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14話⑶

 

「……帰るのが面倒だな……」


 喋り倒してもうすぐ日付を跨ぎそうな時間になってきた。

 眠くなってきたのか目を擦っていたバレットが、ボソリと呟きながら後ろに倒れる。そのままゴロンとベッドの上に大の字になった。

 掛け布団の金の刺繍の形が崩れる。


 それを見て、エラルドも同じように寝転がった。

 2人がベッドに並んでも余裕を持って寝られそうなのがこのゴージャスベッドのすごいところだ。


「本当になー。同じ寮だったら良かったのに……このベッド気持ちいい……」


 目を閉じて微笑むエラルドを見て、本当に寝てしまいそうだな、と思いながら私はソファから立ち上がった。


「広くていいよな。皇太子特権」


 エラルドを見下ろし、ここぞとばかりに頭を撫でる。

 気持ちよさそうにこちらを見上げるエラルドの顔がいい。癒しだ。

 柔らかい毛質が手に心地いい。これも癒し。


「ここで寝たらダメか」


 目を閉じたりはしていないが、完全に寛ぎモードのバレットが天井を見つめながら淡々と言う。


「お前、皇太子殿下のベッドに寝転がっているだけでも信じられないのに!」


 開いた口が塞がらない、という表情でネルスが頭を抱えている。


「さすがに3人は無理だろー」


 ネルスの声は気にせず、隣のエラルドがゴロゴロと左右に体を傾けてベッド全体を確認して笑う。

 本気でそうしたいと思っている口ぶりだし、寝る人数にサラッと自分もカウントしている。


 3人で寝たら流石に狭そうだな。

 でもその様子を見てみたい気もする。

 バレットは全く起き上がる気配を見せない。


「寝転がったら起き上がれなくなった」


 すごく分かる。

 

 部屋の主のアレハンドロは溜息をつきながら近づいてくる。腕を組むと呆れたように2人を見下ろした。


「寝たら床に突き落とすぞ」

「はは、ここなら床でも寝られそうだなー」


 フカフカの絨毯を見てエラルドが笑う。

 確か騎士の訓練の中で石畳や土の地面の上で寝ることもあったと言っていたから、それに比べれば寝やすいだろう。

 

 私は想像した。


 皇太子と騎士。


 であれば、床で寝るよりは窓の側かドアの側で壁に背中を預けて剣を抱えて座って寝る、というのがしっくりくる気がする。

 2人いるなら片方は皇太子の近くで起きてるかな。交代で寝るかもしれない。


 通常の護衛ならドアの外に立ってるから、冒険中の宿屋とかのイメージになるけど。


 たしかルース王子の冒険中にそんなワンシーンがあった気がする。

 魔族が魔術師の結界を突破して寝室に 侵入してくるのだ。


 すぐに気づいた盾の騎士が、王子を起こさないように音もなくその魔族を切り捨てた。と、同時にもう1人突入してくる。

 そのとき、寝てるように見えた剣の騎士が即座に剣を抜いて応戦するのがカッコいいシーンだった。

 騎士2人の見せ場のひとつ。

 

 ところで。


 皇太子と騎士2人、魔術師と賢者。

 考えないようにしてたけど似てるなぁ構成が。

 今、この部屋にいる人間と。


 まずいぞ私に魔族フラグが。

 外見王子なのに魔王の生まれ変わりフラグが。

 もしそうなら死んでしまうかもしれない。

 それだけはなんとか避けないと。


 あれ、自分が魔王かもしれないなんて心配してるの相当痛いやつだな。誰にも言えやしない。

 でもこの世界観ならありそうだ怖い。


 今日偶然観た劇に似てる、とかならまだしもこの国に浸透してる誰でも知ってる昔話っていうのが良くない。


 例えば「桃山」「犬川」「猿田」「雉野」「鬼島」という登場人物がいる漫画があるとする。

 日本で生活していたら何がモチーフの物語なのかだいたいの人が分かるだろう。ルース王子の話はそのくらい浸透している物語だ。


 いやしかし、裏切り者は鬼島でしたと思わせといて実は猿田でしたとかいうこともあるあるだし、鬼の血を引くのは主人公の桃山だったのですとかもよくあるから。


 魔族は産まれた時から魔族の自覚があるらしいし、大丈夫だと思うけれど。

 例外のないことはない。


 もしかしたら後天的に覚醒したりなんかのきっかけで乗り移られたりするかもしれない。


 出来ればみんなにお願いしたい。急に私の雰囲気が変わったり一人称が変ったり、アレハンドロのことを公の場でもないのに「殿下」って呼んだりしたとか、そういうのが有れば後で必ず教えてくれと。


