16話⑴【剣術大会】
冷たい空気が頬を擽る。
呼吸に合わせて白い息が舞う。
しかしその空間は熱気に包まれていた。
「エラルド・ユリオプス、前へ!」
風に揺れる明るい緑の短い髪。
黄色い瞳は真っ直ぐと獲物を見据え。
胸囲には銀の鎧が輝いて。
手は剣を強く握っている。
最高にかっこいい私の友人が、真剣な表情で会場の中央へ足を進める。
ああ、ずっと見ていられるなぁ。
「シン・デルフィニウム、前へ!」
獲物が私じゃなければな!!!!
どうして!
こうなった!!
◇
どうしてもこうしても。
皇太子アレハンドロが、剣術大会の予選を突破してしまったからである。
フラグ、無事回収。
以上。
はっはっは!
誰だよ16人に残るわけないしって本戦まで行けたら代理出場するなんてことを了承したのは。
騎士階級の皆様が皇太子に負けるわけないジャーンとか思って頷いちゃったのは誰だよ。
過去を消したい。
なにも、日々訓練を怠らない騎士階級の皆様の、しかも本戦に出場出来るかもしれないほどの実力者がアレハンドロに負けたわけではない。
私は貴族優位社会の大人の事情を甘く見ていたのだ。
話は、剣術大会の予選の日まで遡る。
冬休みが終わってすぐ、何日かに分けて予選が行われた。
剣術大会の予選は16ブロックに分けてトーナメントが行われる。
私は興味なさすぎてよく知らなかったのだが、15のブロックに剣術の成績が均等になるように組み分けされていたらしい。
そう。
15のブロックに。
あと残りの1ブロックはなんと、成績問わず貴族のみが配置されたブロックだった。
剣術大会は、エラルドのような例外が存在しない限り騎士ばかりの大会になってしまう。
学園の生徒の割合としては貴族が一番多いので、それでは体裁が悪いと判断されているらしい。
騎士階級に貴族が負けて何が悪いのか。騎士が負ける方が微妙だわ。
言いたいことは色々あるが、兎にも角にも。
私はもちろんアレハンドロも知らなかったことだが、「お貴族様ブロック」が存在し、必ず貴族階級の人間が1人は本戦に出場出来るようになっていたのだ。
アレハンドロは皇族だがまぁそこはどうでも良い。
アレハンドロは強かった。
予選を観に行っていたアンネもネルスも、超カッコいい皇太子殿下を浴びてテンション爆上がりで帰ってきたし。
聞いた話では、アレハンドロは1年生貴族の中では3番目に剣術の成績いいんだって。
1番はエラルド、2番は私ですって。へー。
ちなみにエラルドは一年生の中で剣術の成績がバレットに続いて2位。
そのため騎士階級の皆さんに混ぜられていたが、難なく本戦出場を決めてきていた。
おいおいおい2年3年の剣術得意なお貴族さま達は一体何やってたんだよもっと頑張ってくれよ。
本戦出場になったと聞いた時、私は脳内で喚き散らした。
声に出すのは格好悪いなと思って口を閉じていたが、許されるならその場にひっくり返ってイヤイヤと手足をバタバタさせたかった。
15歳のイヤイヤ期なんて目も当てられないからやらないけども。
そんなに嫌なら引き受けるなって話なんだけども。
アレハンドロがかわいそかわいかったからもー!
人の気も知らないで、
「悪いなシン、本戦の出場は任せたぞ」
と、くっそお綺麗な面でドヤ顔してきた皇太子殿下の横っ面しばいてやりたい気持ちだった。
でもまたそのお顔が。すごく楽しそうで満足そうだった。
本当は本戦まで自分で出たいのを我慢しているわけだし、全力を尽くしただけなのだから文句を言うわけにもいくまい。
「さすがだな。楽しかったみたいで何よりだ」
と、私はなんとか笑顔で伝えた。そして、一瞬だけ嬉しそうに口元を緩ませたのを見逃さなかった。
悔しいかわいい。
泥んこ遊びで全身ドロッドロにして笑ってる我が子を見た時のような感覚だ。
楽しそう! かわいい! だからいいけど!
これ、私が処理するのか!
という感じ。
とても嫌であることを誰かに聞いて欲しい私は、最終的にはエラルドの部屋まで行って泣きついた。
「剣術大会、出たくないぃ!」
エラルドはベッドに座って話を聞いてくれていた。
私は床に正座してエラルドの膝に腕を乗せ、そこに顔を埋めた。
16歳の膝に縋りついてぐずぐず言ってるアラサー、ヤバいな。
と、自覚はあったがよく考えてください。
私は今、その子と同級生の美形だから許されると思いませんか。
格好悪くても絵面はとてもいい。
現実世界でこんなことしようと思わないし願望もないけど、今はいい。もういい。
私は16歳の綺麗な男の子だから大丈夫。
ここぞとばかりに慰めてもらう。
「シンでもこういう時があるんだなー」
普段見せない私の姿に、初めは驚いていたエラルド。だが、優しく笑って頭を撫でてくれている。
(あ――――すき――――)
感覚的には子どもを抱きしめて癒されてる状態が近いかもしれない。
ちょっと違うけど。
お膝あったかい。
推しに実際にヨシヨシしてもらえる幸せ。
荒んだ心が浄化されていく。
「すまない……みんなが必死で本戦に出ようとしていたのに、何もせず本戦の出場権を得た上にこんな泣き言を」
「大丈夫大丈夫! 泣き言言ってスッキリしたらまた頑張れるから!」
天使か。
明るい声で笑い飛ばしてくれるの優しい。
でも残念ながら全然頑張れる気がしない。
そういうことじゃないんだそういうことじゃ。
「でも、なんでそんなに嫌なんだ?」
心底不思議そうな声が聞こえる。
私は頭は上げずに膝に埋めたまま答える。
「私は大勢の前に出るのが苦手なんだ。緊張する」
「えー……?」
頭を撫でてくれるエラルドの手が止まった。
私は自分で思っているよりきちんと演技できているらしい。
これを言うと皆が揃って嘘だろって反応をする。
「じゃあ、普段は結構無理してるんじゃないか? 大丈夫?」
すきー!!
