18話⑵【剣術大会】
まだ首元がゾワゾワする。
私は試合の最後に何が起こったのかさっぱり分からなかった。
エラルドによると、剣を私が折った時に「次で確実に決めないと不味い」と思ったらしい。
で、私の足が地面に着くか着かないかくらいのところで、折れた剣で首元目掛けて切り掛かってきたと。
いや、殺す気か。
私は無意識に剣で防御していたらしい。
しかし力づくで体重をかけて押し倒し、私の持っていた剣の剣身が首を傷付けるギリギリのところでリルドットの審判ストップ。
そして、エラルドは勝者となった。
後一瞬、止められるのが遅かったらどうなっていたことか。流石にどうもなっていなかったと信じるが。
ぶつけた背中が痛いとか、慣れない本格的な試合を3戦もしたせいで手の皮がむけて痛いとか。
色々あったが、正直エラルドの目が1番怖かった。
肉食獣に出会ってしまった草食獣の気持ちというか。
動物園でワニの目を間近でバッチリ見てしまったゾクゾク感というか。
身が縮み上がる思いとはああいうことだろう。
写真ですら怖くないですかワニの目。
ああいう、覇気とかオーラとか殺気とかそういうナニかも、騎士適性とやらのひとつかもしれない。
続くバレットとマヘイダの試合では両者からその空気を感じた。気がする。
他の人からはそこまで感じなかった気がしていたのは、単に私の方が強かったからだろう。
少年漫画とかなら何人かを自信喪失からの闇堕ちさせてそうで怖いな天才は。
だって私、本当に授業以外で運動なんて何もしてないからね。
エラルドやバレットにも流石に言えないわ。隠れて何かしていたことにしよう。
そして、事実上の決勝戦と名高かったらしいバレットとマヘイダの試合も終わり、休憩時間になった。
いつも思うけど、事実上の決勝戦てなんだ。
二次元で事実上の決勝戦とやらが本物の決勝戦よりすごいパターン見たことないわ。
現実の勝負事に関しては知らないけど。
決勝カードはバレットVSエラルド。
そうでしょうとも。
◇
エラルド、バレットと共に食堂へと移動することにした。
リルドットとマヘイダは2人でどこかへ行ってしまった。
こっそり追いかけたいのを我慢した私は偉い。本当に偉い。今からでも探したいくらい。
というのは流石に冗談で。
マヘイダは私とは違い、負けてしまった事で相当落ち込んでいるだろうから茶化すものでもない。
学生時代最後の大会だったのに、勝負の世界は無情だ。
エラルドとバレットは私を挟んでいつも通り話をしている。午後から本気の勝負をする人たちとは思えない。
ところでなんで私を挟んでるんだろうボディーガードか何かなのか。
ネルスだったら、「僕の頭の上で会話をするな!」とかプンスカしてそうだ。
想像して1人で笑いそうになるのを堪えていると、
「目が腐ってるんですか! 試合ちゃんと観てました!?」
なんだか聞き覚えのある女の子の声が聞こえた。
3人で顔を見合わせた後、校舎への道から逸れて、声のする方へと足を進めることにした。
「事実だろう! どうせ貴族だから優遇されたんだ!」
「デルフィニウムなんて、2回戦の相手は女だったんだ」
「アコニツムとナスタチウム先輩、デルフィニウムとユリオプスが当たるなんて、貴族を残そうとしてたに決まっている!」
何人かの男子生徒の声も聞こえる。
内容もはっきり聴こえて、お察し。
なんでこう、こういうイベントって後が絶たないんだろうなぁ。
そろそろ飽きたよ私は。
しかしながら。
左右から感じる殺気が異様なので2人を止めるために魔術の準備だけはしておこう。
若いからなのかな。「またか」ってならないんだね。ピチピチの新鮮な怒りを感じるわ。
「2人と試合した人たちにもすごく失礼よ!!」
怒りで顔を真っ赤にしているパトリシアが見えて来た。
場所は剣術大会の会場と校舎の中間地点。
人気のない校内の林の中。
危ない危ない。
そんなところで男子生徒3人に啖呵切ってるパトリシアも危ないけど、魔力が暴走したら相手のお馬鹿たちの命に関わる。
悪口を言われている本人が出ていくのも気まずい事この上ないが行くしかない。
