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9話⑵【舞踏会】

 

 そろそろパーティーもお開きかなと言う時間になってきた。


 2階に上がってバルコニーに出ると、おあつらえ向きに星が輝いている。

 熱気あふれる舞踏会の会場にいたので、顔に当たる風が気持ち良かった。

 

 バルコニーの手すり部分に手を置いて、星や月以外には光は見当たらない外を眺める。


 そんな私が、


(きっと他のバルコニーでは恋が始まったり終わったりしてるんだろうな、覗き見したいな)


 などと人としてどうかと思うことを考えているとは誰も思わないだろう。

 思うだけならタダ。


「シンさま……?」


 後ろから声を掛けられた。

 この遠慮がちな声の主は、他のところで恋愛イベント発生させていそうなのに。


「アンネか。もうすぐ舞踏会が終わってしまうぞ。最後に踊らなくていいのか?」

「はい、もう充分楽しく過ごしたので」

「そうか、それなら良かった」


 笑顔で歩いてきたアンネは、いつもより歩みが遅い気がする。

 また足が痛み出してきたのかもしれない。


 せっかくアレハンドロが魔術をかけていたので、魔術の質の違いを見せつけるようでなんだかなと思ったが、痛いのを我慢させるのも変な話だ。


 私なら治せるし、この後帰るまで靴擦れしないようにも出来る。

 慣れない靴のしんどさはよく分かる。


「アンネ、足を見せてくれ。痛いだろう?」

「え?どうして分かったんですか?」

「はは、見てたら分かるさ」


 アンネが感心したようにこちらを見ているので、元々靴擦れしていたのを知っていたのは秘密にしておこう。

 実際、足を引きずっていることには自分で気がついたし。


 アンネはドレスを少し上げて裾から左足を出す。そして立ったまま白いパンプスをずらした。

 小指の付け根が赤くなって痛々しい。


 アレハンドロが治療していたのは確か反対の足だった。

 両方とも怪我をしてしまったようだ。

 綺麗な靴はテンションが上がるが扱いが難しい。


 せっかくだから両方とも治療してしまおうと、私はアンネの足元に片膝をついた。


「あの、シンさま」

「ん?」


 足元に目線をやりながら返事をした。


 まずは出された左足の方へ手をかざし呪文を唱える。この程度の傷なら短い時間で済むが、魔術の光が消えるまでそのままにする必要があった。


 アンネは小さな声で切り出した。


「もし、もしも好きになった人が手の届かないような人だったら……諦めますか?」

「うん」


 即答しちゃったわしまった。

 治療に気を取られてぼんやり答えてしまったわ。


 まずいと思って顔を上げると、眉を下げてわかりやすくしょんぼりした顔が見えた。


「そ、そうですか……」


 正直に言いすぎた。

 手の届かない人の定義にもよるけれど、アンネが言っているのはおそらく身分の高い人ということだろう。

 うん、私なら諦めるしそもそもそんな人と出会う機会もなかったし。


 ごめんアンネ。

 でもアレハンドロは君に完全に惚れてるよって言えたら良いのに。


 でももし両思いでも婚約者もいるし皇太子なんてとんでもない身分だしで前途多難だな。


「好きな人でもできたのか?」


 私はアンネの様子に気がつかないふりをして左足をみる。こちらはもう大丈夫そうだった。


「そ、そういうわけじゃ……!まだ、よく分からなくて……」


 尻すぼみになっていく言葉を聞きながら、左足の靴を履かせる。小さくお礼を言われた。


 そして次は右足の方へと取り掛かった。

 なるほど、アレハンドロがかけた魔術は痛みを和らげ、傷を守るもののようだ。

 悪化はしないが傷が塞がるわけではないから、私に助けを求めるか迷っていたのか。


 靴擦れくらいなら自然治癒に任せることも出来るので迷ったが、別に魔術で治したからといって体に悪影響があるわけでもないので治すことにした。


「シンさまは、婚約者さまとかお慕いされている方とかはいらっしゃるんですか?」

「そうだなぁ」

「い、いらっしゃるんですね?」


 また痛そうな傷口に気を取られて生返事をしてしまった。

 そのせいでそのまま詰め寄ってくるような声が聞こえる。

 適当に流させはしない、という雰囲気だ。


 恋バナというものがしたいのだろうか。

 パトリシアとかとした方が楽しそうだけれど。


 美男子らしいラブロマンスの経験はないがそれっぽく言ってみるのもいいかもしれない、と思った。


「まぁ、そうだな。婚約者ではないが……」


 もう結婚してるし。

