出発ぅ!」


 浅野さんが手を引っ張って先に階段を駆け上る。


 十数段の階段を登りきると、昼間とはまるで違う様相に様変わりしていた。


 客引きのいかつい人やメイド服を着たお姉さん。大学生からサラリーマン、カップルまで多くの人が行き交っている。


 皆、意識は自分の目的地か携帯に向かっているのだが、極稀に浅野さんをガン見してくる人がいることに気づく。


 繁華街から抜け出そうと歩いている最中も追い抜きざまに振り向いてニヤニヤと見てくる人までいる始末だ。


 その視線に気付く度に浅野さんは手をギュッと握ってくる。


「気にするなよ」


「いやぁ……分かってるんだけどね。ちょっと横道に入ろうか」


 雑踏から逃げるように、浅野さんは路地を入る。


 待ち合わせなのか暇つぶしなのか知らないが、等間隔に立っている強面のお兄さんがタバコをふかしている。


 目を合わせないように路地を通り過ぎると、メインの通りよりは薄暗いところに出た。


 あるところはネオンがギラギラと輝いているし、またあるところは間接照明で高級感のある入り口だ。


 極めつけは看板に書かれた休憩二時間三千円の文字。明らかにラブホテルのそれだ。


 繁華街から一本路地を行けばラブホ街。よくよく考えたら当たり前ではあるのだが、なんとも気まずいところに来てしまった。


 浅野さんも顔を赤くして「あちゃあ……」とつぶやく。


 さっきのメイン通りに戻るのも忍びないし、ここで変に立ち止まる方が気まずいので、今度は俺が浅野さんの手を引っ張って進む。


「こっ……これっ……この方角でいいんだよにゃ?」


 あっちもこっちも神経を張り巡らせたので繋ぎの言葉すら噛んでしまう。


「プッ……にゃって……フフフ」


「い……いいだろ!」


「ありがと。それにしても……すごいねぇ」


 浅野さんは緊張が解れたようで、あたりをキョロキョロを見渡す。


 人気の店は並んで待っているカップルがいるし、ちょうど今でてきたような人達もいる。


 何がどうすごいのかは聞かずともわかった。出てきた人が直前まで『致していた』というのは明らかだからだ。そう思うと、街を行くいかにも清楚系なカップルやサブカル系のカップルもなぜだか見る目が変わってしまう。


「いや……まぁ……そうかもしれないけど……下世話だな」


「アハハ……よく言われます。こんなとこ来たことなかったから新鮮でさぁ」


 頬をかきながら浅野さんは苦笑いをする。


「来たこと……ないのか?」


「あっ……あるわけ無いじゃん!」


「いっ、いや、変な意味じゃなくて……浅野さん、彼氏とかいそうだし」


「彩芽ね。それに彼氏なんていないよ」


「そ……そうなのか」


 いつの間にか繋がれていた手も離れ、カップルがまばらに行き交うところを歩く。俺たちも男女のペアなので溶け込めてはいるだろうけど、失言から若干の気まずさが漂う。


 実際はこれまでの会話量の殆どが今日分で占めるくらいに疎遠な二人なわけだが。


 チラチラと照明のギラつくホテルの入り口を見ながら歩いていると、繁華街のメイン通りから進んだところと同じく交差する大通りに出た。


 打って変わってオフィスビルと街路樹が視界を埋め尽くす中、浅野さんも安心したようにくるくると回りながら歩道を我が物顔で一人で進む。


「あ! 広臣君! サクラ、今日からお話したいってさ! 家に帰ったくらいにディスコード送るって」


「お……おう」


 サクラちゃんと話せる。まだ実感が沸かないまま、少し離れたところから呼びかけてくる浅野さんに返事をする。


 浅野さんは一瞬だけうつむくと、またいつもの笑顔を向けてくる。


「……仲良くしてあげてね! ちなみに私は彼氏ができたら学校から抜け出してコンビニでご飯を買って、それを屋上で食べたり、放課後にファミレスでお話したりしたいかな! それじゃ! また明日ぁ!」


 鞄を背負って、浅野さんは一人で家があるであろう方角に向かっていった。


 普段も繁華街を抜けるまで菊乃が付き添っているのだろうし、ここでお別れが正しいのだろうけど、なぜか少しだけ物足りなさを覚えてしまっていた。


 それに、最後にまくし立ててきたのはやりたいことというより、今日あったこととそっくりで、その意図もわからずモヤモヤとしてしまうのだった。

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