15話⑵
(あー面白かった!)
女の子たちの話を聞きながら笑い転げるのを堪えたり強くツッコむのを我慢したり。
これぞカフェタイムって感じだった。
あまり関わることがないので知らなかったが、ラナージュが言うには先輩方の中にも素敵な人がいっぱいいるんだとか。
ここからの学生生活、放課後の学校内をうろうろして噂のイケメン探しをするのも楽しいかもしれないな。
いい男リストとかいい女リストとか誰か作ってくれてないかな作ってないよな。
そんな平和なことを考えながら、ご機嫌に寮へと向かって歩いていると。
「殿下! いけません! 絶対におやめください!」
ネルスの声がした。
何か焦っているような声だが、一緒にいるのはアレハンドロっぽいな。
何かやらかしたか、これからやらかそうとしてるらしい。
子猫を下ろすために木に登ろうとでもしてるのかなぁ。でも2人なら魔術でなんとでも出来そうだしな。
「もういい貴様は黙っていろ!」
めちゃくちゃデカい声で話すじゃんか。
Mr.クールとMr.ミステリアスの会話のテンションじゃないんだよなぁ。と思うとジワジワきてしまう。
喧嘩とは珍しい。
いやでも、知らないところで実は口論くらいしているかもしれない。
ネルス、慣れた相手には意外と強いからな。
「黙るわけがありますか! ラナージュ嬢やアンネに伝えますよ!」
ネルスの声と共に一際強い突風が吹いた。
風、空気を読んだな。
一体、何の話だ。
まだ見えない2人の会話が面白い。
風が強いし砂埃すごいし寒いので早く帰りたいが、もう少し聞いておこうと歩みをゆっくりにする。
しかし耳を傾けようとすると、2人の声が聞こえなくなった。
(何だつまらない)
さっきのネルスの言葉が王手だったのか?
アンネやラナージュに伝えたくないことって何だろう。何かとても格好悪いことか?
でもわざわざそんなことやりたがるとは思えないし。
話の内容が読めなくて色々考えて歩いていると、寮までの直線道になって2人の姿が見えた。
そして私は固まった。
アレハンドロが、ネルスの顔のどこかに手を当てている。
前屈みになって顔を近づけている。
詳しくは長い銀髪が邪魔をして見えない。
見えない!!
風!
仕事しろ!!
(どうせさっきの風で砂が目に入ったとか言うんだろう知ってるよ知ってるけど見たい!)
私はセカセカと足早に近づいて行った。
どうせキスとかしてないから、邪魔をしても大丈夫だろう。
あれー?お邪魔でしたー?みたいな感じで話しかけて2人を困らせてやろう。
「アレハンドロ、何をしてるんだ?」
「……っ!?」
私からはネルスの顔が見えなかったため、アレハンドロのみに声をかける。
2人とも思いっきり肩を跳ねさせた。
集中してる時にいきなり声掛けられるそうなるよね。
「な、なんだシンか!」
顔を上げたアレハンドロが息を吐く。
お化けじゃなくてよかったみたいな反応だな。
他にお前をアレハンドロって呼び捨てるやつ、この学校にいないんだよー。
「えっシン?」
ネルスも顔を上げてこちらを見た。
大きな右目に涙がうっすら溜まっている。
ほら絶対にゴミが入ったやつだ。
と、分かりはするがちょっと意地悪な茶番をしてやろう。
「アレハンドロ……嫌がる相手に無理矢理口づけしようとするのはいかがなものかと思うぞ」
2人がキョトンと顔を見合わせた。
(いーち)
そのまま固まる。
(にーい)
バッと音がするほど勢いよくこちらを見た。
(さーん)
「ちちちちがう!!」
「貴様、血迷ったのか!!」
(3秒かぁ)
私の言葉の意味を理解したらしい2人が跳ぶようにお互いから距離をとった。
面白い。
ネルスが顔を真っ赤にして首を振る。
アレハンドロは真っ青な顔で私の方へとやってきた。
面白すぎて惚けることにした。
「違う? 嫌よ嫌よもなんとやらだったか?」
「貴様は! 何を! どうして! 勘違いした!!」
勢いよく胸ぐらを掴まれた。
Mr.クール、全然クールじゃない。
綺麗なお顔がとても近い。
しかしこのまま揺さぶられたら気持ち悪くなりそうだな。
「どうしてもなにも。ネルスがやめろとかアンネやラナージュに言うとか言っている声が聞こえたと思って、少し急いで歩いたんだが……安心しろ、同意だったなら誰にも言わないから」
嘘と本当を混ぜて話す。
我ながらよく舌が回るものだ。
私は笑顔でアレハンドロの肩をぽんぽんと叩いた。
アレハンドロは形の良い唇をワナワナと震わせている。
ごめん。面白すぎる。
「いやー、しかし全く気がつかなかったなー。まさか2人がなー」
