革命サークル
「三年前はどうしたのかな……」
文月が場を繋ぐようにぽつりと言った。
僕と椎倉はお互いに顔を上げた。
三年前も確か同じようなことがあったと聞く。
今と校長は異なるが、三年前に前校長は意味のない部活動、サークルを潰そうとしていたらしい。
詳しくは知らないが、そのときに抵抗した生徒がいたようだ。
校長から逆にサークル活動の権利を奪い取り、いまの大量のサークルという現状に至っている。
「三年前、か……そうか……レボサーだ!」
ぽつりぽつりと呟くうちに椎倉の脳内で断片的な記憶が繋がりを見せたようだ。
机を思い切り叩いて立ち上がった。
「俺がハンググライダー同好会を立ち上げる前、ここはレボリューションサークルってところだった。多分、その生徒はここで学校に反対したんじゃないか?」
以前椎倉が言っていたことを思い出した。
自分がサークルを立ち上げる前には、部室には誰もいなかったのだと。
生徒がレボサーの人間であると仮定すると全ては腑に落ちる。
その生徒はレボサーとして活動して、学校から権利を奪い取った。
そのあとは、別段サークルとして活動することがなくなり部員もゼロになったのではないか。
「そっかぁ! じゃあさここに何かサークルの権利を奪回するヒントが残ってるかもしれないんだね!」
「椎倉、何か他に思い出さないの? この部屋に来た当初のこととか?」
「そう、だな……」
椎倉は腕組みをして記憶に自分を埋没していく。やがてかっと目を見開いて叫んだ。
「思い出した! そういえば、部屋の私物を全部捨てようかと思ってたんだが、何か重要な紙があった気がする!」
椎倉は机を乗り越えて本棚の脇に置いてある段ボールをひっくり返した。
椎倉のハンググライダー関係のプラモや私物が辺りに散らばる。
図面を引くのに失敗した紙がぐしゃぐしゃになって転がる。
「あった……これだ!」
段ボールの一番下にあったであろう紙はしわくちゃだった。
一生使われないだろうと椎倉が底に適当に押し込んでいたのだ。
紙はA4のレポート用紙の二枚組だった。パソコンで書いた文字で記述されている。
一枚目の上段には、緊急革命マニュアル!と書かれている。
「なんだこれ……?」
椎倉が一枚目を流し読みしていく。
目を見開いて文字を追っている姿には鬼気迫るものがある。
僕と文月も椎倉の後ろから紙面を覗いた。
一枚目は革命とはなんぞやという解釈がぐだぐだと述べられている。
どこかお遊びが含まれているように僕には思えた。
「これか!」
ホッチキスで留められている二枚の紙の一枚をめくる。文面にはこう書かれていた。
以後我々のように革命を起こす者が現れるかもしれない。不当な圧力に屈して、不当な権力に屈して立ち上がる者がいるかもしれない。その者たちのために我々はある遺産を残すことにした。自分たちの力ではどうしようもないと、もう無理だと思ったときにこの遺産を使えば事態は好転するかもしれない。だが最後に確認して欲しい。これは全てを覆すほどの威力を持っているがゆえに、危険である。使うときには覚悟を持ちそれ相応の場面と相手を考えて欲しい。言葉と文字は武器なのだ。革命には、多少の荒事も必要である。諸君、健闘を祈る!
