27話⑴【サバイバル】
馬車から降りると、そこには森が広がっていた。
想像以上の大木が密集していて、異様で不気味な雰囲気を醸し出している。
流石、ドラゴンが住んでいる森だ。
サバイバルをこれからするぞ、という感じがする。
そして、その森の空気を直に感じた私は思わず声が出た。
「あー、なるほど……」
何か、得体のしれない魔力を感じる。
ドラゴンの魔力も感じるが、それだけじゃない。ポセイドラゴンや今まで見てきた他のドラゴンとは違うものが混じっている。
彼らは、
「ここに! います!」
という圧を感じる魔力なのだ。
自己主張がものすごく強い。
でも今、私が感じている魔力は、
「隠しているのに漏れ出てしまった」
という感じで、とても微量なのだが上質な魔力だった。
シン・デルフィニウムの天才的な魔術の才能のせいなのか、それともゲームのストーリー上の都合なのか。
理由はわからないが、おそらく気が付いているのは私だけだろう。
引率する大人の中には魔術師の教師もいる。
もし気が付いていたら、即刻帰ろうと言うはずだ。
(この場所が、当たりっぽいな)
きっと、魔王がここにいる。
そう確信して、私は気を引き締め直した。
「なぁシン、荷物少なくないか?」
脳を働かせながら突っ立っていたら急に声を掛けられて、体が飛び跳ねそうになった。
アレハンドロと私を見つけて近寄って来たらしいエラルドだ。
覗き込んでくるイケメンが目に入った瞬間、これからお守りをしながらサバイバルなんだという現実に引き戻される。
そうすると、
「魔王の気配を感じる」
なんて思っていた自分にジワジワきてしまって、笑いを噛み殺す羽目になった。
私は腰のベルトに下げた、革製のウエストポーチのような入れ物を指差した。
「荷物なんて、全部小さくしてこの鞄の中だ」
「相変わらず便利だなー」
けらけらと笑っているエラルドも、そう荷物は多くない。
最低限のものしか入ってなさそうな、小ぶりのリュックサックを背負っていた。
えんじ色のショートケープを羽織っていて、その下は麻でできた丈夫な灰色のシャツとズボンを着ている。
腰には鍔が金色の白い剣を佩いていた。
森でサバイバルをするにはラフすぎるようにも感じるが、剣以外は全て学校指定のものである。
生徒がはぐれてしまった際に、どこにいるのかが分かりやすいように魔力の込められた糸で作られている。
魔術って便利。ナイスGPS。
いざというときに動きやすいように、エラルドの荷物も小さくしてやる。
隣でネルスと話していたアレハンドロがそれに目ざとく気が付き、結局バレットも含めた3人の分も小型化することになった。
いや。良いけどさ。
完全に便利屋さんだと思われてるな。
わちゃわちゃと話している内に、教師から注意事項があると生徒全員に声が掛かる。
広範囲に散らばる大人数の生徒に対し、拡声魔術を施された男性の教師が話し始めた。
「では最後に、重要なことを伝える! この森の中に大きな洞窟がある。見た目よりも深く、入るのは危険だ。ドラゴンの巣穴とは反対に位置しているから問題ないとは思うが、決して近づかないように!」
よし。行き先がたった今決定した。
本来の目的地と反対側にあるのが面倒だが、何かあるとしたら間違いなくそこだろう。
なんて分かりやすいんだ。
行ってはいけないなんて、物語の主要人物に「行け」と言っているようなものだ。
「じゃあ、出発しましょう。サテュロン、早く会いたい……っ」
まさか私がルールを破ろうと企んでいるとは思っていないネルスは、わくわくした声で森の地図を広げる。
少し吊った大きな目がキラキラと輝いていた。
本当にドラゴンが好きだなぁ。
サテュロンというのはこの森に住んでいるドラゴン、つまりこれから会いに行くドラゴンの名前だ。
ギリシャ神話に出てくる森の神、サテュロスからきているようだ。
ラナージュが言うには、語尾の「ロンと龍」を掛けているのだろうとのこと。
いや、ネーミングの言語統一しようよ。
「洞窟とやらはどこだ」
「はい?」
地図を見下ろしたアレハンドロが、唐突に問いかけた。
ネルスは完全に目が点になってしまう。
しかし、アレハンドロはすました顔で構わず言葉を続ける。
「さっき引率の教師が言っていただろう。ドラゴンの巣穴と反対の洞窟へ行けと」
「いえ、そこには近づくなとおっしゃってました」
真面目なネルスは、即座に自分が信じる正しい回答を敬愛する皇太子殿下にしたのだが。
「そうだったか?」
アレハンドロは完全にとぼけるつもりのようだ。
悪戯小僧のような顔でバレットとエラルドに緑の瞳を向けた。
「行けって言ってたぞ」
「行けって言ってたなー」
おっと、トラブルに自ら首を突っ込んでいくつもりかこの坊やたち。
3人は変なところで気が合ったらしい。
年相応で楽しそうな、わくわくとした表情をしている。
ドラゴンに会うことを考えていたネルスと同じだ。
だが、今のネルスは困り果てた顔をしていた。
きっと、先生の言葉は暗号か何かだったのかと思い巡らせているに違いない。
「し、シン……」
助けを求めるように、可愛い顔が見上げてくる。
いや、本当に心配になるくらい可愛いな私の従兄弟。
「ああ、そうだなネルス」
私は安心させるように、にっこりと微笑んだ。
ポンっと艶やかな黒い髪に手を乗せる。
「とりあえず入り口だけでも見に行くか」
だって先生、行けって言ってたもん。




