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5話⑴

 入学式から2週間ほどが過ぎた。

 初日のドタバタからは想像不可能なほど、平穏に学生生活を送る事ができている。


 皇太子と仲が悪いという噂のせいで、声を掛けてくる生徒が少ないのも、静かで良い。

 

 そう、皇太子と仲が悪いという噂が消えないのである。

 

 アレハンドロはあの日から何回も、食事が終わった後に私の部屋にやってきた。

 私があの広い部屋に行くこともあった。


 ただ雑談したいだけの時もあれば、課題を一緒にやる時もあり、普通の友人として過ごしている。

 一度私の部屋で鉢合わせて、ネルスも含めて3人で過ごした夜もあった。

 

 どう考えても仲良しなのである。

 

 それなのに何故、未だに仲が悪いと周囲に思われているのか。

 それは皇太子の謎すぎる態度にある。


 日中の校内で出会ったときに目が合うと、冷たく即座に目を逸らし、お取り巻きたちと一緒にさっさとどこかへ行ってしまうのた。

 

 部屋に居る時にそのことについて一度聞いてみると、


「貴様に手なづけられたと思われそうで癪だ。」


 と。

 わけがわからない。

 めっちゃ懐いてるくせに。

 

 お母さんに外で会いたくない思春期か!

 

 そんなん言われたら、みんなの前ですっごくフレンドリーに話しかけたくなるじゃないか!

 

 本気で怒ってきそうなので、今のところは本人の意思を尊重しているのだが。

 

 そういう訳で、ちょっと意味不明なことはありつつも、緩やかに日々は過ぎていっている。


 このまま一気に3年経ってくれ。

 

 

 ◇

 

 

 今日は授業が午前で終わる日であった。


 エラルドは授業が終わると毎日剣の修練場やら運動場やらへ行く。

 毎日毎日鍛錬して、素晴らしいことだ。


 普段は放課後に食堂で用意されるアフタヌーンティーを一緒に楽しんだ後に鍛錬に行くのだが、今日は昼食をとってから別れることになった。


「またおやつの時間になったら休憩するから、シンが良ければ一緒に行こう!」


 と、百万ドルの笑顔でお誘いを受けたため、図書室で時間を潰すことにした。

 


 この学校の図書室はとても大きい。

 わざわざ別館が立っているので、図書室というよりは図書館である。


 壁一面を埋め尽くすように本が並んでいる様子は圧巻だ。

 上の方の本を取るには梯子を使ってとるしかない。


 初めて入ったときはワクワクして、目につく本を手当たり次第手に取っていたら外が暗くなってきていた。

 テレビもスマホもないこの世界で、時間を潰すのにこれほど適した場所はない。

 

(何かまた面白い小説とかないかなー)

 

 私にとってこの国の物語は、ノンフィクションでさえフィクションだろうというほど面白い。

 やはり私は、騎士の友情物とか、そういうのが好きですね、はい。

 

 入り口から一番離れたところにある創作物語の棚へと歩いていく。


 そうすると途中で女子生徒が1人、届くか届かないかの高さにある本をとろうとしているのに出くわりた。

 目一杯背伸びをし、腕を伸ばしている。

 おあつらえ向き。


(ちょっと行けば台があるのになー。でも分かる、それが面倒なんだよね)


 もしかしたらアンネとエラルドのフラグを壊しちゃったのかなと勝手に引きずっている二次元脳の私はついつい、他に助けようとしている人がいないかを確認する。

 特に誰も見当たらないので颯爽とその子の隣まで足を運んだ。


「これかな?」


 細い指先が触れていた白い背表紙の本を取って渡す。

 これじゃなかったら恥ずかしい。


「ありが……! えっ、し、シン様!? あ、ありがとうございますっ!」


 黒い髪を揺らして頭を下げた際、思わずと言った風に声が大きくなったその子は、パッと口元を覆った。

 こっちは知らないけど向こうは知っている、という状況にも私は慣れてしまっていた。


「どういたしまして。魔術の勉強、頑張ってくれ」


 そして、本があっていたようでホッとした。

 魔術のコントロールに関する本を両手で受け取る女子生徒に微笑みかけてからその場を後にする。

 しばらく背中に視線を感じた。

 

 せっかくイケメンなので、今のベタなやつ、1回やってみたかったんだ!

 ラッキー!楽しい!!

 

 気持ちの上ではふわふわスキップしながら進むと、また本に手を伸ばして頑張っている姿を見つけた。

 普通2人も見つけるか?

 

 と、思ったらネルスだった。

 既に1冊片手に抱えており、伸ばしている指先はほぼ本に掛かっている。

 あと少しで取れそうだ。


 手を貸しても良かったが、必死な顔がかわいいので心の中で応援しながら見守ることにした。


(あと少しーっがんばれー!)

