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15話⑴

 窓の外を見ると白いものがチラチラと見え始めている。

 天気が良いと思っていたのに油断した。

 一番窓際の席でポカポカと日光に当たろうと思っていたので当てが外れる。

 

 今は冬。

 私は食堂で温かいコーヒーを飲みながら、赤くて分厚い本を捲っていた。

 もう少ししたら期末テストの勉強期間がきて、期末テストがあって、それから冬休みだ。


 二学期は一番長いはずなのにあっという間だった。

 平和だったかというと、色々あったのだが。

 まぁ無事乗り越えられそうだ。

 何事も起こりませんように。

 

 ここ最近、私は魔族について研究中だった。

 演劇を観に行った日に「自分が魔王の可能性」に気づいてしまったからだ。


 元々、「これで魔族じゃないんだからすごいなー」と思ってはいたのだが、よく考えなくても魔族じゃない保証がなさすぎるんだこの世界観。


 それでもまぁいいかと思ってはいたけれど、「魔王」であれば話は別だ。


 役者が身近に揃いすぎている。

 テーブルにミルクレープとコーヒー、紅茶が運ばれてくる。

 白いお皿の上に形の整ったシンプルなミルクレープ。

 その周りにイチゴやキウイ、オレンジなど色とりどりな果物が飾ってある。


 3人が目を輝かせていると、給仕の人が私の目の前にもお皿を置いた。

 珍しいミスだ。


「ありがとうございます。でも、私はもう頂いたから」


 威圧感が無いように笑顔でお皿を返そうとすると、


「料理長が、デルフィニウムさまは最近1人分しか召し上がらないから物足りないのではないか、と。ご迷惑でなければ召上がってください」


 と、温かい笑顔で言われてしまった。

 エラルドとよく来ていた時は半分くらい貰っていたのを知られていたらしい。


(やったー!!)


 もしかしたらお年頃の男の子は恥ずかしかったりするのかもしれないか、私はお年頃の男の子では無いので素直に嬉しい。

 料理長は、まだあるからいっぱいお食べーって気持ちに違いない。

 お礼を伝えて、ありがたく頂くことにした。


 ケーキ2個が余裕な若い胃袋に感謝!


「シンさまが甘いものがお好きなの、有名になってきましたもんね!」

「うんうん、冬休み明けにはお土産買ってきますね! 美味しい焼き菓子のお店が私の地元にあるんですよー!」

「あ、じゃあ私も!」


 アンネとパトリシアがニコニコと楽しそうにこちらを見ている。


 有名になってるのかーそうかー。

 皆、私のことに興味津々だね、ということにしておこう。


 私は微笑みながら2人に何か領地のお土産を持って来ようと決めた。

 何が良いかなーチョコレートとかは溶けちゃうか。いや魔術でなんとでもなるな。魔術って便利。


 同じく優しい笑顔で見守っていたラナージュが、フォークでイチゴを刺しながら首を傾げた。


「そういえば二学期に入ってから、エラルドさまはほとんどいらっしゃいませんわね?」

「ああ、ずっと剣術やら弓術やらバレットと忙しくしているから」


 私もケーキにフォークを刺す。

 この、刺したときに層になっているのを感じる感触がたまらない。

 ラナージュは私を見ながら甘酸っぱいイチゴをゆっくりと味わっていた。


「寂しくありませんの?」

「寂しいけど、仕方ないさ。それに、君たちとこうやって話せるから楽しんでるよ」


 口に広がる甘味が、2回目でも新鮮に幸せだ。自然と口が綻ぶ。

 そして私の言葉に嬉しそうに顔を見合わせるアンネとパトリシアがかわいい。


「でも、ここでエラルドを見られなくなって残念がっている子もいるだろうなぁ」


 ふと呟くと、3人が揃って頷いた。

 やっぱりそうなんだ。

 私が一人で来ると「今日も居ないのか」と思う子も居るわけだ。

 そういう時、残念だよねー。


「エラルドさま、人気ですからね」


 アンネはフルーツから全部食べちゃう派なのか、先程からフルーツばかり口に運んでいる。

 アンネの言葉にまた深く頷いたパトリシアはフォークを置いて、片手を頬に当てる。


「かっこいいもんねぇ……貴族さまなのに気取ってないし、優しいし!オマケに体が逞しい!」

(分かる分かる)


 うっとりと語る様子に、アンネも相槌を打つ。


「守って貰いたいって子が多いよね」

(私は守ってる姿が見たい)

「へー、そうなのか。エラルドは人当たりが良いからな」


 私は心の中で積極的に会話に参加しながら、表面上は当たり障りないことを言う。

 もっと上手く話を引き出せたら良いのに。

 そういう話もっと頂戴!

