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5話⑵

「と、いうことがあってな。もう少し頼み方ってものがあると思わないか?」

「あはは、皇太子らしいなー」


 食堂のケーキにフォークを刺しながらエラルドに図書室でのことを話していた。

 エラルドは笑いながら頷いて聴いてくれている。好き。


 剣の鍛錬の合間なので、いつもの制服ではなく稽古着のようなものを着ている。


 身体の動きを邪魔しない生地の白いシャツに黒いズボン。

 シャツの袖は肘近くまで折り曲げてあって、鍛えられた腕が剥き出しになっている。

 ズボンには剣を佩くためのベルトが巻いてある。

 かっこいい。


「いや、問題なのはその後のお前の態度だシン!」


 持っているティーカップを震わせながら、いつものようにネルスがプンスカしている。こちらは可愛い。


 騒ぎを聞いて駆けつけてきたので、お茶に誘ったのだ。


「何が『我が国の皇太子はものの頼み方も知らないのか?』だ! 殿下に失礼のないようにとあれほど……!」

「そんなにカッカするな。学校ではいつも無視のくせにああいう時だけ頼ってきたから意地悪したくなっただけだ」


 声が大きくなってきたネルスを宥めるために、頭をぽんぽんと撫でると、すぐに振り払われてしまった。


「でも、ちゃんとアンネの欲しい本とってあげたんだろ? 優しいもんな、シン」


 エラルドの言葉に「…まぁ…」と怒りを鎮めてネルスは紅茶に口をつけた。

 この2人のやりとりは癒しだ。

 


 あの後の図書館にて。


 私の言葉に「またこいつ面倒なこと言いやがって」と顔に書いてあったアレハンドロ。

 周りの人間にとっては怒り心頭に見えたことだろう。


「シン様のお手を煩わせることではありません! 私、また取りに行きますので!」


 アンネは両手を握り締め、笑顔で間に入ってきた。

 さっき落ちたばかりで、さぞかし怖いだろうに。


「貴様、さっき……!」

「アンネ、自分より上手く出来そうな人間がいるなら、頼ればいいんだぞ」


 私と同じことを思ったらしいアレハンドロが、心配すぎて無駄に声を荒げたのを遮る。

 椅子から立ち上がると、紳士的に細い肩を軽く叩いた。

 そして、見上げてくる大きな瞳に微笑みかける。


「さぁ、やり直しだ。君が私に言うべきことはなんだ?」


 アンネの表情は見るからに明るくなる。


「あ、ありがとうございますシン様! 本を、取ってください!」


 おさげを揺らしながら深々と頭を下げる様子が、可愛らしかった。

 

 

 というわけで、私はアンネが読みたがっていた、なんだか小難しい本をとってから、エラルドとの待ち合わせに向かったわけだ。


 アレハンドロとアンネがそのあとどうしたのかは知らない。

 見ていたかったが、残念ながら時間が迫っていた。


 いやそれにしても、今思い出すと相変わらず格好付けてるな私おもしろ。


 ついつい、芝居がかったことをしてしまう。



「エラルドは、剣はどんな調子だ?」


 話が一段落すると、ネルスが今度はエラルドに話を振った。


「先輩たちも相手をしてくれていい感じだよ。ここは設備も整ってるし、広いから剣術も体力作りもしやすくていいな」


 笑っているエラルドを見ながら、初めて剣術の修練場へ行く際に、ついて行った時のことを思い出す。

 

 

 剣の修練場は、好きな時にいつでも使える。

 屋根はあるが壁はなく、石の柱だけが何本か立っていた。

 石畳の敷かれている床には剣の練習器具の棒が立っている、いかにもな場所だ。


 剣術の授業でも使うが、放課後に行ったため、その場に居たのは騎士の家系の生徒が多いようだった。

 産まれた時から、戦うために育てられた戦士たちだ。


 各々好きなスタイルの稽古着を着ていて、かーっこいい。

 筋肉も、目の保養。


 エラルドと私が名乗ると、「お貴族さまが何か用か?」という空気になってしまったが。


 体格の良いエラルドはともかく、キラキラお貴族代表のような外見の私は、完全に「聖域に入ってきた異物」のような目で見られていた。

 

 いや、私、魔術無しでもめちゃくちゃ強いんですよ。

 チートなので。

 授業の時とかは手を抜いてるけど。面倒だから。


 スポーツマンシップに則ると、本気を出さないのは相手に失礼かもしれない。

 しかし私はスポーツマンではないので全く気にせず、必要なければほどほどにする。


 怪我をするのもさせるのも嫌だ。

 

 そうは言っても、私は本当に見に来ただけなので何も言えない。

 しかしエラルドは騎士になる目標のために頑張ろうとしているだけなのに。

 この空気、どうしたものか。


(部活とかじゃないし、好きに使って良いんだから端っこで1人で鍛錬してもいいんだろうけど、なんだかなぁ)


