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10話⑷

 連れてこられたのは寮の待合い室。

 ソファーやテーブルが並んでいる。

 エラルドはここで私を待っていたのだ。


 割と人目につくところでやらかしたな。

 人様のお子さんにこんなこと言うのもなんだが本当にバカなんだな。

 

 私が到着すると、その場に居た全ての生徒がこちらを振り向いた。

 安堵する顔もあれば間の悪いところに来たとでも言いたそうな顔とさまざまだ。


 目に入って来たのは、窓際で立つアレハンドロ、アレハンドロの側に膝をついているネルス、その後ろでガタイの良い生徒2人に羽交締めにされて行動を抑えられているバレットとアンネに宥められているらしい眉間に皺を寄せたエラルド。

 恒例の土下座中の生徒が2人。

 

 聞いていたより登場人物が増えている。

 しかもアンネとネルスの位置逆じゃない?

 と、どうでもいいことを考えながらそこに近づいていく。


「誰だシンを連れて来たのは!!」


 私に気がついたアレハンドロが怒声を上げた。

 後ろでAくんが縮み上がる。


「私はエラルドとの待ち合わせに来ただけだが?」


 笑って手を振って見せたが荷物持ってなかったわめっちゃ間抜け。


 でもそんなことは誰も気にしていない。

 なんだこの空気。一体どんな悪口言われたんだ逆に興味がある。

 私は状況を明確に説明できそうな人物に話しかけた。


「ネルス、どうしてこうなった?私は来ない方が良かったか?」

「貴様は」

「殿下は動かないでください。すまない、僕もさっき来たところだ。お前に対する暴言だったということだが、詳しくは親戚には教えられないと」


 アレハンドロが口を開きながらこちらに来ようとしたようだが、何か魔術を施しているらしいネルスが遮った。

 ネルスのアレハンドロに対する扱いがだんだん雑になってきた気がするな。


 左手がガラスで傷ついて血塗れだ。それをネルスの魔術光が覆っている。

 ネルスが膝をついていたのはそれを治すためだったようだ。


「本人にも親戚にも言えない暴言ってなんだ。『皇太子に媚を売る男色家』『ベッドの上での具合はどうなんだ?』とでも言われたのかエラルド?」


 目の前に着いて首を傾げると、怒りの収まらない表情のエラルドが大きく息を吐いた。

 そんな場合じゃないんだが、その顔もたまらなくカッコいい。


「言われたけど……それくらいじゃ怒らないよ。シンは笑うだろうから」


 言われたんだ。いつか言われると思ったけど。ウケる。

 エラルドはよく分かってる。


「そんなことまで貴様らは」

「アレハンドロ、それくらいで怒るな笑うところだ」


 そこは聞いていなかったらしいアレハンドロがまた血管が切れそうな顔になったので、ポンと肩を叩く。


「まぁいい。私は何を言われても気にしないから許してやれ。バカに時間を割くのはバカのやることだ」


 本当は詳しく事情を聞いて3人の気持ちの整理をしてあげたいところだが、私のことで揉めているならとりあえず終わらせて欲しい。

 さっさと帰りたいし。


「出来ない」

「嫌だ」

「無理だ」

「お前はもう少し気にしろ。さっきのを言われたとしたらよっぽど酷いぞ」

「えっそんなに?」


 3人に加えてネルスまで!?

 思わず素になってしまった。

 酷いとは思うけど別に言わせとけばいいのに。


 これもう何を言ったか分からないと解決しようがないわな。言ったことに対して怒るなり叱るなりしないと納得されない空気だ。


 分かるけども。

 親しい人への悪口はとても気分が悪い。


 しかし誰も内容を教えてくれないので、私は床に伏している2人の方へ近づいて膝をついた。

 よく見たらこの2人もアレハンドロのお取り巻きの中にいたわ。皇太子の機嫌を損ねたことがバレたらパパとママにめっちゃ怒られるんじゃないかな。


「怒らないからなんで言ったか私に直接言ってみろ。このままだと猛獣2人にボコボコにされるぞ」


 アレハンドロが許可したら2人とも本気でやりそう。

 アンネがいる前ではやらないかなどうかな。

 

 ところで、大人って「怒らないから」って言っても結局「叱る」よね。

 

