番外編☆パトリシアのラッキーデイ
今回は、副題の通り番外編です。
いつもの主人公ではなく、パトリシアの目線での話になっています。
「よし。このくらいにして、休憩に行こうか」
「はい! ありがとうございました!」
本日、天気は快晴。
時間は午後3時のおやつ時。
隣には金髪碧眼の学園の王子様。
私、パトリシア・ローダンセのラッキーデイ!
「魔術のコントロール、本当に上手になったな」
優しい笑顔が太陽より眩しいシン・デルフィニウム様。
有力な公爵家の長男で、文武両道、眉目秀麗の魔術の天才。そして我が国の皇太子殿下、アレハンドロ・キナロイデス様の一番の親友。
あまりに素晴らしすぎて嫉妬の炎に晒されることも多いけれど、全て鮮やかに穏やかに受け流してしまう。
入学式の日に皇太子殿下を怒らせてしまったアンネを助けた時の他に、人に敵意を向ける場面を見たことがない。色々トラブルに巻き込まれる方なのに、なんて余裕だろう。
そんな方が、今日の授業が終わってからずっと私の魔術の稽古をつけてくれていた。
私は小さい頃から身に余るほどの魔力に困らされていて、薬に頼るときもあるくらいだった。成長するにつれてマシにはなってきたけれど、感情が昂ると制御が効かなくなってしまうこともある。
そのことでシン様に助けていただいたのがきっかけで、こうしてたまに練習に付き合ってくださるの。
「そろそろ、そのブレスレットもつけなくてよくなったんじゃないか?」
「えっ……! えーと……もう少し、お守りにっ!」
「そうか?」
不思議そうに首を傾げられてしまう。
左手首に巻いたシンプルな銀色の輪。シン様が魔術が暴走しないようにとくれた魔法道具だった。
確かに、この1年でこれにお世話になることもなくなったから要らないとは思うんだけれど。
(せっかくシン様がくれたのに、外すのは勿体なさすぎる!)
魔力を暴走させてしまった日、魔法道具を買わないといけないとお父さんに相談しようとした。そうしたらその日の内にシン様が、
「私のつけていたものに魔術を施したもので申し訳ないが、良かったら。」
と言ってわざわざ寮の部屋まで届けてくれたのだ。いつもの三倍、光り輝いていた。
シン様のお下がりのブレスレット! と思うと嬉しくてご機嫌でつけてしまったし、その場で喜びが声に出ていた。
自慢して周りたいのをグッと堪えている。
恋愛物語だと、ここから素敵な恋が始まったりするのになぁ。シン様は驚くほど、男女問わず誰に対しても同じように優しい。
特に仲の良いご友人が男の人ばかりだから、男色の噂が立つくらい。同性の友人と楽しそうにしてるのは当たり前だと思うのに、みんな揚げ足取りに必死すぎる。
魔術の修練場を出ると、シン様はそのまま食堂へおやつを食べに行くとおっしゃった。だから、図々しくも当たり前の顔をしてついていく。
「朝、料理長さんに聞きました! 今日はババロアだそうですよ~。チョコかいちごか抹茶が選べるんですって!」
「……抹茶……舞台考証よ……」
「え? 抹茶、お嫌いですか?」
「ああ、いや。珍しいなと思ってな」
一瞬、遠い目をされた気がするけれど、首を振って「楽しみだな」と笑うシン様が素敵すぎてどうでも良くなった。
男の人には珍しく、甘い物が大好きなシン様。おやつの時間にはほぼ必ず食堂にいらっしゃるので、遠巻きに眺めるのを楽しみにしている女の子がたくさん居る。
格好いい人が甘い物を好きなんて、その差異がたまらない。
甘い物を食べてる時の幸せそうなシン様は可愛いと、みんなで勝手に楽しみながらお茶している。
でも、食堂にたどり着く道中に事件が発生した。
「あー! デルフィニウム! 良いところに!!」
同じ学年の男子生徒が慌てて駆け寄ってきた。話をしたことはないけれど、貴族階級の方だったと思う。
シン様は足を止めて、でも視線を逸らした。
「嫌だ。私はこれから食堂にババロアを食べに行く」
「まだ何も言ってない! それに、そんなの後でいくらでも部屋に運んでやるから!!」
ちゃんと足を止めている時点で、話を聞いてくれようとしているのが分かる。溜息を吐く姿も美しくて、ご本人は大変なのにうっとりしちゃう。
「1年生2人が言い争っている内に、魔術を暴走させて! 今、中庭だけを竜巻が襲ってるんだ!」
中庭だけなら、被害もそこまで大きくはないだろう。でもきっとその1年生たちは怖くて泣きたい気持ちだろうな。