 エラルドはどうするつもりかと隣を見ると、本人はその場を見回してから、あるひとりの生徒をじっと見つめていた。


 身長が高く、肩幅も広い生真面目そうな、如何にも騎士、といった風格の青年だ。

 後で分かったことだが、その場に居た生徒たちのリーダー格だったらしい。

 

 その生徒と真っ直ぐに目線を合わせながら、エラルドはいつもの人好きする笑顔を浮かべた。


「ここで鍛錬するには何か資格が必要ですか?」


 自分に話しかけられていると問題なく判断したその生徒は、生真面目そうな表情を動かさず首を横に振った。


「いえ、何も必要ありません。生徒なら誰でも使えます。しかし……我々と一緒に、となると怪我を負う可能性が高い」

(多分先輩なのに敬語だ。身分って本当にすごいな)


 知っていたはずなのだが、学校の生徒となると服装なども同じなので忘れてしまっていた。

 伯爵家のエラルドと騎士の家系の先輩とではエラルドの方が上なのだ。


「なんだ、そんなことか! 俺は怪我なんて慣れてるから大丈夫です。よければお相手願います」


 私の快活な友人は、「怪我をしない内にさっさと帰れ」と遠回しに伝えられても全く気にしないらしい。好き。

 でも相手は気になると思う。


 生真面目くん、「はぁ?」て顔になっちゃっている。

 

 その後のことは、なんとなく想像出来るだろうか。

 

 接戦の末、エラルドが辛勝した。

 

 私としてはこの流れは圧勝かなと思っていたが流石にリーダーは強かった。

 

 ふわふわと笑っていたエラルドが、相手と向かい合って稽古用の剣を構えたときの、真剣な表情と迫力あるオーラがこの日のハイライト。


「おーい、シン?」


 あー。

 あの時のエラルドは本当にカッコ良かった。

 さすが私の推し。ご馳走さまでした、推しといっても入学式からだけど。


 と、完全に思考が別世界に行ってしまっていると、黄色の瞳が覗き込んできた。


(近い!!)


 仰け反りそうになるのをなんとか耐えた。


「あ、ああ、すまない。ケーキが美味しくて、つい集中してしまった……」


 相当苦しい言い訳だったが、


「シンって本当に甘いものが好きだよなー!」

「僕の分も食べるか?」


 と、優しく素直な子たちは納得してくれたようだった。


 今日のケーキは円形のピスタチオケーキだ。

 ピスタチオムースと土台になっている砕かれたチョコレートのクッキーが相性抜群。

 上に飾られている甘酸っぱいラズベリーも見た目と味、共に楽しめる。


 2個でも3個でも食べられそうだ。


 まだ綺麗に残っているネルスのケーキは、この味は経験しないと勿体無いから食べなさいと返す。

 食べてから苦手だったら貰おう。


「そういえば、1年にすごく強いやつが居るらしいんだけど……いつも入れ違いになって全然会えないんだよな」


 ラズベリーを口に放り込みながらエラルドが言った。

 2週間経ってるのに会えないのは逆に奇跡だ。

 こういう時のお決まりを一応潰しておかなければ。


「先に確認しておくが、その強い1年というのはお前のことだったというオチはないな?」

「そんなわけないだろー?」


 流石にそれは無かったらしい。

 笑いながら手を左右に振られた。


「1回手合わせしてみてくれって先輩たちが言うんだ」

「へぇ……それは会ってみたいだろうな」


 ネルスは興味深げに頷きながら相槌を打っている。


 私は、そのもうひとりのすごい1年に先輩たちの誰かが負けてるんじゃないか。

 一番勝負を申し込まれそうな生真面目リーダーくんのプライドは大丈夫か。

 ちゃんと慰めてくれる親友はいるのか。

 と、勝手に変なところが心配になった。


 (そういう親友がいたら是非教えて欲しい……)


「名前はバレット・アコニツム。知らないか?」

「いや、聞いたことないな」

「私もだ。何か特徴は?」


 2人で首を左右に振ることになった。

 まだクラスメイト以外は関わることが少ないのだ。

 特に私には皆、自分からは声をかけて来ない。


 エラルドは聞いていた特徴を思い出そうと、額に手を当てて目を閉じた。


「えーと、確か赤髪で背が俺くらいあって目の色は黒で……」


 その特徴だと、さっき図書室でネルスとBL展開を繰り広げていた彼の顔しか出てこない。


「それは俺のことか?」

(そうそう、この顔……えっ)


