24話⑶【海にて】
「来たは良いものの」
「なんて話しかけたら良いんだろうねぇ」
荒れる海の波打ち際まで、私たち5人はやってきた。
空は変わらず明るく風も穏やかな夏だというのに、大きなドラゴンがそこにいるだけで激しい波が立つ。
ラナージュも来たがったのだが、危ないからとアレハンドロに待つように言われて渋々頷いていた。
ポセイドラゴンはこちらを見ながらも、何か言うわけでもなく。ただガラス玉のような瞳を向けてくる。
近くで見ると圧倒的な威圧感だ。
あまりにも意思疎通が不可能そうな異生物に、私とエラルドは項垂れた。
しかし、しばらく様子を伺っていただけだったアレハンドロが一歩前に出る。
物怖じすることなく、いつもの低く深い声が堂々と響いた。
「ポセイドラゴンよ。私はアーノルド帝国の皇太子、アレハンドロ・キナロイデスだ。本日はどのような事情で姿を見せたのか、伺いに参った」
あんな偉そうな感じでいいのか。
だが、ドラゴンの口は動く気配はない。
一瞬の沈黙。
そして。
『アレハンドロ・キナロイデス……』
「え?頭に直接……?」
この台詞、人生で使い所があるなんて!
透き通るような音の、どちらかと言えば女性っぽい高い声だ。ポセイドンから名前来てるのに。
間違いなく、ドラゴンは「喋って」はいない。
でも頭の中に「言葉」が伝わってくるのだ。
所謂テレパシーだろう。
すごい、経験できるとは思っていなかった。
ひとりで感動していると、ドラゴンの言葉は続いた。
『あなたは、私の鱗で作られた剣を持っていますね? その気配に導かれて来ました」
私の予想、ドンピシャじゃん。
アレハンドロの腰にある剣は「代々伝わる宝剣」と以前聞いたことがある。想像以上に気軽に持ち歩けるタイプの剣ではないようだが。
海に持ってきていて良かったのだろうか。
それにしても、この優しそうな感じ。
味方っぽい!
しかも、伝説の通りなら魔王が存在していた時代から生きているドラゴンだ!
魔王のことも教えてくれると見た!
人知れず拳を握りしめて小さくガッツポーズを決める。出来るだけ、情報を引き出しておきたい。
「恐れ入りますが発言させていただきます。私はネルス・クリサンセマムです。では、この度は我々から貴方への不敬があって、ここにいらしたわけでは……」
アレハンドロの後ろから、丁寧に、遠慮がちにネルスが尋ねた。
『ありません。ただ、久しぶりの気配に心が踊ったのみ。驚かせてしまいましたね』
阿鼻叫喚だったわ。
驚かせたどころの話じゃない。
でも、やっぱり色々答えてくれそうな雰囲気のドラゴン様だ。
魔王について聞きたいけど、アレハンドロたちの前で聞けないなよく考えたら。
どうしたものか、と目立たぬようじっと立ちながら私は頭を悩ませる。
『ただ、一点気になることがあります。』
なんか明らかに私を見てるな。
瞳が分からないから確証はないけど、顔の角度が私の方を向いている気がする。
これは、期待大だ。
『深海では気がつきませんでした。今、地上では魔王の気配を強く感じます』
キター!!
向こうから!!
話題に出してくれたぞ!
私の心が小躍りしていることなど知らないであろうアレハンドロが、戸惑った声を出した。
「魔王? 実在するのか?」
この国では、魔王は伝説の存在だ。
「魔族」は本気で嫌悪されているが、それでも誰も見たことのない存在だ。
それの頂点に立つ「魔王」ももちろん、恐怖や嫌悪の対象ではあるが本気で信じている人は少ない。
「鬼」とか「妖怪」みたいなもの。
それなのに何故か冗談抜きでで嫌われている不思議な存在。
今思えば、このゲームのストーリーの都合上だったのかもしれない。
アレハンドロの問いには、静かなトーンの声が答える。
『実在しなければ、私の剣は必要なかった……』
それはそう。
伝説の剣が実在してドラゴンも実在するなら、魔王も実在するだろう。
この流れで聞いてしまおうと、私も口を開いた。
「どこにいるとか、分かるんですか?」
言葉を受けて、ドラゴンは今度ははっきりと私を見つめた。
しまった。発言する前に名乗らないといけなかったかもしれない。
だがもう遅い。
ドラゴンが怒り出さないよう祈りながら、表面上はいつも通り余裕のある笑みに見えるであろう顔を作る。
『……、貴方は……』
明らかに物言いたげな間があった。
頼む要らないことは言わないでくれ。
アレハンドロたちに悟られたくはない。
きっと面倒なことに、いや、とても心配を掛けるだろうから。
私の気持ちが通じたのか、ドラゴンは私については触れずに話を進める。
『彼は封印されています。とある森の奥深くです。かつて、親友を無くした王子が建てた墓……』
「魔王の気配を強く感じるってことは、その封印が弱くなってるってことかな?」
『その通りです。しかし、それだけでも無いでしょう』
敬語すら使わないエラルドにも普通に対応してくれている。全然畏まらなくて良さそうだ。
ところでこんな時にも関わらず、魔王がどうたらという話を真剣に聞いてる状況が少し面白くなってきてしまったどうしよう。
『本来、魔王は彼を受け入れられる器がある人間がいないと活動が出来ません。かの王子の親友の魔術師のように』
意外と不便だな魔王。そんでやっぱり男なんだな魔王。
先ほどから出てきている王子とその親友っていうのは、物語に出てくるルース王子と魔術師なんだろう。
と、いうことは。
魔術師は元々人間で、途中から魔王に体を乗っ取られたことになる。
何それ辛い。
ルース王子の冒険譚は魔王との戦いだけではない。
お姫様との恋の話や、それこそドラゴンとの話もある。そのどの話にも魔術師は親友として登場するのだ。
いったい、どの辺りから魔王になってしまっているんだろう。
微妙にズレた方向に思考を飛ばしている間も、ドラゴンの魔王解説は続く。
『気配を強く感じるということは、その器になり得る人間がこの世に誕生しているということ』
私か。
「器になる人間、とは具体的にはどのような条件だ」
前のめりにアレハンドロが切り込んでいく。
出来ればそれは聞いてほしくなかったが、気になるに決まっている。
万が一にも魔王が器を手に入れて復活したら、国の存亡に関わるかもしれないのだから。
『底知れぬ魔力を持ち、魔族的な美しい容姿を持つ男性が多いです』
私か。
これもう、そこにいるお前だって言われたも同然だ。
美形が多いのは乙女ゲームの事情かな。
それとも魔王の好みかな。イケメン好きだとしたら親近感湧いちゃう。
「底知れぬ魔力と……」
「美しい容姿……」
「の、男……」
信じたくない、というような、明言していいのか分からない、というような。何とも言えない表情で皆が私を見ている。
そりゃそうだよね。
「シンしかいないな」
うん。
バレットならはっきり言うと思ってたよ。
相変わらずやたらと大きい波の音の中で、その場の空気がズシンと重くなった。
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