13話⑶【舞台観劇】
「気になっていたんだが、白い服の者が多いが何かあるのか?」
「これですか?これは、ライモンドさまは白馬の王子さまなので!」
「……」
なるほど、公式か非公式かは謎だけどファンの共通認識でライモンドのイメージカラーが白なのか。
白い洋服の人たちはライモンドの女、いや、ファンというわけだ。
しかし白とは。もう少しファンの洗濯事情に優しい色だったら良かったのに。
嬉しそうに服と同じく白い肩掛けポーチを見せるアンネとは対照的に、アレハンドロは口をへの字に曲げて嫌そうな顔だなぁ。分かりやすいやつだ。
だが残念ながら、推しに嫉妬するのは不毛だ。
土俵が違う。
私の隣で真剣な顔と声でラナージュが呟く。
「わたくし、魔王役の方のファンの方々と同じ色の服装がしてみたいですわ」
「それは今度アンネに聞いてみてくれ」
お察しの通り、私たちはアンネとアレハンドロの会話を聞いている。
魔術を使って音を拾っているのだ。
本当にごめん2人とも。
負けた。
己の好奇心とお嬢様のしつこさに負けた。
絶対にバレないようにしないといけない。
「申し訳ありません、私ばっかり話してしまって」
「いや、きさ……アンネが楽しいならそれでいい」
そんなことが言えるようになったのか!
「本当に、殿下はお優しいですね。ありがとうございます!」
伝わらないかなぁ。他の人には絶対言わないことなんだけどなぁ。
ひたすら楽しそうにアンネはアレハンドロに向かって首を傾げた。
「殿下は、好きな場面はありましたか?」
アレハンドロは目線を泳がせて返事を考え、感想が聞きたくてウズウズしているアンネに気圧されながら口を開いた。
「……好き、ではないが。最後の魔王が消える場面が、頭から離れないな」
ラナージュがうんうんと深く頷いた。
「やはり殿下も……」
アレハンドロもラナージュも、浮世離れしてるのに意外と普通の感性してるんだよな。
そりゃラストシーンが印象に残るよね。
普段読んでる物語の結末と違っていたのだから余計に。
ちなみに私はイケメンたちが旅する中で「あ、この2人付き合ってるな」って思ったシーンが組み合わせ問わず印象に残ってます。もちろんラストシーンもそのひとつ。
邪な目で見ずに純粋に楽しむ脳みそを返してほしい。
アンネもその場面を思い出しているのか、眉を下げて笑った。
「悲しくて美しかったですね」
「『私のいない世界で……』おかしなことだと聞き流して欲しいのだが」
表情はよく見えないが、目線をアンネから逸らし、空の方へ向けてアレハンドロが言葉を紡ぐ。
「なぜか、魔王がシンと重なって…」
(私か)
「シンさま?」
少し驚いたような声を出したアンネ。
言葉に迷っているアレハンドロは今度は地面の方へ目を落とした。
「もちろん、決して、魔族がどうというわけではなくな。親ゆ……優秀な魔術師が、消えてしまう……」
親友って言ったらいいのに。
なんというか、隣でラナージュも聞いてるのに、私が恥ずかしくなる会話をし始めたな?とんだ流れ弾だ。
「あんな風にアレもいなくなりそうだと……いや、そんな訳もないんだが」
ごめんアレハンドロ。
多分そんな感じで私消えます。
私のいない世界で世界一の皇帝になってね!
「いえ、おっしゃること、分かります」
分かっちゃう!?
勘が良すぎるね!
「シンさま、たまに心ここに在らずで、遠くを見てらっしゃるような時があって……どこか儚さがお有りですから」
あ、それ多分、妄想の世界にトリップしてる時のやつですね。
しかもだいたい君たちもその犠牲者だね!
ごめんね!!
そんな風に見えるんだぁ!
顔がいいってすごい!!