 よくある「……ん……?」と思うだけとかで終わらさないで欲しい絶対。「シン?いや、なんでもない……」とかもやめて欲しい。

 

 はい、しかし言えるわけがない。

 頭のおかしい奴すぎる。

 念のためにフラグ圧し折る方法考えとかないと。

 

 床で寝る云々の会話を聞いただけで、それとは全然関係ない課題を私が見出しているときに。


 床で寝るというのを真面目に受け取ったらしいネルスが、眉を寄せて首を左右に振った。


「いや流石にそれは……ん?待て。バレット本当に寝てないか?」


 そう言うと、ネルスはそこに横たわるバレットの顔を覗き込む。


 私も横から見てみるが、完全に目が閉じている。規則正しい寝息に合わせて胸部と腹部が上下している。

 さっきまで喋っていたのに。幼児みたいなやつだ。

 眠そうだなと思ってはいたが、限界を迎えるほどに眠くなってきていたらしい。


 それにしても、皇太子のベッドで寝るなんて今更だけどすごい度胸だ。

 きっと心臓に毛が生えている。


「あー、今日も結構動いたからなぁ……」


 起き上がって1番近くから顔を覗き込んだエラルドが、仕方ないなぁという顔で暗い赤色の頭を撫でた。

 子どもがソファで力尽きてた時の親かな。

 

 私はベッドを占領されて目を丸くしている皇太子さまの方を向いた。


「アレハンドロ、諦めて今日はバレットと寝ろ」

「ふざけるな」


 即答された。

 

(起こすのは可哀想だしなぁ)


 改めてバレットの寝顔を見てみる。


 身長が高いのでいつも見下ろされているし、体格もいいし男らしい骨格の顔つきなので分かりにくかったが、寝ているとまだまだ未完成なあどけない顔に見える。


「なんだか、寝顔は可愛らしいな……」


 微笑ましい気持ちになって思わず呟くと、


「そうか?」


 と、3人が顔を見合わせてしまった。


 しまった。

 大人から見たらそう見えても、同い年だとそんなに思わないのか。そりゃそうだ。

 アラサーと高校生くらいの男子の感覚が同じなわけがない。


 私は内心では慌てながら、ただただ笑顔を3人に向ける。

 そして、ベッドからドアの方へと足を踏み出した。


「じゃあそろそろ帰るかー」

「こいつを連れて行け」


 すぐにアレハンドロが微動だにしないバレットの方を指差す。


「はは。そのデカいやつをどうやって連れていくんだ。もう寝かせといてやれ」


 私は軽く笑うと、呪文を唱えてバレットを浮かせる。

 キラキラとした光に包まれた彼を、ベッドの左側に寄せてやった。

 2人の寝相にもよるが、右側で余裕を持って寝られるだろう。

 私のベッドでアレハンドロと二人で寝られたんだから、どう考えても大丈夫だ。


 そのまま改めてドアへ向かう。と、


「貴様なら部屋まで連れて行くのは容易いだろう!」


 アレハンドロが私の肩を掴んできた。

 先程の魔術を見たら当然抱く感情だろう。

 もちろん簡単に出来る。

 出来るけど、面白そうだからそのままにしたい。


「はいはい、おやすみー」


 どうやら、私と同じ気持ちになったらしいエラルドが悪戯っ子のような表情で目配せしてきた。

 ネルスの背中を押しながらこちらにやってくる。

 そして、アレハンドロと私の間に割り込んだ。


 ネルスは焦った様子でアレハンドロの顔や寝ているバレット、明らかに楽しんでいる私とエラルドを忙しなく見た。


「え、本当に? 本当に殿下の部屋に置いていくのか!?」


 戸惑いながらも、ぐいぐいエラルドに押されて為すすべなくドアへと移動していく。

 味方が居なくて唖然としているアレハンドロに、私はウィンクを投げて手を振った。


「おやすみー」

 

 

 そのままバタン、とドアを閉めたものの。

 すでにドアの内側が気になる。


 アレハンドロがソファに座って寝たり、ましてや床で寝ることはないだろうから絶対隣で寝るだろう。

 バレットを床に叩き落とすことも、きっとない。


 2人が並んで寝てるの見たいな~!

 


 明日起きた時のバレットの反応も見てみたいが、どうせいつも通りなんだろうなぁ。



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