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12話⑵【マラソン】

 

「マラソンなんて、なんの必要があってするんだろうな?」


 私は走りながら隣のアレハンドロに話しかけた。


「適度な運動は健康維持に必要だからな」


 同じく走りながら、そっけなく答えられる。


(そりゃそうなんだけど……)


 私は前方を走る生徒と後方を走る生徒を見比べる。

 私とアレハンドロあたりを境に、やる気がある生徒とない生徒でぱっかり分かれている。

 

 現在、日本でいう体育の授業中だ。

 体育は大体が何クラスかで合同授業をするため、今回は違うクラスのアレハンドロ、バレット、ネルスもめずらしく一緒に授業を受けている。


 夏休みが終わって鈍った体に鞭を打つように、教師が広いグラウンドでマラソンの授業を始めた。


 いや、教師が始めたのではなくそういうカリキュラムなのだろうが。外にいるだけで辛い時期は過ぎたとはいえ、まだ暑いのに。

 やるなら冬にしてくれ冬に。


 私は元の世界では持久力がなく、正直マラソンとか滅べばいいと思っていた方だった。

 みんなが走り終わった中、ダラダラ走らないといけない方の身にもなれよ焦るしつらい。


 今は本気は出さず友人に合わせてほどほどに走り、短い言葉を交わす余裕がある。

 そういうところもこのハイスペックな体の良いところだ。

 喋りながら走っていて、それでも早かった子たちはこんな感じだったんだろうな羨ましい。

 

(どう考えても、騎士の家の子たちばっか頑張ってて、貴族や商人の子はよっぽど自信がないと本気出さないんだよなー)

 

 前方でバレットとエラルドを先頭に騎士階級の体力自慢たちが真剣な顔で走っているのに対し、後方では貴族階級、豪商の子らが話しながらのんびり走っている。


 人のこと言えないけど本当にやる気ないな。


 アレハンドロが割と真面目に走っているので、私もついでに貴族の中では前の方にいるのだ。

 さすがにバレットと競うように走っているエラルドに合わせて走る気にはならない。疲れる。


 貴族は基本的には汗水垂らして何かする、というのが格好悪いという風習があるので仕方ないといえば仕方ないのだが。

 私を含めこんなにやる気がない人間ばかりなのに走る必要がどこにあるのか。


 そういえばお貴族さまの健康的な運動のためだってさっき皇太子さまが言ってたんだったわ。

 

 ぼんやりと取り留めのないことを考えながら走り終わり、先頭集団が休憩しているところに歩いて行く。

 走り終えると、走っていた時よりも心臓の音が大きく聞こえ、全身が脈打つ感じがする。

 これ以上スピードを出したら喉とかが痛くなってくるんだよなぁ。


 そして今は疲れよりも、汗が背中に伝う感じが気持ち悪くて気になる。

 みんなが休憩しているグラウンドの端には木のベンチがあり、その上にタオルと金属の蓋付きボトルに入った飲み物が人数分置いてあった。


 本当に至れり尽くせりな学校だ。


 アレハンドロと2人でそちらに体を向けると、とっくにゴールしていたエラルドが白いタオルと飲み物のボトルを持ってやってきた。


「殿下!いつも一緒にいる生徒が多分殿下より遅くなるからこれ頼むって!」


 ニコニコと差し出されると、肩で息をしながら黙ってアレハンドロは受け取った。

 お礼を言えお礼を。


 そういえばこの皇太子さまはいつもお取り巻きにこういうのを取りに行かせてたな。

 良いご身分だそのくらい自分でやれ。

 内心呆れながら横を見る。

 

 体操服代わりのシンプルな白い半袖の襟付きシャツに黒いズボン。

 長い髪は舞踏会の時のようにポニーテールにしてあり頸がチラついていて、ところどころ髪が汗で肌に張り付いている。


 額の汗を拭いながらボトルに口をつけているだけでとても絵になる。

 本当に毎日見ててもビジュアルがいい。


 私の思考はあっさりと呆れから感嘆へと変わっていた。

 

「……なんだ?」


 タオルを片手にアレハンドロが横目で聞いてくる。

 流し目とても良きーっ!