 上から声が聞こえて見上げると、赤髪で長身、動きやすそうな黒いシャツに黒いズボンの生徒が立っていた。


 運動してからきたのか、それとも走ってきたのか。

 日に焼けた肌が少し汗ばんでいる。

 服装は違うが、図書室で見た彼だ。


 だが、私やネルスなど眼中にない。

 目に留めているのは1人だけだ。


「エラルド・ユリオプス。ようやく見つけた」


 目を開いてバレットを映したエラルドの瞳が、一瞬、獣の様にギラついた。


(やっぱりここ、BL漫画の世界なのかなぁ)


  考えてみて欲しい。


「ようやく見つけた」


 って言ったもん。

 てことは、エラルドが「なかなか会えない」と思っていたのと同じようにバレットも思っていたってことだ。


 お互い、その内会えるだろうって軽く考えていたのに、どうもタイミングが合わない。

 初めは「今日も来てないのか」と思うのみだったが、全然それっぽい人物の気配がない。

 だんだん周りに彼が来たか聞くようになって「今日はもう帰った」「まだ見てないな」と言われてしまうのだ。


 他の生徒たちはすでに会っていて、

「今度、手合わせしてみてくれ」

 などと気軽に言ってくれるが会えないのだ。


 広い学園生活では、同学年といえど、待ち合わせないとほとんど出会えない。

 休み時間は教室移動があるのであまり休憩は出来ないし、昼休みはバラけてしまうので見つけにくい。

 自分の時間は放課後でないとほぼ持つことができない。


 そうしているうちに2週間ほども過ぎてきた。

 私からしたら焦るにはあまりにも短い期間だが、15歳の彼らには長すぎた。


 思いが募ったエラルドは、ついに私たちに彼を知らないかと確認した。


 同じ気持ちを持ちながらエラルドを探していたバレット。

 食堂には休憩に立ち寄ったのか、もしかしたら誰かからエラルドの情報を得たのか。

 自分のことをエラルドが話し始めた時に、偶然にも会話が聞こえる距離までやって来ていて。

 私たちに、いや、探し求めていた人に声をかけたのだ。

 

 そんなことある?

 怖くない?

 運命じゃない?

 恋に落ちていると言っても過言ではない。

 いや過言。

 ほぼ妄想。

 

 あれ。

 でもじゃあネルスとの図書室フラグはなんだった?

 あれは別枠か?

 エラルドもアレハンドロとあーんしあってたしそれはそれこれはこれか。


 よし、別枠別腹にしておこう。

 三角関係とかもありよりのあり。

 

 私が頭の中で祭りを繰り広げている間も話は進んでいく。


 エラルドはバレットと今すぐ修練場に戻るらしい。

 そしてネルスはそれを観に行きたいという。

 そういえばそういうの観るの好きだったわこの子。

 私はひらひらと手を振る。


「そうか、いってらっしゃい。怪我するなよ」

「シンは観に行かないのか?」


 当然一緒に行くと思っていたらしいネルスが目を丸くする。


「ああ、私は後で話だけ聞かせてもらう」


 すごく気になるすごーく気になる。

 とってもとってもとっても観たい。


 しかし、この間の手合わせもそうだったのだが、観ていてハラハラするから出来れば観たくない。

 一つ間違えば大怪我だ。

 そう思うとつい魔術で何かしてしまいそうになる。


 剣術の授業は受けるが、本気のやつは無理だ。

 燃えるとか萌えるとかどころではない。


「そうか、じゃあこのケーキ食べといてくれ!」

「僕のも頼む!」


 2人とも紅茶だけ飲み干すと、残りのケーキを指差した。

 そしてたった今、出会ったばかりのバレットと楽しそうに食堂を出て行く。


 見送った私だけポツンとテーブルに残された。

 ケーキを置いていくほどのことだというのか。

 分からん。


 新作のゲームやりに行こう!と誘われてウズウズする!みたいな感覚なのかな?

 それでも私ならケーキは食べてからいくけどもね。


 エラルドは半分くらい残ってるし、ネルスは一口も食べず綺麗なまま。

 半分残ってるエラルドも、一口が大きいので本人は一口しか食べてない感覚だろう。


 絶対にエラルドに一口だけあげる!はしない方がいい。


(これだけあるなら、ちょっと贅沢に口いっぱい入れちゃう!)


 私はチミチミ食べてお皿に4分の1ほど残っていたケーキの真ん中にフォークを刺して、一気に入れてしまう。

 口に広がる甘味と甘酸っぱさが最高だ。

 

 幸せに浸って口を動かしていると、

 

「シンさま!」

「貴様、1人で3皿も食べているのか?」

 

 なんで口の中いっぱいのタイミングで声をかけてくるんだ!?

 

 アレハンドロとアンネが並んで声をかけてきた。

 

 そして

 もしデートなら声かけてくんな。

 適度な距離をおいて眺めさせてくれ。

 


 

お読みいただきありがとうございます!

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