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22話⑵

 

 広い学園内には、森林の中に人口の小さな湖のようなものがある。


 ラナージュが言うには、アンネとアレハンドロが恋愛イベントを進める場合はだいたいここで会っているらしい。ゲームの攻略本と歩いている気分だよ。


 そしてラナージュを追ってその周辺にたどり着くと、人が来ないように結界が張ってあった。

 通常はなんの違和感もなくそこに近づかないでいるのだろうが、私は天才なので気づいてしまったのだ。


 おそらく中でふたりが何かしているのだろう。アンネは魔術は得意ではないからアレハンドロだろうか。わざわざするかなそんなこと。

 まぁ見られるのは恥ずかしいもんなと思いつつも、その結界の中にこっそり侵入する。


 そしてその先で、パトリシアが目を見開いて立っていた。


「し、シン様! ラナージュ様!」


 結界をあっさり破られたことに気がついたらしい。しかも気づけなかったことに膝をついて悔しがっている。

 なんかごめん。私が天才なばっかりにごめん。


 それにしても、パトリシアが人避けしていたとは。乙女ゲームのお友達ポジってこんな大変なことを人知れずしていたのか。

 よしよしと頭を撫でてから、そのまま湖に向かおうとする私たちのブレザーの裾をパトリシアが握り締めた。


「い、行っちゃだめですぅう! 行かないでくださいぃ!」


 振り返ったラナージュが、ヒソヒソ声で必死に訴えるパトリシアの両肩に手を置く。


「パトリシア、何も邪魔をしようというわけではありませんのよ。少し見たいだけです」


 真っ直ぐと本当に真剣な眼差しで。そのまんま欲望を言ったな。


「ちなみに、どんな様子なんだ?」

「わ、私は人が来ないようにって勝手にこういうことしてるだけでふたりの様子とかは……」


 偉い。覗きとかしないのえらい。人の道を外してない。

 ついつい、モジモジと話すパトリシアの頭をもう一度撫でてしまう。

 

 そして結局、私とラナージュ、そしてパトリシアは湖の畔に座るアレハンドロとアンネを覗くことにした。

 ラナージュの熱が凄かったのはもちろん、やはり私もパトリシアも好奇心には勝てなかった。

 


「申し訳ございません殿下!」

 