左右2人が殴りかからないかを心配しながら更に行こうとした。
「どうせ上から言われて」
「わざと負けたとでも言うつもりか」
私たちとは違う方向から声がした。
ガサガサと葉を踏んで歩いてくる音が、男子生徒の背後から聞こえる。
私は思わず足を止め、バレットとエラルドの腕を掴んだ。
意外と、2人は素直に止まってくれた。
「こっちは全力出して負けてんだよ。そういうことは惨めになるから2度と口にすんな」
ドスの効いた低い声が落ちる。
心底不愉快そうに眉を寄せた体格の良い男子生徒が姿を見せた。
サイドを刈り上げ、中央にボリュームのある濃いピンク色の髪。濃い青い瞳の三白眼。
声が聞こえた時にそうかな、と思っていたが。
私の1回戦の相手だった。
お馬鹿たちが肩をびくりと震わせる。
「あ、いや」
「俺が、弱かったから、負けたんだ」
男子生徒は大股で3人の前に近づき、腰に手を当て、彼らを覗き込んだ。
多分、3人から見ると逆光も相まってすごく怖い。
先輩の名誉のために言っておくが、強かったからね。最初の一太刀目は殺されるかと思ったからね。地面裂いてたからね。
お馬鹿たちは冷や汗を流して固まっている。
ダサい。
先輩はチッと舌打ちすると体を起こした。
「てめぇら俺で良かったな。さっきあっちで同じようなこと言って皇太子殿下のお怒りを買ってる馬鹿どもがいたぞ」
それはヤバいのでは。
出る必要はなくなったが先が気になったので、こっそり木陰に隠れていた私たち3人は顔を見合わせた。
顔を見合わせるのは本日2回目だ。
パトリシアもきっと同じことを思っている顔で、両手で口を抑えている。
男子生徒たちは真っ青だったのが更に顔色が悪くなる。
「分かったら失せろ。二度とさっきみたいなくだらねぇこと言うんじゃねぇぞ」
言葉と共に睨まれるとそそくさと逃げていった。
本当にダサいけどどうしたんだ。他所様のお子さんに失礼だけど、舞台装置か何か?
せめて謝っていけ。
「殿下の様子を見に行った方がいいかな?」
エラルドが私たちにしか聞こえない大きさの声で囁く。
私もそっちが気になる。
「もう遅いだろ。いい気味だ」
バレットはあっさりと言った。お前そういうとこあるぞ。
どちらにしてもそろそろ動こうか、と腰を上げようとすると。
「ありがとうございました、ブーゲンビリア先輩! すっきりしました!」
パトリシアの明るい声が聞こえた。
「いや、俺は負けた事を主張しただけでなんかカッコ悪かったけど……てかお前、よく1回戦で負けた人間の名前覚えてたな」
頭を掻きながら、照れ臭そうな、居心地悪そうなブーゲンビリアに対してパトリシアは唇に人差し指を当ててウインクした。
「ふふ、私は強くて格好いい人は、一度知ったら絶対忘れないんです!」
ブーゲンビリアの心臓をハートの矢が貫いた。
ような気がした。
そのくらい分かりやすく固まった。
パトリシア、さすがあざとい。
意識的なのか無意識なのか。誰にでもそうやって、気持ちを上げようとしてくれるんだよね。
初心な騎士くんには刺激が強すぎたね。罪な女。
「あ、そろそろ行かないと! 友だちとお昼食べる約束してたから本当に助かりました!」
「あ、ああ」
大きく手を振って走って行くパトリシアにつられ、軽く手を上げて見送るブーゲンビリア。
ハッとしたように声を出した。
「いや、待て!名前……」
しかし、あっという間に食堂への道へ消えたパトリシアには届かなかった。
足早い。
ぽつん、と残った大きい背中。
可愛いなと思って、私は手を丸めて双眼鏡の様にして見ていた。
なるほど、さっきのお馬鹿たちは本当に舞台装置だったのか納得納得。
エラルドが隣で私の真似をしながら笑っている。
「シンくん、先輩ったら耳まで真っ赤ですねぇ」
「そうですねぇエラルドくん。青春ですねぇ」
「これ、なんか意味があるのか?」
全く流れについて行っていないバレットまで何故か真似をしている。
お前も可愛いかよ。
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