20話⑴【街にお出かけ】
桜が舞う。
この学園で2度目の春を迎えた。
2年生に進級しました。
進級。クラス替え。
とても学生っぽい。何年ぶりかな。
無事、1年は乗り越えたので後2年。
まぁどうやら後2年のうち、卒業間際に死亡フラグは立っているようなのでなーんにも安心は出来ないのだが。
逆に考えれば、そこさえなんとかすればそう簡単に死なない可能性が高いと前向きになろう。
対策を考えつつ、今までと出来ることは変わらない。
それよりも、今一番、私が頭を悩ませているのは。
「エラルドと離れてアレハンドロと同じクラスになってしまった!」
食堂で昼食を待ちながら頭を抱える。
そのままテーブルに額を当てると、アレハンドロが後頭部を片手でグリグリと押さえつけてきた。そしてどこか楽しげな声が聞こえる。
「何か問題でもあるのか。光栄に思え」
「いた、痛い痛いっ! あるに決まってるだろう。完全に子守りを押し付けられた」
私はその手を掴んで体を起こしながら反論する。
異論は認めない。
どう考えても、私が近くに居たら大きな問題は起きないだろうと踏んでのことだ。
先生方よ。生徒に生徒の面倒をみさせるのはやめてくれ。
親しい友だちが同じクラスにいた方が良いというのも分かるけれども。
完全に皇太子のお取り巻きたちに目の敵にされるやつだ。元々されてると思うけど。
頬杖をついたエラルドが楽しげに笑う。
「あはは、嬉しそうだな殿下」
「クラスメイトがどうこうなど、一喜一憂することではないだろう」
鼻で笑う様子を軽く睨む。
嬉しいくせに。
大事だぞクラス替えは。
これから過ごす1年の明暗がそれで決まったも同然だろう。
少なくとも私はクラス替えで誰と一緒になるかはめちゃくちゃ大切だった!
「殿下、流石です。僕はエラルドと一緒のクラスで少しホッとしてしまいました……」
ネルスは苦笑しながらも、素直に嬉しそうだった。人見知りがあるとそうなるわな。
やっぱりクラスは大切。
ワガママ皇太子にもこのくらいの可愛げがあればいいのに。
溜息を吐いていると、慰めるようにタイミング良く、スタンドに乗った食事が運ばれてきた。
約2週間ぶりの学食だ。
下段は主食のパン。
今回はバケットとフォカッチャだった。オリーブオイルや塩、ジャム、バターなどのお供が添えられている。
中段がメインの白身魚のポワレ。
周りにトマトやアスパラガス、パプリカなど色とりどりの野菜が飾り付けてある。
上段の副菜はモッツァレラチーズやポテトサラダなどを生ハムで一口サイズに巻いてあるもの。
食べなくても美味しいことが分かる。食べるけど。
そして、キノコのポタージュスープ。
相変わらず、どれもこれもおしゃれで美味しそうだ。
そして最後に給仕の人が、
「本日のカフェタイムはイチゴと生クリームのケーキでございますよ」
と口元に手を添えて楽しげに教えてくれた。
「それは楽しみです」
今、金髪碧眼の美男子はにっこりと優雅に微笑んでいるが内心では小躍りしている。
やったー!!
私がショートケーキが好きなのを知っていてわざわざ教えてくれたのだ。優しい。
もしかしたら頭を抱えていたのを見ていたのかもしれない。流石、気が利くわ。大好きだ。
「へー、剣の受け取りに」
ネルスが食事に手をつけず、興味津々で呟いた。
私が食事やケーキに気を取られている隙に話題はエラルドの剣の話に変わっていたのである。
「そうそう、バレットと選んだんだ。今度の休みに外出許可を貰ってねー」
頷いているエラルドは話しながらも大きな口を開けてメインを頬張る。いつも通り、見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。
自分で選びたいって言っていたのに、バレットの意見も聞いたんだな。仲良しだな君たち。
「その街は観光地だったか」
「そうですね、あまり貴族が足を運ぶ場所ではないですが賑やかな場所だという噂ですね!」
アレハンドロは気取って澄ました顔で、ネルスは分かりやすく、ソワソワしてエラルドを見ている。
顔に「行きたい!」と書いてある。
かわいいな。
「殿下とネルスも一緒に行く?」
心優しいエラルドは、そういうことを見逃さないしスルーしない。
おおらかな笑顔にネルスの顔が輝いた。
「行く!」
反対にアレハンドロはあまり表情は動かなかったが、軽く頷いた。嬉しそうだ。
観光地ということは、煌びやかで楽しい反面、人が多くてトラブルも多い。
人混みでのスリとか、喧嘩とか。裏路地に入ってしまうと言わずもがな。
外出許可には学校の許可も必要だが、当然親の許可が要る。
なんでも経験しろよタイプの皇帝陛下はともかく、他の偉い人たちが皇太子を友人だけでそこに行くのを許すのか。
また護衛まみれになるのでは。
あとネルス、あの過保護なお前のお父さんとお母さんの許可は下りるのか。護衛まみれ以下略。
それにしてもこの魚、最高だな。
骨も取ってくれてて食べやすいし、身が柔らかくて。何より皮のパリパリ感が絶妙だ。
さすが料理長。
黙って食事にパクつく私にもエラルドは微笑みかけてくる。
「じゃあシンも行く?」
「今回は、遠慮しておくよ」
子守りはごめんだ。
エラルドと2人とかなら安心していけるけれども。
どうせバレットもついていくんだろうし、4人でダブルデートしてきてくれ。
組み合わせはなんでもいいからね!