 女子会楽しい!


「ユリオプスさまの素晴らしいお人柄はもちろんですけれど、やはりお顔ですわよね」


 身も蓋もねぇこというなこのお嬢様。

 薔薇の描かれたコーヒーカップを優雅に持ち上げながら、ラナージュが綺麗な笑顔で続ける。


「アコニツムさまも、お顔がよろしいからとても人気がおありですもの」


 流石にバレットに失礼だぞ!

 女子に人気のある性格はしてないけど!

 デリカシー皆無だし!


「バレットさまはそういうんじゃないんですよ!」


 すっかり食べるのをやめてしまったパトリシアが力強く拳を握りしめる。

 そういうんじゃないとは、フォローなのか?


「無口だけど、硬派で素敵よね?」


 食べるのはやめないアンネが微笑む。

 それそれ、それがフォロー。


「それ! あの近寄り難い感じが良いの!」


 近寄り難いんだ。

 確かに用がないのに気軽に話しかけようという気持ちになる外見じゃないな。

 今となっては普通の会話が出来るのが分かっているから、私は良いけれど。


「表情が怖いから、親しくないと話しかけにくいのは分かるな」


 元の私なら自分からは絶対話しかけない。この世界でも、初めて会話した時はバレットから話しかけてきたんだったか。


「シンさまでも?」


 目を丸くするアンネに、大真面目な顔で胸に手を当てる。


「こう見えて、私は人見知りで小心者なんだ」

「えー!」

「うふふ、ご冗談を!」


 大袈裟に驚くパトリシアと口元に手を当てるラナージュ。 

 本当なんだけどなぁ。


 イケメン貴族になってから少し行動が大胆になっている自覚はあるので、信じてもらえないのは仕方がない。

 私はとりあえず一緒に笑っておく。


「こういう話を聞くのは楽しいな」

「本当に?じゃあシンさまのお話も! ね、パトリシアちゃん!」

「うん! シンさまのことは、女子生徒全員が好きと言っても過言じゃないです!」


 いや流石にそれは過言でしょ。

 確かに私の顔は、鏡を見る度に自分でも驚くほど良いけれど。

 中身はイケメンを演じているとはいえ私だし。


「はは、ありがとう。でも、私の話は無しで頼むよ。お世辞でも照れてしまう」


 人気なのは周りの空気で分かるが、言わせてるみたいになるのも居た堪れない。

 言葉を遮られたパトリシアは可愛らしく唇を尖らせた。


「人気の人っていったらシンさまは外せないのに。んー、エラルドさま、バレットさま、シンさまときたらやっぱり!」

「ネルスさまだよね?」


 ネルスね。

 キラキラ美少年だし、ツンデレっぽくてかわいいもんね。


 しかし、続いたアンネの言葉に私の目は点になった。


「優しくて、物静かでミステリアスで」


 待ってくれ。


「誰が?」

「ネルスさまですって!」


 パトリシアが素早くつっこんでくれた。

 いやいやでも。ネルスって他にも居たのかな。いたら絶対知ってると思うけど。


 私の冗談だと思ったらしいアンネが笑いながらネルス(仮)の良いところを更に教えてくれる。


「線が細くて頭が良くて、ここぞという時はバシッと言ってくれるよね」


 んー、まぁやっぱり私の親戚のネルスの話かな?

 パチン、とパトリシアが両手を合わせた。


「さっき聞いた話とかね!カッコよかったね!」

「その話詳しく」


 私は食い気味に身を乗り出す。

 黒い瞳を輝かせたパトリシアが、人差し指を立てて話し始めた。


「商人の子に対して『金の匂いをさせすぎてこの場にいるのが相応しくない』とかなんとか言ってきた貴族の方がいたらしくて!」


 いかにもモブ雑魚貴族の自己紹介って感じだな。


「近くで本を読んでいたネルスさまが『そういう発言が貴族への反感を生むんだ。口を慎め。君の方がこの場に相応しくない』って仰ったんだそうです」


 話を引き継いだアンネのモノマネが意外と上手い。

 片手にフォークを持ったままだけど。

 ほんで、もっと怒鳴ったりしてたんだろうな本当は。


「座ったまま静かな声で睨んでるのがカッコ良かったんですって!それだけ言ってまた本を読み始めたっていうのがね!ね!」


 両拳を握りしめてブンブン振っているパトリシアのお皿を少し彼女から離しながら、私は首を傾げた。


「ネルスってクリサンセマム以外に居たか?」

「クリサンセマムさまのお話ですわよ?」

「……そっかぁ……」

 

