23話⑴
さて、あっっっと言う間に夏休み前。
魔王の封印場所に関する情報、進展ゼロ。
出来れば一学期で特定して夏休みに対策練ったり、あわよくばそこを訪ねてみたりしたかった。
行ったらどうなるか分からないのが一番問題なんだけど。
そして、現在私はアレハンドロ、エラルドの2人とカフェタイム。
エラルドと平日におやつを一緒にするのは久々すぎる。どうやら今日は休憩の日らしい。
たまにある休憩の日はこうやって付き合ってくれる優しさ。好き。
3人で囲うグレーの丸テーブルの上には、レモンのレアチーズケーキが乗った皿が置いてある。
ケーキ自体は言わずもがな美味しい。酸味と甘味が絶妙だ。添えてあるレモンもハチミツ漬けになっていて、ケーキと一緒にペロリだった。
暑い日にはありがたいことに、さっぱりしてとても食べやすかった。一瞬で皿が綺麗になったのを見たエラルドが笑ってしまう。
「ほんとにシンは甘いものが好きだよな」
と言いながら、半分くれた。好きすぎる。
自分はストレートの紅茶に口をつけながら、エラルドの視線はアレハンドロに向けられた。
「ところでさ、アレハンドロ。アンネと何かあった?」
同じくカップに指を掛けようとしていたアレハンドロの手が止まる。
「何故だ」
「何故って……」
エラルドは白いカップを下ろして苦笑した。そして私と視線を合わせる。
そう。何故だ。じゃないんだわ。
誰がどう見ても明らかにおかしい。
アレハンドロはあの告白の日から、異様にアンネにベッタリなのだ。
授業と授業の合間は移動があるせいで、ゆっくりした時間がとれない。
にも関わらず、クラスが違うアンネを次の教室まで送って行ったり、昼休みには一緒に食事がしたいと迎えにいったりする。
放課後は図書室が閉まる時間に現れるとネルスが言っていた。
勉強の邪魔にはならないよう気を使っているのは伝わる。が、明らかに接触回数が爆上がりしている。
しかも、一番問題だと思うのはここからなのだが。
やたらめったら距離が近い。
人に話しかけるのにそんなに顔近づけなくても聞こえるよ? ってくらい顔が近いし、なんなら体は常にどこか触れ合っている。
見かける度にアンネの顔は真っ赤っかだ。ちゃんと会話になっているのか怪しい。
「最近、アンネと顔が近いなって。もしかして、恋人になれた?」
しばらく言葉に迷っていたエラルドだったが、結局は単刀直入に聞くことにしたようだ。
アレハンドロは機嫌が悪そうに腕と足を組み、目線を横に逸らす。
「いや。友人として悪い虫がつかないようにしている」
「友人」
エラルドが真顔になってしまった。
ごめん、距離感がおかしい原因の半分は私のせいかもしれない。まさかこんなに限度を知らないとは思わなかったんだ。
一瞬の真顔の内に、どう伝えようか考えたらしいエラルドの出した答えは、実際にアレハンドロがどのくらいアンネと近いかを見せることだった。
いつもの微笑みに戻ると、立ち上がってするりと肩を組む。
私の。肩を。
「あのさ、アレハンドロ。俺とシンが常にこの距離で話してたらさすがに変だろ?」
(いや、ちっか!!)
私の頬にエラルドの頬が触れそうなくらい顔が近づく。
耳元で聞こえる爽やかボイスに、私は飛び退くのを我慢してテーブルの上でフォークを握りしめた。
残念ながらアレハンドロは「ふーん」くらいの表情でこちらを見ている。
エラルドは挫けずにもう一歩、私に密着する。勘弁して欲しい。私は笑顔を貼り付けて耐える。
「女の子相手だったら、もっと周りはアレってなるよ。あの距離はふたりだけの時にしよう」
男とか女とかいうレベルじゃないけどこれ。でも確かにこのくらいアレハンドロはくっついている。
いや待て、アンネは好きな人と休み時間の度にこの距離感で話してるのか。
好みうんぬんではなくアレハンドロは顔も声もめちゃくちゃ良い。私なら爆散するわ。アンネすごい。
さすが乙女ゲームの主人公。
「エラルド、そろそろ離れないか」
「あ、ごめんごめん。食べにくいか」
軽く咳払いすると、エラルドが身体を離してくれる。私は力を抜いて溜息をつきそうなところを、ケーキを食べることで誤魔化した。
「いや、うん。そうだな」
「貴様、私が相手の時とは随分と反応が違うな」
アレハンドロは私の様子が面白いのか、馬鹿にしたように笑ってくる。お前、私の立場になってみろ!
