番外編☆だいたい図書室にいるネルス
※副題の通り番外編です。
※この話はネルス・クリサンセマムの目線です。
僕の一日は、いつも図書室で始まる。
朝、起きて準備をしたらまず図書室にいく。
そうすると、必ずアンネも同じ時間にやってきた。特待生の彼女は、勉強への姿勢が他の生徒とは全然違う。
挨拶を交わしてからは、ほとんど雑談もなくお互い勉強に励み、時間になったら2人で授業に向かう。
仲がいいと揶揄われることもある僕たちだったが、アンネと話せるのはその道中くらいだった。
もちろん毎日の積み重ねで、とても親しくなっている。
そのせいでアンネに思いを寄せている皇太子、アレハンドロ・キナロイデス殿下に微妙な顔をされることが以前はあった。
大抵「殿下のお役に立ちたい」という話をお互いにしているだけなのに、敬愛する皇太子殿下に嫉妬されるのは心外だ。
が、最近では「まぁ男とはいってもネルスだからな」と完全に安心されているので、それはそれでどこか微妙に感じている。
「あと、1センチ……!」
授業が終わると、また図書室に向かう。
まずは今日の授業に関連する本を選んで復習するのが日課だ。ここの本棚は高すぎて、必要な本がすぐにとれないのが玉に瑕。
今もまさに届くか届かないかのところに本があって、手を伸ばしている最中だった。
台を使えば早いのだが、生憎すぐ近くにない。探す前に試しに手を伸ばしてみたら意外と届きそうだったのでついつい意地になってしまう。
取れる時があるものだから。
「これ? それともこっちか?」
不意に後ろから声をかけられて振り返る。
「シン!」
柔らかい表情で本を取ってしまった美男子は、同い年の親戚だった。
シンは、子どもの頃から抜きん出た天才で、優秀な人間が多い親戚内でも目立っていた。
特に魔術に関しては並ぶものがいない。
同い年の僕や彼の弟はよく比べられたものだったが、その度にこいつは言った。
「お前はかわいいから良いじゃないか」
訳が分からない。
容姿のことを言うなら、シンの方が煌びやかで女性にも人気があると思うのだが。そういうことを言っているのでもないらしい。
恐ろしいことにふざけているわけでも見下してきているわけでもないようで。
優しい割に掴みどころがない不思議な男だ。
今でこそ、大人びていて何かトラブルがあるとみんながまず頼りにいってしまう存在になったが、小さい頃は甘えん坊なやつだった。
親戚の集まりではいつもシンが「ネルスネルス」と抱きついてきたり頬擦りしてきたりしたものだ。
僕は同学年の中でも誕生日が早かったのもあり、最後の月に産まれたシンがそうしてくるのは気分が良かった。
自分が末っ子だったのもあるだろうか。
会える日には手を繋いで歩いてあげたり、食べるのを手伝ったりと張り切ったものだった。
いつもシンは「ありがとうだいすき!」とにこにこしていて、かわいらしかった。
ある程度大きくなるとあまり甘やかすのも良くないと思い始めた。10歳くらいの頃、もうあまりくっつくなとシンに伝えたのだが。
あの時の絶望的な表情は忘れない。
当然シンはもうなんでも、本当になんでも出来るようになっていたから困ることはなかったはずなのに。
「そ、そんなことを言う年に……」
と少しズレたことを言いながら頭を抱えてしまった。
その時はそんなにショックを受けなくても、と申し訳なく思ったのだか。
「ネルスは勉強熱心で偉いなぁ。他にとって欲しい本はないか?」
「とりあえず、これだけで良い。助かった」
「こんな難しそうな本を読めるんだな~。知ってたけどいつも感心する。ネルスは本当に賢いな」
「授業でやったところの復習だ。お前もやっただろう」
「授業でやったならやったかもしれないな」
始終穏やかに受け答えしながら、執拗に僕の頭を撫でている。振り払っても「まぁまぁ」としつこい。
どんなに邪険に扱っても笑っていて本当に何を考えているのか分からない。
とにかく、会うと構い倒してくるのだ。
甘えん坊が治っていないのかと心配したこともあるがこれは違う。
僕は知っている。
この感じは、両親や兄姉と同じだ。
いつまでも僕を「幼い子ども」だと思っている人間の扱い方だった。
僕にあんなに甘えていたのに、一体どこでスイッチが切り替わったのか分からない。だが、今はとにかく僕のことを「かわいい」と妙に温かい目で見てくるのだ。
「で、なんで隣に座るんだ」
「少し、ネルスと話したくてな」
「話?」
珍しいことを言う。頬杖をついてこちらを見ているシンの方へ眉を寄せて目をやる。
すると、一瞬。ほんの一瞬だが、その視線が動いた。
「どんな話だ?」
僕は聞き返して本を開く。その本で顔を少し隠しつつ先程のシンの目線の先を追った。
ふと、目に入ったのはラナージュ嬢であった。
才色兼備で、皇太子殿下の婚約者に選ばれていた彼女であったが、2年生になる直前にその婚約は解消された。
お互いの希望ということ以外詳しく公表はされていないが、おそらくアンネのことがあるからだろう。知っている者にとっては、皇太子殿下の本気が伺える出来事だった。
(ラナージュ嬢とのことで相談か……?)