ガバッと音がする勢いで顔を上げてしまった。
覗き込んでくれていた顔にぶつかりそうになる。
「……! あ、う、無理はしてない、です」
意外と近くにあった顔に怯んで言葉が尻すぼみになっていく。
本当に気を遣ってくれている表情に対して、私はぎこちなく笑った。
顔がいい。アニメだったら何回も巻き戻して一時停止してガン見するのに。
「あと、単純に怖い」
顔を直視することが難しすぎて、再び膝に額を押し付けた。セクハラで訴えられたら負けそう。
「エラルドは怖くないのか?」
うつ伏せは息苦しかったので顔を傾けて問いかける。全体的にベージュで統一された質素な部屋をぼんやりと眺めた。
頭上からうーん、と考えるような声が聞こえてくる。
「俺は……たくさんの人の前に出るのはワクワクするし、怖いより楽しいが勝つからなぁ」
あ、一生分かり合えない人種だ。
そういうところがまた好き。
今更だけど、頭を撫でて貰うなんて久々だなー大好きーと、もう考えることを放棄しようとしていた時。
ポン、と手を打つ音が聞こえた。
「そうだ! シンが頑張れるようにしてあげるよ」
「ん?」
「本戦で1回勝つごとに、俺がご褒美をあげる。何が良い?」
高価なものは無理だけど、と笑うエラルド。
なんだそれ。
その発言そのものがご褒美だが??
頑張ったらご褒美をあげるとかイケメンがイケメンに言ったらいけないんだぞ。
それはBLフラグだぞ。
他のイケメンに言い直して。
しかし貰えるものは貰っておかなければ。
物より、何かして貰う方が嬉しいな。
「んー?誰かに壁ドン顎クイとか……」
「え?ナニドン?」
「なんでもない。お前からのご褒美、考えとく」
危ない。
願望がそのまま口から出た。
◇
嫌だと思っても時間は過ぎていく。
剣術大会の日は2日後に迫って来ていた。
嫌だ嫌だと言いつつも、やると言ったからにはやるしかない。
なんか会う人会う人にめちゃくちゃ応援されるし。
ここぞとばかりに女の子たちが声をかけてくるのだ。
「シンさま、応援しています!」
「デルフィニウムさま、お怪我をなさらないでくださいませ!」
「あの、これを召し上がってくださいませ! 縁起がよろしいとのことですわ!」
縁起がよろしいらしいお菓子をいっぱいもらう。
一緒にいるエラルドや、見かけたバレットへのプレゼントはお守りとか刺繍入りタオルとかリラックス出来るお香とかなのに。
私だけなんかお菓子いっぱい貰える。
教室でお菓子を広げていたら他の男子生徒が手伝ってやるって群がってくるレベル。
アンネが一番に「無敗の剣の騎士さまが大好物だったそうです!縁起がいいですよ!」と、バターサンドをくれたのだ。
ルース王の時代からあったのかバターサンド。
この世界の時代考証よくわからんな。
それを教室で美味しい美味しいと食べていたのが原因か。
「縁起がいい」というお菓子はこの世に色々あるようで、さまざまなお菓子をみんなから貰う。
いや駄洒落じゃん、みたいな商品名のとか。
受験時期のお菓子売り場に売ってそうなやつもあったし。
自分が渡したお菓子を食べて貰えているのか、というのを確認したいらしい子たちが休み時間の度に教室にチラ見しにくる。
だから休み時間の度に、その日に貰ったやつをひとつずつ食べることにした。
みんな私のクラスの時間割を把握して、的確に移動先の教室にやってくるのすごい。でもさっさと自分の次の授業に行った方がいいと思う。
時間割によって来られる時と来られないことがあるのがわかってしまうので、ちゃんと廊下の窓から顔が見えた子がくれたお菓子を食べている。
優秀な記憶力がこんなところで役に立つとは。
私えらい。優しい。
なんだこのファンサ。
「お返しとかいるのかこれは」
「キリないからありがとうって言うだけで良いと思うよ」
プレゼントにすっかり慣れたエラルドが「俺にもひとつ頂戴」と開けた口にチョコを放り込んでやった時。
廊下の子たちから歓声が上がった。
お返しは今のでいいやと思った。
私もそっちに行きたい。
お読みいただきありがとうございます!