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3話⑵【入学式の日】

 「それにしても、寮がお前と同じだとはな」


 隣を歩くネルスが細い肩をすくめる。

 エラルドが寮で荷物を片付けなければならないと言ったため、最後に私だけが悶え苦しんだ場はお開きとなった。


 寮が違うエラルドとは別れて、林の中に作られている舗装された道を歩いていく。

 

 この学校は全寮制だ。

 男女5つずつ寮があり、学舎を囲む林の中にそれぞれ建っている。


 住む寮に身分は関係ないが、父に聞いた話では私の寮は一番新しく出来た場所らしい。

 関係ないとか言いながら関係ありそうだ。


 ちなみにネルスは知らないことだが、ネルスの父親のクリサンセマム侯爵からは、


「同じ寮にしたのでネルスを頼む」


 という旨の連絡を頂いている。


 絶対に寮を決めるにあたって権力的な何かが関わっている。


 侯爵には手紙で2回お願いされたし、親戚が集まった私たち2人の入学祝いのパーティーでは、目が合う度にこっちにやってきて何度も同じことを言われた。


 クリサンセマム家全員に言われたのではないだろうか。

 過保護にもほどがあるが、ネルスはクリサンセマム家の6人兄弟の末っ子。しかも一番年の近い姉と5つ違い。


 とにかく両親にも兄姉にも可愛がられ甘やかされて育っている。

 15歳なのに「この子はいつまでも赤ちゃん!」と思われている可能性がある。

 

 しかし、何かあっても私は責任とれないんですが一体何を頼まれたのか。

 

(しっかり育ってるのにねぇ)


 まだまだ幼さの残る美少年を横目に見る。


 今の背丈にピッタリの詰襟の制服。

 肌が白いので濃紺の生地もしっくりきていてよく似合う。

 この子ならブレザーも似合いそうだなぁ、ていうか何でも似合うなと想像しながらネルスの話に適当に相槌を打っていると、


「お前、僕の話を聞いてないだろう!」


 と、怒られた。

 私が考えていたことなど想像もできないだろうネルスににっこりと笑いかける。


「聞いているさ。皇太子にはこれ以上失礼のないようにするから安心してくれ」

「……そうだ。そうしろ」


 分かっているならいい、と怒りの矛を収めるしかなくなったネルスが俯いて小さく呟く。かんわいい。


「皇太子といえば、2歳児と同じなんてピンポイントな年齢よく出てきたな?」


 第一次反抗期を迎えた2歳前後の幼児の手のつけられなさといったら「魔の2歳児」として、私の世界の育児界では有名な言葉だ。

 そしてこの世界でもそういった人の成長期などは変わらない。


 しかし、ネルスはまだ15歳。しかも末っ子。

 なかなか2歳児の大変さを経験することはなかった筈だと不思議に思っていた。


 ネルスはあからさまに言いにくそうに目線を泳がせた。

 無理には聞かないけどな、と考えながらその様子を見ていると、視線をどう受け取ったのかボソボソと話し始める。


「……5歳の頃、僕がサラダのお皿をひっくり返したことがあるのを覚えているか?」

「ん? ああ、あったな。」

 

 10年前、私とネルスの外見がホンマもんの天使だったころ。


 その天使っぷりときたら、2人でおててを繋いで歩いていたら侍女たちが「かわいい…」と思わず口を揃えずにはいられないほどだった。


 その頃のネルスは良い子の部類ではあったが、まだまだわがまま盛り。

 母方の親戚が大勢集まって夕食を囲んでいる席で、サラダに入っていたトマトが嫌だとゴネたのだ。


(トマト嫌いとか典型的な……)


 サラダうめぇとザクザク食べながら、私は横目で見ていた。

 すると、可愛がっているからこそちゃんとお姉さんしようとした、当時10歳だったネルスの姉が禁断の一言。


「あれー? でも、同い年のシンはちゃーんと食べてるのに、おかしいですわ!」

「……っ」


 その時、ちょっとイヤイヤとクズっていただけだったネルスの顔色が変わった。

 頬を真っ赤に染めて、小さな拳を振り上げる。


「こんなのいやなの!!」


 そのままテーブルをバーンッと叩く。


 本人はテーブルを叩くだけのつもりだったのだろうが、それと共にガシャンッとサラダの皿がひっくり返って床に落ちた。

 手がサラダの皿にも当たってしまっていたのだろう。


(やっちゃったー)


 大人は私と同じ気持ちだっただろう。


 すぐさま側にいたメイドが片付けようと近づき、流石に叱ろうとネルスの母親が立ち上がった。

 そして、唖然と自分がこぼしたサラダを見ていた大混乱のネルスは、


「ぼくじゃない!! おやさいがわるいの!!」


 と、椅子から降りて仁王立ちで叫んだかと思えば、その場で飛び跳ねて野菜を踏みつけ。

 足を滑らせてステーンと背中から転けた。


(笑っては!! いけない!!)

