25話⑴【帝都2】
「皇帝陛下、並びに皇后陛下、皇太子殿下がお越しになりました!」
張りのある男性の声が響き渡る。
それに合わせて、その場にいる全員が同じ動きをした。
私は今、謁見の間で膝を着いて頭を下げている。
隣には私の父、デルフィニウム公爵。
他に、ネルス、ラナージュ、エラルド、バレット、パトリシア、アンネが、父親と共に身分の高い順に並ぶ。
それを取り囲むように、政治に関わる多くの貴族たちが集められていた。
(どうしてこうなった!?)
赤い絨毯を見つめながら、冷や汗が止まらない。
◇
「長年姿を見せなかったポセイドラゴンが出現し、魔王の封印が解けそうだと皇太子に伝えた」
一大事だった。
しかも、
「魔王の器になりうるのは国の商業の要を治める有力公爵家の嫡男」
大事件だ。
つまり、その件で首都に親共々呼び出し食らったんですよ私。
一緒に行ったアンネたちも一緒に。
あと、あの場で若者の青春を見守るだけだったはずの護衛騎士たち。巻き添え食らってかわいそう。
白い壁に白い柱、磨き抜かれたピカピカの象牙色の床。
そして入り口から階段の上にある王座へ一直線に引かれたレッドカーペット。
天井の豪華なシャンデリアの代わりに、今は壁に並ぶ大きな窓から陽の光が差して部屋を神々しく照らしている。
絵に描いたような、謁見の間。
創作物でよく見るやーつ!
とテンションを上げたいところだが、そんなこと言ってる空気じゃない。
特に、私の隣に膝をついている父親のデルフィニウム公爵は、ずっと死刑宣告でも待つかのような顔をしている。
皇帝たちが来るまでは、周囲に立っている貴族たちの刺すような視線も、主に私に注がれていた。
あの、私、まだ何もしてないんですけど。
「皆、面を上げてくれ」
皇帝のお許しの声から一拍後に、私たちは顔を上げる。
金に縁取られた赤い椅子。
真ん中の一番大きく飾りの多いそれに皇帝陛下が座っていた。
私から見て皇帝の左側に皇后、右側に皇太子のアレハンドロが座っている。
皇后はピンクゴールドの髪を後ろでスッキリと纏め、褐色肌に深緑の瞳の優しそうな美女だ。
もし、参観日があったとして。
銀髪に濃い灰色の瞳の皇帝と一緒に皇后並んでいたら「あ、アレハンドロくんのお父さんとお母さんだ!」とすぐ分かるだろう。
それにしても。
(うわぁ……アレハンドロが皇太子だ)
当たり前なのだが。
知っていたのだが。
真面目な表情で階段の上にいる若い友人は、いつもとは違う人間に見えた。
私たちもだが、いつもの制服ではなく正装をしているせいもあるのかもしれない。
他の貴族もいるこの場でアレハンドロを呼び捨てにしたら、本気で空気が凍りそうだ。
「話は皇太子から聞いた。念のために君たちからも説明を頼む」
王座の皇帝は、口を開くと以前会った時と同じ。気のいいおじさんといった柔らかい表情と声で私たちに話しかけてきた。
アレハンドロの話と私たちの話に違いはないかと確認したいのだろう。彼が間違った説明をすることはないだろうから大丈夫だとは思うが。
通常は一番身分が高い上に当事者の私が話すべきなのだろう。が、正直こんなところで話すのは無理すぎる。
吃りまくった上に支離滅裂になる気しかしない。
というわけで。
「では、僭越ながら私からお話させていただきます」
凛とした声を発したネルスが、礼をとりながらひとり立ち上がった。
濃い紫色の服を纏って背筋を伸ばす姿は、緊張している様子もなく涼やかだ。
すごいな。
皇帝の前で経緯を話さなければならないことは、事前に通達があった。だから昨日、帝都に着いた時にネルスと合流し、お願いしておいたのだ。
「ネルスが一番話をまとめるのが上手いから頼む」
と。
実際そうなんだよな。
あと、間違って要らんことまで口走りそうだわ私。
ネルスはというと、人見知りはする癖に公の場での発言は平気らしい。
ビジネスとプライベートで別人になるタイプだろうか。
「せっかく皇帝陛下のお目に止まる機会なのに。僕が貰っていいのか?」
と、大きな目を丸くしていたくらいだ。
出世欲というか向上心というか、そういったものがある人はそう思うんだ。
ありがたい。
昨日のことを思い出している間に、
「魔王はどこかの森に封印されている」
「ポセイドラゴンの出現には魔王は関係ない」
「だが魔王の器の誕生により封印は緩んでいる」
「その魔王の器になり得るのはシン・デルフィニウムである」
といった内容を、ネルスは畏まった言葉で皇帝やその他の貴族たちに説明している。
広い部屋に息を呑む音や相槌するような囁き声が時折聴こえてくる。
ポセイドラゴンの素晴らしさについて1時間くらい語らないかなとちょっと期待していたが、全くそんなことはなかった。
少し残念。
「私たちが見聞きしたことは以上です」
ネルスが話を締めくくり、再び片膝をつく。
部屋がどよめいた。
「魔王が実在……!」
「場所を早急に特定して封印を強めなければ」
「だがどうやって?」
それ、私も知りたいな、という言葉を口々に言っていく大人たち。
元々内容を聞いていたらしい貴族たちと、今日初めて聞いた貴族たちの反応の違いが面白い。
「シン」
優しい音色の皇帝の声に、ピタリとザワザワは止む。
皆、再び呼ばれた私の方へと注目した。
緊張感溢れ、皆が表情を強ばらせているこの場で。私を安心させるように微笑んでいるのは皇帝だけだった。
選ばれて国の頂点に立ってる人は貫禄が違うわ。
好き。
多分、美女に転生してアレハンドロの婚約者に選ばれたりしてたら「皇帝の嫁の方がいい」ってゴネたと思うわ私。
「なにか、心当たりはないか?」
心当たりしかない。
そもそも、本来ならもう魔王は私の中に居るはずなのだから。
ポセイドラゴンの出現で私にとって一番良かったことは、私の知らないうちに魔王が私の中に入っているというトラップはなかった事です。
と、本当の事を言うわけにもいかない。
私はすっと立ち上がって、じっと階段の先にある濃い灰色の瞳を見上げた。
隣のデルフィニウム公爵が心配そうに視線を寄越している。
普段は余裕を持った最高の良い男が、見たことのない不安そうな表情をしている。
分かる、分かる。多分、今この瞬間、一番吐きそうなのはこの人だろう。
しかし私も、注目されていると思うと、剣術大会の時並に緊張して心臓が早くなる。
(堂々と、堂々と。私は公爵家の長男、私はイケメン、私は天才。何をしても様になるから大丈夫大丈夫イケメンは声が裏返ってもしくじってもかわいいから大丈夫)
静かに舌を動かして乾き切った口内を潤そうとする。
「ございません、陛下」
綺麗なバリトンボイスが、適度な大きさで響いた。
このたった一言を、言うだけなんだけどね。
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