 もちろんシン・デルフィニウムとしては恋愛経験は本当に皆無だが。


「どんな時でも共に助け合おうと誓った相手ならいるな」


 アンネが息を呑むのが分かった。

 嘘は言ってないぞ嘘は。

 ちょっと結婚式の誓いの言葉は詳しくは忘れた。


 治療の光がだんだんと小さくなっていく。


「それは……幸せな方ですね」

「そう願うよ」


 ポツリと呟かれた言葉に苦笑してしまう。

 本人に確認しようもない。「別に」と言われたら喧嘩かなぁ。


 私の返答をアンネがどう受けとったのかは分からないが、それ以上は詳しく聞かれなかった。

 とりあえずは治療が終わったので立ち上がる。


 何やら視線を感じる気がした。


「よし。私はそろそろ下に行くが、アンネはどうする?」

「私は、もう少しここにいます」

「そうか、体を冷やさないようにな」


 細い肩をポンと叩いて背を向けた。


 

 バルコニーを出ると、すぐ右の壁に腕を組んで背を預けているアレハンドロがいた。


 見ていたのはお前か。

 イケメンは本当に壁と仲がいい。

 それだけでとても絵になる。


 二人でバルコニーにいたのが気に食わないのか、それとも鉢合わせたのが気まずいのか。

 もしかしたら自分の魔術を上書きされたのが嫌だったのか。

 さすがにそこまで心が狭いことはないか。


 とにかくいつも通り顰めっ面のアレハンドロが目を逸らした。


「……聞くつもりはなかったんだがな」

「別に聞かれて困る話でもないさ」

 

 私は軽く笑うと手を振って階段へと向かった。


 格好つけたけど、本当は2人のバルコニーイベントを覗きたい。

 


 まだまだ賑やかな会場へと降りると、すぐにラナージュに出会った。


「あら、デルフィニウムさま。殿下をご覧になりませんでした?」

「いや?どうしたんだ?」


 ついさっき出会ったけど今はラナージュは会わない方がいいのではなかろうかと、咄嗟に嘘をついてしまった。

 そんなんばっかだな。


「そうですか……困りましたわ。もしお姿を見かけたら、もうすぐ閉会の挨拶をする時間だとお伝えくださいませ」

「分かった。そういうことなら探すのを手伝おう。バルコニーの方は任せてくれ」


 反対側からゆっくり探して時間を稼いであげよう。あわよくばチラッと覗けるかもしれない。

 ラナージュに探してくれと頼まれたんだから仕方ないよなー。

 探してくれとは言われてないけど。


 と、人としてどうかと思うようなことを考えながらバルコニー同士を繋ぐ通路を歩く。


 すると、バルコニーがあるスペースの一つからピンクのドレス姿の生徒が飛び出してきたのが見えた。

 ものすごいスピードで反対側へと歩いて行ったので顔は見えなかったが、なんだか足取りは怒っているようだった。


 ヒールであんなにスタスタ歩けるのすごいなぁ。

 その子が出てきた場所を通り過ぎがてらチラ見すると、モスグリーンの髪の長身の男子生徒が立っている。


「……って、エラルドじゃないか。そんなところでなに……」

「あ、シン!」


 声をかけると、いつものように笑ってこちらを向いたエラルドだったが、顔を見て私は固まった。

 左頬が真っ赤になっている。


「み、見事な一撃をくらったみたいだな……」


 エラルドが近づいてくると、綺麗に紅葉が咲いた頬がはっきりと見えるようになった。

 エラルドは首を傾けながら左頬に触れた。


「いやー……ちょっとプライドを傷つけちゃったみたいで……」


 大方、告白されて断ったら逆ギレされたんだろう。

 よくあるやつだ。経験はないけど。


 でもビンタが結構痛いのは知っている。

 幼児にされてもなかなか痛いのにこんなに跡になっているということは相当痛そうだ。


 エラルドは優しいし口も上手いから勘違いもされやすいんだろうな。

 パトリシアはその辺はよく分かってミーハーに楽しんでるみたいだから良いんだろうけど。


「お前なら避けるか止めるか出来たろうに」


 私は更に近づくとエラルドの手を退け、赤くなった頬に治癒の魔術を施す。

 傷じゃないからアンネの時よりも簡単だ。


「お、ありがとう。まぁ殴ってスッキリするならその方が良いと思うし」


 お人好しか。

 思わずため息がでる。


「次からは優しくする相手を選べ。勘違いする子は多いぞお前のリップサービスは。この罪作り」

「あの子にはそんなに……でもそうだな。気をつける」


 反応を見るに、エラルド的には勘違いされるほどのことをしていなかったようだ。

 見ていないから判断は出来ないけれど。

 どっちにしても結果は同じだから論じても仕方はない。


 全てはこの男がかっこいいのが悪い。

 

