11話⑵【帝都】
陛下の許可を貰って、アレハンドロと2人で城下町まで出掛けられることになった。
でもやっぱり護衛はこっそり邪魔にならないようについてくるらしい。仕方ないな。
町へ行くための馬車に乗りアレハンドロと2人きりになると、私は大きく胸を撫で下ろす。
「皇帝陛下の前で雷を落とされなくてよかった……」
いつも私に対して穏やかな表情ばかり見せているデルフィニウム公爵から怒りというか、躾けなければのオーラが出ているのを感じて冷や汗をかいた。
当然といえば当然なのだが慣れていないから。なんせ怒らせるようなこと基本的にはしないからな。
弟や妹はびっくりするくらい父にも母にも教育係にも叱られているけど。
嘘、びっくりしない。毎日毎日同じことで叱られてなんぼだ子どもなんて。
「貴様でも父親には頭が上がらないのか」
目の前にいるアレハンドロが憎たらしい表情でニヤニヤしている。顎に手を添えて、弱点を見つけたとでも言いたそうな顔だ。
アレハンドロの癖に。なんだか悔しい。
「うるさい。普段はあんなボロは出さないし叱られることもないんだ。お前だって皇帝陛下の前では恐ろしい猫被りじゃないか誰ださっきのは」
大人しく静かで、始終穏やかな物腰で話していた。
デルフィニウム公爵に敬語だったので、彼が逆に慌ててしまったくらいだ。それに対しては、
「今日は家臣としてではなく、友人のお父上として接したいと思っております。わざわざお越しいただきありがとうございました」
ときた。本当に誰だお前。
「私のおかげで助かったんだろう。感謝しろ」
確かに、アレハンドロが「私が学友としてそう呼んでほしいと言っている」と伝えてくれたので、父の説教を聞かずに済んだのだが。
私が勝手にいきなり呼び捨てにしたなんて真実は伝えられない。
賑わう城下町に着いて2人で並んで歩いていると、やっぱり目立つ。
仕方ないけどアレハンドロと居るとどこでも目立つ。
貴族的な服装は、この辺りは貴族が出入りする店も多いので特に問題はないのだが。
テレビや写真がないので地方に住む人たちは貴族ですら一部しか知らないが、流石に王都の城下町の人々は皇太子の外見の特徴を知っている人が多いだろう。
銀の長髪に褐色肌。
銀髪も長髪も褐色肌も別に珍しくはないのだが、全部揃うとなかなか居ないのだ。
道ゆく人が振り返っていく。
そしてヒソヒソと何か言い合っているようだ。
「お前はいつも大変だな」
「貴様も自分の領ではこんなものではないのか」
「お生憎様。私の領はもっと気さくに話しかけてくる人が多いんだ」
「人望があるな」
「どちらかというと土地柄だ」
そんな風に言い合っていると、前方にちょっとした人集りが出来ているところがあった。
トラブルの予感がするのでこのまま回れ右をしたい。
「だーかーらー!後これだけだから見逃してくれってー!」
「規則は規則だ!昨日までという届け出だっただろう!いくらお前でも見逃すわけにはいかない!」
「じゃあ兵士のお兄さんが買ってくれよー!頼むー!」
少年と大人の男性が騒いでいるような声がする。
私はすぐ通り過ぎてしまおうと思っていたのだが、やはり気になりすぎてちょっと覗こうかなとアレハンドロの方を見た。
居ない。
嘘だろどこ行った!?さっきまで隣にいたのにやっぱり2歳児なのか!?
