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8話⑴【舞踏会】

 時は遡り、舞踏会の前日。

 時間は放課後。

 私は学校内でも人気のない裏庭でベンチに一人座っていた。

 

 私は明日を待ち望んでいた。

 カフェでネルスとアンネ、エラルドとパトリシアのペアが成立した時から、女子生徒からの視線が痛くて痛くてたまらなかったからだ。

 

 理由はおそらく、


「私はまだ相手が居ないからこれから誘うか、1人で参加することになるな」


 などと聞き耳を立てている乙女たちがたくさんいる場で言ってしまったからだろう。

 

 大失態だ。

 

 私に誘われたいのか私を笑い者にしたいのか単純に野次馬根性なのかは人によってそれぞれだろうが、とにかく今まで以上に見られている。

 早く明日来い。

 そして終われ舞踏会。

 私はニコニコするだけでダンスもせずご馳走いっぱい食べてみんなのドレスアップ楽しむから。

 

 木製のベンチの背もたれに体重をかけながら手足を思いっきり伸ばす。

 そのままぼんやりと青空を見上げた。

 異世界だろうとなんだろうと青空はいいものだ。


 風もなくぽかぽかと陽に当たっていると心地よく、眠くなってくる。


(ちょっと寝てから帰ろうかなぁ。カフェ行ってもどうせ落ち着かないし)

 

 目を閉じてうとうとしていると、がさりと芝を踏む音が聞こえた。

 残念ながら誰か来たようだ。

 帰って昼寝するのとこのまま寝たふりしてやり過ごすのどっちにしようか迷う。


「寝ているのか?」


 この声は聞いたことがある。


「……見ての通り寝ている」


 目を開けずに返事をすると、近づいてくる気配がした。

 わざわざ話しかけてくるとは珍しい。

 よく知らないけど多分珍しい。

 

 ベンチが揺れた。

 すぐ隣に人の体温を感じる。

 肩に頭を預けたら寝ると楽そうだなとも思ったが、そこまで親しくないので流石に止めておく。


 観念して目を開ける。

 横を見ると、そこには予想した通りの人物が座っていた。


「私に何か用か? バレット」


 まとまりきらないオールバックの男がこちらを見ていた。

 切れ長の黒い瞳に私の姿が映っているのが分かる距離だ。近い。

 私やアレハンドロのような煌びやかさとは違う、骨格がはっきりしていて唇が薄い、男らしい顔だ。


「舞踏会で俺のパートナーになってくれ」


 感情の読めない表情に抑揚のない声。

 エラルドを見つけた時の熱の篭った目とはえらい違いじゃないか。

 私にそんなに興味はないだろう。

 

 ではなく。

 今なんて言ったこの子。

 この手の冗談を言うタイプではあるまい。

 え、そうだよね?もしかして冗談を言ったのか?


 私は「は?なんて?」と言うのを堪えてなんとか言葉を紡ぐ。


「話しかける相手を間違っていないか?」


 私が大パニックになっているのには気がついていないのか、


「良いのか良くないのか答えろ」


 と、畳み掛けてくる。

 お前もお前で質問に答えろ。

 間違ってないってことなんだろうけど。


 急なBL展開に頭がついていけない。


 これは事情を聞かなければ。

 私は自分より大きい体に向き合い、相手の両肩に手を置いた。


「すまない。まずお前に何が起こったのかを教えてくれ」


 そもそも、出席しないと言っていたのだ。

 気が変わって出席することにしたとして、なんで男に、というか私に声をかけるんだ。

 まだパートナーがいない人間は探せば他にもいるはずだ。

 

 バレットは面倒くさそうに息を吐くと口を開いた。

 面倒そうにするな。


「あの話をした後、見計らったように母から舞踏会用の服と白薔薇が送られてきた」


 バレットが言うには。

 送られてきた荷物と共に入っていた手紙には、


「舞踏会は学校の大切な行事なので面倒くさがらずに必ず出席すること。大人になった時に慌てないように必ずパートナーを見つけて、白い薔薇を贈ること」


 といった、我が子のことをよく分かってるなーという内容が書いてあったそうだ。

 

 バレット、いざとなったら好きな人は普通に誘いそうだから大人になってアワアワすることは無さそうだし、そこは別に気にしなくていいと思うけど。

 こういう時にはサラッと女の子を誘えるようになっておけということだろうか。

 エラルドみたいに。


 ついでに、黙っていてもお前が言いつけを破ったらすぐに分かるぞと脅し文句もついていたそうだ。

 バレットママ、強くて怖そう。

 

