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16話⑷【剣術大会】

 剣術大会の審判は、前年度の卒業生の中で剣術の成績が1位の者が行う。

 ということで、今年はリルドット・アコニツムが担当することになったらしい。


 流石はバレットのお兄さん。

 なんでも、去年の剣術大会では優勝しているとか。


 遺伝なのか、お育てになったお父様がすごいのか。

 去年の卒業生なので、当然あの場にいた2年生3年生はリルドットのことを知っていた。

 私が知らなかっただけで1年生の中でも、今回審判をするのは去年優勝したバレットのお兄さんだということは周知の事実だったらしい。


 じゃあ、「兄弟喧嘩始まったわー」と言う気持ちで皆は眺めてたわけか。とんだ茶番だ。


「つまり、あの場で私だけが真面目にハラハラしていたと言うわけだ」


 私は自室のベッドに腰掛けながら、会場での出来事を話していた。

 目の前には、私の勉強机の椅子に我が物顔で踏ん反り返っているアレハンドロ。

 完全に寝る準備を済ませてきたようで、寝巻きの白いローブを着ている。


 いつもなら部屋着で来るのだが、どうやら今日は寝るギリギリまで居座るつもりらしい。

 本当は部屋から出るなと護衛の人に言われたのを、自分の代わりに出場する私に労いの言葉をどうこうと言って無理矢理来たということだ。


 おかげで私の部屋の扉の外には騎士の方がいらっしゃる。お疲れ様です。

 そんなに私に会いたかったのかかわいいやつだな、と言ったら黙られた。

 

 私の話を黙って聞いてくれていたアレハンドロは、鼻で笑うと肩をすくめた。


「楽しそうで何よりだ」

「今の話が楽しそうに聞こえたのか」


 私は、本気で殴り合いもしくは斬り合いが始まるんじゃないかと思ってたんだぞ。


 バレットの様子が明らかにいつもと違うし。彼でも大きな大会の前で不安定になることもあるのかなって心配になった。

 結局、お兄ちゃん相手だからってだけだったけど。

 そりゃいつもと違うわ。

 

 唇を尖らせた私に、アレハンドロは頷いた。


「聞こえた。私の居ないところで友人たちと楽しそうだな」


 肘掛けに頬杖をついて笑っている。

 が、口角は上がっているが面白く無さそうだ。

 私の方が思わず口元が緩んだ。


「なんだ。私と一緒に居られないから拗ねてるのか」

「誰がだ」


 心の底から心外だ、というように目を閉じて溜息を吐かれた。

 なんなんだツンデレなのか。それとも万年反抗期か。


 そうは言っても、私だけじゃなくて皆と居られないのがつまらないんだろうということは分かっている。


「……アンネが、楽しみだと言っていた」


 いや、アンネとはちゃっかり会話できとるんかい。


 アンネも大会を見る予定なのか。ということはパトリシアもかな。

 そうなるとあんまり無様な試合は見せられないな。あの子たちの前では格好つけときたい。


 正直、観に来ないで欲しい。

 あんなにカッコいいカッコいいって思ってくれてるイメージを崩したくない。

 アレハンドロみたいに、勝って終わるのは流石に難しいのだから。


 私はバレットやエラルドの顔を思い浮かべてため息が出そうになるのを飲み込んだ。


「お前が応援してもらいたかっただろう?」

「予選の時ので満足だ」


 今度は本当に笑っている。

 嬉しそうな顔しちゃって。

 そりゃあそうだ。

 アレハンドロは格好良いところだけを見せることができたんだから。


 ずるくないか。

 少し意地悪してやろう。


「ああ、とてもカッコよくて素敵だったって何回も何回も教えてくれたよ。私も、アンネには格好つけたかったな」

「……!」


 分かりやすくアレハンドロの顔が強張った。

 この子、皇太子ってことは皇帝になるってことだよな。駆け引きとか色々あるはずだ。

 ポーカーフェイスが下手過ぎだけど大丈夫なのか。


 ネルス共々これから頑張れ。

 

 一拍置いた後、アレハンドロが急に真面目な顔で椅子に座り直した。

 真っ直ぐに見つめられる。


「シン、聞きたいことがある」

「ん?」

「貴様は、アンネのことをどう思っている」


 入学式の日にも同じことを聞かれた気がする。

 私には応援する気持ちしかないんだが、なかなかそこを飲み込んでくれない。

 面白くてついつい突っつくのが悪いんだけど。


 アンネが私のことを好きだったということもあるし。

 仲も良いし。

 自業自得とはいえどう言えば安心してもらえるのか、考えていると無意識に前髪を掻き上げていた。


 私、今とても絵になるポーズしてる。


「かわいくて大切な友人だよ。お前に対する気持ちと一緒だ」

「……かわいい……」


 不満そうな声が漏れた。

 かわいいってそんな特別な感情でもないと思うが、16歳の男の子からすると違うんだろうか。


「かわいい。自分以外がかわいいと思っているのが不満か?」

「いや、それは思って当然だろう」


 強い。

 ちょっとからかってやろうと思ったのに。


「私に対する気持ちと同じということは……」


 そっちかー。


「ああ、お前、かわいいぞ」


 嫌そうな顔をするな。

「かわいいね」って言ったら「カッコイイの!」と真剣に訂正してくる男児かな。


「私にとってはエラルドもバレットもネルスもみんな可愛くて大切な人たちだ」

「お前のかわいいの基準はなんだ……」


 アレハンドロは右手で顔を覆って上を向いてしまった。

 

