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4話⑶【入学式の日】

 

「なるほど、じゃあ彼女が才女と名高い婚約者、オルキデ侯爵家のラナージュ嬢か」


 私は今、座り心地の良い一人掛けのソファに座って温かい紅茶を飲んでいた。

 

 仲良くなりましょうの握手の後、アレハンドロの希望通り教科書に名前を書くために部屋を移動した。

 ものの数秒で目的が済むと、アレハンドロが茶でも飲んでいけと言うのでお言葉に甘えている。


 アフタヌーンティーの時間は少し過ぎていたが、お茶をするのは何時でも嬉しい。

 

 皇太子の部屋は私の部屋より随分と広い。

 浴室まであったため、もしかして自分でお茶を入れるスペースがあるのかと思いきや、もちろんそんなわけはなく。


 寮の食堂で働いている人が、部屋まで紅茶とクッキーを持ってきてくれたのだ。

 さすが皇太子、学園でも特別扱いだ。

 

 しかし皇太子の部屋でテーブルを挟んで向かい合わせになりながら、お茶をいただき優雅に雑談しているなんて。

 今朝からは全く想像出来なかった。


 仲良くなるの早すぎでは?


 まぁ学生時代は友情を育む時間がこんなもんだった気がしなくもないけども。

 

 甘い香りのする紅茶に幸せを感じつつ、実はずっと気になっていたことを切り出していた。

 バルコニーで見た、一緒にいた女子生徒についてだ。


 答えはもう出ている通り、皇太子の婚約者だった。

 皇太子の婚約者がブロンド縦巻きロールとは。

 そんなテンプレートなことがあるとは。

 アレハンドロが言うには、私の部屋番号は彼女が教えたらしい。


 いや怖いわ。


「なんでお前の婚約者が私の部屋番号を知っているんだ」


 私ですら部屋に入る時に聞いて知ったばかりなのに。


「私の役に立ちそうな優秀な人材の情報は全て把握しているそうだ」


 アレハンドロはなんでもないことのように言いながら教科書に書いてある名前を確認している。

 心配しなくても誤字はないというのに。


「どうやら身の丈に合わない高評価を頂いているようだな?」

「心当たりはあるだろう。デルフィニウム家長男」

(ある)


 口では謙遜したが、私が魔術の天才であることは上流貴族の間では有名な話だった。

 なぜなら、まだ幼い自慢の息子をデルフィニウム公爵が社交会に連れ回したからだ。


 有名すぎて、現在は既に崩御されている前皇帝に呼び出しをくらったほどだった。

 当時はまだ5歳だったのだが。

 

 そういうわけで、ラナージュ嬢が私を「将来皇太子に仕えて欲しい優秀な人材」としてピックアップしていても、不思議なことはなかった。


 なかったがなんで部屋の番号まで知ってるんだやっぱり怖い。


「貴様の名前も、ラナージュに確認をとった。間違い無いと思ったが、万が一ということもある」

「間違ってたら恥ずかしすぎるだろうからな」


 四角いチョコレートクッキーを口に運びながら言うと、ジロリと無言で睨まれた。


 実際恥ずかしいだろう。

 あのテンションで名前を呼んでおいて人違いは。

 穴があったら入って布団被って出てこられないレベルだ。


「お前と一緒にいた、ネルス・クリサンセマムとエラルド・ユリオプスの名前も言っていた。あの2人、食堂の件で妙に注目されていたからな」

(お前のせいでな)


 他人事のように言うなと内心つっこんだが、そんなことより是非伝えたいことがあるのを思い出した。


「エラルドといえば、お前を助けたのはあれが2回目みたいだぞ」


 本人は決して自分から言いにきたりはしないだろう。

 2回目とは言ったものの、食堂でのエラルドの行動がアレハンドロを助けたのかというと疑問ではあるが。


「どういうことだ?」


 アレハンドロはすぐに興味を持って教科書を膝に置いた。


 私は、エラルドが落下するアンネに向かって、その速度が落ちる魔術を遠方から放っていたことを説明した。

 言わなくても伝わるかとは思ったが念のために、そのおかげで2人に怪我がなかったのだということも併せて伝える。


 だからきちんと礼を言いに行ってくれと思いつつ、今更だが余計なお世話なので心の中だけに留める。


「道理で……」


 長い指で顎に触れて頷く姿を茶請けに紅茶を飲む。


 見れば見るほど男前だ。

 イケメン。美形。ハンサム。

 どの形容詞も当てはまる。

 15歳なのでギリギリ美少年もいけるかもしれない。

 素晴らしい。

 

 そもそもこの部屋が似合っているのがすごい。

 

