11話⑴【帝都】
楽しい夏休みに突入した。
家ではかわいい弟と妹がいるしなんのトラブルも起きないし最高だ。
課題もサクサク済ませてのんびり過ごしていた。
この世界の課題に日記とか読書感想文とか絵を描くとか、ただでさえ宿題は腰が重いのに考えるだけで面倒なやつが無いのが素晴らしい。
とはいうものの、私の世界でも流石に高校ではそんなの無かったかもしれない。もう全く覚えていない。
暑い日が続いていたので、涼しい地域にある別邸に滞在しにいったりも出来た。
金持ち貴族最高である。
そして夏休みも終盤になった今、私はこの国の首都に父親と2人でやってきている。
そう、アレハンドロに会うために。
首都ガルディート。
この世界で最も大きく最も栄えている土地だ。
今は落ち着いているけれど、昔、戦争でどんどん国土を広げていって、この帝国がこの世界で一番大きくなったらしい。
私の世界の知識で言うと「太陽が沈まない国」といった感じだろうか。
馬車の小窓から外の大通りを見ると街が活気付いているのがわかる。
石畳みの道の両側には色々なお店の看板が並んでいて、道行く人たちは煌びやかな服を着ていて。
大道芸人や食べ物の移動販売の荷車、花を売る少年、昼間から酔っ払っている人、見回りの兵士。
どこの世界も都会は賑やかだ。
私の育った領土も国一番の商業の街だから賑やかだが、雰囲気がなんとなく違う。正直に言うともっと喧しい感じなんだうちの領の街。
東京と大阪みたいな感じだろうか?
(街にアレハンドロと出られないかな?さすがに無理かな……)
美味しそうなパン屋さんの横を馬車で通り過ぎながらぼんやりと考える。
とても良い匂いがした。
「どうした? 疲れたのか?」
不意に声を掛けられた。
窓から目を離して正面に座る声の主の方を向く。
ウェーブがかった金色の髪を頸の辺りで一つに束ねた、碧眼色白の美男。
親子とはいえこんなに似るものなのかと驚くほどそっくりなこの世界での私の父、デルフィニウム公爵。
私は21の時の子供なので現在は36歳。
産まれてすぐに彼の顔を見た時、こんな若いイケメンが父親だと!?となってビビりまくった記憶がある。
21歳って、まだ坊やじゃないか。
「いえ、相変わらず楽しそうな街だと思っただけです」
「そうか。行きたいところがあったら明日は好きに動いていいぞ。陛下の許可が出たら殿下もお誘いしてみると良い」
「ありがとうございます」
穏やかに微笑む顔のいい男の人に満面の笑顔を向ける。
ラッキー!察しがよくて好き!
まぁどうせ護衛付きなんだろうけども。
アレハンドロと護衛を撒くとかいうヤンチャもしてみたい気がするが、さすがにその勇気はない。責任とれないし。
こういう時は、本当に15歳だったら向こう見ずなことも出来たのかなぁと寂しくなる。
大人のつまらんところだわ。
◇
王都にあるデルフィニウム邸で1泊し、今日はいよいよ皇帝陛下のいる宮殿に向かう。
宮殿の周辺は貴族の別邸が並んでいる。
馬車同士がすれ違う時には軽く挨拶し合った。
この辺りで出会う人たちはだいたい貴族だ。
治安維持のために道に立っている人たちは、通常の兵士ではなく、騎士と呼ばれるエリートたちである。
宮殿に近づくにつれ、同じ方向に向かう馬車が増えてくる。
そんな中、私たちの馬車に気がつくと、前の馬車が端に寄ったりして道を譲ってくれる。公爵家ってすごいなぁとこういう時にはヒシヒシと感じる。
学校だとあまり分からないんだ。
私が気遣わないでくれって言うせいもあるけれど。
そんなわけで、ようやく宮殿に着いた。
前回来た時は確か10年前だったので忘れていたが、ゴツくて豪華な門をくぐってから建物にたどり着くまでが長い長い。
馬車で出入り出来て良かった。この広い芝生の庭、必要ある?って途中で思ってしまうくらい長かった。
敷地内に人工的で真っ直ぐな川が流れているし。
