番外編☆エラルドと変わった友達
※副題の通り番外編です。
※この話はエラルドの目線です。
「エラルドさま、お慕いしております。どうかわたくしをお選びください」
「嬉しいよ、ありがとう。でもごめんね。婚約者がいるから裏切れないんだ」
いつも、この瞬間はどうしたって傷つけてしまう。
「裏切れない婚約者」なんて、結婚したい気持ちがないのによく言うなと自分でも思う。
でも一番、納得してもらえる理由なんだ。
ごめんね、と心の中で10歳年下の愛らしい笑顔を思い浮かべる。
女の子の目にブワリと涙が溜まっていく。
溢れ落ちるソレを拭ってあげる権利はないから、青いハンカチを差し出した。
◇
「そうしたら、何故か私のことを好きなんだろうと言われた、と」
大きなフルーツの断面が見えるサンドイッチを頬張るシンが、肩を震わせた。
生クリームたっぷりのそれは、間違えると溢れ出てきそうなのに危なげなく綺麗に食べていてすごい。
見かけによらず甘いものが大好きなシンからは幸せそうなオーラが漂う。
「シンさまは意外とお可愛らしい」
なんて、女の子たちに言われているのは本人は知っているのだろうか。
俺はコーヒーを片手に、つい先ほどのことを思い出して苦笑した。
「そうなんだ」
青いハンカチを両手で受け取ってくれた彼女は、涙を拭わずにぐしゃぐしゃになるほど強く握りしめた。
『青……! やっぱりエラルドさまはシンさまのことを……っよくお考えくださいませ! シンさまのお心はどう見ても皇太子殿下のものですわ! エラルドさまがお辛いだけでござます!! わたくし、エラルドさまのお心からシンさまがいなくなるのを待っておりますので!!』
ほとんど息継ぎなしでそう言って、彼女は背を向けて走っていってしまった。
圧倒されて否定をする間もなかった。
何だかすごいストーリーが彼女の頭の中で展開されていたようだけれど、ひとつも事実とはあっていなくて。
冷静になってから笑いそうになってしまったのは内緒だ。ごめんね。
シンは手で口元を隠しながら、多分笑っている。
この綺麗な顔の友人は、本心を隠したい時なのかなんなのか、よく口を隠してしまうんだよな。
俺みたいに大きく口を開けて笑ったりはほとんどしない。
「モテる男は大変だな? 私はこれから緑や黄色のハンカチは持たないようにしようか」
「俺、ハンカチどころか修練場に持っていくタオルにも青があるんだけど」
落ち着いたらしいシンは楽しげに口元を緩ませて、コーヒーに口をつけた。
細められた青い瞳を見ながら、俺は唸る。
「それにしても、青でシンを連想するんだなぁ。たしかにその青くて澄んだ瞳、俺は大好きだけど……」
「そういう言葉は将来出来るかもしれない好きな人にとっておけ」
いつも、賛辞には照れもしないで流してしまう。言われ慣れてるんだろうな、と改めて隙のない整った姿を眺める。
シンは俺の外見が好きらしくてよく褒めてくれるけど、俺からしたらシンと皇太子のアレハンドロ殿下は別格だ。
高貴な身分であることを差し引いても、ふたりが並んでいると男から見ても絵になると思う。
俺の耳にも入るくらい貴族界で噂になっていた美男子は、一見近寄り難い雰囲気だった。
でも、声をかけてみたら想像していたよりも人間味があって嬉しかったのを覚えている。
「好きだよ? シンも俺のこと好きだろ?」
顔を近づけたりすると、どうしたんだろうってくらい固まってしまうことがあるけれど、こういう軽口は全然平気なのも不思議だ。
「まぁ、そうだな。って、そういう意味じゃないの分かってるだろう?」
ふたりでケラケラと笑い合っていると、周りからヒソヒソ声が聞こえてきた。いけない、こういう冗談を言っているから誤解されるのかもしれない。
男色の噂話には慣れてきたし、騎士になれるまで恋愛なんてしてる場合じゃないから差し支えないんだけども。
一応、話題を変えることにした。
「あ、そういえば。昨日、姉さんが出産してね」
シンの顔がパッと明るくなる。
「そうなのか、おめでとう! 母子共に健康か?」
弾む声と自然に下がった目尻が、心からの祝福を表していた。
前に姉さんが妊娠中だって話してから、「予定日は?」「つわりは?」「そろそろ安定期だよな」とずっと気にかけてくれていたんだ。
俺はその都度「分からないから聞いてみるね」としか答えられなかった。
姉さんとお腹の赤ちゃんが無事かどうかしか、俺は興味がなかったんだよな。
だから、今のシンの質問には答えられる。
俺も真っ先に聞いたことだからね。
