17話⑴【剣術大会】
会場の客席を埋め尽くす人。
人。
人人。
人人人人人人人人人人。
人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人。
青い空。
冷たく澄んだ風。
開場のファンファーレ。
円形の中央で土を踏み締め、横一列に並ぶ出場者たち。
全員、胸部を覆う銀色のプレートアーマーを装着している。
その中のひとりに、私がいる。
顔を上げると私たちを取り囲むように階段状の観客席がある。
私たちの正面には、アレハンドロとラナージュが座っているのが見えた。
そして、私の家族もその辺りの観やすく良い席に座っている。
父、デルフィニウム公爵は堂々としているが、母の公爵夫人は美しい顔を緊張させているのが遠目からでも分かった。
「怪我しませんように!」と全身からオーラが放たれている。
分かるわ。
私、その立場には絶対なりたくないもん。
球技とかでも我が子が出ていたら緊張すると思うのに、真剣を使う競技とか怖すぎる。
今は色々対策がとられているけど、昔は死人が出たりもしたことがあるらしいし。
私はジッとそちらを見つめてみる。
すぐに、私しか観ていない紫の瞳とばっちり目が合った。緩く微笑んで見せると、強張っていた細い肩が少し降りた気がする。
校長の話の途中に笑った奴になったけど、まぁいいだろう。
私は身分が高いから誰にも怒られない。
こんな考え方だから、貴族って横暴になっていくんだろうな。
◇
「いいか、シン! 無理はするなよ! 降参してもいいんだからな!!」
ネルスが私の二の腕を掴んで真剣な顔で迫ってくる。
ここは、大会出場者の控室。
入り口から見て正面の壁沿いには、木製のロッカーが並ぶ。
人数に対して広めの部屋の中央には同じく木製の大きなテーブルと、それを囲むように椅子が並んでいる。
その場には、出場者16人と審判のリルドットが揃っていた。
その他はネルスを含めた、選手の血縁かつこの学園の在校生という立場の者のみが入れる場所だ。
主に兄弟のいる人が応援に来ている。
と言っても、試合が始まったら出ていかないといけないからもうすぐ居なくなっちゃうんだけど。
ネルス、手は震えているし、頬は赤いし、これはどう見ても。
「さてはネルス、私より緊張してるな……?」
そんなわけないだろう! と言われるかと思ったが、そんなことはなく。
更に心配そうに眉が下がる。素直でかわいい。
「し、仕方ないだろう!皆、強そうで……お前が怪我をするかもしれないし……!」
「怪我が怖いなら、今のうちに棄権しろ」
こちらの会話に急に入ってきたのは、1回戦の私の対戦相手だ。
わざわざ近くに来て声をかけてくれたらしい。
お優しいことだ。なんかちょっと馬鹿にされてるなこれって笑顔だけど。
予選に出場せず、皇太子の代わりに出てきたお貴族さまなんて。
本当に怪我する前に帰れよって思っているに違いない。
「俺は手加減しないぜ。魔術禁止なんだ。そのお綺麗な顔に傷が残るかもしれないから気を付けろよ!」
頼む手加減してくれ。
笑顔でそんな、顔に傷なんて怖い事。
魔術禁止については、本当に私にとっては厄介だった。絶対死なないように全身魔術でガチガチに固めたいのに出来ないのだ。
それにしても、とてつもなく失礼なのだが。
咬ませ犬の自己紹介感がすごい台詞だった。
1回戦は勝てるかもしれない。
相手の言い方に腹が立ったらしいネルスが、私から手を離す。
一歩踏み出して自分よりも体格の良い相手を真っ直ぐ見据える。
「シンが得意なのは魔術だけじゃない。得意じゃないことを探す方が難しい天才なんだ。貴方に怪我をさせられるはずがない」
ええー。
ネルスくんそこで煽るの――?
ものすごい褒めてくれるじゃないか!
かわいい!
ムッとしたお顔かわいい!
でも怪我を心配してくれていたのに、言ってる事が180度変わってる!
「それは楽しみだ」
一瞬、ネルスと彼の間に火花が散った。気がする。
そして、相手の顔から笑みが消えた。
しまった油断しててくれる方が良かったのに!
本気になってしまったのでは?
なんてことをしてくれたんだネルス。
「お手柔らかに」
ひとまず、愛想よく笑いかける事にした私だが、眉を寄せて背中を向けられてしまった。
今すぐ捕まえて「お手柔らかに!!」と顔を近づけて念押ししたいけどキャラじゃなさすぎてやめた。
背中を見送った後、大きく息を吐いたネルスが再び私の方を向いた。
「シン! ぜっっったいに1回戦は勝てよ! 負けたら僕が格好悪い!」
いや、本当にそうなんですけど。
私も巻き込まれて、負けたらめちゃくちゃ格好悪い事になるんですけど。
ここにいる人、全員聞いてたからね。
なんなら、今のセリフもさっきの人含め皆が聞いてるからね。
既に格好悪いな?
エラルドが笑うのを堪えているのを見ながら額に手を当てる。
どうしてくれよう。
「じゃあ頑張れのぎゅーしてくれ」
私は腕を軽く広げて朗らかにネルスに告げた。
「はぁ!?」
当然ネルスは体を引いて眉を吊り上げる。
だが、引いてやらない。
小さい頃はよくハグしていたのに、最近は本当に嫌がってくるからな。
そりゃそうだろうって感じだが、ネルスはまだまだかわいいので私はいつでも抱きしめたい。
「ほらほら。お前のために1回戦頑張るから。してくれないと、元気が出なくて棄権してしまうかもしれないなー」
「ぐぐ……っ!」
棄権はされたくないネルス。
俯いて考えに考え、目を瞑って溜めに溜め。
バッと勢いよく顔を上げると、私の背に腕を回して抱きついてきた。
癒しだ。
かわいい。
私はにまにましながら抱きしめ返す。
頬擦りしなかったのを誰か褒めて欲しい。
「よし、1回戦は任せろー勝つぞー」
「覇気がない声だなお前!」
ツッコミながら早々に離れようとするネルスを逃がさないように捕まえる。
私の腕の中でジタジタと動くネルスを見ながら、ずっと見ていたリルドットが首を傾げた。
本当に、不思議そうに。
「それでやる気になれるのか男同士なのに」
私は微笑んで頷いた。
この愛しさに男女は関係ないのだ。
「かわいい弟みたいな感じです」
本当は弟よりも甥っ子とかが近いと思う。
リルドットは「へー」と口を開けて目を瞬かせる。
この人も、どんな表情をしてても整ってんな。
なんかもうイケメンが多すぎてイケメンがゲシュタルト崩壊しそう。
「そういうもんか。かわいい弟とかいないから分からないなー!」
弾ける笑顔から飛び出た言葉。
その場の皆が思わずバレットの方を見た。
本人は全く、全然、少しも、微塵も興味がなさそうだ。
リルドットが本気なのか冗談なのかは不明。
あの、かわいいよ?
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