私が慌てて周囲を見渡すと、
「何があった」
人だかりの中心に瞬間移動していたらしい。
年齢は20代くらいだろうか。
青色の軍服を着た見回り兵士のお兄さんは当然驚いて口をぱくぱくさせている。
「え、あ、え!?ど、どうして貴方様が」
「私のことはいい。同じ質問をさせるつもりか?」
いつも通りの尊大な態度で腕を組むアレハンドロに、兵士のお兄さんはビシッと音が鳴りそうなほど背筋を伸ばした。
「い、いえ! 失礼いたしました! 実は……」
「お! 貴族のお兄さんか!? 丁度良かった! 彼女やお母さんにお花とかどうだ?」
なかなか最後まで話をさせてもらえない兵士さんだ。
相手が誰か分かっていない様子で元気に話しかけているのは、麦わら帽子からオレンジ色の短い髪が覗いている少年だった。
12、3歳だろうか。
頬の絆創膏、健康的で真っ黒な肌。
黒いノースリーブから少し見えている肌の色は出ている部分に比べて白いので、日焼けをしているようだ。いかにもわんぱく小僧という雰囲気の少年である。
どうやら、花の露店を開いていたのを咎められているらしい。
会話から察するに、店を出す許可を昨日までしかとっていなかったのに今日も店を開いてしまっていたのだろう。
それはまぁ、ダメだとしか言いようがないだろうな兵士のお兄さんも。
少年のダークブラウンの大きい目が、アレハンドロを見つめている。
見つめ返している深緑の目が細められた。
「私に言っているのか」
「そう! 綺麗だろ? あ! 美男だからお兄さんの髪に飾っても似合うぜ!」
明るい笑顔と声で水の入った器に挿してあった赤い花をアレハンドロに差し出している。
全く物怖じする様子がない。
おそらくこの国の皇太子のことを知っている大人たちは心の中で叫び声を上げているに違いない。
兵士のお兄さんが真っ青な顔でわなわなと唇を震わせ、少年の首根っこを掴んだ。
「おおおおお前!このお方は……!」
「いや、いい」
アレハンドロは再び言葉を遮り、人だかりを掻き分けながら近づく私の方を見た。
「おいシン。デルフィニウム邸に飾ってある花は足りているか?」
(普通に足りているが?)
自分が自由に出来るお金がないからってこっちに急に話を振るんじゃない。
だいたい勝手に側を離れて勝手に何をしているんだ!危ないだろう!
説教したいところであったが、そんなことより少年が期待の眼差しを今度はこっちに向けていた。
このキラキラおめめは裏切れない。
私は並んでいる色とりどりの花を見た。
「後これだけ」とは言っていたが大きな花束を10束は作れそうな量なんだが。
「……そうだな。じゃあそこにある分、全部貰おう。そうすれば店仕舞い出来るだろう」
一瞬迷ったけれどやっぱり格好つけることにした。余裕で買えるし家は広いから置き場所もあるはずだ。
ごめんメイドさん執事さん、なんとかしてください。
「やったー!ありがとう金髪のカッコイイお兄さん!これで買いたい本全部買えるぞー!」
本。
その感じで買いたいものが本。
文字通り飛び跳ねながら喜ぶ少年の意外性が微笑ましい。
人は見かけで判断できないな。
かわいいから好きな本なんでも買ってあげたくなってしまう。
我慢。
◇
「一体どういう風の吹き回しだお前」
私は持ち歩くには多すぎる花たちを貸し馬車に預けて王都の別邸に届けるよう依頼した。
そして赤い花を銀髪に飾ってやろうとしたら手を叩かれた。似合うのに。
「別に。気まぐれだ」
アレハンドロは馬車を見送ると素気なく先に歩いて行った。
早足で追いかけながら文句を言う。
「気まぐれで大量の花を買わされた私の身にもなれ。誰が世話をすると思っているんだ」
別に私はしないけど。
「どうせお前なら私が言わなくても買っただろう」
私のことを聖人か何かだと思ってるぞこの子。
実際、事情を聞いたら買ってしまっていたかもしれないがその手には乗らない。
「私は花代を要求する」
もちろん本当にお金を払えというわけではない。
絶対何か理由がありそうだからそれを話せと言っている。
じゃなきゃあんな優しいことするかこいつが。
どうやら伝わったようで、大きくため息をついてからポツポツと話し始めた。
「夏休み中、この暑い中ずっとあそこで花を売っているのが公務で移動中の馬車から見えていた」
ほら、なんかあるんじゃないか。
そういえば私も昨日、馬車から花を売る少年が見えていたのを思い出した。
