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16話⑶【剣術大会】

 

「時間になったぞ! 全員、横一列に並べ!」


 コロッセオ、ではなく。

 剣術大会の会場に入るや否や、リルドットが良く通るハリのある声で呼び掛けた。

 全員がバラバラに立っていたように見えたが、すぐにビシーッと入り口を正面にして言われた通りに並んだ。


 すごい。

 背筋も伸びてる。

 こんなに綺麗に気を付けしてる学生初めて見た。


「ほら、シンも行け。公爵家だからって贔屓はしないぞー」


 言葉とは裏腹な楽しげな声と共に、ポン、と背中を押される。

 私は慌てて列の方へと駆け足で向かった。

 

 これ、私がこういう雰囲気に慣れていないのが分かっているから手加減してくれただけで、今並んでる人たちの誰かがボンヤリしていたら鬼の様に怒ったりするのかな。

 体育会系って、そういう怖いイメージがある。

 

 私はいかにも騎士、というような強そうな人たちの列の端っこに立った。

 しまった、バレットが居るかどうか確認するのを忘れていた。

 確認したいが、今キョロキョロしたら怒られそうだ。


 遅れてきたら分かるだろうから大人しくしていよう。


「おい、バレットはどうした?」


 黒いロングコートを靡かせ、腕を組みながら私たちの前に立つリルドットが眉を顰めた。

 先ほどと打って変わって低い声になる。


 そういえばみんなが着ている制服の灰色コートとは違うんだな、などとどうでもいいことを考えているとバレたらしばかれそうだ。

 

(バレットやっぱり遅刻するんだ)

 

 予想通りすぎて笑いたくなるのをグッと堪える。


「申し訳ございません! バレットはまだ来ておりません!」


 いつぞやのリーダー先輩の声が聞こえる。

 そんな大きい声で言う必要があるのか、とかなんで君が謝るんだ、とか、同級生なのに敬語なのかもしかしてリーダー2年生だった?とか色々思うところがあった。


 が、次のリルドットの言葉で色々と吹っ飛んだ。


「そうか。遅刻か。じゃあもう失格でいいだろ。良かったな、優勝候補が1人消えたぞ」


 冷たい声で淡々と。

 つい先ほどまで、コミュ力完スト快活お兄さんだった人とは思えない。

 なにそれそういうの興奮する。


 ではなく。

 

(え――!! バレット失格になっちゃうー!?)

 

 皆んながどんな反応をしているのか見てみたいが、今動いたら失格にされそうな気がして動けない。

 いや、むしろ失格になった方が私には都合が良いのでは? でも怖いしな、などと考えていると。


「リルドットさん、バレットはさっき女の子に声を掛けられているのを見ました。その子の勇気に免じて待っててあげてください」


 聞き慣れた柔らかい爽やかボイスが、ある意味爆弾を投げた。

 

 リルドットは目を見開いたかと思うと、口元を手で覆う。

 背景に雷のトーンが見えるようだ。


「やべぇメンタルゴリラ女じゃねぇか! エラルド、お前なんでそんな面白いの覗きに行ってないんだ!」


 メンタルゴリラ女。

 いや、バレットにも女の子にも失礼。

 強いな、とは思うけれども。


 笑っていい?

 今、笑っても大丈夫?


「いやいや、さすがに……あ、来ました!」


 エラルドの言葉通り。

 リルドットの後ろから堂々と入り口から入ってくるバレットが見えた。

 いつも通りの無表情だし、皆んなが並んでいるのを見て焦る様子も全くないし。


 リルドットの言葉を借りるならこの子こそメンタルゴリラ。

 失格にされかけてるなんて想像もしてなさそう。

 

 リルドットは後ろを振り返らずに声を掛けた。


「バレット、何か言うことは?」

「ん? ああ。早く対戦相手を教えろ」


 分かる。

 きっと今、並んでいる15人は全員一斉にツッコんでいる。

 

(謝れ――!!)


