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1話

「みんなぁ! クラクラ〜!」


 パソコンの画面の向こうではvTuberの九十九つくもサクラがピンク色のポニーテールの頭を横に振っている。今日の衣装はラフな部屋着姿。普段の制服姿も可愛いのだが、部屋着は部屋着でアリだ。


 同時接続数は五万人。サクラちゃんは所属しているグループ、vHolicぶいほりっくのメンバーの中でもダントツな人気を誇っている。


 トーク力もあり、歌もダンスもうまく、ゲームもアマチュアとは思えない腕前なのだからその人気も当然だ。


 早速投げ銭ボタンを押し、金額のバーを一番右まで引っ張る。上限の五万円だ。


「サクラちゃん……今日も配信して……えらいね、っと」


 ぴこんと音がしてチャット画面に俺の投稿が目立つ色で表示される。


 勿論、五万人もいれば似たような人はゴロゴロといるのですぐに俺の投稿は流れていく。


『あ……! 今日も配信出来て偉いでしょー! えへへー』


 今日は俺のコメントを拾ってもらえたみたいだ。そこからチャットは一気に「えらい」のコメントで埋まっていく。


 別に俺のコメントを拾ってもらわなくてもいい。それでも、その流れを作れたのが自分というだけで少しの満足感を得られた。


 サクラちゃんの配信はきっかり一時間。頻度もそこまで高くないのだが、それが逆に希少価値を高めているのかもしれない。


 ともかく、最後までコメントも投げ銭も勢いは止まらないまま、配信終了を迎えた。


 ◆


 昨晩は完徹してしまい、眠気のピークも一周してギラついた目で学校に向かう。


 サクラちゃんの配信が終わった後、作曲の仕事に取り掛かったのだがすこぶる調子が良く手が止まらなくなってしまったのだ。


 最近は三次元の人気アイドルグループの曲の仕事が良く回ってくる。そのアイドル達のファンがカラオケやサブスクで曲を再生するたびに印税が俺の懐に入ってくる。


 それを俺は二次元のサクラちゃんの投げ銭に使うという、オタクによるオタクのための次元を超越した循環経済が成り立っているのだ。


 席につくと、すぐにスマホでアプリを立ち上げて無線でイヤホンと接続、端末に保存しているサクラちゃんのミュージックビデオを再生する。


 入学初日からこんな風なので、高校入学から一ヶ月が経った今となっては誰も俺に話しかけて来ない。


 そんな至福のひとときを過ごしていると、隣の席に座った誰かが俺のイヤホンを引き抜く。


「おっす! 豊田広臣とよた ひろおみぃ。今日もオタ活してんねぇ」


 クラスの人は誰も俺に話しかけてこない。この浅野彩芽あさの あやめを除いて。後ろで結んでふんわりとしたポニーテールと後れ毛を揺らしながら俺を見てくる。


 入学早々に連絡先を聞くための行列を男子集団が為すほどのルックス。それに、一人ずつしっかり時間を取る神対応をかかさないため、数日で学校のアイドル的ポジションに上り詰めた。


 陽キャの中の陽キャ。キングオブ陽キャ。カースト最上位。そんな彼女からすれば周囲の人は等しく下民。だから、別け隔てなく俺にすら絡んで来る。


 俺も別に人間が嫌いなわけではない。来るもの拒まずの精神で対応するため、もう片耳のイヤホンも引き抜いて机に置く。


「あっ……えぇと……は、はい」


「素っ気な! 一応隣人として毎日関わりを持とうとしてるんだけどなぁ」


「あっ……いや……」


 ただ席が隣なだけの人を隣人とは呼ばない、と言いたいのだけどきょどってしまって上手く話せなくなる。


「ん? どうしたの?」


 浅野さんは首を傾げながら顔を近づけてくる。日本人離れした目鼻立ちの良さと、小動物のような丸っこい目。可愛いかそうでないかと問われれば可愛いと百人中百人が答えるだろうと思う。


 客観視すれば、陽キャの王が隣の席のオタクをからかっているとも見えなくはない。だけど、不思議と浅野さんには嫌味を感じさせない魅力がある。穏やかな声質も影響しているのかもしれない。どこかで聞き覚えのある声なのも一因だろう。


 だから、浅野さんが耳打ちをするために近寄ってきても、毎日綺麗にまとめているポニーテールのおくれ毛が首筋に当たっても不快感は無かった。


「ねぇ、広臣君。私が九十九サクラと知り合いだって言ったらどうする?」


 浅野さんが俺の耳元でウィスパーボイスで囁く。


「なっ……」


 驚いて振り向き、浅野さんの顔を見る。浅野さんは俺の反応を見越していたようで、さっと距離を取り俺を見つめてくる。


 その顔は適当な事を言ってからかっているようには見えない程、真面目だ。


 何より、浅野さんみたいな陽サイドにいる人が、ちょっと画面を見ただけで九十九サクラだとすぐにわかるくらいの知識があるだけでも驚くことだ。


 仮に知り合いで無かったとしても、話が合う人がいるという事だけでも十分に嬉しい事だ。


「ほっ、本当に知り合いなのか!?」


「サクラちゃん、昨日も配信できてえらかったよね」


 分かる人には分かる共通言語で信憑性を伝えてくる。知り合いなのかどうかは別としてもサクラちゃんのファンである事は確実みたいだ。


「あ……そ、そうだね」


 浅野さんは安心したようにフッと笑う。


「伝わって嬉しいよ。じゃ、お昼ごはん一緒に食べよっか。屋上で。内緒話もあるからさ」


「あ……うん」


 丁度ホームルームのために担任の先生が教室に入ってきたところなので浅野さんも席に着く。


 最後に何かとんでもない約束をしてしまった気がする。


 浅野さんと、屋上で、一緒に、ご飯を食べる事になってしまった。

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