 向かい合って立っているふたりを視界に捉えた瞬間、聞こえた言葉はこれだった。


「わ、私はまだ、殿下の隣に並べるような存在ではないので……!」


 震えるアンネの高い声が聞こえてくる。

 本当にかわいい声してるわ。


 というか、これフラれてるなアレハンドロ。両思いだと思ってたけど残念だったな。

 続いて、意外にも落ち着いた様子の低くて深い良い声が響いてきた。


「私に愛されている、というのは私の隣に相応しい存在ということではないのか」


 全くもってその通りだ。私もそう思うよアレハンドロ。


 会話を聞きながら、私たち3人の姿や声がふたりに認識できないように魔術を施した。

 もはや盗み聞きが板についてきてしまった気がする。

 人としてダメなんだけど、やめられない。


 アンネは深く頭を下げながら、必死の声で言葉を紡いでいる。


「私はまだ私を認められてなくて、その……! 卒業の時に首席が取れたら私、私から! その時に殿下のお気持ちが変わっていたらそれは、それで仕方がないので……」


 やっぱり普通に両思いだった。

 言いたいことは分かる。でもアレハンドロが心変わりしてたら心の底からめっちゃガッカリすると思うぞ。


 そんなの本当は辛いって思っていることが、声にも滲み出ているのが分かる。


「嫌だ」

「え」

「アンネも私のことを好きだと言っただろう。何故2年も待たねばならんのだ」


 アンネがアレハンドロのことを好きって言う、一番肝心なところ見逃してんじゃないかー。決定的瞬間を見たかったなー。


「私の恋人だと明言していなければ、悪い虫が湧くかもしれない。良いことがひとつもないぞ」


 眉を寄せ、あるあるの独占欲で迫るアレハンドロ。

 変に現実的なことを言うと、この学園内では平民のアンネは意外とモテない。かわいい良い子なのに。

 ライバルになるとしたらやっぱり攻略対象の皆さんなんだろう。


 アンネの地元では知らないけどな。


 アンネはアレハンドロの言葉に手と首を左右に振った。


「私に好意を持ってくださる方はそんなに居ませんので! それに、婚約解消されて間もないのに! ラナージュ様はきっと、まだ殿下が……」


 両手を祈るように組み、気まずそうに眉を下げている。



「そうなのか?」

「いえ全く」

「ええ!? 全く!?」


 私の質問に真顔で否定するラナージュ。

 それに対して大きな声を上げたパトリシアは、パッと口元に手を当てた。

 聞こえないように魔術をかけているから気にしなくていいんだけどね。


「ラナージュとは親が決めた婚約者同士だったが、お互い、そういった感情は無かった」

「いいえ! ラナージュ様はいつも殿下を優しい目で見てらっしゃいました!」


 それについてはほぼ100%アレハンドロが正しいだろう。やっぱりアレハンドロからしても特別な感情は無かったのかと少し切なくもあるが。

 ラナージュの前ではちょっと格好つけてた気がするのに。


 一応、ラナージュにも確認することにした。


「そうなのか?」

「かわいいんですもの」

「かわいい!? かっこいいじゃなくて!?」


 聞こえないとはいえ、本当に遠慮なく驚きの声を上げるパトリシア。素直でよろしい。

 普通はアレハンドロってかっこいいんだなぁ。


 アレハンドロはというと、アンネの言葉に困ったように目を泳がせる。


「あれは、シンのことばかり見ていたと思うが」

「……それは、そう、ですけど……」


 アンネも急に自信なさげに視線を落としてしまった。

 よく見てるなふたりとも。

 推しの様子が違いすぎて気になって仕方なかったみたいだからな。

 主人公たちを困らせるくらい私のこと見てたんだな。


 そして、覗いている私たちは惰性で同じやりとりを繰り返す。


「そうなのか?」

「愛してますわ」

「え? え!?」

「そうか、知ってた」

「ええ!?」


 横目で視線を合わせて笑顔を向け合いながら会話する私たちの間で、いちいち驚きの声を上げるパトリシアがかわいい。

 反応が面白いからついつい遊んでしまう。


 アレハンドロは腕を組んでアンネを見下ろす。

 身長差があるので、ものすごい威圧感だと思う。

 付き合って欲しい人間の態度かあれ。


「他には何かあるか?」

「……! え、と、心の準備が何も出来てません……


 手をスカートの前で握りしめ、消え入りそうな声を出して俯くアンネ。表情は見えないけど、赤い顔をしてるんじゃないだろうか。セオリー的に。


 俺様キャラらしくその様子を見下ろすアレハンドロ。なんかいつもよりアンネに対して尊大な態度なのは気のせいだろうか。


「卒業まで待てば心の準備とやらが出来るのか」

「は、はい」

「遅い。2年の終わりまでにしろ。それ以上は待てん」


 首席で卒業出来れば自信もつくし周りにも認められるからってことなんだから待ってやれよー。

 でも制服デートとか出来るの今だけか。

 それは惜しいかもなぁ青春の思い出としては学生時代に付き合っときたいねぇ。


 卒業したら気が狂いそうなほどに忙しくなるだろうし。


「意外と気が長いですわね」

「せっかく両思いなのに! 私なら1日も待てません……!」

「まぁ、待つ気はあまりなさそうだけどな……」


 私には分かる。恋人なんて名称の関係じゃなくたって、どうせ人前で無自覚でいちゃいちゃするし嫉妬もするし周りには普通に付き合ってると思われるようになる。


 そういうもんだ。


 両思いだと確認してるだけマシだよこれを無自覚ですると、


「何の権利があってこの子のすることに口出しするの?」

 ってなるからな。


 アンネに気があるそぶりを見せた男子をアレハンドロが視線で殺す日も近いな。

 

 ふたりの話はひとまず「2年の終わりまで待つ」がお互いの妥協点らしい。

 きちんと話し合いが出来るのは良いことだ。



 ところでお嬢さん方。

 そろそろ退散しましょうよ。



お読みいただきありがとうございます!

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