26話⑷
「お断りします」
私はかつてないほどはっきりとお断り申し上げた。
「断る権利があるわけないだろシン」
「諦めろ」
「シンって、とりあえず1回は断るよなぁ」
なんか、イヤイヤ期みたいに言われると嫌だな。
ネルス、バレット、エラルドが順番に反応を返してきて、私はため息を漏らした。
ここは学園の学園長室。
皇帝や公爵の執務室にあるような大きな机。その背景には大きな窓と深緑のカーテンがある。
執務机の正面には大きな焦茶のテーブルとカーテンと同じ深緑のソファがあり、ドラマで見る社長室のような雰囲気だ。
そのソファに、アレハンドロを含む私たちいつもの5人は座らされていた。
さて、私が何をお断りしたのかというと。
皇太子や公爵家令息の前にも関わらず、高級そうな執務椅子にどっかりと座った笑顔の男が言った、
「貴方たち4人はドラゴンに挨拶にいく際に、皇太子殿下と一緒に行動していただきます」
という内容を、である。
私はその男、学園長ににっこりと微笑みかけた。
「防御の魔術だけガチガチにしといてやるから別行動させてください」
「貴様は何故そこまで嫌がるんだ」
学園長に言っているのに、隣に座っているアレハンドロが返事をした。
拗ねてる。
眉を寄せて口をへの字に曲げて、解せない顔で私を見てきている。
嫌がられる心当たりがないのかこいつは。
「子守りをしながらサバイバルするのは嫌だ」
「お前不敬すぎるぞ! 選ばれたことを光栄に思え!」
テーブルを挟んで正面の椅子に座っていたネルスが勢いよく突っ込んできた。
しかし、私は嘘を言っていない。
サバイバルだぞ。
夏に騎士の訓練の仲間入りをしているエラルドとバレットはともかくだ。
アレハンドロとネルスなんか絶対野宿とかしたことないし。
世話が焼けるに違いない。
ネルスの言葉を聞いてもスンッとした顔をしている私に、黙って話を聞いていた学園長は穏やかに口を挟んでくる。
「デルフィニウム、これはもう決まったことです。貴方たちには、皇太子殿下と共に行動していただきます」
柔らかい口調だが、有無を言わせぬ圧を感じた。
縁のない眼鏡をクイっと中指で上げる学園長は、意外と若い。
学園長といえばお爺さん一歩手前のイメージだったけど、30代後半くらいだろうか。
私が入学した年から就任したと聞いている。
皇太子の入学する年に被るなんて、可哀相にも程があるな。
しかし学園長に言われても、私は途中でグループを抜けて魔王探索に出掛けなければならないんだ。
責任を負わされるのは困る。本当に困る。
学園長と私はしばらく睨み合い、いや、見つめ合った。
すると、眉を悲しげに下げてくる。
「そうでないと、殿下はこのイベントに参加することが出来ません」
「え」
「それは貴方も望まないでしょう?」
「……」
首を傾げられて、私は眉間に皺を寄せることになった。
(くっそー足元みられてる……!)
なんでバレてるんだ。
たしかに望まない。
アレハンドロがこのイベントに出られないのは可哀想だ。
皇太子のアレハンドロにとっては、学園生活は他の子たちと同じように過ごす唯一の期間。
楽しそうなイベントは出来るだけちゃんと体験させてあげてほしい。
そんな親心みたいなものが、学園長にはバレているんだろう。
それにしても、ラナージュはこんなことになるなんて一言も言ってなかったけと!?
シンはアンネと行動する約束して有頂天だったんじゃないの!?
(……シナリオが色々変わってるんだろうな今更だけど)
少し思考が横道にそれてしまった。
言い返せないでいる私に対し、満足そうに学園長は微笑みかけてくる。
「引き受けてくださいますね、デルフィニウム」
「はい」
結局こうなる。知ってた。
舌打ちしたいのを耐えて、私は頷いた。
普通に考えて、エラルドとバレットだけで十分対応出来るはずだ。
私は予定通り体調不良を訴えて、途中で抜けさせて貰えば良いだけだ。
話がまとまったのを感じたらしいエラルドが、アレハンドロと私の顔を交互に見て口を開く。
「まぁ、どうせ別行動してたってアレハンドロやネルスのことが気になってシンは近くをウロウロしてるよなー」
「途中で我慢できなくて飛び出していくだろうな」
エラルドの言葉を受けて、バレットは無表情で頷く。
そういえばバレットは、面倒だから一人で動きたいって言わないな。
意外と仲間意識が強いのか、それとも諦めているのだろうか。
「私のことを過保護な親と勘違いしてないか」
やれやれと肩をすくめたものの。
ソワソワとアレハンドロとネルスの行動を確認する私、だと?
自分で簡単に想像できるのが悲しい。