「でも、きっと殿下に黙って急に消えてしまったりなんてしませんよ!」
する予定だったなー。
そうだな最後どうしようかなー。
卒業と共にフェードアウト出来る雰囲気じゃないなー。
あんな寂しそうな声をされてしまうと。
お別れの挨拶、考えとかないと。
「気を遣わせてすまないアンネ。演劇の出来が良すぎたせいだろう。ルース王に自分を重ねるなど身の程知らずにもほどがある」
「殿下は、ルース王を超える方になられます」
自嘲気味に笑っている様子のアレハンドロの手をアンネは明るい声を出しながら両手で握りしめた。
ちょっとオペラグラス欲しい。表情が見たい。
「私も、一生お力になれるように頑張りますね」
「……アンネ……」
「賢者さまみたいに!!」
あ、そっち。
ラナージュは額に手を当てて頭を左右に振る。
「アンネ……そこは王女さまですわ……」
「うん。でもそれはそれで問題だけどな」
そこ、今のところ君のポジションなんだわ。
おそらくガッカリしたであろうアレハンドロは、アンネに握られている手を片方だけ解いた。
そしてそのまま手を繋いだ。
めげない。やりおる。
「そろそろ行くか」
「……!あ、あの……!は、はい!」
焦った声のアンネは、繋いだまま引かれた手とアレハンドロの顔を交互に見てから深々と頭を下げた。
顔が赤い。気がする。良い席だったからオペラグラス持ってこなかった自分を恨む。
「今日はお誘いいただいて本当に本当にありがとうございました!お礼がしたいので、私にできることならなんでも言ってください!」
「なんでも?」
あ、言っちゃったな。
そのワード。
「なんでも」
「なんでも……」
思わず復唱してしまったところ、ラナージュとハモってしまった。
アレハンドロは細い腕を引くと一歩近づいた。
「では、少し目を閉じていろ。良いと言うまで開けるな」
「……?はい!」
元気よく返事をしたアンネが目を閉じた。
鈍すぎかな。
「はい、おしまい」
私は音を拾う魔術を解除し、ラナージュの目を覆って自分も2人のいる方には背を向けた。
「ええっなんでですの!?何も見えませんわ!」
ラナージュは抗議の声を上げて私の手を外そうとする。
させない。
柔らかく笑って口を開く。
「流石にプライベートに踏み込みすぎただろう?」
自分で言っといてびっくりするほど今更だけどな。
「仕方ありませんわね……」
もう少し抵抗されるかと思ったが、思いの外すんなりとラナージュは諦めてため息をついた。
そのままの状態で2人からは離れていく。
女の子の目隠しをしたまま歩いてる状態って、周りからしたらいちゃついてるカップルに見えるだろうな。
今は魔術のせいで見えないけれど。
「満足したなら、そろそろ帰ろうか」
ある程度離れると、目元から手を離して魔術も解く。
「ええ、そうしましょう」
ようやくいつも通りの落ち着いた様子に戻ったお嬢様が頷いた。
劇場の敷地と外を仕切る門へと歩いて行く様子に、なんだかほっとしながら離れないように後ろをついていく。
「ところで、デルフィニウムさま……」
「ん?なんだ?」
ラナージュが私の方を振り返った丁度その時。
「キャー!!」
「ライモンドさまー!!!!」
「ロスウェルさまー!!!!」
「こっち向いて――!!」
まさしく黄色い声がラナージュの声を掻き消した。
騒ぎの中心を見ると、予想できる通り。
王子役の俳優と魔王役の俳優が並んで出てきたのだ。
皆なかなか帰らないなと思っていたら、ここで出待ちしてたのか?と思ったが、目に入った2人はメイクも服装も舞台のままだ。
おそらくそういうパフォーマンスなのだろう。サービスいいな。
「デルフィニウムさま、もっと近くに行きましょう!!」
「え。あ、はい……」
意外とミーハーだったらしいラナージュに腕を引かれて、ファンでごった返すイケメン俳優さんの居る方へ行く羽目になった。
大きな赤い目がいつも以上に輝いている。
何か言いかけてたけどもう良いのだろうか。
ここ最近でラナージュの印象がガラッと変わったな。すごい振り回してくるタイプのお嬢様じゃんか。
世話係の騎士か執事かの登場を求む。
人の波に乗って分かったのだが、みんなはただ演者の顔を見ようとしているわけではないらいしい。
どうやら並んだらハイタッチしてくれるようだ。
よく見ると少し離れたところに他のメインキャストたちもいる。
なるほど、みんな好きな人のところに行くわけか。
サービス良すぎだな。
セキュリティは大丈夫なのかな?
「わたくし、魔王役の方のところに行きたいですわ!ロスウェルさまとおっしゃるんですわね!」
「……わかりました……」
とでも楽しそうに声を弾ませるラナージュと対照的に、気が乗らない返事をしてしまう。
いや、私とて演者の方とハイタッチはしたい。とてもしたい。
しかしルーク王子の肖像画は金髪碧眼なので、当然今回の劇でもそうである。なんだか近くに行くのが気恥ずかしい。
自前の髪と目なので決して寄せたわけではないのだが。
出来ればラナージュだけで行って欲しいが、何かあったら大変なのでついていくしかない。王子のすぐ隣ではあるが、魔王役の方に行くというのがせめてもの救いか。
騎士や賢者の方に行ってくれたら良かったのに。
ちなみに、魔王の外見は特に正式な記述があるわけではないが、今回の劇ではあろうことか黒い長髪に緑の瞳。
せめて魔王に覚醒した状態で出てきてくれれば瞳は金色だったのに、何故か魔術師の時の姿で出て来ている。
本当になんでだ。なんでわざわざ瞳の色を元に戻してきたんだ。
絶対に今のアレハンドロとは並びたくない。
そんなこと気にしているのは私だけなのかもしれないが、コスプレしてきたファンみたいになってしまう。
さすがに魔術師は三つ編みはしていないけれども。
私としたことが、前情報を何も確認しないできてしまったから。
ちゃんとポスターを確認して被らないようにしてあげればよかった!
まぁ、そうはいうものの。
多分アレハンドロとアンネは今関係を進展させてる最中だろうからこっちには来ない。
「シン?」
いやだー!!
見つかったー!!
こっち来ないで――!!
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