「お前は薔薇が似合いそうだし丁度いいだろう」


 間違いなく似合う。

 私は薔薇も百合も椿もなんでも似合うだろう。


 だが今はそんな話はしていないんだなこれが。


「今ので説明した気になっているなら大間違いだぞ。なんで私なんだ」

「母はパートナーの性別を指定していない。誘いたいと思っていない女を誘うのもパートナーがいない女を探すのも面倒だ」


 バレットはとにかく、この行事が面倒で仕方ないらしい。

 相手に私を選んだのも、パートナーが居ないことを事前に知っていたからだろう。

 もしも相手が出来ていたら舌打ちされていたかもしれないなこの感じ。

 

 気持ちは分かる。

 学校行事の舞踏会に誘うと言うのは恋愛遊戯というか、擬似恋愛というか、とにかく遊びとか大人になってからの練習の類だというのは分かっているが割り切るのが難しい。

 しかもみんな若いから余計に遊びなのか本気なのかよく分からなくなってややこしいことにもなりそうだ。

 

 しかしそれなら相手を作らなければいい話なのだ。

 私のように。

 母親にはどうしても相手がいなかったと言えばいいのだから。


「誘いたい相手が居ないなら仕方ないだろう。お互い花は無しで1人で行こう」

「手紙の内容を無視するのが一番面倒なことになるんだ。母は優秀な魔術師だ。誘ってすらいないこともすぐにバレる」


 お母さん魔術師なのか。

 勝手に夫婦揃って騎士ですって感じのサラブレッドかと思ったけど。

 騎士×魔術師の息子とは、ポテンシャル高いな。


 というか、さすがに親子でも踏み込んだらいけない部分ってあると思うんですけど。

 舞踏会の相手云々は私的にはその部分だが。

 色々なご家庭があるものだ。


 表情が分かりにくいと思っていたバレットの顔に、あのクソババァと書いてあるような気がしてきた。


「お前はいざとなったらエラルドと行こうと言っていただろう」

「分かっていると思うがそれは冗談だったからな?」


 そこは大事なところなので一応きちんと伝えておく。

 

 色々言ってみたものの、私としてはバレットと組むのに特に抵抗はない。

 むしろ2人で並ぶといい感じだろうなと思う。

 私が外野なら大喜びだ。


 しかし大人としては色々考えてしまうのは仕方がない。


「変な噂が立っても知らないぞ。恋人が出来なくなるかも」

「学校で恋愛する気はないから好都合だ。お前もそうなんだろう」


 なんで分かるんだろう。野生の勘かな。

 なにはともあれ、どうあっても引く気は無さそうだ。


 何者にも従わないって雰囲気だと思ったが、母親に勝てないとは意外な一面だ。

 相手に女子を選ばなかったのは、無意識に反抗の意味も込められているのかもしれない。


「……意外と年相応でかわいいな」

「なんの話だ」

「なんでもないさ。みんなが驚く顔を見るのも面白そうだ。誘いを受けよう。よろしく、バレット」


 訝しげな視線を向けるバレットに軽く笑い、手を差し出した。

 皮の厚い手が軽く握り返してくる。

 

 とりあえず男同士で組むかーってやつ、よくあるBLフラグな気がするけど気のせいであれ。

 

 中身が女だとBLというのかすらあやしい。

 ジャンルはなんだろう?



「と、言うわけだ」


 私は何故バレットとパートナーになったのかと、真っ青な顔のネルスに襟首掴まれる勢いで詰められたため、経緯を説明した。

 予想通りの反応すぎて面白い。


「説明を聞いても意味が分からない……」


 ネルスは唖然として私とバレットを交互に見た。

 同じく驚いていたエラルドはというと、


「なんか理由がバレットっぽいし、それを受けるのもシンっぽいよなぁ」


 とネルスに比べて頭が柔らかいらしく、軽く受け止めてくれている。


「ダメではない……のか、禁止はされてないし……同性同士でも……」


 ネルスは額を抑えて俯き、ぶつぶつ言っている。

 なんか、がんばれ。

 自分の常識の範囲外のことが起こると混乱するよね。


 でも、学校行事だしそんなに深刻にならなくてもいいと思うんだ。

 当のバレットは、


「まだ会場には行かなくていいのか?」


 と何も気にしていない様子だった。


「ああ、この2人のパートナーが来てから……あ、来たぞ」


 丁度その時、アンネとパトリシアが仲良く2人で並んでやってくる姿が見えた。

 ドレスアップした2人が並んで歩いているのは目に楽しい。めちゃくちゃかわいい。


 目が合ったので手を振ると、先に気づいたパトリシアが満面の笑顔でアンネの手を引いて足を早めた。

 かわいいがかわいいとおてて繋いでるわ。

 かわいいねー!!ていきなり声かけたい。


「皆さん、とっっっても素敵ですね!カッコいいー!」


 そう言ってキラキラした顔で私たち4人を見ている、パトリシアくらいのテンションでかわいいを連呼したい。

 