「へぇ……花に魔術をかけて長く保たせてるのかもな。それで?」
「それだけだ」
早々に話を切り上げようとするアレハンドロの腕を掴んでにっこりと笑いかける。
ものすごく嫌そうな顔をされた。
「もう少し詳しく話してくれないと花代には足りないな」
なんだか萌の予感がする。逃してなるものか。
「貴様、いい度胸だな」
本日2回目の大きなため息を吐きながら再び口を開いた。
以下、アレハンドロ目線でお送りします。
1日だけ朝からずっと雨の日があった。
私は公務の関係でこの辺りで一番大きい図書館へ行っていた。
学園の図書室でアンネが落下したことがあったが、同じようなことが他の図書館でも起きているのか、もしあったとしたらどう対策をとっているのかなどを調査に来たのだ。
そこで、さっきの花売りが居た。
花を売っているときは大口を開けて笑っている姿ばかりが見えていたが、図書館では何冊もの本を読みながら静かに真剣に勉強をしていたのだ。
そのイメージの差に驚いて、少し長く目に留めてしまった。
そうすると、図書館の責任者が私の目線に気がついたのか、何も聞いていないのに話し始めた。
「あの子、学校が休みの時期に農作物を売りに来ておりまして。その間、王都に滞在して勉強してるんですよ」
その口調や柔らかい表情から、ずっと少年を見守ってきた愛着のようなものを感じる。
もしかしたら親しいのかもしれないし、白髪混じりのこの男の孫などと同じくらいの歳なのかもしれない。
「……今回は花を売っていたな」
「ご存じでしたか。郊外の農村の子なのですが、なんでも殿下も通っていらっしゃる学園を目指しているんだとか」
どうやら特待生を狙っているらしい。
片道3日ほどかかるという農村からやってきて、昼間は農作物を売り、夕方から図書館が閉まるまで勉強し、おそらく宿でも夜中まで勉強しているのだという。
今日は雨で店が開けないため、朝からずっと図書館にいるのだそうだ。
無謀だと思うと同時に、机に齧り付きそうな勢いで勉強に励んでいるその姿が、毎日街の図書館に通い詰めて勉強したのだと言っていたおさげ髪と重なる。
大きな図書館がある街に住んでいた分、あいつの方がまだ環境に恵まれていたようだ。
そもそも図書館で独学、というのが私の想像の範疇を超えてはいたが。
あの学校に入るための勉強をするには、平民が学ぶ一般的な学校の教師の指導力では追いつかないのだろう。
幼少期から充実した教育を受けている貴族や大商人の子女の中で、1位の成績を誇るアンネのようなやる気に満ち溢れた才能が平民の中に眠っているのだとしたら。
「平民からの人材の発掘や育成も今後の課題だな」
思わず溢れた言葉に、図書館の責任者は首を大きく、何度も縦に振った。
◇
「と、いうわけだ。花代には足りたか。」
「お釣りがくるレベルだ。昼食は奢ろう……」
照れくさいのかぶっきらぼうな声で話し終えたアレハンドロの肩を叩きながら、私は空いている手で顔を覆って俯いていた。
尊い。
日銭を稼ぎながらコツコツと勉強しているあの子も、それを見てアンネを思い出して応援してあげたくなったアレハンドロの成長も。
尊い。
「あの子に財布ごと渡せば良かった……村に図書館建ててあげたい……」
やろうと思えばそれが出来る立場が恐ろしい。
「学費援助や入学の推薦をするとかではなくか」
「それは何か違う気がする……」
いやもう分からない。
そういう金に物を言わせることをして喜ばれるのか。
その努力する姿に美しさを感じるのはこっちの勝手な都合な気もするしでもでも!
「その子の能力がどんなものか分からないからな……」
財布ごと渡したかったとか言いつつ冷静な自分がいる。
アンネほどの学力が身に付いているのかも謎だし。そんだけやってて身に付いてないなんてこと無いと思うけど。
でもそもそも貴族はそんな努力してなくても入学できるんだよな。
その努力だけで正直100点中100億点満点だな。
「直接入学させてあげるより、勉強できる土台をなんとかしてあげたい気持ちだな」
「私も同意見だ。貴族が優遇されすぎている気がしてきた」
今更か。気づいてよかった。
「そこの改革は恐ろしく大変だろうから準備をきっちりして気長にな」
私は知っている。
そういうのは揉めに揉めて血を見るんだ。
歴史の教科書でも創作物ですらだいたいそうなんだ。
頑張れアレハンドロ。
私はその頃もう居ないしどうせ居ても政治の役に立たないからね!