「ちぎゃ、だ、だ、だから違うじょシン!! 誤解だ!」
ネルスも慌てて私たちの方へやってきた。
動揺しすぎて舌が上手く回っていない。
焦りすぎると、逆に怪しく見えるのがまた面白い。
二次元でよくあるやつだー。
「さっきのは目に何か入って痛かったから見ていただいただけなんだ!」
予想が大当たりだった。
「へーそうかーとれたかー?」
私はギリギリと締め上げられながらネルスに乾いた笑みで答える。
「信じてないだろ!!」
高音と低音の二重奏。
悲鳴に近い必死な声が耳元で響いた。
信じてるよ。
わざとだもん。
◇
「剣術大会?」
「そうなんだ! お前からも止めてくれ!」
さて、あの後2人の可哀想でとても可愛い必死の説明により、誤解をしていることに気がついた私は話の真相を聞いていた。
そもそも誤解してないけどな。
白い息を吐きながら早足で寮への道を歩く。
歩みに合わせて説明するネルスの言葉も早口になっていた。
姿が見えない位置まで聞こえるほどに大きい声で話すことになってしまったのは、アレハンドロが「剣術大会に出てみようと思う」といった旨の事をネルスに言ったからだということだ。
想像以上に断固として否定されたため、アレハンドロがムキになった。
そしてお互いヒートアップしていったそうだ。
結果、先程のように喧嘩みたいになっていったらしい。
あまりにも自分の言葉に耳を貸さないので、アンネやラナージュに止めて貰えば、アレハンドロも諦めるだろうとネルスは思って例の言葉に繋がったという。
事情を聞いた私は、私とネルスに挟まれているアレハンドロを見る。
この子、話の間ずっと黙って不貞腐れていた。
ネルスのいうことは大体正論だけど、そういうのが受け入れにくい時あるからねぇ。
ちょっと場を和ませよう。
「やめておけアレハンドロ。また皆んなの前でバレットに吹っ飛ばされるぞ」
「貴様その話を」
「バレットに!? どういうことだシン!!」
アレハンドロは「話を蒸し返すな」と言いたかったのだろう。
しかし、ネルスに言葉の途中で阻まれた。
いつも思うけど、ネルスも中々に不敬だよ。
しかししまった。
これは後でバレットを説教しに行くかもしれない。ごめんバレット。
そう思いながらも、言ってしまったのは仕方がない。
私はラナージュ嬢に聞いた、初回の剣術の授業で起こったらしい事件を説明した。
ネルスは真っ青な顔になって立ち止まり、頭を抱えた。
ごめん寒いから立ち止まらないで。
「バレット! なんってことを……! いつも自分基準で考えすぎるんだ怪物のくせに自覚が足りない!」
酷い言いようだ。
でもそれは、本当にそう思う。
ネルス、マラソンの時のこと根に持ってるなもしかして。
私は相槌を打ちながら背中を押し、歩みを促す。
全然、場は和まなかったな。
「その話はともかく、危ないからやめておけ。真面目な話、お前がもし怪我をしたら相手が可哀想だ。分かっているだろう?」
「……」
横から顔を覗き込むと、反対側に顔を逸らされてしまった。
目を合わせろ目を。
自分に都合が悪いと絶対に目を合わせないタイプの幼児め。
私はため息を吐くのを我慢して、出来るだけ優しく諭そうとする。
「何で急に剣術大会に出たいなんて言い出したんだ。お前は賢い。優勝出来ると思っているわけでもないだろう」
「別に。皆が騒いでいるからどんなものかと思っただけだ」
アレハンドロは目は合わせないままぶっきらぼうに答えた。
今は剣術大会のエントリー時期だ。
この後期末テスト、冬休みが終わったら予選、本戦と続く。
名目上は、身分も性別も関係なく出場できる。
騎士階級の子たちはもちろん、貴族や他の子たちも出場しようかどうかとか、誰が優勝するだろうかだとか話して盛り上がっているのだ。
皇族貴族騎士商人など大勢が観戦にやってくる、お祭りみたいなイベントだから。
「楽しそうだから混ざりたくなったんだな?」
「……」
返事はないが、眉間の皺が深くなった。
唇がギュッと結ばれる。
図星か。
ネルスはなるほど、という表情になった。
そして、頑なにダメだと目を吊り上がらせていたのが変わる。
困ったような、同情するような顔になった。
「殿下、お気持ちは分かりますが……」
「いいんじゃないか?予選くらいなら出ても」
「!」
アレハンドロがパッとこちらを向いて目を輝かせた。
分かりやすい。
ようやく目があったわ。
喜んでるのはかわいいけど、私は意見を言っているだけだ。決定権は全く無いことを忘れないでほしい。