トイレに行きたい時だったら最悪だなという庶民の心を忘れない感想を抱いた。
とはいうものの。
庭園も川もその川沿いの舗装された道も美しい。
今、目の前にあるお城は全体が白っぽい石造りの建物だ。
形はドイツのノイシュバンシュタイン城というよりはフランスのベルサイユ宮殿。
あれ、学校の時もベルサイユ宮殿て思ったな。想像力のボキャブラリーがないな。
お城なんて同人誌の資料で見るくらいだから仕方がない。
日本のお城は旅行でよく観たけれど。
とにかく、縦よりも横に広ーいタイプのお城だ。
デルフィニウム公爵は皇帝陛下に用事があると言っていたので、まずは謁見の間に行くのかな?王座に座る皇帝陛下が見られるのかな?とワクワクしていたが、
「皇帝陛下の執務室にご案内いたします」
と、案内の人に言われてしまった。
内心とてもガッカリだった。
執務室も気になるけども。
家にあるデルフィニウム公爵の執務室とそんなに変わらないだろう。
と思っていたのだが。
(き、金ピカだ……!)
床も天井も机も座り心地良さそうな椅子も本棚も、来客用であろうテーブルとソファも。
全て全てゴールドで統一されている。
そのギラッギラなところ以外は、大きな窓の前に仕事用の机があり、部屋の真ん中にはテーブルがあり、ザ・執務室!といった感じなのだが。
なんせ金ピカだ。
こんなところでよく仕事が出来るな。
皇帝の趣味なのか?
豊臣秀吉と気が合いそうだな。
お部屋についての感想は顔に出さないようにしながら、デルフィニウム公爵の一歩後ろをついていく。
呼ばれた割にはこの部屋の主はここにはいなかった。
「申し訳ございません。すぐにいらっしゃいますのでお待ちください」
と言われて、テーブルの前に立って待つ。
すると、ドタバタと足音が聞こえてくると共に大きな音を立てて勢いよく扉が開いた。
「久しぶりだなデルフィニウム!!」
よく通る声が部屋に響き渡った。
満面の笑顔で姿を現したのは、当然皇帝陛下だ。
アレハンドロと同じ銀色の髪、瞳の色は濃い灰色。肌は日に焼けているが褐色というほどではなかった。
年齢は確か今年で40歳。
全体的な顔の作りはアレハンドロに似ている気がするが、筋肉質な大きな体、無造作に跳ねている短い髪と明るい表情や豪快な空気感のせいで全然印象が違う。
デルフィニウム公爵と私は揃って頭を下げた。
すると、
「堅苦しい挨拶は無しにしてくれ!私とお前の仲だろう!」
と、近づいてきた皇帝が公爵の背中をバーンと叩いた。
とっても痛そう。
「……陛下……ご機嫌、麗しそうでなによりです……」
それでも笑顔を作っているデルフィニウム公爵すごい。
というか、「私とお前との」ってほど仲が良かったのか。
今まで会った時にはサラッと挨拶する程度だったから知らなかった。
その時は公の場だったから遠慮したんだろうか。
デルフィニウム公爵が顔を上げているので私も上げてしまう。
皇帝はじっと私の顔を見た。
「懐かしい顔だ。この年の時のデルフィニウムにそっっっくりだな!可愛らしい5歳の姿の記憶しかないが、立派に育ってなによりだ」
長らく会っていない親戚の子を相手にしているように頭を撫でられた。
「は、はい。ご無沙汰しております……?」
このおじさんの勢いが凄すぎて、色々考えていた挨拶が吹っ飛んだ。
二次元だとすごく好きなタイプなんだけど目の前にいると圧倒される。
「アレハンドロが世話になっているようだ!迷惑をかけていないか?」
本当にお世話してるし迷惑掛けられてます。
と、言うわけにはいくまい。
「いえ、とんでもございません。こちらこそ殿下にはお世話になっております」
よし!無難に笑顔で返せたぞ!と思ったのに、
「アレハンドロは世話しないだろう!」
と、ゲラゲラ笑っている。
うんまぁ人の世話するタイプじゃないけどそういうことじゃなくない?