◇
「ここがカラマか! うちの領とは全然雰囲気が違うんだな!」
馬車を降りると、ネルスがテンションがMAXなのを隠さず、眼を煌めかせて街を見渡す。
馬車の中からずっと口角が上がっていた。
(かわいい。動画におさめたいかわいさ)
初めての場所ってテンション上がるよね。
もし可能であるならば、日本の城とか古い街並みとかを案内してあげたい。きっと楽しい。
ここは学園から日帰り出来る圏内では、大きい都市の1つ、カラマ。
赤煉瓦や青煉瓦の賑やかな色彩の、しかし統一感のある建物が立ち並ぶ。
どの建物にも窓があり、それが白いアーチ型になっているのが特徴的だ。
他の土地と同じくヨーロッパ風である。
道には主に白い布地の屋根がついた露店が訪れる人の興味を引く。ああいう所に並んでいると、とても魅力的に見えるものだ。
地面は赤褐色の石で舗装されていて歩きやすい。
観光客が多いのもあり、道行く人たちの服装は多様な文化を感じる。
今までうっすらとだが、異世界の割には実際に接したり文献で見たりするどの文化圏の服装も建物も、なんとなく見たことがある雰囲気だなぁと思っていたのだ。
貴族はともかく、平民の私服や学園の制服はとても現代的だし。
現実世界の人が考えたゲームの世界設定だったからなんだろう。
異世界物って大体こんな感じのイメージだったからなんの疑問も持たなかったわ。
と、まぁ。
外出についてくることになるよね。
知ってた。
皇太子の外出許可出した人たちもクリサンセマム侯爵夫妻も、エラルドだけでなくバレットと私が一緒にいるなら許可すると言ってきたのだ。
はい、今回はお坊ちゃん2人のお守り兼ボディーガードですよろしくお願いします。
ねぇ私も相当のお坊ちゃんなのに一体どういうことなの。大人からの信頼が重すぎる。
子どもに子どものお守りをさせるなとあれほど。
「2人とも。分かってると思うが、絶対1人で行動するなよ。私かバレットかエラルドと絶対一緒に居るんだぞ」
私はアレハンドロとネルスに改めて釘を刺す。
何かあったら皇太子とか貴族とか関係なく大変だ。慣れない場所ではぐれるわけにはいかない。
しかし、こちらの気も知らないで、ネルスはキョトンと首を傾げてくる。
「少しくらいなら、お前の守護の魔術があるから平気じゃないか?」
私への信頼が嬉しいし顔が可愛いが聞き捨てならない。
思わず目線を合わせて肩に手を置いてしまう。
「ネルスくん。それが発動した時には君は何か攻撃を受けてるってことだからな? 最悪の事態になってるからな? 分かるか? 絶対絶対はぐれな」
「分かった分かった。僕より殿下を念入りにお守りして欲しいだけだ。父上に言われたからって子ども扱いするな」
心底面倒くさそうに肩の手を振り払われた。
「子どもだから言ってるんだが!?」
絶対殿下がどうとか思ってなかったし、行きたいところが違ったらちょっとくらい自由にしてもいいと思ってただろ!
「落ち着け落ち着け、シン。ネルスは見た目は可愛らしいけど俺たちと同い年だし、な?」
だから、16歳はまだ子どもだって言ってんだけどな。
高校生と思えば友だちと観光地くらい行くとは思うからあんまり過保護になっても良くないのは理解出来るけれど。
塩梅が難しい。
箱入りのお坊ちゃんたちだからズレたことをしそうで怖い。
「可愛らしい……」
1人でこっそりショックを受けているらしいネルスは置いておいて。
私の言葉には無反応で街を眺めているアレハンドロの方を向く。
今日も念のために髪の毛だけ黒色に変え、1つの三つ編みにしている。
三つ編みスタイルが気に入ったようで、最近は学校でもこの髪型にすることが多い。ニヤニヤする。
この子も、行けることが決まってからずっと楽しみにしていたようだった。
それゆえネルスほど態度には出ていないが、テンションが上がりすぎて何も耳に入っていない可能性が高い。
「アレハ……アレックスも分かったか?」
「今更だがなぜアレックスなんだ」
ようやく返事をしたと思ったらなぜ質問に質問で返すんだ。
そう、呼び方も変えることにした。こういう時に偽名を使うのはお決まりだしね。
違いすぎると混乱するから、似たような名前にしたのだ。
私は曖昧な知識のまま適当に答える。
「お前の本名と語源が一緒なんだよ。で、分かったか?」
「ほう」
聞いておいて気のない返答しかない。
苛立ちながら私は人差し指を鼻先に突きつけて迫った。
「分かったか? 離れるなよ? 返事は?」
自然と口調もキツくなるのが自覚できるが止まらない。
「分かっている。くどい」
指を退けながらフイとそっぽを向かれた。
首輪つけといてやろうかこいつ。
分かっているのか分からないから何回も聞いてんだよ。返事くらいしろ。
ガルガルしている私の肩を、本当にずっと黙っていたバレットが叩く。
ハッとして肩を下ろした。
ついつい変なスイッチが入ってしまっていた。
「ああ、すまないバレット。熱が入りすぎて」
「もう店に行っていいか?」
そうだった!
こいつはこういうマイペースな奴だった!
自分の好きなおもちゃコーナーのことしか頭にない!
ドッと疲労を感じて返事を出来ないでいると、エラルドが「今日は頑張ろうなー」と、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
好き。
私が中身まで16歳だったら、こんなにアレコレここまで気を回さなくて良かったのに!
これだから大人は!!!
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