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8話⑵【舞踏会】

 

「え――――!! シン様とバレット様が!」

「パートナーなんですか!?」


 アンネとパトリシアは目を見開いて周りが振り返るほどの声で驚いた。

 特にパトリシア、声大きすぎてこっちがびっくりしたわ。

 

 会場に入ろうと並んでいた前後の生徒たちがあからさまにざわつき、聞き耳を立てているのが分かる。

 本当に人の会話を聞くのがお好きなことだ。


「そうなんだ。君たちのパートナーに負けないくらい格好良くて素敵だろう?」


 私はバレットの肩に手を置きながら笑顔で首を傾けた。

 

 褒めても特に嬉しそうでもないバレットは、私たち貴族とは違い騎士の家の出らしい正装だった。


 濃い灰色のナポレオンジャケットのようなものと、同じ色のズボン。

 ジャケットの中央を走るパスマンタリー装飾は黒い色をしている。

 左肩には服と同じ色のマントがひらめいていた。


 いかにも騎士という感じで、とても凛々しく見え、似合っている。格好いい。軍服最高。

 

 アンネもパトリシアもエラルドやネルスの時と同じく唖然としながら、しかし頷いている。

 パトリシアが胸に手を当てて、震える声で言葉を紡いだ。


「でもそんな……みんなの王子様のお姫様が騎士様だったなんて……」


 エラルドも言ってたけど、みんなの王子様だったのか私は。

 王子様みたいな人から一気に昇格してるぞ。

 そして騎士様って呼び方は今思いついたのか、元々のバレットのあだ名なのかどっちだ。

 騎士様多いぞこの学校。


「ぱ、パトリシアちゃん逆じゃない?みんなの王子様が騎士様のお姫様だったんだよ……」


 混乱中です、という顔をしながら、アンネはそこが気になる派なのか。わかる。


「あ、そ、そうか……」


 頷いちゃうんだ。


「それはどっちでも同じじゃないか?」


 とても冷静な声でネルスが突っ込んだ。

 

 いやネルス、全然同じじゃないぞ。

 下手したら論争が起きて友情に支障をきたすレベルで大切なことだ。

 たぶん2人はそこまで深く考えてないけどな。


「お前はお姫様だったのか?」


 そもそもの原因であるバレットが目線を動かして私の全身を眺めた。


「今日だけはお前のお姫様だ。それとも王子様の方がいいか? なんせみんなの王子様だそうだから」


 バレットは本当に顔からも声からも感情が読み取りにくいので、とりあえず軽い調子で笑って肩を竦める。

 すると、顎に手を当てて考える素振りを見せた後、


「俺はダンスは男側しか踊れないからお姫様になってもらうしかないな」


 と、ものすごい真顔で返されてしまった。

 今更なんだけど、この子も声が良いなぁ。

 トーンは低めなんだけど、意外と涼しげで聴きやすい。

 その顔と声でお姫様とか言うのか。


「そうか。ところでお前は冗談で言ってるのか本気で言ってるのかどっちだ?」

「冗談に決まってるだろ」


 冗談を言うらしい。

 良く一緒にいるエラルド以外の3人も「あ、冗談通じるんだ」って顔をしている。

 お母さんへの反抗期っぽいところもだけど、想像するより年相応なのかもしれない。

 反抗期っぽいのは私の予想だが。

 