 2人は顔を見合わせて悩んでいる。

 私と後ろの激怒中の3人を見比べた。


「ほ、本当に、本当につい言ってしまっただけで本気で思っているわけじゃ……!」


 片方がガタガタ震えながら口を開いた。

 文字通り冷や汗をかいている。


 どうやら私に頼った方が助かる可能性が高いと踏んだらしい。私への信頼がすごい。

 何を言っちゃったか知らないけど、可哀想になってきたな。


 私は振り返ると、ネルスとアンネに悪口だけが聞こえなくなる魔術をかける。

 ネルスが不服そうに唇を尖らせ、アンネまでも不満そうな表情になった。

 ごめんね、私の代わりに激怒する人間が増えそうでちょっと面倒だからね。


 悪口ってノってきちゃうと大体大袈裟に言うし本当に本気ではなかったのだろう。

 だからといって言っていいこと悪いことの判断はして欲しいけど。


「デルフィニウムは、『魔族』なんじゃないかって……」


 どんどん声が萎んでいく。

 そんな本気で死にそうな顔しないでも。


(なんだそんなことか。拍子抜け)


 と、言いたいところだが、この国で


「お前は魔族だろう」


 というのは「死ね」「殺す」辺りより相手を侮辱する発言だ。

 

 王朝を破滅に陥れる大昔に居たとされる巨悪。物語の悪役。

 歴史的根拠も科学的根拠も魔術学的根拠すらなーんにもないが、この国の人たちは「魔族」を嫌悪して恐れている。

 小さい時からの刷り込みってこわい。


 後は魔力が強い人への蔑称というか、一種の差別的用語として使われていたらしい。今は人に絶対使ってはいけない言葉である。

 子どもが言っていたらその場でビンタして訂正し、叱りつけるレベルの禁句。

 

 魔族の特徴と言われるのは溢れるほどの魔力と男女問わず惑わす美しい容姿。


 それって私じゃない?って思うよね。


 正直、これもいつか言われると思ってたんだよ。


 でも魔族というのは産まれたその瞬間から魔族であるという自覚があるらしい。

 そういえば追い詰められると醜い化け物に変身するタイプが多い。タイプが多いっていうのは物語上、そういうのが多いだけで実在しないのだから確かめようもない。


 皇族王族に取り入って内部からめちゃくちゃにする話ももちろんある。

 

 まぁとにかく、私を見ていて常日頃から「魔族」を連想してしまっていたからついつい口から滑り出てしまったのだろう。


 改めて口にされた「魔族」という言葉に、ずっと怒ってる3人の殺気が増す。

 そのくらい悪い言葉なんだよなんで言っちゃったかなーおバカ――ば――か――。


 私が怒らないのも相当不自然だし許される言葉じゃないんだからあっさり許すのも違うのかな―でも正直どうでもいい。

 魔族って言われたのどうでもいい。

 死んだ方がいいとか言われた方がまだ傷つく。

 30年以上私に染み付いてる文化の差。


 しかしアレハンドロエラルドバレットは私の代わりに傷ついてめちゃくちゃ怒ってくれてるし困ったな。

 

 私は上手く言葉が出て来ずに額に手を当てて黙り込んでしまった。

 その場全体が気まずい空気に包まれる。

 

 お取り巻きたちは上級貴族の集まりだし、お家や自分の将来のためにアレハンドロに気に入ってもらおうと必死だ。

 私のことは目の上のたんこぶ以外の何者でもなかったのだ。


 それが溢れ出ちゃうのもう少し後じゃない?

 2年生中盤くらいで爆発させるんじゃダメだった?

 いやその時やらかされても困るんだけど。

 なんでこれから休みだー!て時にやらかしたの迷惑な。

 

 考えても仕方ないことしか溢れてこないので考えるのをやめた。


「し、シン……?大丈夫か?何を言われた?」


 心配そうなネルスが近づいて来た。

 アレハンドロの手の治療が終わったらしい。

 ネルスに言ったら親にまで行きそうだから何が起こっても伝えてはいけない。


「ああ、安心しろネルス。思ったより大したことじゃなかったから」


 私は立ち上がると艶のある黒髪を撫でた。

 全く信じていなさそうな紫の瞳がじっと見つめてくる。こんな時でもかわいい顔だな。


 私は後ろを振り返ってアレハンドロを見た。

 殺気が増したと思っていたが、表情は先程より幾分落ち着いてきているように見える。


「こういう時はどういう罪になるんだ?皇太子の友人を侮辱した罪、公爵家を侮辱した罪ってところか?」

「……私の友人を侮辱するのは私を侮辱したのと同じ。よって、皇太子を侮辱した罪……いや『皇族への反逆罪』だ。それよりも貴様、腹が立つならちゃんと怒れ」


 涼しい顔してヤッベェ罪に飛躍させるじゃん。

 同級生に悪口言ったら命に関わりますご注意下さい。

 重罪人になってしまった2人の顔は真っ青だ。


 これが公になれば、皇帝が間に入ってそれはやりすぎって言ってくれるんじゃないかと思うけど。


 うちの父親激怒だろうなー跡取りとか優秀とか関係なく我が子のこと大好きだからなー。

 あの人を怒らせると地域間の交易とかに問題が。

 貴族がややこしすぎる!


