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6話⑴


 今の私、ハムスターみたいになってはいないか?


「後で寮に伺おうかと思っていたので、またお会いできて嬉しいです!」


 笑顔で近寄ってきたアンネが私の椅子の近くに立ったのでものすごく焦った。


(待って待って、まだ口の中に入ってるし慌てて飲み込むのも勿体無いからちょっと待って!)


 ムースで良かった。砕いてあるクッキーで良かった。

 出来るだけ口を動かさずに舌を駆使して口内の甘みを処理していく。


 私は口元に弧を描きながら、何か用があったのかと目で問いかけながら首を傾げた。


 伝われ!


「お礼を伝えたかったんです!」


 さすがアンネ! 

 伝わった!!


 お礼というと図書室のことだろうか。

 本をとってあげた後、千切れんばかりに何度もお辞儀しながらお礼を言われた気がするけれど。


 なんとかケーキを味わいきって紅茶を一口飲む。


「本のことならもう充分、お礼を言われていたと思うんだが?」

「もちろんそれも何度お礼を言っても足りません!でも、言い忘れていたのは梯子のことです!」

「……梯子」


 確かに、梯子を倒さないようにしたのは私だが、それで助かったのは梯子にぶつかって倒れていた生徒だ。

 アンネのことを助けたのはアレハンドロだ。

 それに、私が梯子を元に戻したことは特に言っていないはずだった。


「梯子が倒れなかったことか。よく私だと分かったな」

「貴様以外に居るか」


 アンネの一歩後ろに立っているアレハンドロが腕を組んだ。

 誰かの一歩後ろにいる皇太子殿下、とても貴重だ。


「そんなこと、分からないだろう。しかしまぁ、実際私だがな。どういたしまして」


 あの場には色んな生徒がいたのだ。

 魔術が得意な人間も他にいるだろうに。

 この2人が知り合いである私の仕業だとすぐに判断したのは分からないではないけども。


「本当にありがとうございました! おかげで怪我をする人が出ませんでした」


 梯子が倒れたのはアンネが悪いわけではない。

 しかし本人は、自分が使っていたものが倒れたことを気にしていたようだ。

 気持ちが軽くなったなら何より。


「お茶をしに来たなら、空いている席に座ったらどうだ?」


 せっかく2人でデートのチャンスなんだろう、2人で別の場所へ行け、とアレハンドロに目配せする。


 アレハンドロは婚約者がいる身だが、親が決めた政略結婚なので今くらい好きに恋愛すれば良いと思ってしまう私がいる。

 貴族なんて、愛人がいてなんぼ。


 うーん、婚約者のラナージュ嬢には気の毒か。

 難しい。

 本人の恋愛感情も大事だがプライドが傷つくかなー今度それとなく声かけてみたいなー。

 

 いつも通り忙しい脳内会議を開いている私の心など知りもせず、アレハンドロは椅子を引いて座った。

 

 私と同じテーブルに。


「……。なんでそこに座った?」


 デートしてこい。


「……」


 アレハンドロはハッとした顔をしている。

「間違えた!」と顔に書いてある。


 おそらく、寮では私と親しくしているために条件反射で同じテーブルについてしまったのだ。

 愛すべき馬鹿だ。


 その馬鹿は脚を組んで背もたれにふんぞり返った。


「私はこの位置が気に入った。貴様、どこか別の場所に行け」

「どうしてそうなった」


 決して自分は間違えたわけではない、と暴君を発揮して誤魔化そうとしている。

 誰がその理不尽に乗るものか。


「先に座っていたのは私だ。ここに座っている権利は私にあるはずだ」

「知るかそんなこと。私はたった今、ここに座る気分になった」

「聞き分けのない子どもかお前は」


 呆れて額に手をやると、アレハンドロはプイッと外方を向いた。


 何がなんでも動かないつもりだ。

 宥めながら説得するのが面倒だ。

 我が子が他人に迷惑をかけているわけでもなし。


 折れてやることにした。


 なんだかまた周囲がざわつき出した気がしてきたし。

 こいつといると本当に目立つ。

 仕方ないんだけど目立つ。


「そこまで言うなら仕方がない……」


 あからさまにため息を吐いてみせながら腰を浮かせる。


「あ、あの! シン様、よろしければご一緒にどうですか?」


 おそらく我々の意図など汲み取れていないおさげちゃん。

 良かれと思って誘ってくれた。

 

 アレハンドロと目を見合わせる。

 

(遠回しに2人きりになるのを断られたのでは?)

(そんなわけがあるか。いや、そもそもそう言う意図はない!)

