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13話⑴【舞台観劇】

 

 満席の劇場が明るくなる。

 人が立ち上がったり口を開いたりと急にザワザワと雑音が大きくなった。

 私は座ったまま、大きく息を吐いてすでに幕の閉じた舞台を眺める。

 

(良き――)

 

 とても面白かった。

 休憩を挟みつつ上演時間は約3時間。

 視覚と聴覚から供給される物語は、意識しないと呼吸を忘れてしまいそうなほど。


 それくらい没頭した。

 あとメインの登場人物イケメンばっか。

 

 隣を見ると、金髪の美人がハンカチで目元を抑えながら肩を震わせている。

 上演中から薄々気配を感じていたが、ガチ泣きしている。


「ラナージュ嬢、大丈夫か?」


 泣き顔ですら崩れることなく綺麗な女の子は、ハンカチを鼻へ移動させながらこちらへ目線をよこした。


「だ、大丈夫じゃありませんわっ!」


 うん、そうだろうね。

 声を震わせながら深呼吸しようとしている様子を見て、綺麗に纏められた頭を崩さないように静かに撫でる。

 

 

 私はラナージュと舞台の観劇に来ていて、たった今、終演したところだ。


 演目は「ルース・コロニラ」。

 アンネが好きな演者が主演をする舞台ということで、アレハンドロとアンネもこの会場のどこかにいるはずだ。


 何故私たちがこんなところにいるのかというと、ラナージュが2人の様子をこっそり見たいと言い出したからだった。


 自分が促したくせに浮気現場を抑えに行くつもりなんだろうか怖いわ!と思っていたが、そういうわけでもないらしい。


「もしかしたらおふたりのラブロマンスが見られるかもしれませんわ!」


 と本当にワクワクしているご様子だった。

 あなたの婚約者なんですけど。

 アレハンドロ、本当に相手にされてないんだろうなご愁傷様です。


 アレハンドロはアレハンドロでアンネに完全に参ってるからあれなんだけど。

 完全にビジネスカップルなんだなんかちょっと寂しい。まだ10代半ばでその割り切り方。


 私の気持ちは置いておいて、1人で行くのは寂しいのでついてきてくださいとお願いされたのだ。

 今回は親にも内緒だから護衛がいないんだそうだ。危なすぎて一緒に行く以外の選択肢が無かった。


 羽を伸ばしたかったのかもしれないが、皇太子が他の女の子と2人で来ているところをもしラナージュの家の人に知られたら面倒だからというのもあるんだろう。

 アレハンドロ側は護衛が絶対いるし誰と来たか皇帝陛下に報告行くと思うんだけどなーいいのかなー。

 友だちです!で押し通すしか無いだろうな。

 

 完売したはずのチケット、もとい観劇券が何故手に入ったのか。

 どうやらこの世界にもあの忌々しい輩たちが存在するらしい。

 人気の観劇券を高額で取引する転売屋だ。


 だが、もちろん転売屋から買ったわけではない。

 ラナージュの実家であるオルキデ侯爵家の指示で、彼らを取り締まったのだという。

 親の権力の使いどころがすごい。


 そして転売屋から巻き上げ、いや、押収したチケットは改めて販売されたのだが、その時に2枚だけ融通してもらったのだとか。

 ちゃっかりしている。

 

 と、そういうわけで私はラナージュと観劇デートすることになったのだ。

 

「ルース・コロニラ」はこの国が帝国になるもっと前に実在した王の名前だ。

 様々な伝承がある人物で、彼の在位中は戦争は起こらなかったという。


 今回の副題は「光の王子と魔族の王」。

 闇の王じゃないんだ。そこそのまま魔族なんだ。と思ったがそれはいいとして。


 ルース・コロニラの即位前の話で、1番有名かつ人気の話だ。

 舞台だけでなく小説、児童書、絵本、人形劇など様々な形で物語が紡がれている。


 作者の好みで細部は物語によって違っているのがまた面白い。

 

 主な登場人物


 主人公の「ルース王子」

 婚約者の「隣の国の王女」

 王子の幼なじみで親友の「魔術師」

 王国最強の男、「剣の騎士」

 忠誠心篤い若き騎士団長、「盾の騎士」

 明晰な頭脳で王子を生涯導くことになる「賢者」

 そして、副題にもある「魔族の王」

 

 あらすじ


 昔々ある国に、優しくて賢い王子さまが住んでいました。

 隣の国の美しい王女さまとは婚約者同士です。

 ある嵐の日、王女さまが魔王に連れ去られてしまいました。

 王子さまは王女さまを助けるために、魔王の住む鬼ヶし……魔王の城のある山に向かいます。


 王子さまのお供は3人。

 魔術師と剣の騎士と盾の騎士です。

 3人はとても強いので、王子さまは安心です。


 道中、森に住んでいた賢者さまも仲間になってくれました。

 山を越え谷を越え海を渡り、雨の中風の中、数々の困難を乗り越えて魔王の城までやってきました。


 城の扉を開いたその時です。

 盾の騎士が賢者の背中を切りつけました!