 部屋で一番目出つベッドとカーテンとソファが赤系の色で統一されている。

 まず、ワインレッドのベッドスカート。

 その上のオフホワイトの掛け布団には金糸で大きく花のような刺繍が施されている。


 カーテンも同じワインレッドで、その生地にベッドと同じ刺繍がしてある。


 今私たちが座っているソファーは落ち着いたエンジ色。

 丸いテーブルは光沢のある黒色で、これまた金色で縁取られている。


 机や棚類は全て重厚感のある黒い物で統一してあり、暗めの色が多い部屋だ。


 しかし壁紙とベッド周辺のフワッフワの絨毯が白色なので、部屋全体の印象は暗くはなかった。

 

 並の人間なら、服に着られているならぬ部屋に住まわされているといった状態になりそうだが、アレハンドロは違和感なくそこに居る。

 

(赤が似合うのかな?単純になんでも似合うのかもなぁ)

 

 何かエラルドに褒美を、などと呟いている綺麗な皇太子をこんなに間近で見られるのは贅沢な話だ、と勝手に感動していると。


「……さっきから私に見惚れているようだが?」


 口の片端を上げて目線をくれた。

 かっこ良すぎる。


 中身2歳児の癖に!

 中身2歳児の癖に顔が良すぎるー!!


 しかも本当に見惚れてたしね!!

 

 心の中だけで顔面を覆ってのたうち回る。

 が、顔の良さならば今の私も負けてはいない。


「なんだ、気付かれてしまったか。あまりにも我が国の皇太子は見目麗しいので、ついな」


 ティーカップを片手にソファの肘掛けに緩く頬杖をついて微笑み返す。

 絶対背景にキラキラか薔薇を背負ってる。


「外見の賛辞など聞き飽きているが、貴様のような美男子に言われると悪い気がしないな」


 冗談なのかリップサービスなのか本気なのかは分からないが、アレハンドロから見てもやっぱり美男子らしい。


「聞き飽きたのか。私は容姿も魔術も何度褒められても嬉しいけどな。なんならお前ももっと褒めてくれていいぞ?」

「口説いて欲しいのか? 変な男だな」

「いや褒めて欲しいんだが」


 ここは、「口説いてくれるのか?」と余裕ある返答をして御耽美な雰囲気にしたいところであったが、本音が先に出てしまった。


 どうしてそうなった。


 なんで褒めるイコール口説くになるんだこのお子ちゃま。

 褒められたら自分のことが好きなんだと勘違いするタイプの奴か。

 

