26話⑶
「森のドラゴンに会うサバイバルベント?」
私はラナージュと共に裏庭にやってきた。
だいたいここのベンチに座って作戦会議だ。
私が人避けの魔術と音遮断の魔術を重ねがけするのを待って、ラナージュは話し始めた。
「ええ。二学期の最後にあるのはご存知でしょう?」
「ああ……校外実習であったな」
説明しよう!
ドラゴンに会うサバイバルイベントとは!
とても人に協力的で優しいドラゴンさんの住んでいる森にみんなで行きます。
そして各自好きなようにグループを作ってドラゴンにお土産を渡すぞ!
道中は順調に行っても1泊2日は掛かるので、野宿とかもしなければならない大変なイベントだ。
出来れば参加したくないな!!
私の心など知らないラナージュはそのまま話を続けた。
白い手が長い髪をふわりと靡かせる。
「ゲームだと、シンが森に入った瞬間に体調不良になりますの」
「変なもんでも食べたのか?」
「あなたと一緒になさらないでくださる? 魔力の暴走ですわ」
「サラッと酷い」
ちょっとふざけただけなのに淡々とディスられてしまった。
確かに私は良く食べる。
それはもう自分でも驚くほど食べるけど。
得体の知れないものは絶対に食べないというのに酷い話だ。
ラナージュの話では。
ゲームの中でシンは森に入った瞬間にアンネの隣で突然うずくまった。
そしてすぐに持ち直したが、体調不良で引き返したいと言ったらしい。
他の攻略者のルートでは、このイベントにおけるシンの出番はそれだけでおしまいだ。
だがシンルートの場合には、魔王の魔力が体内で暴走しているのを必死で抑え込んでいたことが判明したという。
「ふふ……体内で魔力の暴走……」
私はついつい口元に手をやり肩を震わせてしまった。
「お気持ちは分かりますが真面目に聞いてくださいませ」
「はい」
美しくも生暖かい目で見られて背筋を伸ばす。
いやでも、笑うところだろう。
体に収まり切らない魔力が暴走しそうだなんて。
「今の俺に近づくな!」
なんて言葉がシン・デルフィニウムのセリフの中にありそう。
で、ラナージュの考えはこうだ。
ストーリー上、何度か魔力の暴走に苦しむシーンがあったらしい。
可哀想に。
だから印象が薄かったが、もしかしたらその森で魔王の力を高める何かがあったのかもしれないと。
私ははて、と首を傾げる。
何度かあったなら、他のシーンの場所に魔王関連のなにかがあった可能性もあるからだ。
「どうしてそう思うんだ?」
「他の暴走シーンは、明らかにシンのメンタルがやられている場面でしたわ。例えばアレハンドロがアンネを抱きしめているのを目撃したりですわね」
それは恋する青少年のメンタルやられるかもね。
「でも、ドラゴンの森だけは……アンネと一緒に行く約束をしてご機嫌でしたの」
「なるほど」
好きな子とサバイバル予定だったのに、なんて可哀想なんだ。
ほんと本物のシン・デルフィニウム可哀想。
だが、その説明で納得した。
「魔王の手掛かり、あるかもしれないな」
「『森』ですし」
一応、王都の調査隊はドラゴンの森の確認はしているはずだが。
まぁ相手は魔王だしな。うまく掻い潜ったんだろう。
私は操られたり乗っ取られたり騙されたりしないような魔術を強化しなければ。
ベンチにもたれ掛かって空を見上げる。
面倒だけどやらないとな。
生き残るためだ。
「じゃあ体調を崩さないようにしないと」
ラナージュは微笑んで頷く。
「しばらく皆さんに同行して、途中で体調不良か何かで帰るふりをして周囲を探索するのもありですわ」
「それが良さそうだな。一人で自由行動出来るのはありがたい」
魔王のいる場所に友人たちと一緒に行ったらまた話がややこしくなりそうだ。
危険も伴うし、出来るだけ単独行動しよう。
「ただ一人だと、魔王に乗り移られてしまったときが問題ですわねぇ。わたくしが一緒だと、死亡フラグを早めそうですし……」
ラナージュは口元に指を添えて唸った。
その点は私はあまり心配していなかった。
正気さえ保てれば、なんとかなる気しかしない。
「一応、力が欲しいかの問答があるんだろう? 体の乗っ取りは、契約者同士の同意が必要だからな」
私はこの世界に来てから魔術に自分の能力を全振りしてきたと言っても過言ではない。
全ての事柄に本気を出して取り組んでいた本物のシンよりも、きっと魔術に関しては詳しいはずだ。
そう簡単に破られはしないはず。多分。
「それはそうですが」
まだ心配そうなラナージュに、気休めにしかならないが提案する。
「でも、様子がおかしいと疑ってくれる人がいるのはありがたい。乗っ取られたかが分かりやすいように合言葉決めとくか」
「なるほど。では、攻めの反対は?」
「受け」
二人で静かに吹き出してしまった。
いくら魔王でもこの合言葉は分かるまい。
君が腐女子に片足を突っ込んでくれてて良かったよ。