 治療が終わると、アレハンドロを探していることを伝えた。

 付き合ってくれるというので一緒に先程までアンネといたバルコニーへと向かう。


 いい感じのところだったら申し訳ないと思いつつも、時間なんだから仕方がない。

 目的地に着くと、2人でそっと様子を伺った。

 

 月夜の下で、アレハンドロの腕の中にアンネがいた。

 

(声掛けたらキレられそう……)

 

 どう声をかけようかな、と思ったが何か様子がおかしい。

 私は一旦エラルドと引っ込んだ。

 そして耳元に口を寄せ、2人にしか聞こえない小さい声で確認する。


「……アンネ、泣いてなかったか?」

「そう見えた……」


 エラルドが小さく頷く。


 思いが通じ合って、嬉しくて泣いているにしては違和感があった。

 アレハンドロの背に腕を回すでもなく、ただ胸に収まっていた。

 抱き締めている方も、嬉しそうというよりは少し悲しそうだったような。


「どうしたんだろう。さっきまで普通だったのに」

「さっき?」


 首を傾げるエラルドに、私は先程アンネと話していたことをざっくりと説明した。


「……というわけで、アレハンドロと入れ違いにって、なんだその顔は」


 エラルドは何か信じられないものを見るような、驚いたような、なんとも言えない顔で私を見ていた。

 まだ出会って3週間しか経っていないとはいえ、とても新しい表情をしている。


「……シン……原因、分かったよ……」

「……? 今の話のどこに泣く要素が……。え?いや、まさか」


 エラルドがジッと私を見ている。

 私は想像力を働かせて1つの答えを導き出した。

 そして、大きな声を出さないように手で口を覆った。冷や汗が滲んできた気がする。


(そんなことある?? それこそ出会って3週間でそんな泣くほど??)


 私とエラルドはジリジリと静かにその場から少し離れた。

 ひたすら静かに深呼吸をして思考を整える。


「つまり、私はやらかしたな?」


 その発想がなかった。

 よく考えたらなんでその発想が無かったのか分からないくらい無かった。


 自分がとても顔がいい男なことを忘れがちなんだよ常に鏡を見ているわけじゃないから。

 額に手を当てて肩を落としていると、エラルドはへらりと笑った。


「罪作りだなー」

「お前には言われたくないです」

「でも悪い事したわけじゃないしな。遅かれ早かれだろ?シンが意外と鈍かったのにはびっくりだけど」


 ぽんぽんと頭を撫でられる。

 慰めてくれているらしい。優しい。

 でもすごく冷静な言葉すぎて、ちょっとほんとに君は15歳か?ってなる。


「2人に顔を合わせられない……数少ない友人なのに……」


 友人なんて元々作るつもりは無かったが、出来てしまってから気まずくなるのは流石に微妙だ。

 気にしなきゃいいんだけど気になる。


「知らないふりしたらいいよ。シンが知ってることを向こうは気づいてないんだから。俺が今から声掛けに行くからシンは別のところにいなよ」


 確かに、少なくともアンネは私が何も知らないと思っているはずだから、わざわざこのことを言いに来たりはしないだろう。

 アレハンドロもあえて今回のことを話題にはしないはずだ。

 頼むしないでくれ。


「なるほど。すまないありがとうエラルド愛してるよ」

「俺もだよシン。とりあえず短い時間だけど何も顔に出さない訓練しといて」


 軽口を言い合ってからその場を離れた。

 一緒に居たのがエラルドで良かった。


 ネルスだったら2人で大混乱だったかもしれないし、バレットだったら場の空気を読まずにそのまま声を掛けようとするのを止めるところがスタートだったかもしれない。

 

 しかしアンネには可哀想なことをした。

 エラルドの言う通り悪いことをしたわけではないのだが、早く気づいていればもう少し上手く何か出来たかもしれない。

 いや分からない出来たかな。


 本当に申し訳ないけどそういう対象じゃなさすぎて、普通に考えれば分かるよねエラルドが正しい私が鈍かった。

 だって私はイケメンだもん。

 

 しかし!

 まさかアンネが私に恋をしていたとは!!

 私に応援されてたアレハンドロの立場よ!!


 大丈夫かなエラルドみたいに気づいてたのかなあの2歳児!

 

 そして見た目は王子様だけど中身はただのアラサー専業主婦なんだよ!

 たった3週間で人の胸を借りて泣けるほどの情緒の動きについていけない!!

 

 若いってすごい!!

 

 

 私はエラルドがどう声を掛けているのかが気になりつつも、閉会の前に探し当てたバレットの陰に隠れるようにして過ごすことになった。


お読みいただきありがとうございます!

創作の励みになりますので、よろしければ評価やブックマークよろしくお願いいたします!

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