 

 私は頬を噛み、目を閉じて深く深く深呼吸をした。


 

「ふふ……傑作だったな。あの見事なすってんころりんは」


 今なら思い出話として遠慮なく笑えるが、そこは遠慮してニヤニヤするだけに留めた。

 思い出すだけでお腹が痛い。


 ネルスはあの時のように頬を真っ赤に染めて眉を寄せる。


「うるさい! あまり詳しくは思い出すな!!」


 持っていた鞄をこちらに振り翳してきたので、サッと避けながら会話を続けた。


「たしかにあの時のネルスと同じことを皇太子はしていたな。でも、それなら5歳児じゃないか?」


 ネルスは口元に手をやり、コホンと咳払いをする。


「次の日の朝、当時2歳だったお前の弟が全く同じことをしたんだよ」


 そこはさすがの私でもそんなに覚えてはいなかった。

 なぜなら当時2歳の天使よりも可愛かった弟が、皿をひっくり返し食べ物を投げるのは日常茶飯事すぎたからだ。


 私は、何も言わずに軽く頷いて話の先を促した。


「自分がやったことはあんな小さい子と変わらないのかと、5歳なりに相当ショックだったんだ」


 だから5歳児ではなく、より幼い2歳児と同じ、と口から出てきたわけだ。


 基本的に幼い頃から真面目だったネルスは本人が言う通りとてつもない衝撃を受け、恥ずかしかったのだろう。

 5歳の時のことを未だに覚えているのだから。


「ネルスは5歳の頃からちゃんと反省できる偉い子だったんだなぁ。」


 思わずデレッデレに目尻を下げて右隣の頭を撫でてしまう。


「な、何をするんだ! 誰かが見ていたらどうする!」


 慌てたネルスに右手首を掴まれた。

 小さい時にはたまにしか会わなくても手を繋いだりハグしたりと、当然のようにしてくれていたのにいつの間にかスキンシップができなくなっている。


 正常な成長なのだろうが、少し、いやとても寂しい。

 しかし、そんな様子もかわいいので悪戯心が芽生えた。


「誰も見てなかったら良いってことなのか? 相変わらずかわいいなー」


 二次元でよく読んだ気がする台詞を言いながら、改めて腕を広げて抱き締めた。


 ふわりと、ネルスの母親が好きだと言っていた香水の香りがする。

 クリサンセマム侯爵も同じ香りだった気がするので、父子揃って、妻や母親の買ってきた服を着るタイプなんだなぁと更に微笑ましくなった。


 かわいい子がすると何をしてもかわいいのだ。


「や、やー! めー! ろー! 放せー!!」


 腕ごと抱き締めたので、小柄なネルスは動けずにジタジタと腕から逃れようと必死だ。


(そんなに嫌がらなくても……母親が外でかわいいかわいいしたわけじゃあるまいし……)


 もしかしたらネルスからすると私はそのくらいのポジションなのか?

 そんな馬鹿な。


 同い年同士のじゃれあいなのに、と思いながらも、あんまり嫌がるので渋々と解放した。

 

 と、近くの茂みが動いたのが目の端に映った。

 すぐさまそちらを向き、じっと目を凝らす。

 が、人影などは見えない。

 しかし確実に誰かが居た。気がする。


(まずい怒られる)


 ぶつぶつと文句を言いながら歩き始めたネルスは気がついていないようだが、万が一、私たちに関して妙な噂が立てばネルスは怒り心頭だろう。

 これは先に謝っておいた方がいい。


「ネルス、すまない。私の気のせいかもしれないんだが…」

 杞憂で終わればそれで良し。

 もし心配する事態になっても、私たちは親戚だから仲が良いんだと言えば済む。

 と、説明しようとしたのだが。

 

「お前! ほんっとうに!! ふざけるなよ!!」

 

 全教科書が入った鞄が顔面を襲う結果となった。

 

 

 避けた。


お読みいただきありがとうございます!

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