 基準もなにも、高校生くらいの子ってまだまだかわいいし。

 デルフィニウム公爵とかにも「この人かわいいな」と思うことあるくらいだからな。

 基準と言われると難しい。


 そもそも、同い年の友人に対してこのくらいの年の子はかわいいとは思わないか。

 前も同じミスをした気がする。

 私は笑って誤魔化した。


「あんまり深い意味はないんだ。ところで、私もかわいくて大切な友人に一度言ってみたかったことがあるんだが」

「なんだ?」


 私は立ち上がって、アレハンドロの前に跪く。

 驚いた表情の綺麗な顔を近くから見上げる。


 こんなこと言って良いのか分からないし余計なお節介だとは知っている。

 でも、暫定片想いとはいえ、アンネのことが大好きなのが伝わってき過ぎていて。

 年相応に一生懸命、恋をしているのがとても可愛くて。


 もう言ってしまおう。


「もし、好きな人ができたらその人と幸せになりたいって、皇帝陛下たちに言うなら今のうちだぞ」


 私を見下ろすアレハンドロの瞳が揺れる。

 珍しく眉が下がった。

 不謹慎だが、やっぱり可愛いわ。


「そんな我儘、言ったところで」

「私は我儘だと思わない」


 キッパリと言い切ってやる。

 あくまで私の価値観、私の意見だが。


 皇太子って身分になってるだけで偉いので、伴侶くらい好きに選ばせてあげてほしい。

 大人の事情は色々、それはもう色々あるんだろうけど。

 

 アレハンドロは手の指を組んで私から目線を逸らした。


「例えば、もしもアンネが私の気持ちに応えてくれたとして」


 グイグイいってる割にすごく弱気。

 女は皆、私に惚れて当然くらいに思ってそうなのに。


「その先に待つのは、なんだ? 平民と結婚など、出来るのか」


 小さく言葉が溢れ落ちる。

 

 両思いになったところでどうしようもないと思っているから、一応迷っているのか。

 決定的なことはアンネに一度も言えていない。だから伝わらない。


 アンネからしたら、皇太子なんて高貴な人が自分に思いを寄せるなんて、夢のまた夢なのだから。

 

「その先……」


 落ちた言葉を復唱する。

 私は顎に指を添えて考えた。

 

 金髪縦巻きロールで吊り目の婚約者がいる皇太子が、平民の女の子と恋に落ちたということは、その先はもちろん。


「悪役令嬢断罪イベントからの婚約破棄」

「ん? おい、今、不穏な単語が聞こえたが?」


 アレハンドロが怪訝な声を出した。私は構わず思考を続ける。


「そしてざまぁ展開及び破滅フラグ?」

「ざま……? おい、シン。こっちを見ろ。急にどうした何を言っている?」


 椅子から降りたアレハンドロに両肩を掴まれる。

 私はただ遠い目をした。

 

 真面目な話をするつもりだったんだけど。

 

 思考が自分の世界に飛んでいってしまった。

 

 もし悪役令嬢モノの世界に転移していたんだとしたら、どのポジションなら無事でいられるんだろう。

 

 ラナージュを嫁に貰うしか。

 

『平民の娘に惚れ込んだ皇太子に婚約破棄された才色兼備の悪役令嬢ですが公爵家のチート長男に愛されているので幸せです』


 とかそういう流れにするしか。

 悪役令嬢モノはあんまり詳しくないけど、ヒーローはきっと無事でしょう。


 いやでもそうなると、皇太子周辺は破滅するの? どうなの?

 ああいうのって婚約破棄する側がだいぶ頭悪いんだっけ? なら有能な皇太子アレハンドロ殿下なら大丈夫なのかな。


 もっとそっち方面も嗜んでおけば良かった。


「おい! シン? 戻ってこい!!」


 両頬を掴まれて強制的に深緑の瞳と視線を合わせられた。


 うわぁ、顔がいい。


 しかし、生き残るために忙しなく稼働する脳のせいで上手く反応が出来ない。


「私は、皆が平等に幸せになる話が好きなんだけどなぁ」

「何の話だ!!」


 完全に思考がトリップしてしまった私の部屋に、アレハンドロの声が響き渡った。



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