「か」

「顔が良いと思って、だろ? シンも飲めー!」


 頬に冷たいものが当たる。

 まさに言おうとしたことを笑いながらエラルドに被せられた。

 この会話、入学してから100万回はしてるからな。仕方ないな。


 私は飲み物くらい自分でとってこられるのに、わざわざ私の分まで持ってきてくれたらしい。頬に押し当てられたものを受け取って礼を言う。

 爽やかすぎる大好き。


「シンって本当に殿下の顔が好きだよなー」

「誤解を生む発言はやめてくれエラルド。エラルドの顔や身体の方が好きだ」


 楽しげに笑っている顔は最高だったし言われたことは事実だったが、思わず否定的な言葉が口から出てきた。

 そして続けた言葉は普通に気持ち悪い。


 私が今、エラルドと同い年のイケメンじゃなかったら許されない。ごめんエラルド。


「貴様の発言の方が要らぬ誤解を生むぞ。ただでさえ男色の汚名を着せられたのを忘れたのか」


 自分の容姿に自信がありすぎて、私の言葉に心外だという顔をしながらアレハンドロが言う。

 その通りだな。身体っていうかスタイルが好きっていいたかったんだ許してくれ。


「その汚名とやらは別にどうでもいいがお前と何かあると思われるのはごめんだ」


 謝罪するとなんだか気持ち悪いことを言ったと改めて伝えることになる気がして、今回はスルーすることにする。


「エラルドならいいのか?」


 ボトルの蓋を開けて口をつけた時、いつの間にか近くに来ていたバレットが私にタオルを差し出してくれながら真顔で首を傾げた。


 半袖を肩まで捲って剥き出しになっている筋肉質な二の腕が眩しい。

 なんだこれ騎士さまたちがめっちゃ世話してくれる。


 ありがたくタオルを首に掛ける。その端っこの方で汗をかいた髪の生え際やら顔全体を柔らかく拭く。

 ふわふわしたタオルの感触が気持ち良い。


 本当は服を捲ってお腹や背中も拭きたいけど流石に我慢だ。


 私は一息つくとにっこりとバレットに返事をする。


「エラルドは幼児じゃないからな」

「貴様さっきから無礼にもほどがあるが?」


 ボトルをギリギリと握り締めてアレハンドロが眉間に皺を寄せる。

 すぐに怒鳴らなくなって成長成長。


「はいはい」


 私はパタパタと手を振って適当にあしらう。

 

 しばらく雑談している内に、後方集団がゴールしてきた。

 大体の生徒が本気ではないので終わった後も話しながら歩いてくる中で、何人か膝に手を置いて荒い息を繰り返す生徒がいる。


 その内の1人がネルスだった。


 運動が苦手で体力もあまりないネルスはしんどかっただろう。頑張って走り終えたことを褒め称えたい。

 そう思って眺めていると、ネルスの方がこちらに気づいて小走りでやってきた。


「あ、ネルスが来た」

「で、殿下早かったんですね……!流石です!」


 すでに呼吸も落ち落ち着き、汗も引いてきて涼しい顔をしているアレハンドロに明るく話し掛けた。

 笑顔だが脇腹をさすっているし、汗だくだったのでタオルと飲み物を持ってきてあげようとベンチへ足を向けたその時。


「ネルス、体調でも悪いのか?」


 バレットが腰を屈めてネルスを覗き込んだ。

 ネルスはキョトンとそれを見上げた。

 いやいや、顔近っっ!


「……ん?」

「遅すぎだろう。お前は真面目だから他の貴族連中とは違って、授業中に手を抜かない」


 表情からは分からないが、おそらく心から友人を心配している悪意の無い声だ。


 あー!これだから運動能力高いやつはー!

 頑張った子の傷を抉るー!


「あ、いやバレット。ネルスは……」


 本気で走ってこのスピードなんだと言ってしまって良いものが迷う。運動音痴には運動音痴なりのプライドがある。

 でもネルスは運動は苦手だと前にバレットに言っていた気がするから今回も自分で言うだろうか。

 

「え、え……と、その……た、大したことない!ちょっと朝から風邪気味なだけだ!」


 見栄張っちゃったー!!


「医務室に行った方がいい。顔も真っ赤だし汗もすごい」


 それはみんなに置いてかれないように全力で走ってたからなんだよバレット。

 お前には分からないかもしれないけど、ぺちゃくちゃ喋りながら走る集団について行くのがやっとの人種も居るんだよ!


 ネルスは笑って両手を左右に振る。


「気にしないでくれ!君だって走ったらそうなるだろう?」

「あのスピードではそうはならない」


 淡々ととどめを刺すなー!

 誰かこの子を黙らせてくれ。

 

 本当のことをいうべきか迷いながら他の2人に目線をやる。

 アレハンドロは飲み物に口をつけながら目線を逸らし、エラルドは苦笑いしていた。

 2人とも私と同じく、なんと声をかけたものかと困っているのだろう。

 

 ネルスは笑顔のまま俯いてしまう。


「……そうか……とりあえず、みんなが走り終わるまでは休憩する」


 そう言って私たちに背中を向け、人が集まっている日陰の方へと歩き出す。

 

「酷くなったら言えよ」

「ありがとう」


 バレットが後ろから声を掛けたが、振り返らず声だけが帰ってきた。

 

「……やっぱり様子がおかしい……」


 離れて行く華奢な背中を見送りながら、腕を組んでバレットが呟いた。

 体調不良じゃなくてお前のせいで元気が無いだけなんだよ!

 悪気がないことは本人も気をつけにくいから厄介!

 ネルスは可哀想だけどここまでくると笑えてきた。


「バレット、バレット」


 私は筋肉のついた腕を控えめに叩いて声を掛ける。

 この年でこんな筋肉ついてて大丈夫なのかな。

 これもっとちゃんと触ってみたいなー。セクハラになるかなぁなるよなぁ。


「なんだ?」


 目線をこちらによこしたバレットと視線が合う。

 私は一瞬頭をよぎった邪な思考を振り切って、眉を下げながら微笑んだ。


「ごめん、何と言えばいいのか分からなくてタイミングを逃したんだが……やっぱり言っておく。実はな……」

 

 

 私はネルスがおそらくベストコンディションで本気で走って、さっきの速さなのだと説明した。

 アレハンドロとエラルドは、


(そうだろうな)


 という顔をして無言で頷いている。

 が、バレットは普段あまり動かない表情筋を大きく動かし、信じられないという顔をして固まってしまった。


 いやそんなにか。

 ネルスには悪いがやっぱり面白いわ。

 

 しばらく動かなかったバレットだったが、正気を取り戻すと、ネルスの方に駆け寄っていったのだった。


お読みいただきありがとうございます!

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