「なんだこれ……?」
「私にはなんだか、少し面白がって書いてるように思えるな……」
「僕もそんな気がする……」
大仰な言い回し。使用するには覚悟の必要なもの。
言葉と武器。一体遺産とは何なのだろうか。
僕たちは革命とまで呼ばれるようなことはしようとしていない気がした。
「爆弾でも作ってたのかよ、こいつら」
「言葉と文字ってあるから、何かの文書なのかな……」
僕と椎倉が考え込んでいると、文月が言った。
「探してみればわかるんじゃない? 私たちにはもうこれしか手はないわけだし」
「そうだな……で、問題はこれか……」
先の文章の下に一行の空白を開けて、遺産の場所が問題として示されていた。
みんないつもお世話になっているのに見下してばかり。たまには見上げてみよう。
そこが示すところと我々の拠点を結ぶ直線上――夢を見る場所に宝は眠る。
「なんだこれえぇぇぇ!! なぞなぞはいいから、早く遺産とやらをくれよ! こっちは急いでるんだ!?」
椎倉が半ば発狂していまにも紙を破り捨ててしまいそうだった。
またしても僕と文月の二人で椎倉を宥める。
落ち着いて来た頃合いを見計らって僕たちは互いになぞなぞの答えを考える。
みんながお世話になっていていつも見下している。たまには見上げてみよう。見下しているとは蔑みの意味を含んでいるのだろうか。だとすると見上げるは尊敬しろってことか。その線で浮かぶなぞなぞの答えはまず、先生だろう。先生は確かにお世話になっているが、僕は尊敬したことはない。見下してもいないが、答えに近い気がする。しかし先生が答えであるとすると、二番目の直線がおかしくなる。宝の場所が変わらない限り、答えも移動しないことになる。答えの場所は不動点であり我々の拠点も不動点だ。答えと拠点の二つを結んだ直線上に宝は眠っていることになる。先生では動き回ってしまう。ではなぞなぞの答えはなんなのか。
三十分ぐらい三人は沈黙していたが、あるとき文月がばっと立ち上がった。
「私わかったよ!」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねてにっこりと笑っている。
「お! 答え、わかったのか。なんなんだ!?」
「文月、教えてよ!」
「えへへ……答えはね……先生っ!」
持ち上げられて叩き落とされた気分だった。
文月に注がれていた僕たちの期待の視線がすっと外される。
僕と椎倉はその答えに三十分前に到達していたが、捨てていたのだ。
「残念だけど、文月……それは僕も考えたんだ」
嬉しそうにしている文月の表情を壊すのは心苦しかったが、僕は丁寧に彼女の答えの違いを説明した。
説明するうちに彼女の視線は床へと落ち、肩がしょぼんとなる。
「ごめん……私バカで……本当にごめん……」
「いや、また考えればいいだけだし」
「うぉぉっ!! もうダメだ! わかんねぇ! 時間がない。もう殺すしかないんだぁぁ!」
もう何度目かもわからないが、僕は椎倉を落ち着かせ席に着かせる。
「もうあれだ、これは色々な人に聞くしかない。サークルが潰れるなら協力してくれるだろ」
「一人がダメなら、たくさんってことだねっ」
僕たちは手分けをしてサークルを当たってみることになった。
椎倉は三階のサークル。僕と文月は二階のサークルを担当する。
僕は一度お隣のサバゲーと彫刻美術サークルの生徒を見ていたが、正直期待できない……まぁ僕は期待しないんだけど。
サバゲーサークルという文字が迷彩風にプリントされた紙が磨りガラスには貼られている。
僕は取っ手に手をかけて引き戸を開いた。
「また来たかぁぁ!! アメ公め!! 二度目はないぞ! ぶっ放すぞ、お前ら!」
「「はい、隊長!」」
もう聞くだけ無駄なんじゃないかと思った。この人たちは人の話を聞かない。
「隣のものなんだけど、サークル潰れる話知ってる?」
隊長と呼ばれた男子生徒は制服のワイシャツを着ていなかった。
迷彩柄の野戦服にサバゲーに使うのか、弾倉をしまうジャケットを羽織っている。
「……お前ら、待機だ!」
「「はい、隊長!」」
部屋のなかはどこぞのキャンプ地なのではないかと疑ってしまうほど銃や装備が散乱している。
奥の窓からは長い望遠鏡が外に突き出ていた。一体彼らは何と戦っているのだろう。
後ろの二人は背筋を伸ばし、気を付けの姿勢で固まっている。
「はい一応。一年の三浦です」
僕と文月も簡単に自己紹介をした。
三浦君は隊長キャラを収めて物静かな雰囲気となる。
背丈が低く目はネズミのように斜めに吊り上がっている。
文月は少し部屋のなかを見て引き気味だった。彼女には異次元の世界に見えるのだ。
三浦くんは、遺産の件を話すと協力してくれるそうだ。なぞなぞの文面を見せると、
「で、これですか……見下す。見上げる……先生とかですか」
案の定文月は自分が一生懸命考えた答えが一瞬で思いつかれて、悲しそうに頭を下げていた。
でもそれだけじゃなかった。僕の服の袖を人差し指と親指でつまみ、後ろに隠れている。
この人が恐いのか……? 確かにある意味恐い人ではあるけど。
「わかりました。何かわかったらお伝えします」
僕たちは次の彫刻美術サークルに顔を出すことにした。
僕は文月を引き連れるように隣の部屋に向かう。
「ごめんっ!」
文月の声が背後から聞こえると、背中に彼女の体温が伝わってくる。
「ど、どうしたの!? 急に!?」
僕の腰に両腕を回して文月は身体を寄せ抱きついてきた。
彼女の柔らかい胸が背中に押しつけられる。胸だけではない。
顔も背中に当てているようだ。
僕は前を向いているので彼女が今どんな表情をしているかはわからない。
「え、ちょっと、なにどうしたの?」
「しばらくこのままじゃだめかな……?」
押し殺したように掠れた声だった。
小さくいまにも彼女の存在そのものが消え去ってしまいそうだ。
「だめじゃないけど……」
呼吸を整えているのか、彼女の胸が背中で上下し困惑する。
女の子の胸ってこんなに柔らかいんだ。僕は初めて知った。
やばい……当たってるとか言った方がいいのかな?