 おそらくこの中では一番バレットのことを知っているエラルドが、


「せっかくだから一曲くらい踊ったらいいんじゃないか? シンなら女性の方も踊れそうだしな!」


 と、まさかの爆弾をぶっ込んだ。

 いや、踊れるけども。

 ダンスの練習の時にあまりにスルスル体が動くのが楽しくて、女性パートはこんな感じなのかと密かにかわいい弟とふざけて踊っていたんだけども。


「男同士で踊ってもつまらん」


 キッパリハッキリ切り捨てられた。

 女の子と踊るのは楽しいと感じるということか。

 さっきから意外性の塊だ。


「面白いと思うぞ?見てみたいな」


 エラルドの言葉を聞いてバレットは私の方を見る。


「だそうだ」

「やるか」


 推しが言うなら仕方がない。

 バレットは友だちが言うなら面白いんだろうという感じだろうか。


「本気かお前たち」


 ネルスは無の表情になってしまっているが、一応ツッコミを入れてくれる。


「えー!ちょっと楽しみだね!」

「うんうん!カッコいい人たちが踊るの、どんな感じかな?」


 女の子二人はキャッキャと楽しそうにしている。

 この子たち柔軟な頭してるなぁ。

 私は畑違いだが、アイドル同士で仲良くするファンサもあるって聞くし腐女子じゃなくてもそういうのが好きなのかな。


 私もイケメン2人が踊ってるのを観る方がしたいんだけど。


「もしかして僕がおかしいのか?」


 ネルスは1人で項垂れていた。

 

 

 舞踏会の会場は学園内に専用の建物がある。

 まるで体育館のように、あるのが当たり前の雰囲気で白を基調とした豪華な建物が立っているのだ。

 中に入ると、透明感のある水色の絨毯が入り口から正面の大階段の上までの道をつくっている。


 壁も天井も柱も床も全て白く、落ち着いた鈍めの金色の装飾が立体感を引き出している。

 天井にはもちろん、大きなシャンデリア。


 大階段の踊り場から続く階段からは、バルコニーが並ぶ2階へと行けるようになっているのが見える。

 

 大階段の先の踊り場には、皇太子アレハンドロとその婚約者ラナージュが並んで座っていた。

 

(さすが、扱いが別格ー)

 

 私なら絶対にあんな所に座りたくない。

 皇族が居ない場合は、その学年で一番家柄の良い生徒とそのパートナーが選ばれるらしい。

 成績で選べば良いのに。

 

 アレハンドロは赤い刺繍の入った、真紅のコートを着ていた。

 金のベストに白いスカーフとブラウスを合わせている。

 ズボンは黒色で締めているが、おそらく会場内の男子生徒の中で一番派手だ。


 その派手さを助長する銀色の髪は、前髪こそいつも通りだが、後ろはこれまた金色の髪飾りで耳より上の位置にて1つにまとめられている。

 

 真っ直ぐに背筋を伸ばし、肘掛けに腕を置きながら動くことなく会場を眺めていた。

 いつもの仏頂面が高貴で威厳のある顔に見えてくる。

 何はともあれ顔が良い。

 

 全員が会場内に入り扉が閉められると、ようやく隣のラナージュが立ち上がった。


「皆さま、本日は――」


 挨拶を始めた彼女は、アレハンドロと合わせたのであろう真っ赤なドレスを纏っている。

 ハートカットビスチェのそのドレスは、刺繍もレースもフリルもない。

 光沢のある赤色が自然に波打ちながら床に流れている。

 左右に一房ずつの縦巻きロールを残して、全ての髪がまとめ上げられたシニヨンヘアーだ。


 品がありとてもよく似合っていて美しい。

 15歳とは思えない着こなしだ。

 

 アレハンドロは胸元に、ラナージュは髪に金の薔薇を挿している。

 

 挨拶が終わるとアレハンドロが立ち上がり、何も言わずにラナージュの手を取る。

 そのまま大階段を降りて、会場の中央へ。その周りは人が自然と避けていく。

 

 2人が立ち止まり、向かい合う。

 それを合図に音楽が流れ始めた。

 音楽家たちの生演奏だ。

 互いにお辞儀した後、そのリズムに合わせて2人が動き出した。

 

(綺麗だなぁ)

 

 まるで映画のワンシーンだ。

 周囲からも感嘆の声が聞こえてきている。

 

 しばらく眺めていると、1組、2組とダンスに加わっていく。

 それに合わせてネルスがアンネの、エラルドがパトリシアの手を引いていった。

 