 そして、パトリシアは、


「アンネを見てください!すごく綺麗でしょう!?」


 と、嬉しそうにアンネの背を押した。


「わわ!パトリシアちゃん……!」


 恥ずかしそうに顔を赤くしているアンネは、オフショルダーの明るいミントグリーンのドレスを着ていた。

 裾に向かって生地がふんわりと広がるプリンセスラインのようなシルエットだ。

 白い糸で小花柄の刺繍が散っていてとても可愛らしい。

 

 胸の中央部にはネルスと同じピンクの花が飾ってある。


 いつもおさげにしている髪は白いレースのリボンでハーフアップにしていて、ふわふわと綺麗に波打っていた。

 メイクしているのもとてもかわいい。


 すぐに褒め言葉を口にしたかったが、落ち着いて深呼吸をする。

 今はやめておいてネルスに目配せしようとすると、


「どうです?ネルス様!」


 パトリシアがぐいぐいとネルスの方へアンネを押していた。


「え、と……と、とても……素敵だな」


 ネルス頑張れもう一声!!

 顔を見れば心からそう思っているのは伝わってくるが、ドレスアップした女の子はもっと感想を求めてるぞ!

 特に、アンネはドレスなんて着る機会がなかったはずだから自信を持たせてあげなければ。


「ね、ネルス様、無理なさらないてくださいね……!ラナージュ様が貸してくださったんでドレスはとても素敵なんですが……!」

「無理なんて!本当によく似合っている!すまない上手く言葉に出来なくて……!」

「そんな、ありがとうございます…!あのあの、ネルス様も大人っぽくてとても素敵です!」

「う、嬉しいよ!ありがとう!」

(甘酸っぱい……かわいい……)


 お互い真っ赤な顔で早口になって。

 忙しなく喋っている2人が初々しくて口元が緩む。


「アンネの髪の色やピンクの花によく合うドレスだよな。さすがラナージュ嬢だ、まるでアンネのために作られたようなドレスを貸してくれたんだな!」

「え、エラルド様!ありがとうございます、恐縮です……!」


 相変わらずサラッと持っていくなこの男。ほんと好き。

 横でこくこくと首を縦に振っているネルス。

 パートナー盗られそうだぞ大丈夫かと言いたくなる。


 嬉しそうなアンネを見て、私も口を開いた。


「いつもと違う髪型も良いな。リボンもアクセサリーもメイクもアンネの可愛らしさを引き立てているよ」


 ネルスが横でうんうんと何度も頷いている。

 君はもう変に女性の扱いとか学ばずそのままで居てくれ。

 アンネの指先が髪に触れる。


「か、髪やお化粧はパトリシアちゃんがしてくれて!シン様も、とても……素敵です……」

「ありがとう、アンネ」


 照れながらもおしゃれが楽しいことが滲み出ている。

 なんでもないように笑顔で返したけれど、私を見るうっとりとした顔がこそばゆい。


 なるほど、褒められると自分のことが好きなのかな、と勘違いする人の気持ちがわかる気がする。


「パトリシアはアンネの身支度を手伝って、自分の支度もしてたのかー!すごいな、俺のお姫様」


 隣で聞いていたエラルドが、アンネの後ろにいたパトリシアに近いていった。

 ニコニコしながら滑らかに口が動く。


「制服姿も可憐だけど、今日は一際綺麗だな。俺にはもったいないよ」

「ありがとうございます!!誰よりもカッコいいです、私の王子さま……」


 君たちもしや相性がいいな?

 

 エラルドを見上げ、目をハートにして頬に手を当てているパトリシアも、当然華やかな格好になっている。

 

 いつもよりボリュームを持たせたボブヘアーで、エラルドとお揃いの青い花を左耳の上につけている。

 ストレートビスチェの黄色いドレスの胸元にはレースの花がいくつも飾られている。

 スカート部分はフリルが何枚も重ねてあるような愛らしいデザインだ。


 細身なので、エラルドなら軽々とお姫様抱っこ出来そうだなぁかわいいなぁ。


「エラルド様の瞳と似た色にしてみました!」


 手で軽くドレスをつまんだパトリシアがクルリと回った。フリルがふわりと広がる。


(す、すごい!あざとかわいい!)


 こういう時にエラルドはどういう顔をするんだろうと思って見てみると、変わらず微笑んでいる男がいた。

 流石に照れたりとか嬉しそうにしたりとかしようよ15歳でしょ。

 ネルスを見ろよ、なにそれかわいい~って顔に書いてあるぞ。

 バレットは無表情だけど。

 

 そしてそのスーパー15歳は、パトリシアの手をとると、


「君の気遣い、とても嬉しいよ」


 腰を軽く曲げて手の甲に口付けた。

 

 アンネは少し落ち着いてきていた顔を再び真っ赤にして口元を手で覆う。

 ネルスは化け物でも見たような青い顔で固まっている。

 バレットは安定の無表情。

 私はまた格好良いと面白すぎるの狭間でのたうち回った。


 パトリシアはそのまま後ろに倒れていった。


 


お読みいただきありがとうございます!

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