12話⑶
授業が終わってアフタヌーンティーの時間。
二学期に入ってからは夏休みに騎士の皆さんから刺激を受けたエラルドがあまり付き合ってくれなくなってしまったので1人で食堂へ向かう。
悲しみ。
元々、甘いものが大好きってわけでもなく私に付き合ってくれていただけなので、申し訳ないなぁと思ってはいたからいいんだけど。
テーブルに運ばれてきた今日のデザートはパフェだ。
しかも苺パフェかチョコレートパフェかを選べる贅沢さ。
チョコレートも食べたいけど苺も食べたかった私は給仕の人が心配するほど真剣に悩んでから苺のパフェを選んだ。
たっぷりと生クリームが絞ってあり、そこに苺がいくつも綺麗に飾り付けられたものだった。
縦長のグラスの中はカットされたいちごや、イチゴソースの赤色とアイスクリームの白色の層が描かれている。
パフェオブパフェ。
最高。
柄の長いスプーンを片手に口元が緩む。
まずは苺から、と掬ったところ。
「まぁデルフィニウム様。お1人ですの?」
綺麗な声に話しかけられた。
良かった口に入れる前で。
顔を上げるとラナージュがテーブルの横で微笑んでいた。
「珍しいですわね、どなたもいらっしゃらないなんて」
「最近は1人なんだ」
私よりもラナージュがお取り巻きを連れずにいる方がよっぽど珍しい。
白くて綺麗な手をテーブルに置き、長い髪を揺らしながら首を傾げた。
「1人同士、ご一緒してよろしい?」
「もちろん、喜んで」
笑って即答したものの、友だちの婚約者と2人でアフタヌーンティーってありなんだろうか。社交の1つだと思えばありか。
ラナージュは特に悩むこともなくチョコレートパフェを注文していた。決断力があって素晴らしい。
女友達同士なら、相手が良ければちょっと頂戴が出来るのに!
いや貴族はちょっと頂戴とかしないか!
雑談している最中にやってきたパフェは、天辺の生クリームが絞ってあるところに円形の薄い板チョコが1枚と、小さい立方体の生チョコがたくさん飾られていた。やっぱりそっちも美味しそうだ。
そういえばアンネはチョコが好きだと言っていたな、と呟くと。
「アンネといえば、今日はなんだか元気が無くて……」
スプーンとは逆の手を頬に当てながらラナージュが小さくため息を吐く。
「何かあったのか?」
昨日の昼に会ったときは確かいつも通り元気だったはずだ。
「大好きな演劇のお席がとれなかったそうですわ。」
「それは元気出ないだろうな」
辛すぎる。
生活する上での楽しみが1回分減ってしまったということなのだから。
聞くところに依ると、アンネが好きな演者であるライムンド・アイという人が主演の演劇が2ヶ月後にある。
「ルース・コロニラ」という、過去に実在した王子の名を冠した冒険物語の観劇券の販売日が昨日だったのだが、どうしても授業が終わってからだと間に合わなかったらしい。
趣味のために授業を休むわけにはいかず、一縷の望みを掛けて授業後に走ったが、人気の公演だったため予想通り完売。
泣く泣く帰って来て、今日もまだ浮上できていないとか。可哀想に。
私に言ってくれたら授業をサボって並んであげたのに。
「わたくしに事前言ってくださればいくらでも都合をつけましたのに、とパトリシアと2人で同じことを言ってしまいましたわ」
ああ、その手もあったか。今からでも間に合わないかな。
そんなコネみたいなのは嫌がられるかなー。なんか他のファンに悪いなって気持ちになるし。
「アンネは言わないだろうな。もう完売してしまったから君たちに話したんだ」
「ええ。本当に欲の無い子ですの。シン様、もしアンネに会ったら元気付けてあげてくださいましね」
「善処するよ……」
演劇を観れる権利以外でどうやって元気付けたらいいんだかさっっっっぱりだ。
確かアンネは、ルース・コロニラ関連の物語が元々好きだったはずだ。
推しが好きな物語の主演をするなんて絶対見たいやつなのに!また同じキャストで同じ公演がされることを祈るのみ…!