「なるほど。エラルドはどう思う?」

「ごめん、難しいことはよく分からないけど一発でいいから殴らせてくれ。あと、シンはもっと怒っていい」


 無表情怖い。すごく怖い。


「バレットは?」

「一発でいいエラルドは優しいと思う。シンも怒れ」

「うん。バレットのことは絶対離さないでください」


 バレットを止めている2人が大きく頷いた。完全に狂犬扱いだ。

 よく見たら1人は騎士の子たちのリーダー先輩だった。バレットが簡単に振り解けないわけだ。


「よし、分かった」

「今ので何が分かったんだ?」


 こういう時でもすかさず返事をしてくれるネルス、愛してる。

 不安そうな顔をしているアンネと目が合ったのでにっこり笑った。


「怒らないと言ったが私は怒ることにした!この場で火炙りにしてしまおう!」


 我ながら棒読み。怒ることにしたって何。


 しかし待合い室がドヨッとなったどよどよと。


 あれだけ怒っていた3人ですら目を見開いて私を見ている。


「ひ、火炙り!?お前、いったいどうしたんだ!何を言われたんだ!」


 大混乱のネルスが一番信じられないものを見る顔で私にしがみついて来た。

 それと同時に、跪いていた内の1人が叫び声を上げて立ち上がり、逃げ出した。


「逃げられると思うのか?」


 私が笑みを浮かべたまま指差して小さい声で詠唱すると、その生徒を赤い炎が包んだ。

 もがいている人影が見えるが、声は何も聞こえない。

 Aくんが悲鳴をあげるのが聞こえた。


 私は表情はそのままで、出来る限り冷たく聞こえるような声を出す。


「エラルドから私に伝わったところで、どうせ笑って済まされると思ったんだろう。舐めすぎなんだ。そもそも、エラルドのことも怒らない男だと思ってたんじゃないか?計算が甘い」

「……!?」


 もう1人の生徒は可哀想なくらい怯えて動けない。言葉も出てこないようだ。

 見ている生徒たちも完全に固まっている。


 さすがにやりすぎかな。


 アレハンドロの方を見ると腕を組み口を閉ざし、ただ成り行きを見守っていた。

 エラルドやバレットも神妙な表情で静かに見ている。

 3人に私を止めようとする気配は全くなくて驚きだ。


 止めてくれないとやめられないじゃないか。


 私は始終笑顔のまま、ただただガタガタ震えて跪いている生徒に指を向ける。


「やめろシン!」

「シンさまやめてください!!」


 私にしがみついたままだったネルスが腕を掴み、いつのまにかこちらまで走って来ていたアンネが叫びながら生徒と私の間に腕を開いて立ちはだかった。


 2人の引き攣った必死の表情を見て、お灸を据えるならこの子たちを寝かせるなりなんなりしてからやるべきだったなぁと後悔した。失敗した。


 しかし勇気ある行動だ。私が本当にキレてたら一緒に焼かれていたかもしれないのに。


「そうか。じゃあもうやめよう。」


 止めるタイミングを貰った私は指をパチンと鳴らす。

 すると、炎が消えて無傷の生徒が唖然と立ち尽くしていた。

 それを見てAくんが駆け寄っている。

 ごめんAくん、今度名前教えてくれ。

 

 周囲から明らかに安堵の音が聞こえた。


「罰はこのくらいでいいか?スッキリしたか?」


 私はもう何もしないよ、と両手を上げてひらひらと動かしながら、一瞬驚いた顔をして以降は眉ひとつ動かさなかった友人3人に話しかけた。


 エラルドが頭をかきながら、バレットは未だ羽交締めにされたまま口を開いた。


「……スッキリ……シンは許しちゃうんじゃないかと思ってたから本当に怒ったように見えて驚いたけど。このくらいで済ませていいのか?」

「スッキリはしないな。髪だけでも本当に全部燃やしてやれば良かった」


 嘘でしょこの2人、やりすぎだって言わないわ。

 むしろ足りないって言ってる。

 私が行動したことに驚いてるだけなんだ。感覚が違いすぎる。


「びっくりしたっびっくりした……!」

「こ、怖かったですっ!」


 緊張が解けたからか、大粒の涙を零してえんえん泣いているネルスとアンネの頭を撫でる。

 この2人くらいの可愛げが欲しい。


 この2人も、もし「魔族と言われた」と伝えたら、「それなら仕方ないもっとやれ」っていうんだろうか?