自業自得なんだけれど、魔術のコントロールも感情のコントロールも難しいから。
バレたら喧嘩の原因から先生に叱られるし、場合によっては親にも連絡がいってしまうし。
シン様は頷くと、申し訳なさそうに眉を下げて私を見た。
「パトリシア、先に行っててくれ」
「ご、ご一緒しても良いですか! どうやって止めるか見たいです!」
本当のことだった。シン様の魔術は高度すぎてあまり参考にならないのだけど、学べることはあるはずだ。
大きな目を瞬いた後、シン様は私の手を握った。
「し、シン様!?」
「中庭だな、移動するぞ。」
光が私たちを包んだかと思うと、次の瞬間には私たちは草木舞い踊る大荒れの中庭に立っていた。
◇
中庭に着いた直後、シン様はたった一言の呪文を唱えただけで竜巻を消してしまった。凄すぎる。
その中心で、真っ青な顔をした1年生の男の子が2人、座り込んでいた。
「パトリシア、この辺りの修復を頼んで良いか?」
きっとシン様の方が早く終わるのに、ついてきた私に役目を与えてくださる。私は張り切って呪文を唱えた。
私が言葉を紡いでいる間に、シン様は2人に話を聞いている。
喧嘩した時にはついつい、相手が話しているところに口出ししてしまいがちになる。
それを「今は彼に聞いているから」と柔らかく嗜めながら聞いている姿を、騒ぎを聞きつけてやってきた人たちと眺めた。
「いつもいつも突っかかってくるから!」
「君が口で勝てないからって殴りかかってきたんだろう!」
「だからって制御できない魔術使うなよ!」
辛抱強く聞いてあげていたシン様だったけれど、どうしても喧嘩が始まってしまう。
それでも微笑みを浮かべているシン様の心の広さ。私なら、「もう良い加減にして!」と言ってしまいそう。
と、思っていたら。
顎に手を添えて立っているシン様が何か呪文を唱えた。いつものキラキラとした美しい光が2人の腕を包み込む。
「えっ! なんだ!?」
「お前なん……っ! 離せよ!」
「君が離せ!」
喧嘩をしている2人が手を繋いで立っていた。
慌てて腕を引っ張ったり振ったりして解こうとしているけれど、全く離れる様子がない。
変わらぬ表情で静かにシン様が口を開いた。
「夜の食事が終わるまでそのままでいなさい。お互い、気に食わないなら今後関わるな。それが嫌なら、どうしたら喧嘩で周りに迷惑をかけないかを手が離れるまでに考えると良い」
有無を言わさぬその様子に、騒ぎの中心の2人も、周りで見ていた人たちも、もちろん私も。口をあんぐり開けてしまった。
「き、利き手が塞がって…!」
「じゃあ隣の子に食べさせて貰えばいい」
「お手洗いとか……!」
「一緒に行ったらいいんじゃないか?」
魔術が暴走していた時よりも泣きそうな顔の2人に対して、シン様はなんでもないことのように笑顔で躱してしまう。
「し、シン様! 流石に可哀想なんじゃ……!」
思わず口を出してしまうと、2人が希望の光を見る目で私を見た。
しかし。
「ああ、パトリシア。綺麗に直してくれてありがとう。流石だ」
「い、いいえ! これだけ時間があればなんとか!」
「解決したし、まだババロアは間に合う時間だな。行こうか」
「はい!」
眩い笑顔で誘われて、私は呆気なく本題を忘れてしまった。ごめんね2人とも。
食堂への道中、どうしてあんな罰を思いついたのか聞いてみた。
「びーえ……いや、本で読んだことがあってな。真似してみたんだ」
片目を瞑るシン様は、お茶目でとても楽しそうだった。私は納得して手を合わせる。
「へぇー! 物語ではその2人は仲直り出来たんですか?」
「……それはもう」
目を細め、笑みを深めて頷く様子はどこか意味ありげで。
それがなんなのか分からないけれど、賢くて格好いい貴族様のお考えは私には到底分からないのだろう。
「じゃあ、同じようになると良いですね!」
「そうだなぁ」
そして最後に小さな声で、
「BLフラグ立ったかもな」
と呟いていらっしゃったけれど、難しい言葉で分からなかった。
食堂では、なんとシン様が抹茶味のババロアと私のいちご味のババロアを一口交換してくださった。
そんなの!
逆に味が分からなくなるに決まってる!
そんな、私のラッキーデイでした。
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