それでもその時に観るのとはちょっと違うというのに。
「ところでシン様」
話している最中も上手く間を使って丁寧にパフェを食べていたラナージュの手が止まる。
真面目な目線に少し身構える。
「苺のパフェも美味しそうですわね……」
「……最高に美味しいです」
思わず敬語になってしまった。
ひと口いる?と聞きたいところだがそれすら言っていいのか分からない。
いやしかし完全に、キラキラおめめが苺欲しいって言っている。
周りの目が気にならないこともないが今更か、と開き直ってラナージュの方へとパフェグラスを動かす。
「良かったらひと口どうぞ。」
「まぁ……!」
パァッと分かりやすく表情が明るくなった。
大人びた子だと思っていたが、可愛らしいところもあるんだな。
「よろしいんですの?」
手を合わせてこちらを上目遣いで見上げてきているのは故意なのか天然なのか。なんでもいいかわいい。
どうぞ、と促すと、苺と生クリームを掬って口に運んだ。
「美味しいですわ!」
嬉しそうに食べる姿に思わず口元が緩んだので手で覆う。鼻の下が伸びていたらいけない。
「ありがとうございます。デルフィニウム様もどうぞ」
苺パフェを返すと共に、チョコパフェをひと口分掬ってスプーンを差し出してくれた。
「ああ、ありがとう」
そのままパクっと口に入れる。
甘い生クリームと甘すぎないチョコの味が、香りと共に口に広がって溶けていく。
美味しすぎる。
幸せに浸っていると。
「シン、ラナージュ。何をしているんだ?」
私の背後から、まさかの婚約者さまのお声が聞こえた。
ちょっと前から不穏な空気のザワザワが聞こえていると思ったがそういうことか。
ラナージュからは見えていたはずなのにやらかしたのかこのお嬢様?
もしかしてわざとか?
チョコパフェに目が眩んで周りにどう見えるか考えずアーンしちゃった私も私だけど。
色々思うところはあったが、やましいことは何もないので、私はいつも通り振る舞うことにした。
というよりも、アレハンドロにとやかく言う資格ないだろ。
「ああ、アレハンドロ。1人で来るのは珍しいな?」
「殿下、ご機嫌うるわしゅう。デルフィニウム様とパフェを交換をしていましたの」
ラナージュも普通のことをしていたというようにサラッと事実だけを述べる。
特にヤキモチ妬かせたいとかいう雰囲気でもない。
「両方食べたいなら両方持ってこさせたら良いだろう」
他にも何か言いたそうに眉を寄せているが、私たちのことにはつっこんでこなかった。
周りが固唾を飲んで聞き耳を立てている空気を察しているのかもしれない。
「2つも要らないんだ」
「食べきれなかったら勿体無いですもの」
私とラナージュの畳み掛けるような否定の言葉にアレハンドロは不可解そうな顔をする。
残すことに罪悪感ないんだな。甘やかされている。
ラナージュはアレハンドロと同意見でもおかしくないのに、勿体無い精神があるのか。
良くできた子だ。
「……シンはいつもエラルドのも食べてなかったか」
ボソリとツッコまれた言葉は聞かないふりをした。
別に毎回食べてたわけでもないのだ。
食べてた日もあるけど。努力しなくても太らない不思議な体は素晴らしい。
「まぁいい」
いいんだ。
「2人のどちらでも良いんだが、演劇に興味はないか。陛下からたまには公務など関係なく友人と娯楽を楽しめと手紙と共に観劇券が送られてきてな」
なんて都合のいい設定を持ち込むんだ。
陛下、息子にお友だちがいると分かってちょっと嬉しくなったのかもしれない。
この話がしたくてここに来たであろうアレハンドロは、どちらでもいいと言いつつ元々は私を誘おうとしていたんじゃないだろうか。
本当は行きたいけどなと思いつつ、立ったままのアレハンドロに座ることを促し、タイムリーな話の先を促す。
「……演劇か」
「……演目は?」
ラナージュもどうやら私と同じ可能性を感じているようだ。スプーンを置いて真っ直ぐアレハンドロを見ている。
「『ルース……」
「まてそれ」
やっぱりな!と思いつつ言葉を遮ると、ラナージュが強めの声で続ける。
「公演はいつ?主演は誰ですの?」
尋問のような問いかけにアレハンドロは若干引きながら答える。
「2ヶ月後で、主演はライム……」
「それ!!」
「アンネを誘ってくださいまし!!」
「……??」
再び言葉を遮った私とラナージュのテンションの高さに圧倒されながらアレハンドロは頷いた。
やったー! 良かったー! と、ラナージュとひとしきり喜びあってからふと思ったんだが。
おそらく目を丸くして私たちを眺めているアレハンドロも同じ気持ちだろう。
いいんだ!?
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