ネルスは当然、再び目くじらを立てた。
「シン!? お前、責任取れないだろう!」
「どうせ三学年合わせても上澄みの実力者16人しか、大勢が観に来る本戦には出られないんだし。その代わり、皇帝陛下の許可と、何かあっても相手に責任を問わないって誓約書みたいなのは書く必要があるだろうけどな」
いくらアレハンドロが剣術も得意とは言っても、騎士階級の猛者たちに勝つのは難しいだろう。
出場のエントリーをするくらいなら、記念受験みたいなもんだ。
あの皇帝ならあっさりオッケー出しそうだし。
しかしネルスは頷かない。
「もし16人の中に入ったらどうするんだ!! 殿下の剣術の腕前を知らないのか!?」
「出ればいいだろう」
「僕が止めているのは、殿下がお怪我をするかも、という理由だけじゃないんだぞ」
だろうなぁ。
多分、アレハンドロが出るって言ったら運営側が悲鳴を上げる。
でもほら、何で子どもが大人の事情を考慮しないといけないんだよ。好きにさせてやれ。
私が対処しないといけないわけじゃないから知らん。
私とネルスの声を黙って聞いていたアレハンドロが、顎に手を当てて私を横目で見た。
「シン、お前は私と試合をしたらどちらが強いか分かるか」
「知らん。何だ急に」
なんだか、嫌な予感がする。
「もし16人の中に残ったら代理でシンが出るのはどうだ?」
どうだ?じゃないわ。
どうしてそうなった。
しかもアレハンドロの問いかけは、私ではなくネルスに向いている。
「はぁ……まぁ、剣術の実技成績はシンの方が上なので。シンの身分的にも文句は出にくいし、殿下が出るよりはマシかな……でもそんなのはありなのかな……」
突然の提案にネルスは混乱したのか、真面目に返答しながらも、同じように顎に手を当ててぶつぶつ言い出してしまった。
私の方が成績が上だったらしい。
しかも身分が高いと誰も何も言えなくなるとか貴族階級の闇。この世の闇。
出てたまるか剣術大会なんか。
怖すぎる。
私はポンっと手を打って明るく笑う。
「よし。この話はなかったことにしよう皇太子が出るのは危ないからな。な、ネルス」
「変わり身の早さがすごいなお前!!」
自分の世界に入っていたかと思ったが、ネルスはツッコミはしっかりしてくれた。
「シン……」
そんな捨てられそうな犬みたいな目をされても。
私は。
負けないぞ。
「いや、だから。本戦に出られるほど実力があれば本戦に出ればいいだろうと言っている」
「私が出ると、警備や待機する医療者の量も質も変わって、大変なことは理解しているんだ」
理解してるんかい!!
いいよもうそこ考えなくて!
優秀な大人がなんとかしてくれるから!
とは、言えない。
「でも確かにシンの言う通りです。勝っても本戦に参加なさらないなら、出場する意味は一体どこに……」
ネルス正論!ほんとそれ!!
「少しでいいから空気を味わいたい。シン、ネルス、今年だけだ」
2回目になりますが。
私やネルスに決定権があるわけじゃないんですけどね。
大人たちに打診する前に私の承諾はいるだろうけども。
そういえばこのくらいの時って、お友達の反応がすごく精神に影響があるんだった気もするなぁ。
それにしても必死だ。
すごくしおらしい。
思い返してみれば他の学生らしいイベントの時。
体育祭とか文化祭とか。
みんなと一緒に色々するの楽しそうだったもんなぁ。
剣術大会まで出たくなっちゃったかー。
剣術大会どうするー? 記念に出るー? 婚約者に予選だけでも観てもらおうかなーみたいな空気感にあてられて、ワクワクしちゃったんだよねぇ。
気持ちは分かるけど。
(うーん。皇太子じゃなきゃ、誰にも止められないで出場出来るんだよな)
まぁどうせ16人に入れるわけないし、思い出だけでも、という気持ちになった。
なってしまった。
やりたくてもやれなかったことって引き摺るからな。
私は仕方ない、と小さく息を吐く。
深緑の瞳を真っ直ぐ見て笑った。
「お願いしますは?」
私って甘い。
本当に甘い。
「オネガイシマス」
酷い棒読みだ。
相変わらず、人にモノを頼む態度じゃない。
しかし、ちゃんと言えたなえらいえらい。
口元が緩むのを一生懸命引き締めている表情もかわいい。
「絶対16人の中に入るなよお前!」
文武両道とはいえ、皇太子さまに負けるわけないよな小さい時から毎日毎日鍛錬に明け暮れてる人たちが!!
信じてるぞ騎士階級の皆さん!!
いやだフラグな気がするー!
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