 

 断るとアンネが寂しそうな顔してしまったので、結局そのまま3人でお茶をすることになった。

 周りの視線が痛い。


 一番痛いのは「貴様早くどっか行け」と言わんばかりのアレハンドロの視線だが。

 いやそんな顔するなら最初から2人で座れるところに移動すれば良かっただろ。


 しかし私は優しいのでさっさと食べて退散してあげよう。


 2人の分のケーキセットが運ばれてきた。

 アンネは瞳をキラキラ輝かせている。


「美味しそうー! ラズベリーがピカピカ!」


 両頬に手を添えて声を弾ませるアンネに、深く頷いた。


「本当に美味しいぞ。土台の部分がチョコレートクッキーなのが私のお気に入りだ。ザクザクとした食感がいい」

「そうなんですね!?いただきます!」


 アンネは手を合わせてからすぐにケーキにフォークを刺した。

 土台までしっかり掬ってパクリ。

 目を閉じてゆっくりと口を動かしている様子に、分かる分かるとニコニコしてしまう。


 そういえば、いつも一緒にくるエラルドも、何回か一緒になったネルスも、よく私に


「欲しかったらいるか?」


 と聞いてくるくらいケーキにそこまで頓着しない。


 こんなに美味しいのにスナック菓子か、というくらい雑に食べ終わってしまうのだ。

 2人とも育ちがいいので食べ方は美しいのだが、なんだか物足りない。


 好きに食べればいいんだけど、昼食のメインを褒める時みたいにもう少し何か欲しい。

 美味しいね、美味しいねと言いながらケーキ食べたい。

 完全に私の個人的な欲求だ。


「美味しい!優しい甘さとこのチョコレートの少しの苦味が合う……食堂のおやついつも美味しい……幸せ……」


 敬語が抜けてる。

 かわいい。

 これこれ。


 うっとりと次は緑のムース部分だけを口に運ぶ様子に、分かる分かると頷く。


「アンネは丁寧に味わうんだな。見ていて楽しいよ」


 お茶が揃うのを待っていた私は、エラルドが残していった半分のケーキを自分の目の前に持ってきた。

 やっぱり美味しい。


「丁寧に食べないとバチが当たります!街のカフェでもなかなかお目にかかれないようなケーキですよ!あー……贅沢ぅ……」

「アンネは勉強を頑張っているから甘いもので疲れをとらないとな」

「はい!私の一番の楽しみなんです。これも美味しいですが、一昨日の……」


 ここでのスイーツがいかに美味しいか、今まででどれが気に入ったかなどの話で盛り上がる。


 アンネはチョコレートがとにかく好きなんだそうだ。

 分かる。

 私は生クリーム系が好きだと言ったら意外だと目を丸くされた。


「シン様、エラルド様とよくいらしてるの見かけるんですけど……皆んなでエラルド様が甘いものが好きなんだろうって噂してたんですよー」


 エラルドは私に付き合ってくれているのだが、周りにはどうやら逆に見えていたらしい。

 一体私への周りのイメージはどうなっているんだろう。


「そうなのか? 嫌いじゃないとは思うが、エラルドが好きなのは肉だ肉」


 男子が好きな食事と聞いてイメージする食べ物代表、みたいなものが好きなのだ。

 他のものもきちんと食べるが、褒めているのはメインにくるものばかりな気がする。

 ちなみに魚が出てもがっかりしたりはしない。


「そうなんですね!じゃあ甘いものをお贈りするのは止めた方がいいですかね?」

「贈り物だと?」


 ずっとだんまりつまらなそうにお茶を飲みながら私を睨んで話を聞いていたアレハンドロが、急に話に入ってきた。

 びっくりしたー!


 声がとても不機嫌だ。

 私とアンネだけで盛り上がってしまったのは本当に申し訳なかった。

 が、それだけではなく「贈り物」にえらく反応を示した。


「はい。クラスメイトにエラルドさまに贈り物がしたいと言っている方がいて」

「……貴様じゃないのか」


 それだけ聞くとまたティーカップを持ち上げるアレハンドロ。

 いや、分かりやすすぎ。


 アンネは本当にキョトンとしている。

 いやいや鈍すぎる。

 

 エラルドにプレゼントとは。


(恋なのかな?ファンかな?詳しく聞きたいなぁ……分かるよすっごくかっこいいもんねぇ)


 しかし3歳の婚約者が居ることは知らない方が良さそうだ。

 口がムズムズするけど黙っておこう。


「エラルドは女子生徒に人気があるんだな」


 と、言うにとどめた。

 そういう話はまたアレハンドロがいないときにアンネに聞こう。

 若い子との女子会トーク、楽しそうだ。

 

 そうこうしている内にネルスに貰ったケーキまで食べ終えた私は席を立った。


「もう少し話していたいが、食べ終わったから私はもう行くとしよう」

「そうですか……残念です」


 言葉通りの表情のアンネと「さっさと行け」という表情のアレハンドロ。


 アンネの頭をふわりと撫でる。


「楽しかったよ。また一緒にお茶をしよう」

「はい!是非!」


 にっこりと笑い合った後アレハンドロにドヤ顔で目線を送る。

 今にも舌打ちしそうな顔の坊やをスルーして手を振った。

 

 少し離れると、背後から


「やる」

「ええ!? いいんですか!?」


 と声が聞こえた。

 

 

 あ――!

 今――!?

 いやそりゃそうかー!

 振り向いて顔が見たいー!! 

 

お読みいただきありがとうございます!

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