 想像すると体が冷える思いだ。答えは知りたくない。


 ネルスが泣いてるの久々に見たな。人前で泣くほどのショックを与えてしまったごめんよ。


「悪かった悪かった。やりすぎたと反省している。もうしないから安心しろ」

 かわいいので2人まとめてここぞとばかりにギュウギュウ抱きしめていると、アレハンドロが近づいてきた。


「シン」

「アレハンドロ。お前はどう思った。私としてはやりすぎなんだが」


 少なくとも怒りは鎮まっているようで、私の問いに憎らしい笑みを浮かべた。


「演技が下手すぎて本気じゃないのがバレバレだった」

「その感想、一番恥ずかしいな。」


 他のみんなは騙せてたっぽいのになんだこいつ。


 

 なんとかまだざわついているその場をおさめて、皆に夏休み元気でねーっという挨拶をすませた。


(夏休み明け、私はすごく怖い人として噂が広がるんじゃないかなーこれでトラブルが舞い込む件数減るかなー)


 などと思いながら自分の家の迎えを探していると、肩を掴まれた。

 今度はなんだと振り返ると、アレハンドロが立っている。


「悪かったな。私たちの怒りが収まらないせいでお前にあんなことをさせてしまった」


 まさかの謝られた。

 アレハンドロに。

 アレハンドロが普通に謝った。

 罰悪そうにするわけでも悔しそうにするわけでもなくサラッと当然のように謝った。


 少しフリーズしかけたが、なんとか持ち堪える。


「謝ることじゃないだろう。正当な怒りだったぞ珍しく」

「だがあいつらが直接貴様に言っていれば、貴様は笑って許しただろう」

「どうかな。それは言わない方がいいとくどくど説教をしていたかもしれないな」 


 私は肩をすくめた。


 この世界の価値観として、スルーしていい内容じゃないなと思ったから今回はわざわざトラウマレベルの演出をしたわけだし。

 でも直接言ってくれた方がマシだったとは思う。


 私本人が今日は火事の夢とか見そうだ本当にやめときゃよかったとは言えまいカッコ悪い。


「ところでどうしたんだ?馬車が待ってるぞ」


 たくさん停まっている馬車の中で最も豪華な、皇室の紋章のついたものを指差す。おそらく執事であろう人が、背筋を伸ばして立っていた。


 アレハンドロは視線を斜め下へ逸らしながら、先程とは打って変わってボソボソと喋る。


「……貴様は、父親の仕事について夏休み中に王都へくる予定はあるか?」


 人間の言葉に訳すと「夏休みに一緒に遊ぼう」ということだろう。かわいいな。


 しかしお友達の誘い方も知らんのかこいつは。

 私はニヤつく口元を隠さずに頷いた。


「ああ、帰ったら父上に確認してみよう。友人に会いに王都へ行っても良いかと」


 アレハンドロは口をへの字に曲げて顔ごとそっぽを向いた。


「貴様のそういうところが嫌いだ」

「天邪鬼め。許可を貰ったらまた連絡する。お前は忙しいだろうから日にちはお前に合わせるよ」


 緩く手を挙げるとパチンと軽くハイタッチされた。


「公務を抜け出してでも予定を調整する」

 

 一学期だけで随分棘がとれたものだ。

 嬉しそうな笑顔が眩しい。顔がいい。


 そういえば夏休み中はエラルドやバレットの顔が見られないのか残念すぎる。

 ネルスには多分会うけど。ネルスの首席祝いとか絶対あの家族ならやるし。

 アンネもパトリシアも会う機会はないんだろうなー王都に行くのに誘いたいけど家族と過ごしたいよなー。

 

 と、なんだか思ってたよりこちらの世界での青春を楽しめている一学期でした。

 ドタバタだけど楽しかったです。

 このまま一気に3年経ってめでたしめでたしになれるように頑張りたいと思います。

 

 

 どうせ絶対またなんかあるわ。


お読みいただきありがとうございます!

ブックマークいただいた方、とても嬉しいです!

創作の励みになりますので、是非評価やブックマークよろしくお願いいたします!

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