 なんと、盾の騎士は魔王の手先だったのです!


 すぐに剣の騎士が応戦しましたが、盾の騎士は賢者の怪我を治そうとした魔術師を攫って魔王の城に逃げていきました。

 王子さまたちは慌てて追いかけます。


 城の中にはたくさんの魔族たちがいて、王子さまたちを襲います。


 しかし、剣の騎士は最強です。

 賢者を負ぶった王子を守ってどんどん魔族を倒していきます。


 ようやく、魔王の部屋にやってきました。

 そこにいたのは盾の騎士と、連れ去られた魔術師と、檻に入れられた王女さま。


「魔王はどこだ?」


 王子さまが呟くのとほぼ同時に、お城に雷が落ちてきました。

 大きな音と強い光にみんな目を閉ざします。

 そして次に目を開いた時。

 魔術師が魔王の姿になっていたのです!


 魔王は言いました。


「王子よ、貴様とのお友達ごっこもここまでだ! この国を魔族の国に変えてやる!」


 王子さまはショックで動けません。

 魔術師は、小さい頃からずっとずっと一緒にいた、王子さまの1番のお友達だったのですから。


 しかし魔王は待ってはくれません。

 盾の騎士に命令をして攻撃してきます。

 剣の騎士が盾の騎士の剣を受けました。

 王子におんぶされていた賢者が小さな声で言いました。


「王子、お気持ちは分かりますが、あなたに悲しむ暇はございません。私が王女を助けます。あなたは魔王を倒してください」


 魔王の力を少しの間だけ無力化する薬を王子に渡します。

 王子は薬を懐に入れ、腰の剣を抜きました。

 王子は善戦しますが、魔王の圧倒的な力に追い詰められてしまいます。


 もうダメだ!


 そう思ったその時、剣の騎士と戦っていたはずの盾の騎士が魔王と王子の間に立ちはだかります。


 魔王の刃は盾の騎士を貫きました。


 王子と魔王が驚いている隙に、剣の騎士は後ろから魔王を切りつけます。


 魔王は倒れ、傷をすぐに回復しようとしましたが、王子は賢者から貰った薬をふりかけそれを阻止しました。

 痛みに苦しみながら魔王は言います。


「私はまたこの地に生まれ、貴様の子孫を根絶やしにしてやる」


 呪いの言葉を聞いて王子は言いました。


「その時にはまた、私の子孫はお前を殺すだろう」


 王子の剣が魔王の胸を貫くと、砂のように消えていってしまいました。


 戦いが終わった後、賢者に檻から出してもらった王女が王子のところへやってきて、抱きしめあってめでたしめでたし。

 


 いやめでたくねぇよ。

 親友をなくした王子の気持ちは?

 盾の騎士どうなった??

 賢者の背中の傷はどうした??

 

 と、思うでしょう。

 その他ツッコミどころ満載。

 なんで魔王は王女攫ったんよ。とか。


 でも伝承なんてこんなもんで。

 そこを埋めるのが作家の想像力の見せどころだった。


 例えば、盾の騎士は魔王に洗脳されてたパターンと自分の意志パターンがある。

 それによって台詞とか剣の騎士との関係性も変わる。どちらにせよ最後は剣の騎士に自分の盾を預けて99%死んでしまうんだけども。


 今回の演劇でもそうだった。

 仲間が死んだ方が物語が盛りあがるからだろうか。

 ラナージュはこの辺りから泣いている気配があった。


 しかし今回の劇の泣きどころはそのあと、魔王が消えるシーンだ。

 通常、この物語の魔王は「なんでかわからんけどとにかく人類を滅ぼしたくて世界征服したい」タイプの悪役である。


 が、この劇では王子との友情を相当重視していた。

 魔王の最後の言葉は呪いの言葉ではなく。


「私のいない世界で、お前は世界一の王になれ」


 と伝え、王子の剣を握って自分で胸を貫き消えていく。


「魔王が消えると魔族も消えます。魔王は王子の治世で魔族が暗躍しないために消えることを選んだのです」


 と賢者が王子に伝え、王子は涙を堪えて立ち上がる。

 場面切り替えで数年後に戴冠式をして幕。

 

 魔族はとにかく忌み嫌われているので、この手の終わりはありそうでなかった。

 おそらくこの世界の人には斬新だったはず。

 受け入れられるかは謎だが隣でラナージュが号泣しているところを見ると大丈夫なのだろう。

 

 あとは演技力がものを言ったなー!

 アクションも迫力があったし顔が良かったし声は良かったし楽しかったー!

 

 いやそれにしても隣の子は泣きすぎだ。

 そろそろ会場を出たいんですけども。

 

 私はラナージュの背中を摩りながら振り返っていく周りの人たちにニコニコする係になっていた。


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