「違うだろ」


 リルドットは近づいて来たバレットに言ったかと思うと、素早く腰の剣を抜いて喉元に突き付けた。

 見ていて正直ゾッとした。

 首元に刃物の切っ先があるなんて。


 しかし、バレット自身は眉ひとつ動かさない。

 本当に分からない、と言うように首を傾げた。


「言わせたいことがあるならちゃんと言え。分からん」


 リルドットは黒い瞳で真っ直ぐにバレットを睨み付け、声は低音のまま言葉を紡ぐ。


「どんな女の子だった?」


 ずっこけていいかな?

 昭和風に。

 その台詞を予想出来なかったのが、ちょっと悔しい。


「知らん女だった」


 バレットはいつもの調子だ。

 ツッコまないし動揺もしない。

 女の子可哀想。

 質問の意図が伝わっただけでも上出来だろう。


 それにしても先輩への口の利き方がすごいな。さすが皇太子にいきなりタメ口叩くだけある。

 そこは人のこと言えないけど。

 

 呆れたのか、ガッカリしたのか。

 リルドットは溜息を吐いた。

 鞘に剣を戻して、ヒラヒラと手を振るとバレットに背を向ける。


「やっぱお前失格な。帰れ」


 バレットは即座に右手でリルドットの左肩を掴んだ。

 苛立ちと共に滲み出る殺気がこちらにも伝わってくる。


「ふざけるな。なんでお前が決めるんだ」

「俺は今回審判なんだよ。審判様の言うことは絶対だ」


 再びバレットの方へと向かされながら、整った顔が笑みを浮かべた。

 大切な大会であるせいで気が立っているのか、バレットの左手が黒い胸元を掴む。


 そんな怒るなら遅刻しなきゃ良かったのに。

 と言ってやりたいが、女の子に呼び止められていたなら仕方がないのかもしれない。


 どう言う顔で見ていたらいいんだ。止めていいのか。皆は今、どんな感じなんだ。

 ヒヤヒヤしながら見守るしかないのがもどかしい。

 本当に手や剣が出そうだったら止めよう。そうしよう。


「抗議する。お前じゃ話にならないからもっと上を連れて来い」


 クレーマーかな。

 胸ぐらを掴まれているせいで軽く背伸びさせられているにも関わらず、リルドットは余裕の笑みだった。


「つか、お前とはなんだ。もう16歳だろ。人前では兄上と呼べ」

「お前じゃ話にならないからどっかいけ兄上」

「うわっ気持ち悪ぃ!」


 コントかよ。

 ピリピリしているようで、軽快に会話は進んだ。

 

 いや、待て。

 なんて言った?


「兄上?」


 ついに声が出てしまった。


 我慢していたのに我慢しきれなかった。


 気がついたリルドットがこちらを向いた。

 しまった叱られる!と体を強ばらせる。

 10代にビビってどうする私。


「ああ、シンは知らないよな。俺、リルドット・アコニツム。愚弟がいつも世話になってるな」


 バレットの手を引き剥がしながら、人懐っこい笑顔で私の方を向いた。


 別人だ。

 説教中に電話がかかってきたお母さんみたいだ。

 いや、兄弟喧嘩中に弟の友だちが来たからスイッチ入れ替えたお兄ちゃんか。


 相手によってきちんと態度が変えられるタイプらしい。


「に、似てなさすぎる……」


 同じところが全然ない。

 顔の作りも身体つきも声も性格も。

 無理矢理同じところを探せと言われたら目の色は同じ黒色だ。


「よく言われるよ。俺だけ母親似なんだ」


 私には柔らかい対応をしながら、


「並べ!」


 と、バレットの背中をバチンと音が鳴るほど叩く。

 バレットの舌打ちが聞こえた。

 ちゃんと出場させてもらえるようで良かった。


「俺だけ」ってことは他にも兄弟がいて、その子たちは父親似なのかそうか。

 情報量が多い。


「さて、発表するぞー!」


 バレットが私の隣に立つと、大きな紙を広げながらリルドットが名前を読み上げていった。


 私は、

「バレット父は完成度の高いバレットなんだろうな」

「兄弟全員騎士なのかな。でもお母さんは魔術師っていってたし」

「姉妹もいるのかな」


 等、アコニツム家の家族構成に意識を持っていかれてしまっていた。

 

 

 結果、相手の名前を聞きそびれた。



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