 私はどこで見物しようかなと会場内を見渡していると、隣から腕を引かれた。


「え?」

「1曲、踊るんだろう?」

「……そうだったな……」


 観たいと言っていたエラルドは行っちゃったからもういいやと思っていたのに律儀なやつだバレット。

 私はその手を取り片手は逞しい肩に添えて黒い瞳を見上げる。


 いやだこの子もやっぱりめちゃくちゃ顔が良い顔が近い。


「こっち側は慣れてないからお手柔らかに」

「俺はダンス自体に慣れてないから足元に気をつけろ」


 不穏なことを言いながら私の腰に腕を回したバレットと共に、周りに合わせて踊り始めた。

 

 確実に、一番目立った。

 


「全く、私より目立つな不敬者」


 ダンスから離脱し、端の方のテーブルに用意されている軽食を摘まんでいるとアレハンドロに声をかけられた。

 言葉の割には面白いものを見ている顔をしている。


「そうおっしゃらないで殿下。おニ人のダンス、お見事でしたわ!」


 隣に並んだラナージュが、こちらも楽しそうな顔で手を合わせた。


「ありがとう、ラナージュ嬢。楽しんでいただけたようで何よりだ」


 椅子を引いて促すと軽く会釈してラナージュがそこに座った。

 アレハンドロはバレットの引いた椅子に座っている。


 初めの挨拶の時に、


「今は同級生として対等です。殿下にもわたくしにも、気にせずに声をおかけくださいませ」


 と言ってしまっていたために入れ替わり立ち替わり生徒が挨拶しに行っていた。

 2人ともとても疲れているだろう。

 

 歩いていた給仕の人がわざわざ方向を変えて飲み物を運んで来たのを2人は受け取った。

 4人で軽くグラスを当て合う。


「バレットさまがデルフィニウムさまを高く持ち上げて回っていらしたのは迫力がありましたわ。まるで本職の方を見ているようでした!」


 鮮やかな青い飲み物を一口飲んだラナージュは赤く輝く瞳で私とバレットを見比べた。

 私は自分の選んだものを飲みながら笑うしかなかった。


「まさか舞踏会でリフトをされるとは私も思わなかった」

「何をやってもお前がついてくるから楽しくなった」


 バレットはサーモンが乗った二口で食べられそうなくらいの大きさのパイを齧る。

 確かに踊っている最中は表情が生き生きとしていた気がする。


 ダンスは慣れていないと言っていたが、運動神経が抜群なので全く問題はなかった。

 思ったよりいけそうだから、知っているやつ全部やってみよう!という気持ちだったのだろう。


「ついていけなかったら大怪我だ!私以外には絶対にやるんじゃないぞ」


 私以外にはするなって台詞、どうせならもっと違うところで使いたかった。


 なんせ、技を出す直前に「リフトするから跳べ」「肩に担ぐぞ」などの指示を出すのだ。対応出来たこの体は本当に凄い。


 男同士で踊り始めた時からチラチラと見られていたが、高速回転したり脚の間を滑ってくぐったりと、音楽には合わせていたが明らかに他と違う動きをしているうちに完全に周囲が観客と化していた。

 音楽家の皆さんもアップテンポの激しげな曲調に変えていったし本当に目立ちに目立った。


 ジャンプと共に上に放り投げられた時は「フィギュアスケートじゃないんだぞ!」と叫びそうになったわ。

 絶対思いつきでやったぞあれは。

 

 思い出したら疲れてきた。

 私は溜息を吐きながら、グラスを眺めるアレハンドロを見る。


「なんで私たちが男同士で組んでいるのかとは聞かないんだな」


 一番に聞かれることだと思っていたのに、全く言ってこないのでこちらから話題に出してしまった。

 アレハンドロは鼻で笑う。


「貴様たちが何をしてももう驚かん」


 バレットもアレハンドロに何かしでかしたのだろうか。

 そう思って隣を見ると、黒い瞳が真っ直ぐにアレハンドロを見ていた。


「剣術の授業の時に力加減を間違えたことは謝ったはずだ。思ったより弱かったんだ仕方ないだろう」


 恐ろしい口の効き方だ。


「貴様、不敬に不敬を上塗りをするな」


 グラスを握る手が震えている。

 そして眉間に皺を寄せて目を瞑っている。

 珍しく怒りに耐えようとしているようだ。


 数週間で急成長している。若いってすごい。


(そういえばこの2人同じクラスだったな)