 

 しかし、立ち止まってすぐのこと。

 私とは反対側の通路から背の高い男子生徒が現れた。

 ネルスの背後を通り過ぎようとした際、プルプルと震えながら頑張っている様子を見下ろし、手を伸ばした先を見る。


 そのまま白い指先が掛かっていた本へと手をやった。

 

(えええええええええ)

 

 私はすかさず本棚の影に隠れ、2人の様子を盗み見る。

 怪しすぎる自信があったので、周りには自分の状態が分からないように魔術も施した。

 絶対に魔術はこんな使い方をしてはいけない。

 ここ、テストに出ます。

 

 長身の男子生徒はネルスよりも一つ頭くらい大きい。

 身体つきもしっかりしていて、細身のネルスが後ろからすっぽり覆われてしまった。


 あっさりと取れた本を、驚いて見上げているネルスに渡している。

 声は聞こえないが、お礼を伝えているらしいネルスに軽く頷いているのが見えた。


 男子生徒は短く暗い赤髪を無造作にオールバックにしていて、切長の目は黒っぽい色だ。

 遠目からにはなるが、表情はあまり動いていないので近寄り難い空気な気がする。


 そしてこういう時に登場する人、やっぱり顔がいい。何故なのか。


 その後も何やら指を差しつつ会話をしているが、図書室であるため、2人とも声を抑えていて聞こえない。


(盗聴……じゃなくて、音を拾う魔術使いたいー!)

 

 流石の私もそこまでは出来ない。

 可能だが倫理的に出来ない。


 2人が離れるまで、視覚だけで体格差萌えを堪能した。

 


 おそらく勉強するであろうネルスに声を掛けるのは止めて、気になった本を選ぶ。

 本を読んだり勉強するために机と椅子が色んなところに並んでいるのがありがたい。


 私は大人数用の大きな机の端の席に座って、灰色のしっかりとした表紙の分厚い本を開く。


(この、ぱらぱらめくる感じよいー)


 紙質を指先で感じながら本を読み始める。


 世界を乱す魔王を倒すため、ある国の王子様が仲間と共に討伐に行く、というよくある話だ。

 驚きなのは、これが実話を元にした有名な歴史物小説なところである。


 どこまで本当かは分かったものではないが。

 新撰組や三国志のように、登場人物の名前は同じだが、作者によって主人公が違ったり性格や容姿が微妙に違ったりと色々アレンジされている物語である。

 そういう話が、元の世界にいた時からとても好きなので何種類も読んでいる。

 

 

 物語の世界に耽っていたが、キリのいいところで一息つく。

 エラルドとの約束もあるため、時間を確認しようと目線を上げて時計を探した。


(あ、アンネ……)


 あの辺りは政治学関連の本のスペースだったか。

 この2週間で仲良くなったおさげちゃんは、梯子に登って高いところにある本をとろうとしていた。


(見ててヒヤヒヤするよなー……)


 目に入ってしまうと気になる。

 ついでにスカートで梯子に登るのもめちゃくちゃ気になる。

 万が一の時に助けられるようにそばにいようと立ち上がった、ちょうどその時。


 恐れていた事態が起きた。

 

 下を通った生徒が梯子に足を引っ掛けて転けた。

 その拍子に梯子もバランスを崩した。


「うわぁあ!!」

「きゃーっ!!」

(ほらみろー!!)

 

 梯子が倒れて行く様子、手を離してしまったアンネが落ちて行く様子がスローモーションのように見える。

 そして偶然にもアレハンドロがその下にいて、見上げているのが見えた。


(なんでいるんだアレハンドロ!いやでもグッドタイミング!アンネは任せた!!)

 

 私は既にアレハンドロが受け止める姿勢になっているのを見ると、転けた生徒の上に迫っていた重い梯子を止める魔術に集中した。


 今までは「魔術出来ますアピール」のためにわざわざキラキラピカピカさせていたが、緊急事態のためそのサービスは無しだ。

 

 アレハンドロは落ちてきたアンネをお姫様抱っこでナイスキャッチ。

 梯子も倒さず元の位置に戻せたので、転けた生徒も無事。

 

 私は息を吐いて椅子に座り直し、机に突っ伏した。


(間に合ったぁ……!)

「助かった……」

「なんで梯子が元に戻ったんだ?」

「で、殿下!?」

「大丈夫か?」


 等々、ざわめきが聞こえる中、


「……よく落ちてくる女だな」

「1度ならず2度までも!申し訳ございません……!」


 アレハンドロとアンネの少女漫画が始まりそうな声が聞こえて、脱力していた顔をなんとか上げる。


「しかし、これは何か対策せねばならんな」


 忌々しそうに眉を顰め、梯子と本棚を見上げて呟くアレハンドロ。

 うん、私もそう思う。

 そうしている内に、頬を染めたアンネが遠慮がちに声を掛けた。


「あ、あの……」

「なんだ」

「お、重いですよね……」


 アレハンドロは筋力がありそうな方だが、重いは重いだろう。

 10kg台の幼児でもずっと抱いてるのはしんどいのだから。


「そういえば、前回より重いな」


 ニヤリ、と笑いながら意地悪い言葉を紡ぐ。

 速度を落とす魔術の助けもなく、落下するアンネを直で抱き留めた上にずっと抱いているのだ。

 そう感じるのは当たり前である。


 そのくせ、降ろさないのはなんなのか。


 アンネが困っているのを見て楽しんでいるようだ、あの幼児。

 アンネもアンネで、なんで顔が赤いんだ。

 私なら入学式のことを思い出して顔真っ青だわ。

 

 面白いなと思って見ていると、アンネと目が合った。


「あ、シン様!」


 その声に反応して、アレハンドロやその他数人の目線がこっちに来る。

 ある程度楽しんだらしれっと退散するつもりだったというのに。


 私と目を合わせると、アンネを降ろしたアレハンドロがこちらに近づいてくる。

 

 周りが今度はどうなるとピリつくのを感じた。


「貴様の魔術ならあの高さの本を取るのも簡単だろう。取れ」


 いやそこはお前が取る流れだろ。

 



お読みいただきありがとうございます!

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