「どっちも元気だってさ! 女の子だって。また近々会いにいかないと」
「明日は丁度学校が休みじゃないか。私に付き合っていないで、今日、今から出発したらどうだ?」
そうするのが当然かのようにシンは早口で言った。でも、俺の子どもが産まれたわけでもないからそんなに急がなくてもいいと思う。
否定の意味を込めて手を左右に振りながら、いつ行こうか考えた。
「いやー、今度三連休があるからその時行こうかな」
そう言った後のシンの顔は、完全に理解不能な生き物を見る顔だった。
バレットのノートを初めて見た時のネルスの目と一緒だ。
テーブルに手をついて身を乗り出してくる。
「三連休って三週間後の話をしてるのかエラルド。新生児は日々成長するんだぞ? 二度と同じ姿では会えないんだぞ? 無事出産を終えたお姉様にも直接お祝いと労りの言葉をかけた方がいいんじゃないのか?」
「う、うん? そうだけど、人が変わるわけじゃないし……姉さんにはさっき連絡をとったから……」
何をそんなに焦る必要があるのかよく分からなくて、戸惑いが声に出た。
シンは椅子に座り直すと、残りのフルーツサンドに手を伸ばしながら項垂れる。
「そうか、そういうものか……そういえばそうか……」
独り言を言いながら、とりあえずは納得したらしい。
シンは子どもが好きらしいから、一刻も早く会いたいと思うタイプなのかもしれないな。
「良かったらシンも来るか?」
「えっ……」
一瞬、すごく嬉しそうな顔になったのに、次は何故か深刻な顔をして黙り込んでしまう。
そして、片手で目元を押さえて俯いてしまった。
喜んで行くと即答されると思ったけど、そこまで難しい問いかけだっただろうか。
三連休に何か予定があるなら別の日に変えてもいいかな、と考えていると。
深く息を吐いたシンが皿にフルーツサンドを戻す。テーブルに肘をついて指を組んだ。
「いや、遠慮しておく。母体のことを考えるとせめて半年くらいは……ところで、人手は足りているのか?」
「人手?」
「子どもが増えたら面倒を見る人が要るだろう」
俺は多分、ポカンと間抜けな顔になっているだろう。
仕事の話でもしているかのような真剣な表情で、そんなことをシンが心配するなんて。
確かにうちは財政難で万年人手不足だけど、赤ちゃんが1人増えるだけだ。
いや、でもそういえば甥が産まれた時には姉さんも母さんも死にそうな顔をしていた気がする。
父さんは「赤ん坊がいたら大変なもんだ。お前が気にすることはないさ」と言っていた。
本来貴族は乳母が世話をするものだが、姉さんは平民の旦那さんに嫁いだから必要ないらしい。平民は家族だけで子どもを育てるのだからと。
よく分からないけど、本人がそう言うならそうなんだろう。
そう伝えようと思って頷いた。
「母さんと姉さんがみると思う。一緒に帰ってる甥はまだ3歳だけど、俺の弟はもう6歳だから甥の相手くらいは出来……」
「3人くらい人を増やすぞエラルド」
「え? なんだって?」
シンが珍しく強い口調で食い気味にきたので、ちゃんと聞こえていたのに思わず聞き返してしまう。
「デルフィニウム家から育児経験のあるメイドを3人ほど派遣する。メイドが住む部屋に空きがあるかだけ確認してくれ。彼女たちの給金や生活費は当然こちらが持つし、到着前に部屋の掃除などは必要はない」
公爵家の使用人をわざわざ伯爵家に貸す、ということだ。そんなこと、通常ならあり得ない。
身分がどうこうは普段は気にしないけど、家が関わってくるとなると話は別だ。
俺は慌てて首を横に振る。
「いや、悪いよ」
「出産祝いだ。人の手はいくらあってもいい。命に関わる」
「はい」
いつもの優しい笑顔なんだけど、何故かすごい圧を感じてしまって素直に頷いた。
誰の命に関わるんだろう。
次の日には実家のユリオプス家に5人の助っ人メイドさんがやってきたらしい。
3人って言っていたけど、手を上げてくれる人が多くて人数が増えたんだとか。
デルフィニウム家は有力貴族だから、普段の仕事が大変なのかもしれない。
赤ん坊の世話の方が楽なのかな? と言ったらシンが今まで見たことないくらいの無表情になって、それからすぐにいつも通り微笑んだ。
「立候補者は、子どもが手を離れた人たちばかりだから、懐かしさもあるんだろう」
なるほど、そういうこともあるんだな。
優しい声で教えてくれたけど、さっきの表情は一体何だったんだろう?
やっぱりシンは、優しくてちょっと変わっている。
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