文月が満足するまで十分ぐらい僕は背中を貸していた。
やがて腰に回された両腕の力がふっと弱まるのを感じた。
「ごめん、もう大丈夫だから」
文月は弱々しく笑う。
僕は恥ずかしさから適当に相づちを打つしかできなかった
「行こうか、隣」
僕は文月を先導して彫刻美術サークルの戸を開く。
部屋の空気が廊下へと抜ける。絵の具と木材の混じった匂いが鼻についた。
部屋のなかは、窓が開け放たれていて詰まった匂いを外に出すようにしている。
部屋の中央の生徒は見向きもしなかったが、入口に近い生徒がストールから立ち上がりこちらにやって来る。
「なんかようっすかー」
さっきも芝原校長の相手をしていた女生徒だった。
少しぼさぼさの長い髪を後ろで結わえている。眠たげな目で僕と文月を交互に眺めている。
サバゲー部でした説明を僕は繰り返した。
淡々と相づちだけを打っていて実際に聞いているのかはわからない。
「だってよ、和子ー」
「ふーん、いいんじゃない。校長うざいし、潰したくないでしょ。智も」
和子と呼ばれた女生徒は大きなイーゼルに視線を据えたまま答えた。
髪は短く前髪も眉の上で切りそろえられている。
左手には色鮮やかな絵の具を乗せたパレット。右手には極彩色に浸された絵筆。
絵を描いている真っ最中のようだ。
「じゃあわかったら隣にいるからよろしく」
「わったよー。でもうちら、あたまよくねーからあんま協力とかできないっすよ」
「……ちょっと思いついたよ。先生とかあたりじゃない?」
誰しも初めは思いつくのは先生のようだ。そこからが進まないのだけど。
僕は先生が答えでない理由を懇切丁寧に説明した。
「へぇ、和子おしい」
「智もなにか考えなよ。いい像掘れてないし」
「なんかこう、びびっとくる題材がないんっすよー校長のせいで頭の中にまとまってた何かがぶっ飛んだしー」
「初めからなかったくせに」
智さんと和子さんの二人は笑い合う。
邪魔をするのも悪いので僕と文月は挨拶を済ませて、自分の部室に戻ることにする。
部室には既に椎倉が戻って来ていた。
三階を回って僕たちと同じようにサークルに頼んでいたのだろう。
「どうだった? 僕たちは一応、わかったら連絡してくれるように頼んでおいたけど」
「いや、こっちもさっぱりだ。俺も一応頼みはしたけどな」
鉄パイプのイスに胡座を組んで、机の上の紙を椎倉は横目で見た。
僕たちには時間がない。
いつサークルを潰されるかがわからない今、全力でなぞなぞの答えを探すしかないのだ……僕が全力で?
「わからないなら、色々探してみたらどうかな? 町のなかとか歩いて。何か見つかるかもだよ」
「そうだな、もうとりあえずひらめきに期待して片っ端から探していくしかないな……いいか宮前?」
「え、あうん……」
「文月ばっかりみてんじゃねぇぞ」
「見てないってば!」