その婚約解消の知らせの後、明らかに変わったのは皇太子殿下だけではない。
シンとラナージュ嬢の距離も一気に近くなった。
それは親しい間柄の人間だけでなく、他人から見ても明らかなようで。僕の耳にもふたりが恋愛関係にあるのではないかと噂が入ってくるほどだ。
(本当にそうなら、何か親戚への根回しか。違うなら、噂を断つための……?)
こちらが心配になるほど、どんなに悪い噂でも笑って流してしまう男だから後者の可能性は薄いだろうか。
僕はふたりが恋愛関係にあってもいいと思う。家柄もお互いの落ち着いた人柄もお似合いだと思う。誰も反対しないだろう。
ただ、あまりにも時期が悪すぎる。
ラナージュ嬢が皇太子殿下の婚約者だった時からの関係だ、と噂が出てしまうほどだからなんとかしないととは思っていたのだ。
シンは滅多に頼ってくることがないから、そういうことであれば嬉しかった。
子どもの頃のように、たまには世話を焼いてやろう。
「ネルス、ちょっとこっちを見ててくれ」
「あ、ああ」
真剣なトーンで言われて少し緊張する。
すると、手が優しく頬に触れてシンの顔が近いてきた。
「ん? え? ど、どうした?」
またこいつは距離が近いな、と身を引いてしまう。
「動くな、動くな。目を瞑ってくれるか? 目の下にまつ毛がついてる」
「まつ毛?」
想定外の言葉に間抜けな声で復唱してしまった。
それでも一応、言われた通り目を閉じる。シンの指先が目の下を緩く擦った。
「ああ、ほら。とれた!」
「……まつ毛だな」
明るい声と共に見せられた小さなものは、紛れもなくそれだった。気付かなかったからありがたいが、そんなに嬉しそうにされても、そうとしかいいようがない。
それより、まさか。
「気になって仕方なくてな。すまなかった。」
「おい、話って……!」
「それだけだよ。ネルスはまつ毛が長いな?」
「えぇ……」
一気に体の力が抜けた。
自分のまつ毛の長さなんて考えたこともなくて返答に困る。それを言うなら、目の前の男のものなど精巧な金の扇のようだ。
そういえばこいつが真面目に相談なんてしてくる訳がなかった。真剣に感じたのは気のせいか。
「勉強の邪魔をして悪かった。じゃあ、私はもう行くよ」
去り際にポン、と頭に手を置くのを忘れない。
誰もを魅了する笑顔の男は、手を振っていってしまった。
「……変なやつだな」
まつ毛くらい、言ってくれれば自分でとったのに。もし取ってくれるにしても、先にそう伝えてくれれば無駄に頭を働かせずに済んだ。
掴みどころのないシンの行動に理解が及ばないまま、なんとなくラナージュ嬢がいた方を見る。
何故か満面の笑顔でこちらを見ていた。
その美しい顔に思わず会釈してしまう。
彼女はそのまま、まるでシンを追うように図書室から出ていった。
「本当に、なんだったんだ」
いつも静かな図書室で、なんだか女子生徒のヒソヒソ声が大きくなった気がする。
(まぁ、いいか)
僕は改めて本を開いた。
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