 なんとなく察したので何も言うまいと思っていると、


「殿下は剣術もお得意なんですけれど……相手がバレットさまでは足元にも及ばず壁まで飛ばされたそうですわ」


 隣からざっくり説明されてしまった。

 ラナージュ、もう少しオブラートに包んで。


 というかどういう状態だよそれ。

 よく怪我しなかったなアレハンドロ。


 負けたことに対して声を荒げたらとても格好悪い。

 アレハンドロが怒鳴らなかったわけだ。

 可哀想だから軽く流して話題を変えてあげよう。


「はは、バレットは強すぎるからな。ところで2人とも、赤色がとてもよく似合っているな」


 こういう時に気の利いた話の振り方が出来なくてマジすまんの気持ちだ。


「ええ、ありがとうございます」


 一切謙遜しない。流石だ。


「ふん、当然だ。……貴様もまぁまぁだな」


 こっちも全肯定。すごいなこのカップル。外見への自己肯定感がエベレスト級。

 無理がある話題変更だったがちゃんと乗ってきてくれた。とても優しい。


「そうだろう? 愛しい皇太子殿下の瞳と似た色にしてみたんだ」


 私はパトリシアの言葉を思い出しながらコートの前合わせ部分を軽く掴んで見せた。

 もちろんただの偶然である。


「まぁ」


 ラナージュが口元に手を当てた。

 アレハンドロは半分ほどになったグラスを傾けつつ品定めするように私に目をやる。

 唇の端が片方だけ上がった。


「その色を着て他の男と踊っていたようだが?」


 こういう遊びに付き合ってくれるのが楽しい。

 BLごっこの才能がある。

 BLごっこの才能が何なのかは私も知らない。


「あら」


 都度入るラナージュの小さな声に思わず吹き出しそうになりながら、脚を組んで首を傾げる。


「お前には麗しの婚約者殿がいるから仕方ないだろう」

「ふふ、仲がよろしいこと。どうぞわたくしなどお気になさらず踊ってきてくださいまし」



 綺麗に微笑んでいるが、急に会話に入ってきた冷ややかな声に口を閉ざし、アレハンドロと目を合わせた。


「……ラナージュ……」

「申し訳ない、巫山戯ているだけなんだ」


 自分たちではアホなことやってるな、という感じなのだが。

 周囲から見たら本気に見えるんだろうか。

 だとしたら外でやっちゃいけないなやっぱり。


 冷や汗をかきながらラナージュを見ると、拗ねたような表情になっていた。


「もう! 分かっていますわ! 物語に出てくる恋の邪魔をする悪役の女性の雰囲気で仲間に入れて頂こうとしたのですが……迫真の演技すぎましたわね……」


 分かってたのか。良かった。

 迫真の演技すぎて平伏すところだった。

 役のチョイスが似合い過ぎている。


 そしてどんな遊びなのかを1から説明しないといけないかと思った地獄すぎる。


「それにしても、こんなに仲がよろしいのに不仲などという噂があるのは残念ですわ……」


 それは君の婚約者殿に言ってくれ。

 よく分からない理由で普段は蔑ろにされてるんだこんなに仲良しなのに。


 アレハンドロはあからさまに視線を逸らしている。

 そういうところだそういうところ。


「ですので、仲直りの印にお二人で踊って来てくださいませ」

(なんで!?)


 さも良い案が思いついたというような顔で微笑むラナージュに思わず声が出そうになった。

 アレハンドロが口を開けて絶句するレベルだ。


 私たちの会話を聞きながらなのか、全て右から左なのかわからないが、ずっと黙々と料理を食べていたバレットが顔を上げた。


「その必要があるのか?」


 そう!そう思うよね!

 全く必要ないことだ!


「わたくしが観てみたいんですわ」


 うふふ、と鈴が鳴るような声で笑うラナージュ。

 

 あー、観てみたいかー観てみたいならしょうがないかー。

 となるはずもなく。

 

 このお嬢様ほんっとうに意味不明すぎるー! 



お読みいただきありがとうございます!

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