◇
アレハンドロと街をうろちょろして夕方には宮殿に戻った。
街を歩きながら喋ったりお店に入ったり、楽しい時間を過ごした。
デルフィニウム公爵の場所を聞くと、皇帝と2人で庭に居るらしい。
仕事の息抜きデートかな。
庭ってどこからどこまでが庭なんだろうと思っていると、アレハンドロには心当たりがあるらしくついていくことにした。
たどり着いたのは、煌びやかな花が咲いているわけではない、木に囲まれた緑の芝生がある場所だった。
(静か……木陰で昼寝しやすそうな場所だなぁ)
そう思って木陰を見ると、丁度、皇帝が大の字になって寝ていた。
その横では木の幹に背中を預けてデルフィニウム公爵も目を閉じている。
私はアレハンドロと顔を見合わせた。
まさかの父親2人でお昼寝中だ。
腕枕とかしててくれたらもっと面白かったのに。
「……お父様の寝顔なんて久々に見た……」
小さな声でアレハンドロが言葉を落とす。
やっぱりお父様って呼んでたんだ。
忍び足で寝ている2人に近づいていく。
ピクリとも動かない。
完全に眠りに堕ちている。
「お疲れなんだろうな、2人とも」
囁くとアレハンドロが深く頷いた。
デルフィニウム公爵と合流して帰る予定だったが、もう少し後でもいいだろう。起こすのが可哀想だ。
私は皇帝の真似をしてゴロンと芝生の上に横になった。芝が冷たくて気持ち良い。
夕方になって、日陰が大きくなりとても心地の良い時間帯だ。
驚いた顔のアレハンドロが見下ろしてくる。
私は笑うと、ぽんぽんと隣を叩いた。
「気持ちいいぞ」
「学園じゃないんだぞ」
呆れたように言いながらも、口元を緩ませてアレハンドロが隣にやってきた。
寝転びながら見る横顔も整っていて眼福だ。
穏やかな表情と声でアレハンドロが口を開いた。
「子どものころは王都に来ると、よくここで3人でのんびりした……」
今も子どもだろお前は、と思いながらまだまだ明るい空を見上げる。
3人、というのは皇帝皇后、そしてアレハンドロだろうか。
「最近はしていないのか?」
「即位なさってからは、忙しかったからな。両陛下も、私も……」
即位されたのは確か私が10歳の時だから、アレハンドロも10歳か。
現皇帝は本来なら皇位継承順位第5位だった。ゴタゴタがなければおそらく皇帝にはなっていない。
なる予定もなかった皇太子に急にならされて意味不明だっただろうな。
この子の情緒が安定しない理由はなんとなく思春期と皇太子としてのプレッシャーとかかなーとか思っていたけれど。
私には想像もつかないストレスだ。
大変さを共有出来なくて申し訳ないなと思いながら隣を見ると、目を閉じてしまっている綺麗な顔があった。
(寝るの早っ!)
さっきまで喋ってたのに!やっぱり幼児なのかもしれない!
とは思うものの、気持ち良すぎて私も眠くなってきた。
今日は暑い中歩き回ったせいだろうか。
それとも、この心地よい陽気と芝の匂いのせいだろうか。
体も瞼もどんどん重くなっていって、私の意識は途切れた。
◇
ふわふわふわふわと体が浮いているような感覚があった。意識は少し浮上しているのだが、まだ体が動かない。
こたつで寝てしまった時に親が布団まで連れて行ってくれてる時のような、そんな感じだ。
(気持ちいいからこのまま寝たふりしちゃお……)
目を閉じたままでいると声が聞こえくる。
「アレハンドロ、いつの間にこんなに重くなってたんだ……! 最後に抱いたのは即位直前くらいだったか? 急に抱いたりおぶったりを嫌がるようになったから……」
笑いの混じった、おそらく皇帝の声。
疲れているであろう両親への遠慮だったんだろうなそれ。
逆に抱っこさせてくれよ疲れてるんだから癒しをくれ。なんて子どもには分からないしな。
「10歳ころになればそうなんだろうな。シンは……赤ん坊のころしか抱いたことがないな。抱いてほしいとも言ったことがない。下の2人は随分長いこと甘えていたものだが……特に娘なんて未だに」
デルフィニウム公爵の苦笑する声が聞こえる。
下の2人が標準です多分。私は自分で動けるようになったら抱っこ必要なかったんだよ。
ハグには付き合ったけども。
微睡みながら2人の会話を聞いていて、何か違和感を覚えた。
が、ベッドに寝かされた感覚と共に再び夢の世界へ旅立ってしまった。
どのくらい経ったのか。
私はアレハンドロの、
「なんで貴様がここにいるんだ!?」
と言う声で目を覚ました。
デジャブか。
「え? なに? ここ、どこ?」
私は寝ぼけていてキョロキョロするしか出来なかった。
窓の外はもう暗い。
2人して状況把握できないでいると、皇帝とデルフィニウム公爵が食事しながらこちらを見て、爆笑しているのが目に入った。
「ようやく起きたか!」
「2人とも年相応な表情で何よりだ!」
アレハンドロと唖然と顔を見合わせる。
さては酒が入ってるなこの人たち。
まぁ、楽しそうだからいいか。
ゲラッゲラ笑うおっさんたちを見ながらつられて笑った。
あ、違和感わかった。
デルフィニウム公爵、陛下にタメ口きいてたわ。
私には雷落としそうな顔してたくせに。
その辺の事情を後で根掘り葉掘り聞いてやるから覚悟しておけ。
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