こんなやかましいおっちゃんだったかなぁ。
5歳の頃に出会った時は、まだ皇帝にはなっていなかった。
そもそも、皇太子ですらない人だったのだ。
私が前回この宮殿に来たのは、故人に対してこう言うのもなんだが、傍若無人で有名だった前皇帝が「魔術の天才を見てみたい」と言いだしたからだった。
いくつか魔術を披露したところとても気に入られてしまって、
「今すぐ余のものになれ」
と。
(いやおっさん言い方悪すぎだろ気色悪いわ)
と呆れながらも、子どもらしくキョトンとした後、父親の方へ逃げようとした。
が、捕まって軽く抱き上げられてしまった。
暴れても大人しくしても身に危険がある気がして、この時ばかりはさすがの私も焦った。
アラフォーくらいの大柄の男の人に迫られるのは元の私でも普通に困るし怖い。
大人と子どもの体格差が更に恐怖を煽る。
こんな、いつ刺されてもおかしくなさそうな男の側で魔術師なんてしていたら命に関わりそうだからなんとしても避けたい。
デルフィニウム公爵は「まだあまりに幼いので」と断ってくれたのだが、前皇帝は言い出したらきかない人だった。
はっきり言って暴君だ。
パワハラ上司に逆らうのが難しい公爵が困っていると、
「兄上、シンはしっかりしているようだが5歳ではまだ親元を離れられんさ。精神が不安定になってこの膨大な魔力が暴走したら一大事だぞ」
と、笑いながら割って入って庇ってくれたのが前皇帝の5番目の弟だった現皇帝だ。後光が差して見えた。
(そうだそうだもっと言え!)
そうなったら余の他の魔術師たちが始末すればいいなんて、子ども本人やその親の前で言っていたのを
「相変わらず最低な人で無しだな!」
と、スパンとぶった斬って喧嘩を売っていた。
その言葉と同時に私は現皇帝の腕の中に取り返されていた。
「好きー!!」
ってなったし私がデルフィニウム公爵の立場だったら忠誠を誓っちゃうな。
もしかしたらこの後に2人は仲良くなったのかもしれない。
そんな人だから基本的には中央の政には参加させて貰えず、地方を色々回っていたと聞いている。
男の子に恵まれなかった前皇帝が病気で亡くなった際には何やら色々派閥闘争やらなんやらあったらしいが、最終的に今の皇帝がその闘争を収めて即位した。
思い出してみると、状況が状況だけにやかましいとは感じなかったけど、やかましそうな要素はあった気がしてきたな。
でも好き。
「陛下、部屋の外まで声が響き渡っていらっしゃいます」
完全に気圧されて色々考えている中、約1か月ぶりに聞く声が聞こえた。
振り返ると、澄まし顔のアレハンドロが扉を閉めながらこちらを向いていた。
「アレハンドロ!……さま」
間違えた。
アレハンドロ殿下とか皇太子殿下とか言わないといけない気がする。
なんだか嬉しくなってつい口が滑った。皇帝の執務室なのに。
ヤバいかなー、と思いながらアレハンドロを見ると、私の気持ちを察したのか、余裕のある笑みを浮かべられてしまう。アレハンドロの癖に。
皇帝はなんだか嬉しそうにニコニコしているが問題は、
「シン。お前に限ってまさか皇太子殿下を普段は呼び捨てにしているなんてことはないな?」
まぁまぁ真面目なデルフィニウム公爵が隣からものすごい圧を掛けてきていることだった。
うん、私も親の立場ならそう言うと思うわ。
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