4話⑴【入学式の日】
怒り狂うネルスを宥めに宥め、最終、
「変な噂が立っていたらお前が全員のその記憶を消すと約束しろ」
という、とんでもない無茶振りを承諾することによってお許しを頂いた。
部分的な記憶操作、出来なくはない。
出来なくはないが面倒だ。
誰かに見られたのが私の気のせいか、特に噂など立たず穏便に終わることを祈るばかりである。
それにしても、ネルスにとってはあんなに怒ることなのか。
これからは本当に気をつけなければ。
ネルスと分かれて、ようやく寮の部屋に辿り着く。
入ってすぐ右側にある姿見を見ると、心身ともに疲れてヘトヘトな割には、顔色も良く涼しげな顔をした美男子がそこに居た。
扉を閉めて鏡に向かって口角を上げる。
美人は3日見たら飽きるとは誰が言ったのか。
何度見ても飽きない綺麗な笑顔がこちらを見ていた。
(は――っ顔が良い……!)
自分の笑顔を見たら元気が出るなんて他人には言えたものではないが、なんて効率がいいんだろう。
初めて入る寮の部屋は、すでにきちんと整えられていた。
(……自分で出来るって言ったのに……)
この学園までついてきてくれていた2人のメイドがやってくれたようだ。
「部屋の片付けは自分でした方が使いやすいんだ。その時間で、君たちは観光でもしてから帰ってくれ」
と、先程の素敵微笑で伝えた筈なのだが。
さすがにここではイケメンは効果をなさなかったらしい。
彼女たちも仕事なので、
「じゃあそうします!」
というわけにもいかないのだろう。
遠慮して言ったわけではなく、本当に自分でやった方があれはどここれはどこってしなくて良いので楽だったからだというのに。
貴族という立場であれこれしてもらうのはとても嬉しい反面、たまに窮屈だ。
しかし、そうはいっても、すぐに寛げる状態なのはやはりありがたい。
ドアから一番離れた場所にある机にドサリと重い鞄を置く。
体が軽くなったのを感じながら、残りの3年間お世話になる部屋を見渡す。
燻んだ青みがかった緑色の踏み心地の良い絨毯。
それと似た色のベッドのシーツ、掛け布団は清潔な白色だ。
机の奥にある窓のカーテンはキャメル色の布にベージュでダマスク模様の刺繍が施されているものだ。
そこを開けると小さいバルコニーに繋がっている。
机、本棚、クローゼットはすべてブラウンで統一されていて、学生らしくとてもシンプルなものだった。
椅子は背もたれと座面にクッションがついており、肘掛けもある猫脚のものだ。
他の家具と色合いは同じだが、貴族の椅子っぽい形をしている。
どこが元々の寮の仕様で、どこが我が家のメイドたちがカスタマイズしたものなのかは分からないが、落ち着く雰囲気の部屋になっていた。
後でお礼の手紙を書かなくては。
窓の外の眺めも気になってバルコニーへと出る。
日当たりが良い部屋の向きのようで、午後の光が柔らかく差している。
身体を伸ばし、深呼吸した。
すぐに目に入るのは林の緑色。
4階の部屋からは、林の向こうの学園も見えている。
白い塀に腕をついて下へと目を向けると、芝の庭のようになっており、木のベンチがいくつか並んでいた。
その1つに1組の男女が座っている。
(あ、デート中かな? 部屋に戻ろう)
と、思った瞬間。
上を向いた女子生徒の瞳とばっちり目があってしまった。
(なんでこのタイミングでこっちを見るんだ!?)
悪いことをしたわけではないが、居心地が悪い。
私は咄嗟に謝るように手を動かし、眉を下げて口元は笑顔を作った。
女の子は瞬いた後、優美に微笑んで軽く頭を下げた。
4階から見ても分かる、豪華な金色の長い巻毛が揺れる。
すると、隣の男子生徒も当然ながら気がつきこちらを向いた。
そしてその顔を見て、バルコニーに出たことを後悔した。
いや、なんですぐに気がつかなかった私。
隣にいるゴージャスな美人に気を取られすぎていた。
眉間に皺の寄った、不機嫌や不快さを隠さない表情。
背中に届く銀の長髪に褐色肌の癇癪小僧。
本日3回目である。
何を言ったかははっきりとはわからなかったが、口の動きと聞こえる声から言葉を推測する。
「貴様、そんなところで何をしているんだ」
「それはこっちの台詞なんだが」
最早、笑うしかない。
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