 口説いてはいらないが誰かを口説いているところはみてみたいな、と伝えると、ますます変な奴だと訝しげに返されてしまった。

 変な奴というか、自分でもこの発言は普通に危ない奴だと思う。


 もっとドン引きしていい。


 警戒心を持ってくれ2歳児くん。


 そして、楽しい時間だったが紅茶もクッキーも無くなりそうになってきたので、そろそろお開きにしようかと思い始めたころ。


「そういえば聞きたいことがあった」


 アレハンドロが急に真面目な顔で切り出した。


「なぜ、アンネ・アルメリアを助けた?」

「……なぜ、とは……」


 質問の意図が分かりかねて復唱する。


 何故か、と聞かれたら。

 朝、声を掛けてくれてお話しした子が困っていて、「自分には助ける力がある」と確信していたから助けようと思ったのだ。


 目の前に困ってる人が居たから、助けた。

 皇太子の目の前で一緒に謝るつもりだった。

 という、エラルドのような圧倒的な勇気と善意はない。


 そのまま伝えて良いものか、返答は合っているのかと考えていると、アレハンドロの方が先に話し始めた。


「食堂を出た後、本人が私のところに謝罪にきた」

「アンネが?」


 それは勇気ある行動だな、と耳を傾ける。


「あれは自分の不注意だった。貴様にも注意された、とな。だが、貴様の身分を確認しようとしたら今朝出会ったばかりでよく知らない、と」


 アンネが萎縮しないようにわざわざ公爵とは伝えず「ただの田舎貴族だ」と格好つけていたのだ。

 我ながらジワジワくる自己紹介だったと、思い出し笑いするのを堪えて口元を引き締める。


「一度出会っただけの女を何故助けた? 私があのまま更に激昂していたらどうする。デルフィニウム公爵家にも被害があったかもしれない。……貴様の命も……」


 何故、アンネのために命をかけられたのか、という質問か。

 であれば、


「私はいざとなったらこの世界を捨てられるから」


 という答えになる。


 流石にそうは答えられない。


「賢君の皇帝陛下がそれをお許しになるとは思わないな」


 現皇帝には一度だけ、皇帝になる前にお会いした事がある。

 とても快活で、おおらかな人柄の方だった。

 正直すごく好き。

 皇帝の座につき、人が変わっていなければ。

 おそらく、あんな事で国民の命を奪う許可は出すまい。


 どこか深刻そうに話をしてくるアレハンドロに対して、笑いながら軽い調子で伝える。


「だが万が一、命に関わることになれば。私はアンネを連れてどこかへ逃げようと考えていた。家を捨ててな」

「……!」


 アレハンドロは一瞬目を見開いた。

 そして言葉を選ぶように視線を彷徨わせる。


「お前にとって、あの女はそんなにも……」


 完全に何か勘違いをしている。

 私の言い方が悪かったごめん!


 即座にパタパタと手を左右に振る。


「違う。それは断じて違う。いや、アンネは魅力的でとても可愛い女の子だけどな? 私は単純に、私が生き延びられればそれでいい利己的な人間なんだ」


 私の優先順位は決まっている。

 あと3年生き延びて、なんとしても私の世界に帰るのだ。


 アンネを連れて行くと言ったのは、目の前で見捨てるのは流石に私がしんどいから。

 15年間お世話になった家を捨てるのも良心が咎める。


 しかし、デルフィニウム公爵は賢く優秀な男だ。

 上手くやるだろうから大丈夫だ、と信じて全ての情報をシャットアウトすれば私の精神は安定する予定だった。


 うーん、本当に自分勝手。


 自分で言っていて気分が落ち込んできた。

 それが顔に出てしまっていたのかもしれない。

 アレハンドロはティーカップを手に取ると揺らしながら肩をすくめる。


「利己的なやつは、そもそも自分に利益のない人間を助けないだろう」


 2歳児に気を遣われた。

 よく考えたら、アレハンドロは話せば分かるし、実は5、6歳児くらいだったのかもしれない。


 私のカップよりも多く残っている紅茶が緩く波打つのを眺めながら、


「では本当に親しい間柄でもなかったわけか」


 と、改めて確認された。

 目線を下げると扇方の睫毛が長いのが際立つ。

 私もつられてカップを揺らしながら頷いた。


「そういう事だ。なんだ?私とアンネの関係がそんなに気になっていたのか?」

「……」

「ん?」


 なんだ、その間は。


「昼食の前に、偶然出会ったラナージュにも謝っていたそうだ。とても好感が持てた上、彼女も優秀な人材の一人だといっていた」

「…そうか」


 何が得意なのかは知らないが、特待生なのだから当然優秀も優秀だろう。

 だが、その話は今までの話から微妙にズレている気がする。


「貴様も、あの女に好意的だな。あー……先程、魅力的と言っていたが……」

 

 アレハンドロは軽く咳払いしながら話を続ける。

 もしかして、アンネの話を聞きたいのか?


「そうだな。明るい雰囲気だし笑顔が可愛いし……少し話しただけでも優しい人柄が分かるというか。お前はそう思わないか?」

「……」


 だから、その間はなんだ?

 なんでまた少し不機嫌そうなんだ。



 ふと、頭をよぎった事があった。


 ひょっとして、私が利己的な人間だとかそういうことは、言わなくても良かったことなのでは?

 ちょっとだけ「改めて考えるとほんと自分勝手だ私、人としてどうなの」とか、自己嫌悪に陥りそうになったのは無駄だったのでは?


 ものすんごく周りくどかったが、アレハンドロが本当に聞きたかったのは、


「私とアンネが恋人同士か否か」


 だけだったのでは!?


 私は動揺で声が震えそうになるのをひた隠す。


「……まさかとは思うが。お前、アンネに……」


 出会って初日。

 そんな唐突な事があるだろうか。


 しかし、私とアレハンドロは今朝揉めた割には今は一緒に茶を飲んでいる。

 好感度は、実は上がるのも下がるのも一瞬だ。

 特に、10代の若い頃は。


「そんなわけがあるか。だが……」


 皇太子は窓の外へと目線をやり、何を思い出しているのか、目を細めて小さく笑った。

 日の光で、銀の髪が輝くように照らされる。


「あれは、面白い女だな。」


 

 で、でででたー!!


 

 私は感動で声が出そうだったので、抑えるために残り少なくなった紅茶を一気に飲み干した。

 

 私がちょっとアンニュイな気持ちになったのはなんだったんだとか言いたいことはあるけども!

 まぁ勝手にちょっと落ち込んだだけだし!!


 二人でどんな会話をしたのか!!

 詳しく!!


 

 面白い女、頂きました!! 


お読みいただきありがとうございます!

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