 ラナージュが穏やかにとどめを刺してきた。

 静かに怒れるのかネルス。

 私と居る時と随分違うじゃないか。


『お前のそういう発言が!貴族への反感を生むんだぞ!!』


 って仁王立ちしてキャンキャン言ってるとこしか想像できない。


 今度クリサンセマム侯爵に伝えよう。

 きっと大喜びだ。女の子に人気なことも大喜びだ。

 多分、コミュ症気味なところがあるから、親しくない相手には大人しくなってしまうだけだとは思うけど。


 私は興奮し切ったパトリシアに紅茶を差し出しつつ、話を広げようとした。

 女子会楽しい。スイーツ美味しい。コーヒー最高。


「他に人気がありそうなのはアレハンドロだけど……いや、ないか」


 最高品質の美男子だけど、中身が幼児だし。偉っそうだし高圧的だし愛想ないしわがままだし。

 アンネが勢いよく首を横に振った。


「大大大人気ですよ?あ、もちろん、本気で恋をすることは畏れ多すぎて。そういう意味でおっしゃったのなら少し違うかもですけれど……!」


 本命の女の子に「畏れ多すぎて恋愛対象にならない」って言われているのが不憫すぎる。

 逆に言えば、エラルド、バレット、ネルス、ついでに私も、本気で恋愛できる対象って認識なのか。みんなの中で。

 自分たちも身分が高い人たちが多いからそうなのか。


 話を聞きながら紅茶を一気に飲み干したパトリシアが、再び元気に入ってくる。

 喉渇いてたんだな。


「あんな美男子が皇太子殿下なんて、納税し甲斐があるというものです!」

「ノウゼイシガイガアル」


 のうぜい…しがいが、ある。


「アレハンドロさまの芸術的なお顔はそのためのものだったんですわね」


 すでに皿の上を綺麗にしていたラナージュが、口元を拭きながら目を瞬かせている。

 最早、貶してるようにしか聞こえないぞ。貴方の婚約者ですよ一応。


「顔や声以外に良いところあるか?」


 私は「貴様、不敬だぞ」という無駄に良い低音ボイスが聞こえてきそうなことを言ってしまった。


「し、シンさま!不敬ですよ!」


 焦った口調のパトリシアにほぼそのまま言われた。


「殿下は、お優しい方ですし」


 すぐにアンネがフォローに入ってくれる。

 だがしかし、それは君にだけでは。


「成績は全て上位にいらっしゃいますし、シンさまが思ってらっしゃるより有能な方ですわよ?」


 ラナージュもちゃんと良いところを教えてくれた。

 勉強出来て運動出来て顔が良くて身分が高い最高の男。

 それが我が国の皇太子アレハンドロだ。


 表向きはな。


「それは知っているんだが。正直、性格が幼くないか?」


 すぐ拗ねるし。

 お願い事するのに命令口調だし。

 エビで激ギレするし。


「そういうところもお可愛らしいですわ」


 うん、まぁそれは分かる。可愛げがある。

 皿をひっくり返したのは別だけど。

 あれで中身まで完璧だったらつまらないしな。


 それよりもラナージュが可愛らしいって言ったことを本人に伝えても良いだろうか。反応が見たい。


 通じ合った私とラナージュとは反対に、パトリシアとアンネはポカンと口を開けていた。


「えー、私、殿下のこと幼いと思ったことないです」

「私も……男らしくていつも素敵です。どちらかというと大人っぽいような」


 また年齢的な感覚の違いかな。

 いやでもラナージュも若いよな。才色兼備お嬢様の感覚は普通じゃない可能性もあるけど。


 それにしても、初対面で絶望的な顔をさせられていたのは君ではなかったのかアンネ。

 そこからすごい名誉挽回してるな。


 いつも素敵だって!頑張ったなアレハンドロ。

 でもね、大人っぽい優しい男はいきなり他人を怒鳴りつけたりしないんだわ。


 あー、でも二次元だとそういうのも許されるかなぁ。

 この世界のモテる男の価値観は二次元と同じという認識でよさそうだしな。


 アレハンドロは俺様キャラってことかな。


「クールでカッコいいよね?」


 クールキャラか。クールキャラ。


「ネルスの時から何度もすまないが」



 いったい誰の話だ。

 

 


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