絶対硬直するぞ!
いや、しないだろうな。
「正直、同じくらい驚いてるぞ」
「シンって固まっちゃうから面白いよね」
エラルドが今度は背後から腕を回して抱きついてくる。顎が頭に乗るのを感じながら、その言葉の通り私は再び固まった。
アイドルのブロマイドかよ。
私も見たいから誰か撮ってくれよ。
「私の時は笑っていたが?」
「今も笑うのを耐えてるんだよ近すぎて」
だんだんエラルドの重さに馴染んできた私は、なんでもないように口元を緩めることに成功した。
分かっていてやっているのなら、君たちは私で遊ぶのをやめていただきたい。
納得したのかしていないのかは分からないが、アレハンドロの目線は私に体重をかけているエラルドの方へ向いた。
「ふん。エラルド、アンネに何か言われたのか」
「『頭の中が好きな人でいっぱいで、最近は勉強に身が入らなくて困る』っていう惚気を聞いてただけだよ」
朗らかな声で紡がれる可愛らしい言葉が頭の上から聞こえてきた。なにそれかわいい。
鼻を鳴らすだけで返事をしないアレハンドロは、なんだかとても嬉しそうだ。分かりやすい。
ホワホワとした花が周りに舞ってそう。
私は首席になったら告白するという約束を思い出して、横から口を挟んだ。
「アンネが勉強できないと、アレハンドロも困るんじゃないか?」
「そうだったな。気をつけよう」
ハッとして顔を引き締めようとしている。さては忘れていたな。
そうは言ったものの、アレハンドロが離れても結果は同じな気がするな。べったりだったやつが急に来なくなったら気になるだろうし。
勉強に集中できなくて首席を逃したら一大事だ。
「押してダメなら引いてみろって言うしな! 行かなかったらアンネから休み時間に会いに来てくれるかもしれない!」
明るい声と共に拳を握って見せているエラルドかわいい。
さてはエラルド、勉強のことはどうでもいいな?
普通に恋の応援してるな?
知らないもんな、2年生の最後に首席になったらどうこうの話。
ところでそろそろ私からどいてくれこの体勢じゃ君の顔が見えない。
「アンネから会いにくる」
その手があったかみたいな顔してるけども。
「そうそう。バレットの一番上のお兄さんも、引きの効果は抜群だったって言ってたしな!」
バレットの一番上のお兄さん、だと?
サラッと新キャラを増やすんじゃないよびっくりする。
確かアコニツム家は三人兄弟。
リルドットが次男でバレットが三男だったか。
じゃあやっぱり、長男は私は会ったことがない人だな。
「ああ、あれか。あんな女を押し付けられて気の毒だと思っていたが、男の方からだったか」
待て待て、私だけ置いてかれてる。
あんな女ってどんな女だ。アレハンドロの知り合いなのか。
これはあれだ、出身地や学校が同じ人たちの中に1人紛れ込んでしまった時の疎外感。
しかし内容は気になるので詳しく聞きたい。
何から聞こうかと頭を整理していると。
「ところで、バレットといえば一緒じゃないのか?」
「期末テストの準備日が近づいてきたからネルスに連れてかれたよー」
別の話題に移ってしまった。
残念無念。
内心ガッカリしながらも、この会話には参加出来るので相槌を打つことにした。
「へぇ、準備日まだなのにな」
ネルスが真面目で、教えることにも熱心なのは今に始まったことではないが。よくもまぁバレットが言うことを聞いたもんだ。
もしかしてふたりきりになりたい理由でもあるのか?
BLフラグか、そうなのか。
ちょっと私も図書室行こうかな。
「皆さん、ご機嫌麗しゅう」
大変麗しいことになっていた私の頭を見透かされたのかというタイミングで、鈴が転がるような声が聞こえた。
顔を上げると、学園一美しい、という設定に違わぬ美女が立っている。
「ラナージュ?」
「シンさまとエラルドさまはいつも仲がよろしいですわね」
「はは、ご覧の通りなー」
良い笑顔のラナージュにいつも通りの調子で返事をしたエラルドは、更に私に体重を掛ける。
「エラルド、重い。本当に重い」
苦情を言う私を見ながら、良いぞもっとやれって紅い目が言ってる気がする。
羨ましい、変わってほしい。
じゃれている私たちを横目にアレハンドロが口を開く。
「何か用があったのか?」
ラナージュはその言葉ににっこりと頷いた。
「皆さま、夏休みに少し自由な時間はお有り?」
おおこれは。
何やら夏のイベント発生の予感。
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